五十六話 抜け忍とのしがらみ
柊の手裏剣が椿に迫る中。
彼女を助けたのは般若だった。
「般若!」
思いがけない再会に、私は声を上げる。
般若は答えず、椿を視線で示した。
見ると、紅葉が椿へ斬りかかろうとしていた。
私は椿と紅葉の間に割って入り、白狐で防御する。
が、それと同時に青葉が斬りかかってくる。
絶妙なタイミングで、防ぎにくい所を狙ってくる。
双子だけあって、コンビネーションは抜群なわけだ。
白狐が間に合わないと判断し、青葉の腹を蹴りつけて離れさせる。
一歩退き、椿の腹を抱えて一緒に飛び退いた。
紅葉と青葉は追ってこない。
ただ薄っすらと笑みを浮かべている。
「ちっ、何もんだお前?」
柊が敵意を込めた声で訊ねる。
「名前はない。たとえあったとしても、聞いた所でお前はすぐに死ぬ」
「生意気だな……。でも、良いな声だ。好みだよ。目も空みたいな青だ。綺麗だ」
柊は笑みを浮かべた。
人差し指を般若へ向ける。
「お前は俺が殺してやるよ」
般若は答えない。
「へへへ」
笑い、柊は紅葉と青葉のそばへ寄った。
紅葉と青葉が口を開く。
「あなたが来たという事は、服部の追手がここに来るという事かしら〜」
「いつもなら、察知された時点で逃げる所なのだけど〜」
「あなたがいるのなら、少し相手をしたい所ね〜」
「もうしばらく、ここで遊んでいようかしら〜」
二人はクスクスと笑う。
「俺もそいつは賛成だ。差し向けられる追手は、弱い奴ばかりでいつも鬱陶しいだけだけどよぉ。今回は楽しそうだ」
柊が答える。
「そうね。今回は見つかるのが早かったから、あんまり私は満足できなかったわ。もう少し、楽しみたいわね。甚振り足りないわ」
茨が答える。
「決まりね〜」
「椿お姉さん。私達、これでお暇させていただきます〜」
「今しばらくは、ここにおりますので〜」
「またお会いしましょう〜」
「逃すか!」
叫び、向かって行こうとする椿を引き止める。
そんな姿を嘲笑うと、四人は窓から外へ飛び出した。
遅れて窓から外を見ると、そこにもう四人の姿はなかった。
「くそっ!」
椿は悔しげに悪態を吐いた。
周囲にもう抜け忍達がいない事を確認した私達は、一度お妙さんの家へ戻る事にした。
「また会えるとは、思わなかったよ」
「私もだ」
私は般若に話しかけた。
「どうしてここに?」
「服部の忍からの依頼だ」
般若は、前に起こした事件の償いとして服部の仕事を請け負う事になった。
そして、今回受けた仕事が抜け忍の討伐だったわけだ。
「般若一人だけで来たの?」
「いや……。
案内されてきたんだが、岡場所へ案内されてから姿が見えない。
連中を追ったのかもしれない。
他にも応援を呼んでいるそうだが、揃うまでにまだ時間がかかるらしい。
本当なら戦力が揃ってから包囲して叩く予定だったそうだ。
だが、着いたらもう誰かが乗り込んでいた。
逃げられるわけにもいかないから、予定を変更して私だけでも送り込む事にしたらしい」
なるほど。
「あんたら、知り合いなのかい?」
お妙さんが訊ねる。
「はい。少し前に橘で知り合いました」
「橘で? あんな所で出会うってのも珍しいね。っていうか、やっぱりあんた……」
お妙さんがちょっと引く。
物理的にではないが、心の距離を置かれたのがわかった。
「待って! 違うの! いろいろあったの!」
「本当かい?」
うお、懐疑的。
私は橘での事を説明した。
「するってぇと何かい? こいつは、人斬りを生業にしていたってわけだね」
「今でも変わらんがな。不快か?」
「私だって、言えた義理じゃないからね。それに、腕が確かな奴なら今は頼もしいよ」
確かに、般若は強い。
あの時は、どっちが死んでもおかしくない戦いだった。
でも……。
「左手はどうなの?」
私は訊ねた。
前の戦いで、私は般若の左手を切り落としている。
白色で繋げたが、完全に治っているとは思えなかった。
「少し、動かしにくいな。振りが遅くなった」
やっぱりか。
「それに、刀も少し切れ味が悪い」
般若は仕込み杖から刀をかすかに抜いて見せた。
普通の刀だ。
真っ黒ではない。
「服部の連中が用意してくれた。良い刀には違いないが、あれほどじゃない。お前ともう一度やる事があれば、次は簡単に負けるだろう」
「そう……」
「でも、あれには負けない」
あれ、というのは柊の事だろうか。
「あれだけじゃなくて、私は忍には負けない。負けた事がない」
すごい自信だ。
なら、般若は負けないだろう。
むしろ心配なのは……。
私は椿を見る。
椿はここに戻ってきてから、一言も声を発していない。
難しい顔で黙ったまま、部屋の隅で座っていた。
「椿」
「……何だ?」
「大丈夫?」
「心配されるような事などない」
心配だよ。
明らかに、様子がおかしいもの。
あいつらが言っていた事で、だいたいの察しはつく。
椿にとって、あいつらは仇なんだろう。
だから憎んでいて、すぐにでもあいつらを殺してやりたいと思っている。
今だって、居ても立ってもいられない気持ちなんだろう。
その気持ちもわかる気がする。
親しい人間が酷い殺され方をすれば、私だって仇を討ちたいよ。
椿は立ち上がった。
部屋を出て行こうとする。
「どこへ?」
「外の空気を吸ってくる」
「本当?」
「本当だ」
答え、椿はそのまま外へ出て行った。




