六十一話 復讐の虚しさ
双子を倒し、私と椿と忍の人はお妙さんの家へ戻る事にした。
途中、般若と別れた場所を通ると首と胴体の別れた死体を見つけた。
顔を見ると、柊だった。
どうやら、般若は勝ったらしい。
ならどうして彼女はいないのだろうか?
そう思いながらお妙さんの家に着くと、そこに彼女はいた。
どうやら、お妙さんの家が茨に襲撃されたらしく、急いで戻ってきたらしい。
が、戻ってみるとお妙さんが茨を倒してしまっていたとの事だ。
お妙さんの家に戻ると、そこにはボロボロに叩きのめされた茨の死体があった。
抜け忍四人の遺体は、その日の内に服部へと移送される事になった。
服部の忍達が姿を現し、抜け忍達を荷車で運んでいった。
こうして、宿場を支配していた抜け忍達は倒され、椿の敵討ちは終わったのである。
夜。
お妙さんの家。
椿の姿が見えなくて、私は彼女を探した。
すると彼女は、庭に一人佇んでいた。
「椿」
「お前か」
名を呼ぶと一度私をかえりみて、また前を向く。
「どうしたの? こんな所で一人で」
「少し、考え事を」
いろいろと、考える事はあるだろうね。
敵討ちを果たしたんだから。
「……復讐を果たしても、満たされるものではないな。虚しさがある」
ふと、椿がそんな事を呟いた。
「いや虚しくなきゃ、だめでしょ」
「どういう事だ?」
言うと、今度こそ彼女は私に向き直った。
訊ねてくる。
「心にも容量はある。仇討ちを果たして、今の椿の心からは仇への憎しみが占めていた部分がぽっかりとなくなったんだ。だから虚しいんだよ。その虚しさを復讐の達成で満たしちゃダメさ。その虚しい部分は、今まで心に納められなかった楽しい事で埋めなくちゃ」
笑みを向ける。
椿は儚く笑い返す。
「そうだろうか?」
「そうだよ」
「だとしても……私は妹を失った悲しみを消す事はできないだろうな」
そうだね。
それは、癒えるまでに時間がかかるかもしれない……。
「妹は、酷い殺され方をしたんだ。散々痛めつけられて、私が辿り着いた直後に殺された。絶望を味合わされて、束の間の希望を見せられ、また絶望へと突き落とされた」
「酷いね」
「ああ、本当に酷い」
声が震えている。
椿は俯いた。
そうだね。
そんな事をされれば、冷静ではいられないね。
「あんまりだ……。あんまりじゃないか……。妹は、こんな死に方をするために生きてきたのか、と不憫に思えてならなかった」
「……その人生が不憫でも、もしかしたら来世で幸せになっているかもしれないよ」
「生まれ変わりなど、あるものか。そんな物は、人が作り出した願望でしかない」
「いや、あるよ」
私は断言する。
「何故、そう言い切れる?」
「椿は信じないかもしれないけれど、私は前世の記憶を持っているんだよ」
「何……?」
椿は顔を上げ、私を見る。
「私は、生まれ変わったんだ。だから、きっと妹さんもどこかで生まれ変わって、今度こそ幸せな人生を送っているよ」
「……信じられない話だ」
「うん、そうだね。突拍子のない話だ」
「でも、信じたい話だ。……ありがとう、くろえ」
本当の事だけれど、椿は私が勇気付けるための嘘を言ったと思っているかもしれない。
それでもいい。
私は椿を元気づけたいだけだから。
信じてもらえなくてもいいんだ。
「忍の問題も解決したし、風呂にでも行かないかい?」
お妙さんがそんな提案をした。
何で風呂?
とは言わない。
お妙さんはお風呂とお酒が大好きだからだ。
断る理由はない。
みんな動き回ってお風呂に入る暇もなかったので、ちょっと汗臭くなりつつある。
それは乙女の一大事だ。
という事で、私達女衆はお妙さん行きつけの湯屋へ向かった。
道中。
「そういえば、言おうかどうか迷っていたんだけど……」
般若に声をかける。
「なんだ?」
「ここに来る途中でお風呂入ってた?」
「暇はなかった」
やっぱり?
実は、ちょっと汗臭いなって思ってた。
お風呂に入るのは丁度いいかもしれないね。
「何日入って知らないけれど、今日はきっちりと体を洗わなくちゃね」
「風呂はあまり好きじゃない……。体を洗うのも面倒くさい。浸かったら出る」
「それはダメだよ。浸かる前に私が洗ってやる!」
「遠慮する」
湯屋に到着する。
お妙さんは常連らしく、店の人と一言二言交わしただけで案内された。
「どうだいここの風呂は」
自慢げにお妙さんが示す風呂は、露天風呂だ。
他の湯屋に珍しく、ここには露天風呂があった。
「風情があっていいですね」
「そうだろう?」
お妙さんとそんなやり取りをしていると、雪風がわんわんと吠える。
どうやら待ち遠しいらしい。
早く入らせろという事だろうか。
「ちゃんとかけ湯して、ゆっくり入るんだよ?」
「わん!」
雪風は最近、自分でお湯を出せるようになってからちゃんとかけ湯をするようになった。
言葉を理解できるし言いつけを守れるから、確かに他の犬と比べると賢いのかもしれない。
まぁ、その後ゆっくり入らずに湯船へ飛び込んだが。
「はい、般若。まだ入っちゃダメ」
かけ湯をしてしれっと湯船へ入ろうとした般若を引き留める。
「遠慮する」
「まぁ、そう言わず……」
丹念に洗ってやった。
手拭いでこすってやると垢が出るわ出るわ。
終わった頃にはお肌ツルツルである。
「もう出たい」
「まぁ、そう言わず……」
般若の手を引いて湯船へ浸かった。
湯船に入ると、彼女はすぐに私から離れて行った。
余程辟易したらしい。
しかし……。
見渡すと、湯船にはみんなもう浸かっている。
女五人と一匹、全員裸。
おっぱいがいっぱいである。
特に雪風なんか、六つもおっぱいがあるから人の三倍の仕事をこなしている。
……私、何考えてるんだろう……。
疲れてるのかな……?
「風呂を出たら、ぱぁっと宴会でもしようか。風呂上りの酒は最高だからね」
お妙さんが言いながら、店の人からお酒の載ったお盆を受け取る。
もう飲もうとしとるやないか。
「すては元気か?」
すずめちゃんが般若に話しかける。
「出てくる時は元気だった。今はわからない」
「そうか」
「すても、お前に会いたがっている」
「しばらく会えそうにないな。でも、いつか会いに行きたい」
「そう伝えておこう」
共通の話題で二人は話を続けている。
私は一人でいる椿のところへ向かった。
「どうした?」
「いや、なんとなく」
「そうか……。いい湯だな」
「うん」
椿は深い息を吐いた。
「妹……楓は、風呂が好きだったな。この場にいれば、とても喜んだだろうな」
「そうなんだ。どんな子だったの?」
「そうだなぁ……。一言で言えば、不出来な子だった。馬鹿な事をよくする子で、いつも誰かから叱られていた」
「へぇ……」
そんな時、雪風が足元に水流を作り、勢い良く床を滑って湯船へ飛び込んだ。
着水地点はお妙さんの近くで、お妙さんのお酒が載ったお盆が轟沈する。
「こら、雪風! もったいないじゃないのさ!」
お妙さんが叱る。
雪風ったら、本当に馬鹿な事をするんだから。
もう。
「旅先で大きな風呂に入れる事があれば、泳いだりもしていた」
叱られた雪風が泳いですずめちゃんの方へ逃げていった。
「人懐っこい子でな。すぐに人を信用する。誰彼構わず信用するなと言いつけていたから、最初こそ警戒するんだが……。少し一緒にいるとすぐに懐いてな。食べ物なんて貰うとイチコロだった」
私の見る中、雪風がすずめちゃんから般若の方へ行く。
その指をぺろぺろと舐めた。
そういえば、雪風は人を警戒するようにはなったけれど、秋太郎の奥さんからカツオのタタキを貰ってすぐに懐いたんだったか……。
気付けば、椿は私と同じように雪風を見ていた。
そんな中、雪風が風呂から上がって床を駆け始める。
「それでも、特に私に懐いていてな……。不出来な子ではあったが、そこが可愛いと言えばいいのか……」
「わん!」
後ろから鳴き声が聞こえたかと思うと、雪風が後ろから椿の肩へよじよじと登った。
「わんわん」
肩の上に乗り、ぺろぺろと椿の頬を舐める。
「…………」
「…………」
「わふわふ」
奇妙な沈黙が二人の間に下りる。
ゴゴゴゴゴゴ……という効果音がつきそうなプレッシャーを私は感じていた。
まさか、ね……。
雪風がコロンと落ちて、椿がそれをキャッチする。
二人の視線が、雪風に集まった。
「雪風って、お風呂好きだよね」
「そうだな」
「言っちゃ悪いけどあんまり頭よくないよね。不出来と言ってもいいよね」
「ああ……」
「馬鹿な事するよね」
「うん」
「人懐っこいよね」
「……」
「出会った時から、すっごい椿に懐いてたよね」
「あいつは誰にでも懐くだろう」
そうだけど……。
「ねぇ、楓から、木を取ったら風だよね?」
マザー(mother)から、mを取ったらアザー(other)、他人になるのと同じ理屈で……。
「それこそ偶然だ」
「そうだろうけど……」
すずめちゃんの名付け、雪はわかるけど風はどこから来たのか……。
その謎が今、解けようとしている……?
「でも……」
「言いたい事はわかるが、それ以上何も言うな」
嫌なの?
もしかしたら、可愛い妹が可愛い毛玉になってしまったかもしれないという事実が。
不意に、椿は息を吐いた。
「どちらでもいいか……」
言いながら、椿は小さく笑う。
愛しいものに触れるように、柔らかく雪風を撫でた。
雪風は気持ち良さそうに、目を閉じてされるがままに身を任せていた。
その後、私達はヤクザの人達を交えて大宴会を繰り広げた。
ご馳走とお酒でどんちゃん騒ぎをして、夜が更けていった。
椿も珍しくハメを外し、お酒をたくさん飲んでいた。
仇を討てた事が、余程嬉しかったのかもしれない。
翌日、私達は宿場を発つ事にした。
「すてが心配だ。先に行かせてもらう」
一足先に発つ事となった般若が、旅支度を済ませてそう言った。
私達は彼女を見送る事にする。
「すてちゃんには会いたいけれど、私も故郷に家族を待たせているからね。会うのは別の機会にするよ」
「そうだな。待たせるのは辛いな。早く帰れるよう、願っている」
「ありがとう」
お礼を返す。
「すてちゃんによろしくな」
「わんわん」
すずめちゃんと雪風が言う。
「ああ。わかった。伝えておこう」
わんわんって?
それから少しして、私達も発つ事になる。
「じゃあね。また、来なよ」
見送りのお妙さんが言う。
「はい。今度は、娘を連れてきますよ」
「ああ。その日を楽しみにしているよ」
「じゃあ」
「またね」
軽い挨拶を交し合い、私達は別れた。
目指すは、前田。
もう、目と鼻の先だ。




