七話 傭兵の生活
バーニの話によれば、カルダニア軍の動きを把握してから行動を開始するという事だった。
だからその間、隠れ処で過ごす事になった。
反乱軍の情報収集能力がどれほどの物かわからないが、一週間程度だろうと私は高を括っている。
その後に本格的な軍事作戦が控えているので、さっさと帰るという目的は果たせそうにない。
とはいえ、今この国の問題を解決するという事は、後の不安材料を一つ潰せるという事でもある。
その点は良い事だと思えた。
その猶予の中で、私は傭兵のコルヴォとして時間を過ごした。
この猶予において、私は反乱軍の人員との交流を積極的に行った。
アードラーはこういう事に向かない。
彼女もここの兵士達と一緒に行動する事はあるが、自分から話に入ろうとはしなかった。
「私達は嫌われているんでしょうか?」
と兵士の一人に問われたが、彼女はコミュ障なだけである。
人見知りもするので、あまり積極的に他人と話す事はしない。
定型文の飛び交う社交界では無敵であるが、雑談の類は苦手である。
そして彼女の人見知りを突破して少し仲良くなるとツンツンし始めるので、交流する事は難しい。
そういう関係でデレるまで友好を深める人間がいないため、アードラーの良さという物を理解している者が少ないのは嘆かわしい事態である。
質問してきた兵士には、そんな事は無いよとフォローを入れておいた。
誰にでも得手不得手はある。
彼女が不得意な部分は私が補えばいい。
だから私は、自分のできる事として雑談にかこつけて情報を得るよう努めるつもりだ。
今後、カルダニアと戦う事になる可能性もある。
少しでも、どんな情報でも、広く集められるだけ集めておくのだ。
すずめちゃんは私のそばを離れず、しかしこっちはこっちで人見知りをしている。
誰かと話す時は、心持ち一歩退いて私の後ろへ行こうとする。
まぁ、この大陸の言葉が達者ではないというのもあるだろうが……。
雪風は……。
妙に大人しいままだ。
兵士達とは言葉を交わし、鍛錬も共にし、少しずつ絆を深めていった。
そういう隊としての鍛錬とは別に、個人としての鍛錬もかかさなかった。
夜、誰にも見つからないようにアードラーと一緒に二人で鍛錬をした。
これから戦場へ出るのだ。
命の取り合いをする戦いを前にしているのだから、少しでも鍛錬を重ねて生存率を高めておきたかった。
アードラーと軽く組み手をして、それからはそれぞれ自己鍛錬を行う。
最近の私は、もっぱら刀の使い方を練習している。
夏木さんから預かった刀を扱えるようになりたいからだ。
正直、今の私はこの刀を使いこなせていると言えない。
集中すれば動かない標的を斬る事ができる。
けれど、実戦で動かない相手と出会う事など叶わない。
それを実戦で使えるようにするのが、今の目標である。
木の枝を放り投げて、それに対して斬りつける。
横薙ぎに振るわれた刃が木の枝へ迫り、そして……。
木の枝は遥か彼方へと飛んでいった。
「よく飛んだわね」
「名づけて、クロエホームラン」
夜空の遥か彼方へ飛んでいった枝を見上げて言うアードラーに、適当な事を言って誤魔化す。
「私もちょっと使ってみていい?」
「いいけど、預かり物だから大事に使ってね」
「わかったわ」
アードラーに請われて、刀を渡す。
小さくため息が出た。
私にかかれば、切れ味抜群なこの名刀も立派な鈍器である。
こんな使い方をしていては、きっと実戦で使った際にぽっきりと折れてしまう。
それは夏木さんにも、すずめちゃんにも申し訳ない。
この刀は、彼女が大きくなったら返すつもりなのだ。
それまで、大事に使いたい。
「へぇ、これすごいわね」
アードラーの楽しそうな声がして振り返る。
すると、そこには放り投げた枝を刀で三等分に斬り放すアードラーの姿があった。
「ふぁ? え?」
「わぁ、楽しー」
アードラーは次々に枝を放り投げては斬りつけていった。
四等分に挑戦したり、縦に真っ二つにしたり、と楽しそうである。
こんなに無邪気な様子のアードラーは珍しい。
「えー! うそぉ! どうやってるの?」
思わず声を上げて訊ねる。
「どうって……。斬っているだけだけれど? 手で斬る事に比べれば簡単よ」
そう、事も無げにアードラーは答えた。
そんな……私の苦労はいったい……。
……これも得手不得手か。
「そうなんだ……。ねぇ、その剣、アードラーが使う?」
「大事な預かり物なんじゃないの?」
「アードラーの方が上手に使えると思うから」
「そう? じゃあ遠慮なく使わせてもらうわ」
余程気に入ったのだろう。
アードラーは平静を装いながらも、隠し切れない嬉しさを表情に滲ませた。
「私も、紙を使えば石を切れるんだけどなぁ」
「そっちの方が難しいと思うけど」
質の良い紙を魔力で硬質化すれば、刃物より薄くて鋭いからそっちの方が簡単だと思うんだけど。
しかし、アードラーは事『斬る』という行為が得意なんだなぁ。
いっそ、白狐も預けて見ようかな……。
……いや、白狐に操られて「顎ごと剃ってやるぜ!」とか言いながら、二刀流で襲いかかってくると怖いから止めておこう。
私とアードラーは、三名の兵士を指揮するよう言われた。
三名の兵士達は皆五人隊長であり、その下には五名の兵士達が部下としている。
つまり、実質的に十八名の部下ができたわけである。
それはそのまま、私達の上司であるアーリアに配された部下の総数でもあった。
隠れ処にいる他の兵士達は、元々ジェスタの配下だ。
アーリアの部隊と比べて、明らかに人数が多い。
バーニとバルダンはジェスタの副官という立場で、直属の部下を持っていない。
あくまでも、ジェスタの補佐である。
私とアードラーはアーリアの護衛であり、副官ではない。
補佐をするという部分は仕事の中に含まれているが、副官とも少し違う。
有事には私の判断でアーリアに代わり、直接指揮を執る権利をいただいたのだ。
そうできるように、バーニが取り計らってくれた。
まぁつまり、アーリアが失敗した時のフォローをするようにという事だ。
「私の指揮ではいけないと言うのか?」
と、アーリアは不満そうだったが……。
「あくまでも保険です。ジェスタ様も部隊指揮は私に任せてくださっているでしょう?」
とバーニは誤魔化していた。
軍師という指揮のエキスパートなのだからそれは当然で、傭兵や護衛がそのように指揮官を差し置いて指揮を執るなどという事はまずない。
献策して指揮官に判断を委ねる程度ではないだろうか?
どうやらアーリアは、あまり指揮が上手ではないらしい。
というより、実戦での指揮経験がないのかもしれない。
実の所、私もないがそれは黙っておく。
あまり戦力としても見られていないようで、与えられた兵士達も志願した民兵達だ。
経験の薄い新兵ばかりである。
それらの足りない部分を補うために、バーニ軍師は私達に少し多めの権限をくれたようだ。
つまり私達は、王女の護衛と同時に部隊の運用も任されたという事である。
そのバーニの判断も的確だなぁ、と私は今実感している……。
新兵の練度もさる事ながら、アーリアも含めてこの部隊は問題だらけなのだから。
新兵の訓練は毎日行われ、基礎体力を着けるために完全装備で谷間を何往復も走り回り、戦闘技術を習得するための型の反復練習に、組み手形式の演習である。
今は丁度、組み手の時間である。
私とアードラーとアーリアの三人で兵士達とマンツーマンの組み手を行っていた。
兵士の主力兵装が槍であるため、棍棒を使った打ち合いである。
すずめちゃんは私のそばを離れたがらないため、一緒に来ている。
今は大人しい雪風を抱いて、近くの岩に腰掛けて私達の演習を見ていた。
私は自分の担当する兵士と棍棒を何度か打ち合わせ、ある程度力量を測ると相手の腹を蹴って尻餅をつかせ、目の前に自分の棍棒を突きつけた。
「まいりました!」
「うん。前よりずっと良くなったね。突きに力強さが出てきた。しっかりと型を体に覚えこませた証拠だ。ただ、相手の武器ばかりを見るクセがあるからそこを直そうね。武器ばかりで攻撃してくるとは限らないから。相手の事を全体的に見るようにしていこう」
「はい! ありがとうございます!」
実際に欠点を衝き、なおかつ言葉で指摘すると、新兵は礼を言って後ろへ下がる。
本当は一対一の状況など戦場でまずありえないため、常時周囲へ意識をやれるようになってほしいが……。
新兵達は戦う技術を一切持っていないから、今は一つ一つ基本を覚えさせていくべきだろう。
時間が許せば団体戦の演習なども取り入れていきたい所だ。
少しでも彼らの生存率を上げるために、時間の限り鍛え上げていきたい所だ。
また別の新兵が「よろしくお願いします!」と私の前に立つ。
棍棒を構えた。
そんな時だった。
「貴様! やる気があるのか!」
そんな怒鳴り声が聞こえて、そちらを見る。
それに気付かず打ってきた新兵の棍棒を「ごめん。ちょっと待って」と言って掴み止める。
どうやら、怒鳴ったのはアーリアらしい。
「我々は現王政の打倒を目指している! 一人でも強い者が必要だ! 貴様のような腑抜けた弱卒はいらんぞ!」
アーリアは、倒れた新兵に向かって怒鳴っているようだった。
打ち倒した新兵を叱っているらしい。
怒鳴られた新兵は、怯えた様子でアーリアの事を見上げている。
その様子を見て、私はため息を吐いた。
これは珍しい事じゃない。
アーリアが新兵を打ちのめし、その至らなさを怒鳴りつける事はここ数日で何度もあった。
そんな彼女に、怯えや反抗的な目を向ける新兵は多い。
実際、彼女は強い。
彼女からすれば新兵の弱さが不満なのだろう。
ただでさえ戦力に数えられていないという現状があるのだ。
もどかしさや焦りがあるのかもしれない。
それでも新兵の心を折るようなやり方はよろしくない、と私は思う。
と、その時、アーリアは新兵を強かに棍棒で殴りつけた。
殴られた新兵は咄嗟に頭を庇ったが、棍棒の先が掠って側頭部から出血する。
……へぇ、そんな事するんだ。
「王女殿下。やりすぎです」
私はアーリアに近づき、声をかける。
今まで私は王女のやり方に口を出すつもりもなかった。
私の目的はあくまでもアールネスの任務であり、それが速やかに終えられるなら変に口を出して波風を立てるべきじゃないとも思っていた。
しかし、これは目に余る。
訓練で怪我をする事は珍しくない。
厳しくする事も悪い事じゃない。
ただ、アーリアからは相手を育てようという意思が感じられない。
そんな事で兵士の士気を削がれるのはよろしくない。
……というのは、多分建前だ。
最近は、新兵達との交流も多くなっている……。
仲良くしている新兵も多い。
殴られた彼とも、もちろん仲良くしている。
そんな者をいじめられるのは、正直気分がよくなかった。
私が声をかけたのは、そんな感情的な理由だった。
何せ今の私は、怒っている。
声をかけられたアーリアは新兵に向けるのと同じ、怒りに満ちた目つきをそのままに私を見る。
「至らない者を至らないと言って何が悪い?」
「そうですか。では、私があなたに苦言を呈しても文句はありませんね」
暗に「あなたも至らない所がありますよ」と私は告げる。
私の言葉に、アーリア王女のまなじりはさらに釣りあがった。
「不敬だぞ、貴様」
「新兵に関する事については、権限をいただいていますので。口出しさせていただきます。それに、至らない者へ至らないと言って何が悪いんですか?」
ついでに直接言った。
思っていた以上に、私もイラついていたみたいだ。
アーリアの顔が、憤怒の赤に染まる。
「傭兵風情が、よく吼えたものだな!」
アーリアは、そう言って棍棒の先を私へ突きつけた。
「そのような大言が吐けるような者か、試してやる! 構えろ!」
私はそんな彼女の前で、棍棒を投げ落とした。
「何のつもりだ?」
「こうでもしなければ、釣り合わないと思いまして」
棍棒なんか捨ててかかってこい、と挑発してやると、アーリア王女はさらに顔を赤くした。
持っていた棍棒を膝蹴りで叩き折って捨てた。
「大言の代償は高くつく。身を以ってそれを思い知れ!」
アーリアは、徒手で構えた。
見た事のない構えだ。
これが、カルダニアに伝わる古式闘技の構えだろうか?
ふと、私は視線を感じてそちらをちらりと見る。
そこには、こちらへ目を向けるバーニの姿があった。
あ、まずいかな?
と一瞬冷静になったが……。
彼はこちらへ近づく様子もなく、ただ見ているだけだった。
止めないという事は、好きにしろという事だろう。
なら、好きにさせてもらおう。
そう思い、私も格闘ゲームのキャラクターと同じ構えを取った。




