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六話 協力者

「あなたが?」


 私が訊ねると、バーニは頷いた。


「カルダニアの人間なのでは?」


 私は、協力者がアルマール公の送り込んだ細作スパイだと思っていた。

 だから、彼が協力者であるという事実に驚いた。


 彼の肌色はカルダニアの人間に多く見られるものだ。

 しかも彼は、ジェスタの軍師で反乱軍の中枢に位置する人間と言ってもいい。

 そんな彼が協力者である事が意外だった。


「あくまでも、協力者です。利害関係が一致していますので。協力する事であの方は平和を、私達は勝利を得る事ができる」


 盗聴を警戒しているのだろうか。

 出来うる限り、名を伏せて話をする。


 しかし『勝利』か。

 その言葉が出るという事は、やはり継戦の意思があるという事だ。

 アルマール公の勘は正しかった。

 ……本当に勘かはわからないけれど。


「私達はあなたから指示を受ける事になっています。何をすればいいですか?」

「反乱軍はこれから、攻勢に出ます」

「今の戦力で?」


 隠れ処の様子を見たが、ここの人員だけで攻めても勝ち目はないだろう。

 怪我人も多いし、人数も足りない。

 反攻作戦を取るにしても、無謀としか思えない。


 私が訊ねると、バーニは小さく微笑んだ。


「ええ。何も問題はありません」


 その自信はどこから出てくるのだろうか?


「現状について、軽くお話しておきます。我々が行った先の戦は、敗走を前提にした物です」


 わざと負けたという事?


「どういう事ですか?」

「負ける事で、今の状況を作りたかった。今、カルダニア軍は敗走する私達を追い、国境近いこの場所まで追い縋ってきた。そして、反乱軍の王族を保護したいアールネスは人を寄越してくる。その間、アールネスもまた国境付近に軍を駐留させる事は想像に難くなかった」


 その結果、どうなるか……。


「カルダニア軍は、アールネス軍を警戒して戦力を割かざるを得ない」


 答えたのはアードラーだった。

 正解だったのか、バーニは頷いた。


「反乱軍の残党狩りよりも、アールネスへの対応に割く戦力は多いでしょう。我々はその油断を衝きます」


 残党狩り、か。


 でも反乱軍は事実、残党と呼べる規模しかないのではないだろうか?

 戦で負けて落ち延びてきたのだから。

 もう一勝負するだけの戦力はないはずだ。


「戦力が足りないのでは?」


 私は率直に疑問をぶつけた。


「敵もそう思っていますよ。そしてあなたは、今の事態を想定していた私が不用意に戦力を失う真似をするとお思いですか?」

「手は打っているという事かしら?」


 アードラーが訊ね返す。


「主力部隊は前もって各地に散らしてあります。

 カルダニア軍と当たった戦力は、志願してきた民兵がほとんど。

 前線には士気の低い者と素行が悪い者を多く配し、生き残った兵員も敗走した後は逃げて潜伏するように言い含めています。

 その幾人が戻ってくるかはわかりませんが、温存した主力部隊だけでも十分に勝算はあります」


 戦場を経験した事のない私には実際の所どうかわからないが、彼の物言いを聞いていると本当に大丈夫な気がしてくる。

 こういう弁の使い方は、軍師としての技能なのかもしれない。


 しかしこれが本当なら、アールネスの対応まで織り込んで計画を立てたという事になる……。

 利用されてますよ、アルマール公。


「どのように動くか、あなた方に何をしてもらうか、それはこれから作戦会議をしますのでその時に。ついて来てください」


 それ以降の話は、秘する必要が無い内容なのだろう。

 バーニはそう言って、テントを出る。


 私達も彼の後について行く。

 アードラーと二人で行こうと思ったが、すずめちゃんが慌てて駆け寄り手を握ってきたので連れて行く事にした。

 雪風は妙に大人しいので置いて行こう……としたが、ふとした拍子にまた動き出しても困るので結局連れて行く事にした。

 アードラーが抱き上げて連れて行く。


 バーニに導かれ、私達は昨日と同じ指揮官用らしきテントへ入った。


 そこには、テーブルを囲む三人の人物がいる。

 ジェスタとアーリア、それにバルダンだ。


 テーブルには、地図が置かれていた。

 上方に『国境』『アールネス』という単語が見える。

 主に描かれているのがそれ以南であるという事は、カルダニア国内の地図だ。


 地図には転々と黒丸や黒三角形が描かれ、そのそれぞれの下には名称が振られていた。

 丸の方には○○村、三角の方には○○砦と書かれている。

 軍事用の物なのだろう。


「その者達も会議に?」


 私達の姿を見ると、アーリアが怪訝な表情で訊ねる。


「傭兵のコルヴォです。よろしく」

「それは知ってる」


 挨拶するとそっけなく返された。


「この者達はアーリア様直属の部下。副官という立場にするつもりですので、作戦を把握してもらった方が良いでしょう。ケヴィン殿を破ったという話でしたから、護衛としても腕は申し分ない」


 そうですよね? というように、バーニはバルダンに目配せする。

 バルダンはうなずいて返す。


「軍師殿が言うなら、そうしよう」


 どうやら、アーリアはバーニへ全幅の信頼を寄せているようだった。


「緊張感が殺がれるから、その可愛いのだけは置いて来てほしかった」


 ジェスタが私達、というよりアードラーに抱き上げられた雪風を見ながら言う。


「放っておくと何をするかわからないので」

「大人しそうに見えるが?」

「今だけです。多分」


 私にはこの雪風の大人しさが、嵐の前の静けさに思えてならない。

 きっと近い未来、この小さな生き物が周囲を否応なく巻き込む程の大きな暴威を発揮する時が必ず訪れる。

 そう、私は確信しているのだ。


「ジェスタ様、それより作戦会議をしましょう」

「ああ。そうだった」


 バーニに言われ、ジェスタは彼に向いた。

 彼だけでなく、テント内にいる者全員の視線がバーニに向けられる。


「どうするつもりなんだ、軍師殿? 兵達も殆どが散り、残っているのは百に満たない少数の兵だけだ。このまま、じっとしている事以外に何か策はないのか?」


 アーリアはそう訊ねる。


「大丈夫だ。それも織り込み済みだからな」


 アーリアの問いに対して、ジェスタが答える。

 どうやら、彼女だけ作戦を聞かされていなかったらしい。


「え、そうなのですか?」


 驚いた様子でアーリアがバーニを見やると、彼はにやりと胡散臭い笑みを浮かべた。

 先ほど、私達に説明した事を再び説明する。


「まだ確認はしておりませんが、想定通りならばカルダニア軍が国境へ接近した事でアールネスも警戒のため国境へ軍を展開する事でしょう」


 実際にはすでに展開している事をバーニは知っているはずだが、自分とアールネスの関係を誤魔化すためかその部分だけは未確認情報として説明した。


「斥候を放ちましたので、確認が取れ次第に我々も動く事になっております。今から、その具体的な行動についてお話します」


 そう言うと、地図に向かった。


「カルダニア軍がアールネス軍へ戦力を割いている内に、我々は散った兵士達と合流。防備の薄くなったカルダニア国内を一直線に南下、最短距離で王都マンデラを目指します。交戦する相手は恐らく砦の駐屯兵、そして最終的に陛下の近衛兵を主体とした部隊となる予定です」


 言いながら、地図上に示された砦を次々に指差していく。

 三つの砦を指し、最後に南端に位置する大きな二重丸の地点を指差した。

 そこが王都なのだろう。


 王都までの一直線、その進行上にある砦を順次攻め落としていくという事だろう。


 身を隠してやり過ごし、油断させて敵の戦力を分散、防備が不十分な内に電撃作戦で一気に攻め上がるというのが全体的な作戦内容のようだった。

 風林火山だね。


「一の砦はアールネス軍の侵攻を留める事を想定し、常に篭城用の備蓄食料が用意されています。主力部隊との合流後にこれを落とし、行軍のための兵站として接収します。そこからさらに南下、二の砦、三の砦を攻略し、王都まで一気に攻めます」


 そう告げたバーニは、真剣な表情で場の全員を見渡した。

 強い口調で言葉を続ける。


「時間が勝負です。動き出せば、もう立ち止まる事は許されません。でなければ、国境に配置された本隊が戻ってきて、挟撃を受ける事となるでしょう」

「それはわかったが……。戦力は本当に十分だろうか?」


 ジェスタが問いかける。


「温存した主力部隊だけでも可能だとは思いますが、正直に言って分は悪いです。ですが、散った民兵が多く戻ってくれば勝率は上がるでしょう」

「戻ってくるだろうか? 前の戦い、負ける事を前提にしていたとはいえ、本物の戦場を体験したのだ。その恐ろしさを知って、元農民の志願兵がまた合流する気になるだろうか?」

「問題ないと思いますよ」


 ジェスタの不安を、バーニは躊躇う事無く切って捨てた。


「餓えて死ぬか、戦って死ぬか……。志願兵達には、その選択肢しかないのです。でなければ、そもそも志願などしなかったでしょう。そして、戦う方を選べば見返りの可能性がある。あなたが王になれば、暮らしが向上するかもしれないのですから」


 カルダニアは貧富の差が激しいと聞いた。

 それは私が思っていたよりも、さらに大きな差なのだろう。

 貧しい人間は、それこそ餓えて死ぬような貧しさを強いられている。

 そこに、現状《今》を改善かえられる選択肢が用意されれば、そこに賭けたくもなる。


 バーニの考えは正しいように思える。


 きっと戻ってくる民兵がいれば、それは本気でこの国を変えたいと思っている人間だけだろうから。

 彼は、そういう人間をふるいにかけたのだと思う。


「この国を変えてくださるのでしょう?」


 ジェスタを見据え、バーニは問いかける。

 その声には、今までの口調にない熱を感じた。


「もちろんだ。お前との、約束だからな」


 ジェスタ王子は笑みを浮かべ、確固たる口調で返す。


 この二人には、ただの主従とは違う何かがあるのかもしれなかった。

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