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三話 最初の出会い

 目的地の大岩が目前まで迫っていた。

 あと一時間も歩けば、辿り着くだろう。


「……すずめさん。疲れてない?」


 アードラーがすずめちゃんに言葉をかけた。


「ダイジョブ、です」


 すずめちゃんは短く答える。


「そう……」


 会話が途切れた。

 お互い、緊張しているのがわかる。


 すずめちゃんも長い距離を歩く事に慣れている。

 その言葉に嘘はないだろうけれど……。

 やはり、アードラーとの距離感に戸惑っているようだ。


「わっふ! わっふ! わっふ!」


 そんな二人の間を雪風が跳ね回っている。

 君はもう少し緊張しなさい。


 が、動き回っていた雪風が不意に動きを止めた。

 一点を見て、耳を動かす。


「わんわんわん!」


 大きく吼える。


「どうしたの? ユッキー」


 雪風は一度私を見て、コテリと首を傾げて答えた。


「わんわん」


 何か言いたげだ。

 全然わからんけど。


 雪風はもう一度、先ほどまで見ていた方向を見る。


「わんわん!」

「向こうに何かあるの?」

「わんわん! わわわわわわん!」


 まぁ何かあるんだろう。

 ジャムでもいるのかな?


「言葉がわからないのは不便だね」


 なまじ、ある程度意思疎通ができるから余計にそう思う。

 私が言うと、雪風は耳を伏せた。

 しょんぼりとした様子が伝わってくる。


 そんな雪風を抱え上げた。

 慰めるように頭を撫でる。

 お返しに指をぺろぺろ舐められた。


 手がよだれまみれになったので、雪風の頭をさらに撫でて拭く。

 湿った毛並みを整え、髪形をオールバックにして差し上げた。


「向こうに何かあるみたいだから、ちょっと様子を見に行こうと思う」


 まだ少しおかしな雰囲気のアードラーとすずめちゃんに声をかける。


「え? ええ」

「? ワカッタ」


 二人とも、聞いてなかったでしょ?

 お互いの事を気にしすぎだよ。


 私達は雪風の吠えた方へ向かう事にした。




 荒野の只中。

 一人の少女がいた。


 彼女の肌は浅黒く、黒い髪を後ろで一本にまとめてくくっている。

 皮製の鎧で武装しており、手には抜身の剣を持っていた。


 そして、そんな彼女を同じく武装した男十人が囲んでいる。

 男達が着けている鎧は同じ物だが一人だけ剣を装備した男がいて、それ以外は槍を持っていた。


「もう逃げ場はないぜ、お嬢ちゃん」

「不敬な物言いを……」


 囲んでいた男の一人。

 剣を持った男が言い、少女は不快げな表情で呟く。


「敬われる立場だと思うのか? 連れて来いとは命じられたが、殺そうが生かそうが構わないと言われてるんだよ」

「……お前達は、それでいいのか? この国の現状に憂いを持っていないのか?」

「あんたらが勝っていたら、俺達も勝ち馬に乗ったかもしれない。でも、あんた達は負けた」

「強い者なら誰であろうと媚びへつらう卑怯者め」

「憶えておくんだな。大儀だの何だのと理想を唱える人間は、生きる事で手一杯になった事のない人間だけだ。あんたには俺達がさぞ矮小に思えるだろうがね。やれ」


 男はそこで言葉を切ると、他の男達に指示を出した。


 男達が武器を手に、少女へと迫る。

 少女は悔しげに顔を顰めると、手に持っていた剣を握りなおした。


 そんな少女の隣に、男達の頭上を飛び越えて着地する人物があった。

 思いがけない乱入者に、少女とそれを囲む男達は驚きと戸惑いの表情を浮かべる。


 そしてその乱入者とは――

 なんと私である!


「「誰だお前は!?」」


 少女と男の一人が同時に声を上げる。


「今、名乗るつもりはない。フェアな状況じゃないから加勢させてもらう。それだけだよ」


 私の後腰で、白狐がカタカタと自己主張を始める。

 残念ながら、今回も君に出番はないよ。

 と、軽く出掛かっていた刀身を鞘に押し込める。


 その時、男の一人が私の背後から槍で突きかかってきた。

 私はそれを周囲に霧散させていた魔力により前もって察知していた。

 しかし、その襲撃に対して私は何も行動を起こさない。


 というのも……。


 背後の男が新たな乱入者の跳び蹴りによって地面に伏せる。


 こうなる事に気付いていたからだ。


 男を蹴り飛ばしたのは、アードラーだった。


「増えたぞ!」


 男が叫ぶ。


「置いていかないでちょうだい。私はあなたほど、速く走れないんだから」


 アードラーはそう文句を言う。


「急がないと危なそうだったからね」


 私は答えながら、囲まれていた少女を見る。

 少女はそんな私を勝気そうな目で睨みつける。


「余計なお世話だ! 私一人でも負けなどしない」

「そう、それは申し訳ない」


 謝りながら、私は自分に迫り来る男を殴り倒した。

 同時に別方向から突き入れられた槍の穂先を避け、さらにカウンターでもう一人を蹴り倒す。


 数に物を言わせて、次々に男達が襲いかかってくる。


 仲間が倒されても動揺が薄い……。


 複数同時の攻撃に対処し、反撃を狙う。

 が、繰り出そうとした拳を私は引く。

 先ほどまで私の立っていた場所を火球が通り過ぎた。


 魔術だ。


 避けた火球が向きを変え、さらに私へ迫ってくる。

 追尾するタイプだ。


 私は自分の魔力を周囲に散布し、側転宙返りで避ける。

 火球は魔力の散布された場所を通り過ぎていった。


 質量のある残像という奴だ。


「追尾弾を防がずに避けた、だと?」


 男の一人が驚きの声を上げた。

 本来なら、当たるまで追いかけてくる物なので驚くのは当然だ。


 でも、驚いているのは彼だけじゃない。

 私も彼らの錬度の高さに十分驚いていた。


 ただのごろつきじゃないな。

 多人数での連携が上手い。

 戦力を私《一人》に集中させて、確固撃破を狙おうとしている。

 私の戦い方がカウンター主体である事にも気付いて、お互いの隙を消すように動いている。

 明らかに訓練された人間だ。

 装備品も統一されている。

 軍人……だろうか。


 魔術を使ってくるなら、貴族でもある?

 でも、一般的に貴族だけが魔法を使えるアールネスと違って、カルダニアに貴族という身分はないらしい。

 多くの人間に、魔術が浸透しているかもしれない。


 気にはなるけど、今はそれを考える時でもないね。

 どう対処するか、それを考えるべきだ。


 対応されるなら、戦い方を変えようか。

 カウンター主体じゃなく、積極的に攻めてみる。

 対応される前に速攻だ。


 私は魔力縄クロエクローで一人を捉え、引き寄せた。


「なっ!」


 驚く男の顎を強かに殴りつける。

 男は倒れた。

 脳震盪を起こして無力化する。


 一人目。


 間髪いれず、別の男へ接近。

 男は咄嗟に槍を振り下ろして反撃。

 しかし間に合わない。

 振り下ろされる途中の手を腕で受け止め、相手の顎を掴んだ。

 一度顎を持ち上げ、そのまま地面へ後頭部を叩きつける。


 二人目。


 相手を地面に叩きつけてしゃがみ込んだ体勢の私に、すぐさま次の男が襲いかかってきた。

 魔力縄クロエクローを顔に放ち、引っ張る。

 男は体勢を崩して前転し、仰向けに倒れた。

 その顔面に、拳を振り下ろす。


 三人目。


 最後に、私の相手をしていた男の一人と対峙する。

 唯一、剣を持った一人だ。

 私の力量を高く見積もってくれたのだろう。

 慎重に私の挙動を見ている。


 私は立ち上がり、彼ではなく周囲に意識を巡らせた。


 アードラーは心配ない。

 ナイフを手に、難なく応戦している。

 二人相手でも大丈夫だろうが、一人を相手にする現状なら余裕だろう。


 そして少女は……。


「やぁっ! たぁっ!」


 声を上げながら繰り出される彼女の攻撃は、剣と魔術を組み合わせた物のようだ。

 剣が炎を纏い、蹴りや拳が雷光を帯びている。

 もちろん、普通に魔術を放ったりもしている。


 何と言うか、とんでもなく派手な戦い方だ。

 あれぞ魔法戦士という戦い方である。


 それに言うだけの事はあって、確かに強い。

 男の一人を相手に優位性を保ちながら立ち回っている。


 が……。


 私は彼女の背後から奇襲しようとしていた別の男へ魔力縄クロエクローを放った。

 背中を掴まれ、男は私の足元に引き倒される。

 その顔を思い切り蹴って無力化した。


 あの少女も強いが、それは一対一での強さだ。

 乱戦には慣れていないようだ。


 でも、これでみんな一対一の状況だ。


 私は私の相手に向き直り、構えを取ろうとして……止めた。


 私達がどこから来た者であるか。

 それを知られてはならない。

 ビッテンフェルト流闘技の使い手である事を悟られないよう、極力普段の構えは取らない方がいいだろう。


 前世で親しんだ格闘ゲームのキャラクターの構えを取り、私は男と向き合う。

 対して男は静かに剣を構え直した。


 男の右手に握られた剣が炎を纏う。

 その剣が私に対して振るわれ、燃える炎が軌跡を描く。


 が、その軌跡は描き切られる前にその動きを止めた。

 剣の持ち手を押さえ、私が阻害したからである。

 私は反撃を試みるが、それより先に相手のフックが放たれた。


 剣は初めから囮か。


 フックをガードすると男は剣で斬りつけてくる。

 それを避け、手の甲を叩いて剣を手放させる。

 が、相手はその手ですぐさま拳を放ってきた。


 近接戦へ持ち込む算段のようだ。

 私もそれに応じて、拳と蹴りを交わす。


 近接戦を強いてきただけあって、そこそこ強いな。

 体も魔力で強化しているし、攻撃に電流を纏わせていて軽い一撃にも威力がある。

 何よりも防御技術が高い。

 意識を奪われないように、頭部のガードが固い。

 威力の乗りにくい近接戦では、仕留めにくいな……。

 負けない自信はあるけど、時間がかかりそうだ。

 ちょっと小細工して倒そうか。


 数度の打ち合いの末、隙を見極めて相手の脇腹に電流を纏わせたフックを叩き込む。

 相手の上段ジャブに対し、しゃがみステータスの中段フックを潜りながら見舞う感じだ。


「ぐっ」


 相手が痛みによろめいて後退する。


「終わりだ。お前の命はあと一分」


 私は相手に言い放つ。


「何だと?」


 相手は神妙な顔をする。


「拳から相手に魔力を流し込み、内部から炸裂させるのが我が拳の奥義だ」

「馬鹿な……! 魔力を持たぬ相手ならいざ知らず、魔力を持つ者に対してそのような事ができるはずはない」


 そういえば、南部の技には相手に直接魔力を流し込んで爆破する技があるって、ティグリス先生が言っていた気がする。

 多分、私のアンチマテリアルパンチと似たような仕組みだろう。


 あれは魔力を含まない物質マテリアルに自分の魔力を送り込んで炸裂させる技だ。

 しかし物質とは言ったが、魔力がないものならたとえ人間であろうと使用できる。

 YOUはSHOCKな状態になりそうなので、私は使いたくない。

 むしろMEにSHOCKという感じである。


「魔力には反発し合う性質がある。我が奥義はその反発を利用し、魔力を持った相手であろうと気付かれぬ内に仕込む事で相手の体を爆破するのだ」


 まぁつまり、魔力持ちの相手にしているこの話はハッタリである。


 しかし相手は、私の言葉に顔色を悪くする。

 明らかに動揺している。


「嘘だ!」


 嘘だけど。


「なら、試してみるがいい」


 言いながら、私は構えを解いた。


 その時、アードラーが私のそばに寄ってきた。

 彼女も自分の相手を倒したのだろう。


「クロエ。多分、もう一分経ってるわよ」


 私の耳に耳打ちする。

 相手が気付いてないから良いんだよ。


「あと五秒だ。数えてやろうか? 一つ、二つ……」

「くそぉ!」


 私がカウントを始めると、焦った相手がやけくそになってこちらへ突っ込んでくる。


「ゼロだ!」


 そう言って、私は向かってきた相手の顔に渾身の手刀をお見舞いした。

 冷静さを欠いた相手など、恐るるに足りない。


 私の相手はその一撃で地に伏せ、動かなくなった。

 素直な人で助かった。


 こっちは終わった。

 あとは……。


 私は、少女の方へ向く。


「たぁーっ!」

「うぐああぁっ!」


 魔法の爆発が起こり、それを受けた男が吹き飛ばされる所だった。


「次は……! あれ?」


 こちらを見た少女が、倒れ伏す男達を目の当たりにして戸惑いの表情を作った。

 でもすぐに表情を引き締めると、息を整え私を見据える。


「協力を感謝する。まぁ、私一人でもどうにかできたが」

「それは差し出がましい事をしました。申し訳ありません」


 本当に?

 という言葉は心の中にしまい込んでそう謝る。


「私の名はアーリア。この国の王女だった者だ」

「王女……様?」


 私は驚きの表情を作る。

 けれど、それは本心からの物ではない。


 やっぱり、こっちに味方してよかった。

 男達のとのやり取りを聞いていたので、私はなんとなくそうじゃないかと思っていた。


 確かに、それはありえない話じゃない。

 何故なら、彼女は合流する対象の一人だったから。


 この付近に来る事はわかっていた。


 しかし、偶然とはいえそんな彼女を助けられた事は僥倖だ。

 少しは信用してもらい易くなるだろうから。


 私は心の中で打算的な事を考え、微笑んだ。

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