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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
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五十九話 お妙VS茨

 私の名前は茨。


 私は、弱い者を甚振いたぶるのが好き。


 それに気付いたのはいつだったかしら?

 意外と早かった気がするわ。


 そう、あれは子供の頃。

 最初は虫だったかしら。


 バッタの足を一本ずつ、千切って、次に羽、触覚と次々少しずつ少しずつ解体していったのよ。

 その作業に没頭する最中さなかの気持ちが、私には楽しくてならなかった。


 自分よりも強い相手から受ける理不尽なまでの暴力。

 生殺与奪を奪われ、抗う事のできないまま、成すすべなく死に行くものを見るのは気分がよかった。


 次第に、虫だけじゃ我慢できなくなったわ。

 少しずつ、甚振る対象を大きなものに変えていった。


 次はヒヨコだったかしら?

 鶏、犬、イノシシ、最後には……。


 人間だったわね。


 任務を受けられるようになって、私は初めて人を甚振った。

 甚振り殺した。


 それは今までの事がお遊びだと思える程の快感を私に与えてくれた。

 言葉を話すものを嬲って殺すのは楽しい。

 特に、女や子供を甚振るのは本当に楽しい。


 それが女で、子供なら最高の相手。

 戦う方法なんて持ち合わせなくて、殴られた事もないような子をゆっくり痛みの絶望の中へ沈めてやるの。

 それが最高に楽しいの。




 私は、椿が潜伏している場所を知っていた。

 というのも、私達を目の仇にしているヤクザ達の本拠地だから。


 ヤクザなんて私達にとっては無力同然の相手だし、今まで放っておいたわけだけれど……。

 あいつらが、椿の知己だというのなら話は別。


 椿は里でも一番の実力者。

 私なんかじゃ、敵わない。

 殴って甚振るなんて事はできないわ。


 でも、何も殴るだけが甚振る方法だけじゃないのよ。

 体を痛めつける事はできなくても、心を痛めつける事はできるのよ。


 たとえば、妹をこれ以上ないくらい酷い有様にしてやる、とか……。

 助けに来て、それが遅かったんだと知らしめてやった時のあの子の顔はなかったわ。


 椿は私達を殺そうとしたけれど……。

 冷静さを欠いてしまったあの子は相手にならなかった。


 普段のあの子なら、私達四人がかりでも勝てるかどうかわからないというのにね。

 妹を殺されたぐらいであんなに取り乱して……。


 ふふふ、あの時の顔を思い出すだけで今でも気持ちよくなっちゃうわ。


 本当ならあの時に殺す事もできたけれど、見逃したのよね。

 その方が、長く辛い思いをするだろうからって。


 妹を助けられなかった無力感と私達を殺せなかったどころか返り討ちにされて見逃されてしまった悔しさで、心が長く責苛まれるだろうって。

 紅葉と青葉が言ったのよね。


 実際、その思惑はうまくいったみたいね。

 だって、私達にあんな恨みの篭った眼差しをくれるんだもの。

 向ける恨みは、前以上じゃないかしら。

 きっと熟成されて、強く濃くなったのね。


 だから、今回も同じ事をしてやるの。

 椿がいない間に、あの子の仲間を殺してやろうと思ったわ。


 何より、そこは私にとっては無力な奴ばかり。

 甚振り放題に違いない。

 それはとても楽しみね。


 お仕置きしちゃうんだから。


 そして、私はヤクザ達の本拠地である家屋へ押し入った。


 入り口から堂々と、見張りのヤクザを殴り飛ばして中へ入る。


「何だこの野郎!」

「ぶち殺したれ!」


 怒声を上げながら、馬鹿みたいに突撃してくるヤクザを蹴散らして家屋の中へと入っていく。


 そして、広い畳張りの部屋へ出た。


 そこには、小さな女の子と真っ白な子犬がいた。


 うふ、可愛いわね。


 こんな所で、私の大好物に出会えるとは思わなかった。

 甚振りがいがありそうだわ。


 私は極上の獲物と思わぬ所で出会えた事に歓喜する。

 唇を舐める。


「その子に手を出すんじゃないよ!」


 そんな私に、声がかかる。

 見ると、そこには岡場所で見た女の一人がいた。


 私が殴りつけた女だ。


 本当は、こっちが目当てだったのよね。

 この女を甚振りたいという気持ちがあった。


 でも今は、もっといい物を見つけてしまったから、少し興味に欠ける。


 けれど……。


 ふふ、いい事を思いついたわ。


 先にこの女を叩きのめしてやりましょう。

 体が動かなくなるくらいに甚振って、その上で目の前でこの女の子と犬を甚振ってあげる。


 それから殺してやるわ。


 そんな時、他のヤクザ達が部屋に集まってくる。


「姐さん!」

「加勢しやす!」

「よしな!」


 が、女はそれを拒否した。


「こいつはあたしがやるよ。それよりあんた達は、その子を守りな!」

「へ、へい」


 気迫に圧されたのか、ヤクザが返事をする。

 一人のヤクザが、子犬を抱えた女の子を連れて行った。


 まぁいいわ。


 改めて、女の方を向く。


 この女を動けなくしてから、追いかけさせてもらうわ


「あなた一人で、私を止められるかしら?」

「できねぇと思うのかい?」


 言うと、女は上着と着物を脱いだ。

 体の前だけを隠した、下着姿になる。


 下品な格好ね。


「うおおおっ!」


 女が叫びを上げて、私に殴りかかってくる。


「あら怖い」


 私は言いながらひょいと拳をかわし、顎を殴り上げた。


 結構綺麗に入ったわ。

 これで倒れるかしらね。


 そう思った直後、女はすぐに拳を繰り出してきた。


 それも避ける。


 思ったより、頑丈なのね。

 長く楽しめそう。


 女の顔面に張り手を叩きつける。

 女の鼻から鼻血が盛大に噴き出す。


 それでも殴りつけようとする女を軽やかにいなし、殴り返す。


「無駄よ、無駄。たかがヤクザに、忍の相手が務まるもんですか。忍にとって、ヤクザなんて地を這う虫と変わらないわ」


 馬鹿にするように言ってやる。


 けれど、女は聞く耳もたない様子で殴りかかってくる。


 何度も何度も、馬鹿正直に殴りかかってくる。

 攻撃が当たりもせず、まったくその勢いに衰えがない。


 何なのかしら、この女。

 本当に馬鹿なんじゃない?


 むしろ、気が狂っているんじゃないかしら?


 無駄な事なのに、どうしてこうも向かってくるのかしら。


 何度も殴れるのはいいけれど、これは私の趣味じゃないわね。

 私はもっと、見も心も折れた人間を殴りたいのに……。


 もういいわ。

 面白くない。


 こいつはさっさと殺してしまいましょう。


 拳を振りかぶる。


 渾身を込めた拳だ。

 これを受ければ、絶命を免れないでしょう。


 名残惜しいけど、さようなら。


 拳を女の顔へ向けて放つ。


 拳が、顔にぶつかった。


 その瞬間、私の右拳に痛みが走った。


「なっ」


 見れば、女は私の放たれた拳に頭突きをぶつけ返していた。

 そして、私の拳が砕ける。


「ひぎゃっ!」


 痛みに、思わず悲鳴を上げる。


 けれど、痛みはそれだけに留まらなかった。


 左右の腹に続けて痛みが走る。

 見ると、女の拳が私の腹にめり込んでいた。

 二連打を浴びたのだろう。


「ぎきぃっ!」


 思わず後ずさる私。

 けれど、伸びてきた女の手が私の襟首を掴む。

 がっちりと掴まれた襟首を強く引かれる。

 相手の顔の位置までおろされた私の顔に、強烈な頭突きがかまされた。


「ぎゃあっ!」


 頭がくらくらした。


 拳が来る。


 避けようと思ったけれど、体がうまく動かなかった。


 頬を殴られ、ぐるぐると回りながらよろよろ家の柱にぶつかる。


 そこに、跳び膝蹴りが飛んでくる。


 蹴りで柱に押し付けられ、その上髪の毛を掴まれた。

 掴まれた頭を柱の角に何度も何度もぶつけられる。


 悲鳴を上げる私に容赦なく、女は加撃する。


 視界は自分の血で真っ赤に染まる。


 痛みから逃れたくてがむしゃらにもがいて、なんとか掴みから逃げる。

 女の背中側へと。


 その時、私は見た。

 赤い龍を……。


 その龍が、私を怒りの籠った目で睨みつけたように見えた。


「ひぃっ!」 


 恐れで足取りがおぼつかなくなり、そのまま壁へもたれかかるように尻餅をついた。


 砕かれた拳を床に投げ出すと、そこを踏みつけられる。


「ぎゃあああっ!」


 悲鳴をあげる。


「ちょいと痛めつけられたくらいでぎゃあぎゃあ喚きやがって。あんた弱い奴ばかりを相手にして、強い相手とは戦った事がなかったんだね」


 さらに拳を踏み躙られた。


 こんなの間違ってる!

 どうして?

 どうして私が甚振られているのよ!?


 このままじゃ殺される……!

 いや、いやよっ!

 こんな所で、死にたくない!


 私は咄嗟に、懐に隠し持っていた小刀を抜いた。

 女へ突き出す。


「「姐さん!」」


 ヤクザ達が叫ぶ。


「うふふ」


 私の突き出した小刀は、女の脇腹に突き刺さっていた。


 ふふ、やったわ!

 私は、死なない!


「あんた、あたしらを虫だと言ったね」


 女が言う。

 その声は平然としていて、まるで痛みなどないようだった。


「虫相手に追い詰められて、しまいにゃこんな物を出しちまいやがってさ。これがどういう事かわかるかい?」


 女は、脇腹から小刀を抜いた。


「あんたの心はもう、あたしに負けちまってるんだよ!」


 女はドスの利いた声で叫び、小刀を私の太腿に突き刺した。


「ぎぃいいいっ!」


 叫びを上げる私の顔を女は踏みつける。

 何度も何度も踏みつける。


 歯が折れて、鼻が折れて、顎が折れて、頬骨が砕けても容赦なく何度も……。


 その間、ただただ痛みがあった。


 私は痛みの中に沈み、そして意識を途切れさせた。

 お妙さんの下着って今評判の「童貞を殺すセーター」に似ているかもしれません。


 それから思いついたくだらないダジャレを。


 ドスの利いた叫びをあげて、小刀ドスを刺す。

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