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二話 カルダニアの大地と荒野のグルメ

 私達の達成すべき最初の目的は、カルダニアに察知される事無く国境を越える事だった。

 それはアールネス側の手引きもあって無事に達成し、今の目的はある人物と接触する事である。


 その接触地点まではアールネスの国境から近いとはいえ、数日間の移動を余儀なくされた。


 カルダニアの大地には、広い荒野が広がっている。


 アールネスの国境。

 その少し前から荒野は始まり、国境を越えるとさらに荒野は広がり続けていく。

 植物はちらほらと目に付くが、決して豊かとは言えないだろう。


 この荒廃は、もしかしたらここが国境に近いためかもしれない。

 国境付近というのは、国の中心から最も離れた場所でもあるのだから。


 目印のような物はあまりない。

 遠くに見える大きな岩だけ。

 しかしだからこそ、迷わずにいける。


 目的の人物とは、そこで待ち合わせをしていた。

 だから私達はそこを目指して歩き続けている。


「ねぇ、アードラー。カルダニアってどういう国なの?」

「私も詳しくは知らないけれど……。アールネスと同じ王国でありながら、アールネスよりも王の権威が強い国らしいわ」

「ん、どういう事?」


 いまいちピンと来ない。


「全ての判断は王に委ねられ、臣下はその手足でしかない。異を唱える事は許されず、ただ王の命令に従う事だけが許されている。あと、貴族がいないわ」

「王様以外は平等って事?」

「境遇に差はあるでしょうけど、身分によるものではないでしょうね。で、領地は全て王の直轄地で、管理者は代官という形で土地を管理しているわ」

「ああ。なんとなく解った」


 うちの国の王様とは確かに違う。

 うちの王様はあまり政治に関わらない。

 重要な判断を下す事はあるけれど、それも全てじゃない。

 王様よりも各専門の大臣が主体で国が動いていて、王様は責任だけを取る事が多い。


 カルダニアはなんというのか、ワンマン企業という感じなのか。


 私が理解を示すと、アードラーはさらに続ける。


「元老院の類もないみたいよ」

「それはうちにも無いね」

「大臣達が元老院みたいなものだもの」


 ああ、そうなんだ。

 知らなかった。


「あとは、国土がアールネスの倍以上ある事。それから、定期的にアールネスへ攻めてくる事かしら」

「……国土がアールネスより大きいのに、攻めてくるの?」


 そんなに国土いる?


「持っている者ほど、求める気持ちは強いと言うわね。でも、そういう理由では無くて……」


 アードラーは周囲を示した。


 と言っても、そこには荒野しかない。

 強いて言うなら、見慣れぬ土地でややテンションの高い雪風とそれの相手をしているすずめちゃんくらいだ。


「あまり肥沃とは言えないでしょう。この土地は」

「……うん」

「農作物も育ちにくくて、土地の大きさに反して収穫量は少ない。王都のある中央はまだ豊からしいけれど、そこから離れれば離れるほど荒野になっていく。ここに来るまでにも、村はなかったでしょう?」

「そうだったね」


 だからこそ、国境越えも比較的楽だった。


「人口も土地と同じく、アールネスの倍近く多いの。持たず、求める者が多いという方が正しいでしょうね」


 土地は大きいが、豊かではない。

 だから、土壌に恵まれたアールネスの土地が欲しいという事か……。


「一応、南の端には海があるのだけれど、断崖となっていて港を造り難いらしいわ」


 漁業も交易も難しいわけだ。

 根気良くそちらに力を入れれば、いずれは実を結びそうな気もするのだけど。

 手っ取り早く、陸路でアールネスから奪い取る道を選んだわけだ。

 工事費用を戦費に当てたために港を作れなかったというのもあるのかな。


 いや、港を作ったとしてもその利益では、国を維持するに足りないと計算した結果かもしれない。

 この貧しくも広大な土地を何代も治めてきたのだ。

 その王族が愚かであるわけがない。


「向こうの方に大きな森が見えるようだけど」


 西の方角。

 かなり遠くに、緑の塊が見える。

 それを指して言った。


 あそこはとても豊かな土地に見える。


「ああ、あれは……」


 アードラーは言葉を濁し、答える。


「ほら、アールネスは排泄物を川に流しているじゃない?」

「ああ。そうだね」


 アールネス王都の地下には下水道が通っていて、その下水は王都を縦断する川に流されている。


「その川があの辺りを通っているの」

「……あそこも一応、カルダニア領?」


 アードラーは黙って頷いた。


 確かに、流れる水は栄養満点だろうね。


「今はヴェルデイド公の発明で綺麗な水にして排出できるようになったけれど、昔はそのまま流していたからそれを理由に攻めてきた事もあったらしいわ」


 百年近く前だけど、とアードラーは付け加えた。


 まぁ、いくら肥沃でも敵国のしもが流れてくる土地というのはいい気分じゃないよね。

 綺麗にしている、と言われても使う事には躊躇いがある。


「国境付近に、お互い人を置かないよう条約を結んでいるというのもあるけれどね」

「そうなんだ」

「まぁ、何かと理由をつけてくるけれど、攻めてくる一番の理由はアールネスの土地が欲しいからでしょうね」


 だから、どんな物でもいさかいの理由にして戦争を仕掛けようとするわけだ。


「根本的な理由から慢性的な資源不足にあるため、貧富の差が大きいとも言われているわ」

「そういう国なのか。そりゃあ、乱を生む理由にもなるよね」


 だからこそ、私達がここへ来るきっかけにもなった。


「そうね。あともう一つ、大事な事があるわ」

「何?」

「戦闘に関してだけならば、魔法技術はアールネスを凌ぐと言われている」


 戦闘特化の高い魔法技術、か。

 確かにそれは、私達にとって気をつけなければならない部分だ。


 今後、荒事に巻き込まれる事は明らかなのだから。




「そろそろお昼にしようか」


 空腹を覚え、私は提案する。


「そうね。頃合いかもしれないわ」

「食料を探してくる」

「ええ。じゃあ、すずめさんと準備をしておくわ」


 アードラーに言われ、すずめちゃんは頷いた。

 雪風もわふわふと返事をする。


 アードラーとすずめちゃんは、それぞれ背負っていた荷物袋を置いた。


 私自身も、背負っていたリュックサックを地面に置く。

 このリュックサックは瞬間装着式強化装甲しゅんかんそうちゃくしききょうかそうこうである。

 アールネスを出る前に、持ってきた旧式だ。

 もう使わないだろうと思って倉庫に置いていた物だったが、倭の国へ行った時に新式の装甲はかなり酷使してしまったため置いて来ざるを得なかった。


 それによって旧式を持ってきたわけだけれど……。


 これで、新式の装甲が我が家に存在する事になった。

 その装甲はやがて、新しい持ち主の手に渡る事となるだろう。


 ため息が出る。


 順調に歴史通りとなっているなぁ……。

 何とかできるんかねぇ?


 いや、弱気になってはいけない。

 運命を変えるという気概を持たなければ。


 やるぞー!

 差し当たって狩りを頑張ろう!


 と頑張ってみた結果、変な鳥が獲れた。

 アールネスでは見た事のない、本当に変な鳥だ。


 ダチョウのような鳥である。

 実際飛べないらしく、私に気付いた鳥は走って逃げようとした。

 それをクロエマグナムで仕留めたわけであるが……。


 ダチョウと違って、色彩が異常である。

 羽も皮膚の色もカラフルで、多くの色から成り立っていた。

 頭には飾り羽根のような物が生えていて、とんでもなく派手である。


 大きい鳥なので、三人と一匹の女子の胃袋を満たすには十分の大きさだろう。

 十分すぎて余るだろう。

 問題は食べられるかどうか、という事だ。


「ただいま」

「おかえり」


 アードラーは私が背負ってきた獲物へ目を向ける。


虹鳥こうちょうね」

「知っているの?」

「知っているだけだけれど。カルダニアの荒野に生息する動物ね。肉はともかく、卵が美味しいらしいわよ」


 肉は美味しくないのか。


 血抜きをしようとすると、私の後腰に佩かれていた短刀がにわかに騒ぎ出した。

 この短刀の銘は白狐。

 妖刀である。

 どうやら意思を持っているらしく、たまに何か主張するようにカタカタと鳴る。


 何?

 妖刀らしく血に飢えていると?

 血を吸わせろとでも言っているの?

 こんな変な鳥の血抜きでいいの?

 それくらいなら構わんけど。


 私は白狐を抜いて、血抜きのために首と足を切った。

 白狐の刀身に着いた血を拭おうとして、着いた血が染込むようにして消える所を目の当たりとした。


 本当に吸いよった。

 ちょっと使う前より綺麗になった気がする。


 ……肉に刺しとこう。


 血抜きを終えて白狐を鞘に納めると、すずめちゃんと雪風が寄ってきた。


 吊るされた虹鳥を不思議そうな顔で見ている。


「食えるんか?」


 倭の国の言葉で訊ねてくる。


 幼女が一目見て警戒するほどの色合いである。

 私も正直、かなり心配だ。


「美味しくないらしいけど」

「そうなのか」


 ちょっとがっかりした様子ですずめちゃんは言う。


 血抜きを終えて羽を毟る。

 そして解体したのだが……。


 私は驚いた。


 肉が……虹色だった……。


「うわぁ、肉のレインボーブリッジやぁ……」


 レインボーブリッジは虹色ではないけれど。


「アードラー」

「何?」

「これ、毒とか持ってない?」

「持っていないはずよ」


 大丈夫らしい。

 本当に?

 こういう色の動物って、だいたい猛毒持ってるもんだよ?


 やや懐疑的に思いながらも、アードラーを信じて肉をさばく。

 骨も虹色だった事に驚きつつ、解体を終えた。


 さて、肉が美味くないという事は焼くのはよくないな。

 下ごしらえすれば何とかなるかもしれないが、そんな手間はかけられない。

 煮込んでみようか。


 リュックサックに吊っていた鉄なべを用意する。


「雪風、水」

「わふ!」


 お願いすると、雪風の元気な返事(?)と共に鍋上へと水の塊が現れた。


 私が出す水よりも、雪風が出す水で料理した方が澄んでいるしおいしいのでこういう時はいつも雪風に頼んでいるのである。

 多分、彼女を可愛がっている水の女神の影響だろう。


 水の塊がそのまま鉄鍋へと投下される。

 飛沫を上げて、鍋に水が満たされた。


 びちゃびちゃと私の顔に水飛沫が跳ねる。


「今度からは、もう少しゆっくりね」

「わふ……」


 水の張られた鍋を魔法で加熱し始める。


「火は私が管理するから、料理をお願い」

「わかった」


 アードラーが寄ってきて、火の調整を代わってくれる。


 その間に、私は調理を済ませた。


虹色味噌鍋レインボーミソなべの完成だ」


 豪快に骨と肉をまとめて入れ、味噌で味付けしたシンプルな煮込み料理である。

 が、肉の虹色が全て溶け出し、スープが全体的に虹色となっていた。


 体に悪そう……。


 そもそも色が混ざり合わずに虹色を保ってるってどういう事?

 本当にどういう事?


 鍋を囲み、みんなで昼食を摂る。


「不思議な色ね」

「私もそう思う」


 アードラーの感想に私は強い共感を覚えた。


「食えるんか?」


 すずめちゃんがさっきと同じ事を聞いてくる。

 さっきより心配そうである。


 言いたい事はわかるけど大丈夫だと思う。


「一応、味見はした。何とも無いから大丈夫。……な、はず?」


 言いながら、自分の分を木のお椀によそって一口食べる。


 汁の味は、そこそこ良い。

 いや、むしろかなり良い。


 ……が、肉は美味しくない。

 主に食感が悪い。

 ぶにょっとしていて、本当にこれは肉なのか? と思ってしまう。


 出汁の味が良いのだから味そのものは良いはずなのに、食感が全てを台無しにしている。

 好きな人は好きかもしれないが、私は好ましく思えない。


 この肉も最初は硬い鶏肉みたいな感触だったが、水分につけると膨らんでこうなってしまったのだ。


 私が食べて見せると、みんなが料理に手を伸ばした。

 雪風には、私が汁と肉をよそってあげる。


「肉そのものはともかく、スープは美味しいわね」


 アードラーが感想を述べる。

 よかった。

 肉が美味しくないと感じるのは私だけじゃなかった。


 笑顔なので、それなりに汁の味は気に入ったようだ。


「でも、食べた事のない味付けね。調味料は?」

「これ」


 私は木の器に入った味噌を見せた。

 倭の国でお土産に買ってきた物をそのまま持ってきたのである。


「ふぅん」


 器に入った味噌をアードラーは注視する。


「オソマじゃないよ」

「オソマって何?」

「うーん……これはちょっと言えないかな」

「? そう」


 アードラーの言う通り、本当に肉はまったく美味しくなかったが、出汁はとても美味しかった。

 天虎といい、虹鳥といい、不思議生物は不味いのが定番なのかもしれない。

 アールネスの祖先は、定住の地を持たない流浪の民だったのではないかという説がある。

 シュエット神話を紐解く中でも、女神シュエットとの出会いによって国を作る事となったという描写があり、その説には一定の有力性がある。

 言語の中にもさまざまな国との類似性が見出せ、しかしどの国とも違う独特の言語である事がわかる。

 一説には古代アールネス人はアールネスを建国後、土地の方々へ散っていき、東に向かった者がサハスラータ、南に向かった者がカルダニアを作ったのではないかというものがある。

 それを証拠に、その周辺にある国々の人間は魔力が軒並みに高く、その技術も発達している。

 その魔力の高さは世界中の各国と比較しても類を見ない物であり、この三国の源流が同じである可能性を示唆している。

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