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四話 反乱軍の王族

 戦いが終わり、付近にあった岩の後からすずめちゃんと雪風が出てきた。

 私に駆け寄り、背中に隠れる。

 雪風は私の足元でぴょんぴょん跳ねた。


「王女様とは知らず、無礼な口を利きました。お許しください」


 私が跪いて頭を下げると、アードラーも同じように跪く。

 すずめちゃんも真似して跪いた。


「構わない。が、それよりそれは何だ?」


 アーリア王女は、付近を動き回っていた雪風を見ながら訊ねる。


 やべぇ、忘れてた。


「海を渡った東の国に住む犬鬼けんきという生き物で、私共は雪風と呼んでおります」

「ほう」


 答えると、アーリアは厳しい顔つきで雪風を見下ろす。

 犬が嫌いなんだろうか?


 しかしながら、そんな事などお構いなしに雪風はアーリアへ視線を向けながら尻尾を振る。


「おいで、雪風。じっとしてて」


 粗相をしてはいけないと思い、私は雪風を呼んだ。

 王族相手だと場合によっては、無礼討ちされるかもしれない。


 雪風はそれに反応してこちらへ走り寄る。

 私の隣で伏せた。


「まるで言葉がわかるようだな。賢い犬だ」

「確かに、言葉はわかるようです」


 賢いかと言われれば首を捻りたくなるが。


「そうか。名前は?」

「雪風です」

「変わった名前だな」


 アーリアは、短く感想を述べた。


「そういえば、お前達の名前は?」


 名前を聞かれるのが、雪風のついでかぁ……。

 まぁいいけど。


 でも、何と答えよう。

 家名を隠せば、本名でもいいんだろうか?


 いや、止めとこう。

 父上は、カルダニアでも有名らしい。

 家族の名前が把握されているという可能性もある。


 偽名で押し通そう。

 何がいいかな?


「コルヴォです。彼女は、アリョール」


 アードラーが小さく反応した。

 けれど、私の意図を悟ったのか何も言わなかった。


「そしてこの子はすずめ=夏木。私とアリョールに、家名はございません」

「そうか。今の私もそうだ。王家の名は捨てた」

「何か事情があるようですね。しかし、何故追われていたのでしょう?」

「私達が、王と戦っているからだ」

「そうなのですか」


 私は小さく驚いて見せた。

 本当の所、その事情も知っていたのだけれど。


「つまり、反乱を起こしているという事ですね?」

「そうだな」


 訊ねると、アーリアは少しムッとしながらも頷いた。

 反乱、という言葉に反応したのだろう。


 まずい事を言ったかもしれない。

 他から見れば反乱であっても、当の人間からすればそこに正当性もあるはずだ。

 反乱と形容するのは、不愉快だったかもしれない。


「ご不快な事を申しました。お許しください」


 私は素直に謝った。


「……いや、大義名分がどうあっても乱には違いない。兄上はそう仰っている。だからこそ、我々は『反乱軍』を名乗っている」


 アーリアはそう言って私を許してくれた。

 しかし、内心で納得していない事は明らかだった。


 恐らく、彼女の『兄上』がその呼称を決めたのだろう。


「で、東の国から来たという話だが、何故この国に?」


 雪風が東の国出身というだけで、私達がそこから来たとは言っていない。

 けれど、勘違いしてくれたなら丁度良かった。

 そういうていで話を続ける。


「私達は傭兵。戦いの臭いがすれば、駆けつけるようにしているのです」


 私が言うと、アーリアは表情を険しくした。


「父上……カルダニア王に雇われるつもりか?」

「そのつもりでしたが……。私共は雇い入れてくださるならば、勝ち戦でも負け戦でも選り好みは致しません。ただ、前金はきっちりといただきますが」


 答えると、アーリアはニヤリと笑った。


「では、私達が雇うと言えば応じてくれるのだな?」

「はい。良い縁ができたと思っておりますよ」

「立つが良い」


 言われ、私とアードラーは立ち上がった。

 すずめちゃんも立ち上がり、私はその背中に手をやって撫でる。


「お前達の実力は十分に知れた。雇う価値はあるだろう」


 周囲に倒れる男達を見ながら、アーリアは言う。


「兄上に会わせる。ついて来い。報酬の話はそこでするがいい」

「はい。ありがとうございます」

「しかしその前に……」


 アーリアは足元に転がる十人の男達を見る。


「せっかく生かして無力化できたのだ。一人くらい、捕虜として連れ帰ろう。運んでくれ」

「わかりました」


 どうやって接触を図ろうか、それを心配していたけれど。

 思いがけずスムーズに事が運びそうだ。


 そう思って私は微笑んだ。




 私達はアーリアに先導され、荒野を歩く。

 私は捕虜の男を担いだ状態ですずめちゃんと手を繋ぎ、アードラーはすずめちゃんを挟む形で私の隣を歩いていた。


 少し気になるのは、いつもなら落ち着きのない雪風がどういうわけか妙に大人しくしているという事だ。

 不思議である。


「しかし、子連れで傭兵とは珍しいな」


 アーリアがこちらを見ずに言う。

 すずめちゃんの事だろう。


「私もそう思いますが、こちらにも事情がありまして……」

「話してくれ」


 少し考え、私はアーリアの問いに答える。


「……彼女は友人の子です。その友人が亡くなり、親を失った彼女の面倒を見る事にしたのです。安全な場所に預ける事もできたのですが、この子は離れる事を嫌がった」

「戦地を糧とする身は危険が常だ。強引にでも預けるべきだったのではないか?」

「……私自身、無理やりに引き離したいとも思わなかった」


 正直、もう二度と自分にしがみつこうとする子供を引き離すような経験はしたくない。


 多分、あの時ヤタが起きていたら、ヤタをここへ連れてきたか、もしくは家を出て来られなかったかもしれない。

 しかしそれも困る。

 今回の任務は誰かがやらなければならない事で、私が行かなければアードラーが一人でここへ来ていたかもしれないのだ。


「それに、私の目が届く範囲にいるのなら。どのような事からも、守る自信がありますので」

「ほぉ、言うな。まぁ確かに腕は立つ。お前達の使った技、我が国の闘技とも違う珍しい物だった。あれは何だ?」


 アーリアは振り返り、興味深そうな笑みを浮かべて訊ねてきた。


 素直に、ビッテンフェルト流闘技とは言えない。

 実際、さっき私が使った技はビッテンフェルト流ではないし。

 何て答えようか……。


「フェル斗神拳トしんけんです」


 口に出して言うと柔らかそうだ。

 柔の拳だね。


 え? という顔でアードラーが私を見た。


「お前とアリョールの使っていた技は違うように見えたが?」


 え、同じですよ?

 でも、確かに別物と思われてもおかしくないほど、彼女の技はアレンジされ過ぎている。


 さぁ、動けよ我が口。

 もっともらしい適当な出任せを奏でるのだ。


「彼女の技はフェル斗紅鷲拳トこうしゅうけんという、フェル斗神拳から分派した拳法なので型が違います」


 アードラーが、え? え? という顔で私を見た。


「聞いた事がないな」


 私もアードラーも聞いた事がない。


「ここより遠い国に伝わる一子相伝の暗殺拳なので致し方ありません」

「……一子相伝なのに分派しているのか?」


 おっと、適当な事を言っていたら矛盾を衝かれた。

 ゆさぶられる前に誤魔化さねば。


「時代の流れでやっていけなくなったそうです。月謝目当てで、弟子を多く取った結果分派ができました」

「世知辛い話だな」

「まったくもって」


 上手く誤魔化せた。


 そうこうしている内に、私達は目的の大岩へと辿り着く。

 大岩は二つの岩が互いに持たれかかるように並び、その合間には谷のような長い空間が続いていた。

 その入り口には男が一人、立っていた。

 守衛だろうか。


 歳の頃は四十から五十くらい。

 白い髭を蓄えた禿頭とくとうのおじ様だ。

 体つきはがっちりとしていて、日に焼けた体はよく鍛えられているのがわかる。


 典型的な軍人体型である。

 強そうだ。


 その男は、近づく私達に警戒を示した。

 腰の剣に手をかける。


「私だ。バルダン」


 アーリアが手を上げて言うと、男は驚きに目を見開いてから跪いた。


「ご無事でしたか、姫殿下!」

「ああ。問題ない」

「囮となったと聞き、肝を冷やしましたぞ! 本来ならば囮など、私のような老いぼれが担う役目です。もう、そのような無茶はお止めください」


 囮、か。

 私達が倒した相手は、追っ手だったという事か。


「お前ももう歳だ。あの数の相手は難しかろう。私が行くのが最善である、と軍師殿とてそう判断したから私を向かわせたのだ。実際にこの場所は秘匿できたし、兵士達も撃退した」

「バーニ殿の判断でしたか……。どうであれ無事に帰られた事、このバルダン嬉しく思います」


 バルダンと呼ばれた男は、私達へ視線を向ける。

 未だ、彼の目からは警戒の色が薄れていない。


「……その方々は?」


 私達を見ながらアーリアへ訊ねる。


「私に助成してくれた者達だ。まぁ、助けられずとも私は負けなかっただろうがな」


 それを聞くと、バルダンの目から私達への警戒が消えた。


「それは、ありがとうございます。姫殿下を救ってくださった事、感謝してもし切れませぬ」


 バルダンは深々と頭を下げた。


「いえ、わたくし共は傭兵です。雇い口になってくれぬか、と下心があって成した事です」

「だとしても、この恩を私は忘れません」


 この厚い感謝は、アーリアの実力を正確に見抜いているからだろう。

 多分、助けに入らなければ彼女はあの場で死んでいた。


 そして重ねて礼を言うバルダンの姿を見たアーリアは、苦々しい表情を作る。


「もういいだろう。言ったはずだぞ。その者達の救いがなくとも、私が負ける事などなかったと」

「はい。そうですね。その通りです。しかし、心配はしました。ジェスタ様も心配なさっています。早くそのお姿をお見せになってください」

「わかった。それから、捕虜を連れてきたぞ」


 そう言って、アーリアは私が担いでいた男を示す。

 私は地面に、男を転がした。


「この男、ケヴィンではないか」


 男の顔を見てバルダンは驚きを見せた。

 どうやら知った顔らしい。


「知っているのか?」

「軍事長官、カルダモン将軍の側近です。腕の立つ男だったはずですが……」


 ああ、やっぱりそれなりに名のある人だったか。

 道理で強かったわけだ。


「たいした男のようには見えなかったが?」

「姫様が倒されたのですか?」

「いや、そこのコルヴォが倒した」


 そう言ってアーリアが私を示す。

 私に向けられたバルダンの目つきが変わった。

 私を値踏みするような目で見る。


「あなたは、何者でございますかな?」

「先ほども申した通り、ただの傭兵です。雇っていただけると聞いたので、ここまで同行させていただいたのですが……」


 私が答えると、バルダンはじっくりと私を見やり……。

 やがて、相好を崩した。


「これは心強い」




 アーリアに案内されて、大岩の谷を歩く。

 そこには、テントや簡易の日よけが建てられていた。

 テントの中は見えないが、日よけの下では数十名の男達が座ったり寝転んだりして休んでいた。

 恐らく、反乱軍の人間だろう。


 戦いの後なのだろう。

 今まさに治療中の人もいる。

 他の人間から白色の魔力をかけてもらっているようだ。


 見る限り、浅黒い肌の人間が多いようだ。

 サハスラータの人間と似ている気がする。

 同じ大陸の出身だからだろうか?

 でも、アールネスではあまり見ないんだよね。

 何でだろう?


 そんな彼らを尻目にアーリアの後をついていくと、他とは意匠の異なる大きなテントが張られていた。

 もしかしたら、指揮官用の物かもしれない。

 アーリアはその中へ入っていく。


 テントの中へ入ると、中では二人の男が待っていた。


 一人は大柄で、体格の良い男だった。

 ゆったりとした布のズボンを履いているが、上は右肩だけに布を羽織り、左肩側が裸である。

 そこからは鍛え抜かれた凹凸の多い体が見える。

 薄い金髪は肩にかかるまでの長さで、頭には頭環を着けていた。

 表情は柔らかく、優しげな印象を受ける。


 もう一人は細身の男で、ゆったりとしたローブで全身を覆い、下からは袴のような下穿きが伸びていた。

 頭髪は青みかかった黒で、肌もうっすらと浅黒い。

 顔は童顔気味であるが、作る表情には硬く険しい印象があった。

 眉根には深い皺があり、神経質そうである。


「ただいま戻りました。兄上。軍師殿」

「よく帰ったな、アーリア。心配したぞ」


 体格の良い男の方が言う。

 その気安さから、恐らくそちらがアーリアの兄上なのだろう。

 となれば、もう一人は軍師殿……。


 その軍師殿が、私達の方を見る。


「貴方達は?」

「傭兵です。雇ってもらえると聞いて」

「そうですか……」


 何か、含む所がありそうな声で軍師殿は呟いた。


「その者達は、襲われていた私に助成してくれました。腕が立つ事は、私が保証しますよ。兄上。だから、雇ってあげてください」

「そうなのか。確かに、妹の恩人であるならばそれに報いてやりたいな」


 そう言いながら、アーリアの兄上は眉毛を八の字に歪めてどこか困った声色で言う。


「しかし財政を考えれば、あまりその余裕もないのだ」


 アーリアの兄上は弱った表情で苦笑して見せる。


 お金が無い、と。

 そういう事ね。


 断られたらどうしよう。

 傭兵として売り込んだ手前、今更無償で良いですなんて言えば逆に疑われそうだ。

 どうしたもんかな……。


「いえ、雇い入れましょう」


 しかし、軍師殿がそう提案する。


「しかし……」

「これからの事を考えれば、戦力は多いに越した事はありません。出せる分だけ今前金として出し、残りは事を成した後という事にしましょう」

「……定かでない事だ。それでは不誠実ではないか?」

「我々は勝ちます。それに、その条件を呑むかどうかは彼女達次第でしょう」


 軍師殿は私を見る。


「聞いての通り、我々には財政的な余裕がない。わずかな前金と勝利後の多大な報酬を約束する事しかできないが……。どうする?」

「額によりますね。前金の乏しさを補える程に、魅力的な報酬額を提示いただければ応じましょう」

「それについては、貴女方の活躍次第ですね」

「出来高制ですか。頑張らないといけませんね」


 私が答えると、軍師殿は笑みを浮かべた。


「では、その詳しい条件についてはあとで話し合いましょう」

「わかりました」

「私の名はバーニ。この反乱軍で、軍師を務めている者です」


 軍師殿改め、バーニはそう自己紹介した。


「おお。そういえば、名乗っていなかったな。私は、ジェスタだ。家名は捨てている」


 アーリアの兄上、ジェスタも妹と同じようにそう名乗る。


「この反乱軍の首魁である」

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