表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/145

一話 新たな旅立ち

 事の発端は、私がアールネスへ帰り着いた日までわかのぼる。


 倭の国から帰ってきた私は、眠るヤタの顔を眺めていた。

 つぶらな瞳が開き、私の顔を映す。

 その時が来るのを楽しみに待っていた。


 隣にはすずめちゃんがいて、その足元には雪風がいた。

 雪風は忙しなく尻尾を振り、短い足をどうにかベッドの上に引っ掛けようと足掻いていた。


 ベッドの上で眠るヤタをもう一度見たいようだ。

 だが、どうあがいても自力で上がれそうにないので私は雪風を抱き上げた。


「吠えちゃダメだよ」

「わふわふ」


 雪風は人の言葉がわかるようなので、よくわからない声でこたえた。


 雪風をヤタに近づける。

 すると、雪風はぺろりとヤタの鼻を舐めた。


 あっ……。

 確かに吠えてはいないけど……。


「んん……ふふ……」


 ヤタはくすぐったそうにし、かすかに笑う。


 まぁいいか。

 このまま起きないかなぁ。


「その犬……ユキカゼちゃん、だったかしら?」


 淡白な調子で訊ねるアードラー。

 一見、興味が無さそうに見える。


「うん。そうだけど」


 が、私の目は欺けない。

 これでも、私は彼女の妻であり、彼女は私の妻だからである。


「気になる?」


 問い掛けると、アードラーは私から目をそらした。

 少しばかり頬に朱が差している。


「少し、ね」

「撫でる?」

「いいの?」


 私は雪風をアードラーの方へ向けた。


「触るわよ?」

「わふ」

「返事をしたわ……!?」


 雪風が小さく吠え、アードラーは目を見張って驚いた。


「ああ。一応、言葉がわかる程度に頭いいから」


 行動がほんの少しクレイジーなだけで。


「本当に犬なの?」

「犬じゃなくて犬鬼けんきっていう種類の動物? らしいよ」


 どう見ても柴犬の子犬のようにしか見えないが、その頭には小さな角が生えている。

 天虎とかのような不思議生物の類だと思われる。


「ふぅん」


 アードラーは恐る恐る雪風の頭に触れた。


 ぎこちない手つきが、一回二回と触れるたびに少しずつ動きの固さが取れていく。


「ふわふわ」

「わふわふ」


 アードラー、犬が好きなのかな?

 嬉しそうだ。


 そんな時である。

 我が家への来客に応対していたアルディリアが部屋に戻ってきた。


「クロエ」


 大変言い難そうな様子で私の名を呼ぶアルディリア。

 その時点ですでに嫌な予感はしていたのだが……。

 彼が次に口を開いた時、その嫌な予感は決定的な事柄となった。


「陛下とアルマール公が、城へ来て欲しいと……」


 行きたくないとは思いつつ、王様からの呼び出しならば行かなければならない。

 私は溜息を吐き、城へと向かう事になった。

 そして……。


「時間がないので、すぐに南部へ向かってほしい」

「へ?」


 城へ向かうなりそんな事をアルマール公から告げられ、私は奇妙な声をあげた。




 そして今、私はここにいる。


 南部の国。

 カルダニアに。


 正直、行きたくはなかった。

 断わってやろうと思った……。

 けれど……。

 詳細を話されると、行かざるを得なくなってしまった。


 これは必要な事だ。

 誰かがやらなくちゃならない事だと思った。

 何より、私が適任なのだという。


 そして、そのまま急いで準備し、ヤタが起きる前に家を出る事になった。


 仕方がない事。

 そう思ってはいるけれど……。


 そう思っても溜息は出た。


 ただ慰めがあるとすれば、今回は私一人じゃないという事だ……。


「何なら、私が代わりに一人で来てもよかったのよ」


 私の隣で、アードラーが言う。


「それはできないよ。アードラーだけを来させられない」

「私だけじゃ信用できない?」

「そんなんじゃない。私はただ、心配なだけ。アードラーが危険な目に合った時、そばに居られなかった。なんて事になりたくないから」

「そう。ありがとう。私も同じ気持ちよ。だから、ついてきたのよ」


 アードラーは笑った。


 今回は、アードラーもついてきてくれた。


 そして、同行者は彼女だけじゃない。


「わふわふ!」


 雪風が吠えているのか鳴いているのかよくわからない声を出し、私の足にじゃれついてきた。


 勢い良く尻尾を振る雪風を抱き上げ、すずめちゃんに渡す。


 すずめちゃんと雪風もついて来ていた。


 危険だから家にいてもらおうと思ったが……。

 天涯孤独となったすずめちゃんにとって、信頼できる大人というのは私だけである。

 そんな私がいない場所に残される事を彼女は嫌がった。

 だから、連れてくる事にした。


 行く先は、倭の国ほど遠い場所じゃない。

 帰ろうと思えば、すぐに帰る事のできる場所だ。

 今回はアードラーもいる。

 私一人じゃ力が足りなくとも、彼女と一緒ならきっとなんとかなる。


 そう思えた。


 二人ならやれる。

 今回の事だって、すぐに解決する事ができるはずだ。


「さ、やる事を終わらせて早く帰ろう」

「ええ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ