六十二話 朝倉城下町の出来事
俺の名は、権六。
仕事は大工だ。
他に何を言えばいいんだ?
お役人さん。
……何があったかって?
そうだな……。
始まりは、秋津川関が道を歩いていたんだ。
……そう、そこにいる秋津川だよ。
知ってるよな。
こいつは、元々ここの生まれで徳川で力士になったんだ。
それで、幕内力士にまでなった。
百貫を超える大男だ。
ある意味、朝倉にとっても誇らしい奴だ。
まぁ、それはこいつがもっとマシな人間だったらって話だけどな。
こいつはガキの頃から、評判の悪党でな。
まぁ、素行が悪くてみんなから嫌われてた。
徳川でちっとはマシになるかと思っていたが、そんな事もなかった。
クソみたいな性格は関取になっても変わらなかった。
だからまぁ、嫌われてた事には変わらない。
話がそれたな……。
で、こいつは徳川から連れてきた自分の弟分四人と一緒に往来を我が物顔で歩いてたんだよ。
……おう、弟分はみんな力士だ。
そこらに転がってる奴らだな。
多分、秋津川がここに帰ってきたのも旅行かなんかのつもりだったんだろうな。
ずうたいのでかい奴ばかりでのしのし歩いてたんだ。
ある意味壮観だったぜ。
でも、嫌がる娘っこにちょっかい出したり、ぶつかった通行人を殴り飛ばしたり、入った店の物を脅し取っていったり、とまぁやりたい放題だったよ。
そんな時だよ。
あいつらの前に子犬が飛び出してきたんだ。
真っ白な毛玉みたいな子犬だ。
それを追って、小さな女の子も飛び出した。
鈴の根付を帯につけた女の子だ。
飛び出してきただけならよかったんだが、その子は秋津川の進む道を塞いじまった。
……秋津川がどうしたかって?
あの心の狭い奴が、笑顔で許してやったと思うのか?
あいつ、子犬ごとその子を蹴り飛ばしやがったんだ。
まぁ、幸いその子らは無傷だったよ。
あの子は陰陽師だったのかもな。
水が子犬と女の子を覆って、守ったんだ。
で、その後だよ。
あれが出てきたのは。
ここであれって言ったのは、あれが人間だと思えなかったからだな。
確かにあいつは人間の形をしていた。
でも、あんな事ができる奴が人間だとは思えないね。
「おい」
低い声でそいつは秋津川に声をかけたんだ。
現れたのは黒い服を着た、体の大きな女だった。
それでも、秋津川の方がでかかったが。
男か女か分からん顔つきをした女だった。
まぁどちらであっても、美人である事には違いない。
そんな女だった。
……何で女だとわかったかって?
そりゃあ、なぁ?
あれだよ。
乳がでかかったんだよ。
そいつは、子犬と女の子を庇うように前へ立ち塞がった。
「何だおまえはよう? ああ?」
秋津川の弟分が女に近づいて凄んだ。
で、次の瞬間だ。
その女が近づいてきた弟分の頭を掴んだ。
かと思えば、そのまま持ち上げやがったんだ。
……ああ、完全に持ち上がってた。
秋津川程の大男じゃなかったが、それでも力士だ。
巨体である事には変わりない。
そんな奴が、地面に足が付かなくてじたばたと足掻いていたからな。
「お前に用は無い。そっちだ。その子達に謝れ!」
女は言いながら、秋津川を指してから女の子を指した。
「邪魔だから蹴り飛ばしただけだ。俺が何でそんな事しなけりゃならねぇ?」
「何だと?」
秋津川と女が言葉を交わしてにらみ合った。
と、その時だ。
弟分二人が、女に向かって行った。
女は向かってくる一人に、掴んでいた弟分を投げつけた。
力士とはいえ、自分と同じぐらいでかい奴を投げつけられたとあっちゃあ、受け止めきれるもんじゃねぇ。
受け止め損なって、仰向けに倒れた。
そのまま頭打って、気を失っちまいやがった。
で、残った一人を女は殴りつけた。
凄かったぜぇ!
何せ、殴られた弟分は回転しながら長い距離を吹き飛ばされたんだからな。
……おう、地面を転がったんじゃねぇ。
文字通り吹き飛ばされたんだ。
空中を側転しながら、後ろへ飛ばされた。
俺が思うにあれは、拳を強烈に捻りこんで殴ったからなんだろうな。
拳の回転に巻き込まれて、あんな奇怪な飛び方をしたんだ。
間違いねぇよ!
おっと、興奮しちまったな。
それだけ凄い光景だったんだよ。
で、だ。
残った一人の弟分も殴りかかってきたんだが、女はそいつの腹を蹴った。
何発も何発も連続でな。
「あたたたたたたたたっ!」
って奇声を上げながら、蹴ってたぜ。
その蹴りの早いのなんのって……。
もう、足の膝から先が見えないくらいだった。
そうしたら、弟分のでっぷりした腹が凹んでいったんだ。
水に息を吹きかけたらちょっと凹むだろ?
あんな感じに、腹の肉が広げられて凹んでいったんだ。
「くろえじゅうはざん!」
で、トドメに拳を腹へ突き刺した。
「お前はもう……」
女が何か言いかけている途中で、弟分が気を失って倒れた。
何を言おうとしたのかわからないが、それで女は黙り込んじまいやがった。
ちょっと寂しそうな顔をしていたな。
ちゃんと台詞を聞いて欲しかったのかもしれねぇ。
弟分はみんなやられると、秋津川が不意打ちで女に突撃した。
百貫を超える巨体が、でかいとは言え女一人に迫ったんだ。
力士相手にやるように、頭突きを交えたぶちかましだ。
きっと、見てる奴は女が死んでしまうだろうと疑いもしなかったはずだ。
でも、そうはならなかった。
秋津川の突撃を避ける事もなく、女は立っていた。
ぶちかまされて、そして……。
それでも女は平然と立っていたよ。
お前、何かしたのか?
って感じで。
まるで動じてなかった。
何事もないかのように、自分の腹に頭を押し付けてる秋津川を見下ろしてたよ。
百貫の巨体をもろにぶつけられたって言うのに、一歩も退いてなかった。
対して秋津川は必死に押してた。
必死に進もうと足を動かしてた。
でも、しまいにゃあ、進もうとする足が逆に地面を抉ってずりずりと後ろへ行っちまう始末よ。
「謝る気がないっていうのはわかったよ」
女は言った。
次の瞬間、女は秋津川の胴に両手を回してがっちり掴んだ。
そのまま上にぐるぐると回りながら跳んだかと思うと、そのまま落ちてきて……。
秋津川の背中を地面へ叩きつけた。
女が秋津川を放すと、秋津川はそのまま四肢を投げ出して動かなくなった。
で、あの状態だ。
これが俺の見た限り、その大通りであった事だよ。
……嘘じゃねぇよ。
他の奴にも聞いてみな。
自分でも信じられねぇよ。
人間にできる事じゃないからな。
きっとあれは、鬼だったんだよ。
黒鬼だ。
あの女の子は、あいつの子供だったのかもしれねぇな。
だから、蹴飛ばされて怒ったんだよ。
まぁこれが、俺の見た全部だよ。
スクリューパイルドライバーの体勢で回りながら上昇し、パワーボムの体勢で落ちた感じです。
倭の国編の終わりまで、エピローグを合わせてあと二回。
倭の国編が終わると、一旦休止する予定です。
もしかしたら、明日の内にエピローグまで更新するかもしれません。




