幕間 ビッテンフェルト流
どうやら、アーリアの部隊で騒動が起こっているらしい。
偶然通りかかった私は、それを聞きつけて足を留めた。
新兵の訓練を行う場所で、何やらビッテンフェルトともめているようだ。
場を観察すると、頭から血を流して仲間に介抱される新兵の姿が目に入る。
その新兵は、心配そうにビッテンフェルトを見ていた。
私はそれを見て、概ねの状況を理解する。
アーリアがまた無体な事をしたのだろう。
なまじ腕が立つため、彼女は弱い人間の気持ちを察する事ができない。
そのため、こういう事はまま起きる。
これは良い機会かもしれない……。
ビッテンフェルトの程度を測る事ができる。
彼女の連れであるアリョール。
アルマールからも聞いていない、正体不明の女。
私にとって予定外の存在である彼女は、平然として二人の様子をうかがっている。
まるで、ビッテンフェルトが負けると微塵も思ってもいないようだ。
しかし……。
バルダンには及ばないが、あれでアーリアはジェスタよりも強い。
思っている以上に容易く御せる相手ではないぞ、ビッテンフェルト。
それを相手にどう立ち回るか、見せてもらおう。
先に手を出したのはアーリアである。
肘から手までを剣に見立てて振るい、撃ち当てる打法。
それを主体とした闘技が、カルダニア特有の闘技だ。
その一撃をビッテンフェルトは軽く身を退いて避ける。
が、アーリアはさらに追い縋って連続で攻撃を仕掛けた。
最初は数発は回避していたビッテンフェルトだったが、その猛攻を前に打撃を受けざるを得なくなっていく。
防御はしているが、反撃できないでいる。
防戦一方だ。
ビッテンフェルトとは、この程度なのだろうか?
だとすれば、期待はずれだな……。
……いや、違う。
あの猛攻の中で、アーリアの攻撃は一撃もクリーンヒットしていない。
それどころか、徐々にビッテンフェルトの防御する頻度が減っている。
反比例して、完全に回避する頻度が増えていた。
それも最低限の動きのみで。
ただ防戦に徹していたわけではない。
あれは、アーリアの攻撃を見切ろうとしていたのだ。
攻撃が当たらなくなって焦ったのか、力のこもった大振りの打撃をアーリアは放つ。
ビッテンフェルトはそれを見透かしたように身を低くし、潜る様に避ける。
攻撃で体勢を崩したアーリアの背後を取った。
今攻撃すれば、確実に倒せる。
そう思った。
しかし、ビッテンフェルトはそれを見逃して距離を取る。
明らかにわざとである。
「どうした? 逃げるばかりでは、私は倒せないぞ!」
アーリアの叫ぶ声が、ここまで聞こえてくる。
しかし、それは違うだろう。
もう、勝負はついている。
終わりだ。
そこで初めて、ビッテンフェルトは攻勢に出た。
何の変哲もないローキック。
しかし、距離を誤っている。
あれでは当たらない。
怯ませて攻めの起点を作る牽制か?
そう予想したが、違った。
彼女は体勢を維持したまま、地面を滑るようにしてアーリアへ距離を詰めた。
思いがけない接近にアーリアは驚き、成す術なくまともに蹴りを受ける。
その蹴りは放たれる瞬間、足先が見えぬほど速く、強かだった。
アーリアは一歩退くが、蹴られた足を地につけると同時に顔を顰めた。
すぐに立ち上がるが、蹴られた足が震えている。
あれは、ひびが入ったか……。
しかし、その程度ならば白色で治せる。
が、その時間をビッテンフェルトは与えない。
痛みによる一瞬の硬直を衝くようにビッテンフェルトは接近し、軽い左フックを当てる。
左の拳は綺麗に顎を打ち抜き、アーリアの体から力が抜けるのがわかった。
膝が曲がり、体が直下に落ち始める。
脳を揺さぶられたのだ。
そうなると一時的ではあるが魔法を使えなくなる。
魔法を扱うための器官が、脳にあるからだろう。
ゆえに、今の一撃は白色を使えぬようにするための一撃だったに違いない。
アーリアはそれで意識すらも刈り取られたようだが。
それを証拠に、アーリアの頭部へさらなる右のフックが迫っていた。
連続で放たれたワンツーフックだ。
ビッテンフェルトの表情にも焦りが見える。
もはや止められないのだろう。
右のフックが意識を失ったアーリアの頭を殴りつけた。
その瞬間、アーリアの体が側転し、一度宙を舞った。
その後、派手に地面を転がる。
決着だ。
……人は、あんな倒れ方をする事もあるんだな。
それにしても牽制程度のあの軽い打撃で、意識を切断したのか。
腕力だけで成しえる芸当ではない。
なんという的確な精度だろう。
正体を明かさぬために、本来の闘技は使っていないようだが……。
対魔術師を想定した戦術と技。
その理念は、しっかりと今の戦いから見る事ができた。
見事の一言に尽きる。
ああも完璧に仕留めるとは思わなかった。
あれが最新のビッテンフェルト流か……。
かつて、戦の主役は魔術師であり、遠距離での撃ち合いが主流だった。
戦場においては、遠くから一方的に攻撃するという戦法に勝る物がなかったからだ。
歩兵とは騎馬による奇襲などを警戒するための盾であり、陣形は魔術師を守るための物だった。
言わば、歩兵という物は魔術師を守るための捨て駒でしかなく、魔力を使えない弱兵達で構成されていた。
魔力を持つ魔術師を温存するため、魔力を持たない歩兵を使い捨てとするのが主流だったというわけだ。
その常識を潰し、掟破りを行った男がいた。
その男は自らの部隊を率いて陣に奇襲を仕掛け、歩兵の護衛部隊を瞬く間に制圧。
陣に穴を空けると、魔術師部隊を蹂躙した。
対応する暇もなく攻められる事となった魔術師達は混乱の極地の中、同士討ちを恐れて満足に魔法を使う事もできずに鏖殺された。
それを成したのがビッテンフェルト候である。
先のアールネスとの戦い。
その初戦の出来事だ。
その一部隊の隙を衝いてアールネス軍は攻勢を仕掛け、ビッテンフェルト候の部隊が王のいる本隊へ向かった事もあり陣形は崩れ、カルダニアの軍は負けた。
本隊同士のぶつかり合いとなった初戦はそれによってあえなく敗退し、カルダニアの軍は自国の土地での防戦を強いられた。
攻防の違いはあれど、互いに戦力は分割され、各領地での局地戦となった。
その戦いでもビッテンフェルト候の部隊は快進撃を続け、アールネスに停戦を提案されたカルダニアは受ける以外に選択肢を持たなかった。
そして、土地の返還交渉によって多くの補償と賠償金を支払わされる事となった。
カルダニアにもたらされた傷跡はそれだけではない。
魔術師部隊の接近戦における脆さが露呈し、定石とされていた戦術が覆されたのである。
当時の戦いにおいて、カルダニアの軍人達がどれだけ衝撃を受けた事か……。
サハスラータの件においてビッテンフェルト候の勇名は知られていたが、実際に対峙するまで気にも留めていなかった。
その見識がどれほど甘かったか、身を持って思い知らされたというわけだ。
しかし、衝撃を与えたのは彼だけではない。
白き虎の存在もまた、カルダニアに衝撃を与えた一因である。
白き虎とは一人の傭兵だった。
彼はアールネスの平民階級であり、魔力を持つ人間にとって相手にもならない存在。
そのはずだったのだ。
だが、彼は平民の身でありながら多くの魔術師を殺し、現在の軍事長官であるカルダモン将軍との一騎打ちに勝利した。
ビッテンフェルト。
白き虎。
その二つの名は、このカルダニアにおいては忌み名であり、畏敬の対象でもある。
先の戦いの教訓からカルダニアは古式の闘技を復活させ、さらに発展させた独自の闘技を生み出すに至っている。
その闘技者達は、先達であるビッテンフェルト候に一種の憧れを抱いているという。
そして、その憧れも仕方ない事かもしれない。
あの戦いをみれば……。
まだまだ、カルダニアの闘技ではビッテンフェルト流に勝てまい。
良い物が見られたな。
意識を失ったらしきアーリア。
それを介抱するビッテンフェルトの姿を見て、私はその場を後にした。
貰ってもあまり魅力がないため、いらないと土地は返して賠償金をいただいています。
ついでにアルマール公によってスパイが現地に残され、サハスラータ以上に情報が筒抜けです。
なおかつ、カルダニア側のスパイはアルマール公がきっちりと防いでいるため、ビッテンフェルト候が公になった事すら知りません。




