五話 むしゃくしゃしてやった。今は反省している。
誤字を修正致しました。
ご指摘、ありがとうございます。
前田の城下町は、そこへ到るまでに見た村々や宿場町とは規模も賑わいも比べ物にならないくらいに大きなものだった。
道行く人々が異国人である私達へ無遠慮な視線を送ってくる。
それも仕方がない。
この国の人間の身長は、男でも150cm前後であるのだ。
私を含めて180超の人間が何人も歩いていれば、それはこの国の人間にとっては巨人のようなものだ。
この国においての私達は、下手したら駆逐されてしまうような存在である。
それに目や髪、肌の色、顔立ちまでも違う。
そういった物珍しさが目を惹くのだ。
視線や人々の違いに、アールネスの使節達は戸惑っている。
先輩は涼しい顔をしているが、それは感情を隠しているだけで同じく戸惑っていると見た。
けれど、私としてはこの場所がとても懐かしく思える。
日本人に似た人達に囲まれていると、自分が日本人だった頃の事を思い出すのだ。
町民達の視線を受けつつ侍達に案内され、私達は前田の城へ向かった。
建物に上がる際。
私は当然のように履物を脱いで上がった。
「靴を脱ぐのですか?」
先輩に驚かれた。
「はい。それがしきたりですよ。靴を脱ぐのですよね?」
言葉の最後の部分は日本語で、侍に向けたものだ。
「はい。その通りにございます。よくご存知でありましたな」
「ええ、まぁ」
隠す意味もないのだが、言葉を濁す。
特に明かしても意味のない事だ。
「だから彼らは、アールネスの王城へ上がる時に履物を脱ごうとしたのですね」
そんな事をしていたのか。
文化の違いだから仕方がないが。
「それより先輩。さっさと終わらせて帰りましょう」
「そうですね。あなたが早く帰れるよう、全身全霊を以って当たりましょう」
木の廊下を進み、階段を上がり、大きな畳の部屋へ案内される。
部屋の奥は少し段になっていて、高くなっている。
時代劇で見る、お殿様がいるような部屋だ。
「失礼ながら、これから殿と見えるため正座願いたい」
侍の一人が申し出る。
「正座ですか?」
「はい」
正座が日本人に定着したのは明治頃だといわれている。
しかし、大名の作法において将軍に拝謁叶う際、正座をしていたという話もある。
それは、その体勢とそれに伴う足の際の痺れで、咄嗟に動けなくする意図があったという説がある。
それと同じ理屈だろう。
つまり、警備上の問題か。
まぁ、先輩が暗殺者だったら、座った体勢のまま相手に飛び掛る事は平然とこなしそうだが。
私にも当然できるし。
そして、腹に小指を突っ込んで相手の仙道を目覚めさせるのである。
こんな重い石も持てる!
信じられないわ!
まぁ、それはいい。
でも、魔法があるこの世界では、この体勢も意味がないんじゃないだろうか?
冗談でなく、座ったまま飛び上がる事は不可能では無いし、魔法を使って遠距離攻撃する事だってできるのだ。
見る限り、そういった配慮がなされていない気がする。
もしかしたら、この国はアールネスと違って魔法技術が発達していないのかもしれない。
侍から、お殿様と会う際に気をつける事をいくつか聞いてから、お殿様が来るのを待った。
「前田房光様、出座〜!」
私達は正座したまま、深く頭を下げてお殿様が座るのを待つ。
その間、複数の足音が聞こえた。
大勢の人間が部屋に入って来たようだ。
「うむ、苦しゅうない。面を上げよ」
言われ、私は顔を上げた。
隣に座る先輩も顔を上げた。
見ると、部屋の前方。
段になった場所にお殿様が座っていた。
お殿様はあご髭を蓄えていたが、思っていたよりも若い風貌をしていた。
体もがっしりとしていて、筋肉質だ。
服の上からでも、その力強さはうかがえた。
そして、部屋の壁沿って十数人の侍が座っていた。
部屋の中央に座る私達を挟むような形だ。
正座している……ように見えて深く座っていない。
いつでも動けるように体を浮かせているようだ。
帯刀しているし、護衛みたいなものか。
「遥々《はるばる》海を渡り、この遠い国までよくぞ参られた。歓迎致す」
私は先輩に言葉を通訳すると、二人でもう一度頭を下げた。
先輩から言葉を受けて、お殿様に日本語で伝える。
「気遣い、痛み入ります。何分、この国への来訪は初めての事。無知ゆえの無礼をどうかご容赦いただきたく申し上げます」
「うむ。よいだろう。しかし、そちはヒノモトの国の言葉が達者であるな。とても流暢だ」
一応、ヒノモトという言葉があるのか。
「ありがとうございます」
お殿様が褒めてくれたので、深く頭を下げて礼を言う。
「名は何と申す?」
「クロエ……。ビッテンフェルト・クロエと申します」
ハーフだったり、何かの芸名みたいだったりするが、この国ではこっちの方がわかりやすいだろう。
「どこで言葉を?」
「幼少の頃より、この国の文化が好きで調べておりました」
「ほう。それはなんとも……。異国の者に、我が国を好んでいると言われるのは悪い気分ではないのう。では、そなたが交渉を勤めるのか?」
「いえ、私は通訳に過ぎません。交渉を行なうのは――」
ムルシエラ先輩を示す。
「こちらのヴェルデイド・ムルシエラにございます」
「ヨロシクオネガイシマス。ワタシ、ヴェルデイド・ムルシエライイマス」
先輩が胡散臭い倭国語で、自己紹介する。
私の話から察したのだろう。
ちゃんと苗字から先に名乗っている。
「うむ。しかし、大層な美人だな。美女二人が交渉の根幹を担うとは、あるねすは優秀な女人が多い国なのだな」
「恐れながら、ムルシエラは男です」
「なんじゃと!?」
お殿様だけでなく、ここまで同行してきた侍達も驚いていた。
その内の一人など、特にショックが大きそうだ。
お殿様の前だというのに、開いた口が塞がらないようだ。
そうだよね。
船旅の間も先輩にアタックしていたものね。
お侍さんの間では衆道も盛んだったというから知っていての事かとも思っていたが、普通に気付かなかっただけらしい。
「底の知れぬ国だのう。あるねすという国は」
お殿様は朗らかに笑った。
先輩が私に言葉をかける。
それを通訳してお殿様に告げた。
「では、早速ながら交渉に移りたいのですが」
性急に事を運ぼうとするのは、早く帰れるようにという配慮だろうか。
それは少し嬉しい。
「うむ。そうであるな……。しかし……」
言いながら、お殿様は口元を扇子で隠した。
あ、これチヅルちゃんがやってたのと同じ仕草だ。
それにしても、歯切れが悪い。
「何か?」
「呼びつけておいて申し訳ないのだが、この件でまだ家臣達への理解を得られておらぬでな」
不穏な気配を覚えた。
「つまり、どういう事でしょう?」
失礼かもしれないが、少し詰問気味に訊ねる。
「実は、此度の事は家臣への了解を取らぬ、わしの独断でな。後で知った家臣達が今、強く反対しておる。故に、交渉へ移る前に家臣を説得する時間がほしい」
それって、交渉が長引く?
いや、交渉に入る事すらまだできないという事?
帰れない……?
ヤタに会えないって事か……!
頭がカッとなった。
意識せず、殺気じみた敵意がチラッと漏れた。
瞬間、部屋の壁にそって座っていた十数名の侍達が片膝を立て、一斉に刀へ手をかけた。
畳を踏む音と鍔鳴りの音が一斉に部屋を占めた。
今の敵意を察知された……?
いや、殺気の方か。
魔法は発達していないが、その分こっちの技術は高いようだ。
父上並みに相手の気配を読む事に優れている。
「よいよい」
お殿様は言うと、侍達は刀から手を放して座りなおした。
お殿様は扇子で顔を隠しながら、私を見る目を細めた。
「なるほど。護衛も兼ねているか……。あるねすは本当に底が知れぬなぁ」
「ご無礼を。申し訳ありません」
私は頭を下げて謝った。
「構わぬ。無知ゆえの無礼であろう? 容赦しよう」
「ありがとうございます。しかし、お殿様ならば家臣の反対も押し切ろうと思えば押し切れるのではありませんか?」
「本来ならできよう。しかし、今回に関してはそうもいかぬ。特に、筆頭家老の加西家斉の反発が大きい故な。わしと言えどおいそれと押し切れぬよ」
筆頭家老。
各家々のナンバー2といった役職か。
「本当にそうなのですか?」
「嘘は申さぬよ」
どうだろう?
何故か私は、このお殿様が胡散臭く思えてならない。
ただの勘でしかないが、素直に信じられない。
「クロエさん。何を話しているのですか? 通訳してください」
先輩が嗜めるような声で言う。
「すみません」
私は今のやり取りを通訳した。
先輩が固く目を瞑って溜息を吐いた。
「あまり勝手な事はしないように」
「すみません」
叱られ、もう一度謝る。
「もう少し私を信用してください。ちゃんと早く事を成せるようしますから」
「はい。お願いします」
余計な事をしてしまったか……。
ちょっと、お殿様や他の侍達の心象を悪くしてしまったかもしれない。
それから先、私は先輩の通訳に徹した。
そして私達は、前田家の家臣の意見がまとまりなおかつ交渉を行なう間、城下の屋敷を貸し出され、そこで滞在する事になった。
使節の人間一人一人に、護衛をつけられるとの事だ。
ちなみに、先輩と使節団の面々は慣れない正座で足が痺れ、しばらく立てなかった。
私はやせ我慢してなんともないフリをした。
貸し出された屋敷。
和風の一階建て。
広い屋敷だ。
その一室で、私は先輩と話をした。
「家臣の説得。先輩、どう思います?」
「恐らく、方便でしょうね」
先輩は答える。
その答えは、私が思っていた通りのものだ。
私はあのやり取りで「交渉までの時間を引き延ばしたい」そういう意図を感じた。
先輩も同じように感じていたようだ。
「でも、何故引き伸ばす必要があるのでしょう。呼び立てたのは向こうなのに」
「慎重に徹しているのでしょう。私達が交渉するに足る相手かどうか、それを見極めるためではないか、と私は思っています」
「見極める?」
「つけられた護衛。あれは明らかに、私達の動向を探る目的があるはずです。
そして彼らに見極めさせるつもりなのですよ。
私達がどんな人間なのか。ひいてはアールネスという国の性質を。
その結果で、交渉するか断るかを決めるのでしょう」
「見極めた結果、私達が交渉に足るものではないと判断されれば、家臣の反対を押し切れなかったとでも言って断るわけですか」
先輩は頷く。
そういう事か。
なら、品行方正に振舞った方がいいのか……。
でも、私もう既にやっちゃったんじゃないだろうか?
故意じゃないとはいえ、殺気ぶつけちゃったよ。
どうしよう。
「先輩、ごめんなさい。私、本当に余計な事をしてしまいました」
「特におかしな事を言ったわけでなく、正直あの時に何があったのか私にはよくわかりませんけれどね」
「殺気をぶつけました」
「……それでダメなら、もう護衛などもつけなかったでしょう。護衛をつけたという事は、まだ見極める余地があると判断されたわけですからね」
「はい。すみません。これからは気をつけます……」
先輩は息を吐いた。
笑みを向けてくれる。
「私は親になった事はありませんが、人を愛する気持ちという物はよく知っているつもりです。だから、致し方のない事だろうと思います」
「ありがとうございます……」
公務の達成と早く家へ帰るためにも、しっかりしなければならないな。
私は気を引き締めた。
できるだけそれっぽくしようと頑張っていますが、多分おかしな所もあると思います。
異世界とはいえこれは許せん、という部分がありましたらご指摘いただけるとありがたいです。




