五十五話 抜け忍と強敵
「連中の居場所がわかったって?」
部屋に駆け込んだ子分に、お妙さんは聞き返した。
「へい。どうしやすか?」
「あたしらだけで行ってくる」
「あっしらは?」
「あんたらは連れてけないよ」
「どうしてですかい?」
「これ以上、親として子を殺されるわけにはいかねぇからさ。こんな時に命張るのは、親一人だけでいいんだよ」
「姐さん……」
子分Aの好感度が上がった。
強面のごつい男が恋する乙女みたいな顔してる。
「さっさと行くぞ」
椿が言う。
「うーん、あんたも連れてっていいもんなのかねぇ?」
「なんだと?」
椿はお妙さんを睨みつけた。
「普段のあんたなら、一も二もなく頼る所なんだけどねぇ」
お妙さんは難色を示す。
確かに、今の椿は少しおかしい。
余裕も冷静さも欠けている。
連れて行くのは不安がある。
何なんだろう?
焦ってるのかな。
例の抜け忍としがらみでもあるんだろうか?
「お前が何と言おうがついていくぞ」
「まぁ、あたしには止められないかもしれないけどね」
お妙さんは私を見た。
あんたに任せるよ、って事かな。
責任重大だ。
私は頷いて返した。
「じゃあ、行こうかい」
お妙さんの子分に案内されていったのは、俗に言う岡場所だ。
所謂、未公認の遊郭である。
その二階の座敷に、例の抜け忍四人がいるらしかった。
連中は店に押し入り、店主を脅して酒や料理、遊女を二人要求したという。
私達は店主に案内されて、例の座敷へ向かった。
すると、階段を上った辺りからグチグチという鈍い音が聞こえて来た。
何かを断続的に叩いているような、そんな音だ。
その音は、座敷へ近付くにつれて大きく聞こえるようになっていった。
どうやら、座敷の中から聞こえているらしい。
椿が、襖に手をかけて一気に開け放った。
そこには、計六人の人間がいた。
その中でも一際に目を引いたのは、音の発生源だ。
筋骨隆々の大男が、遊女の顔を拳で殴りつけていた。
遊女は何度も何度も拳打を浴びたのか、その顔は赤く腫れ上がり、原型を留めていなかった。
加減をしているのはわかるが、それが優しさからで無い事は明白だ。
あれは、相手を長く甚振るための暴力だ。
そのすぐそばでは、もう一人の遊女が身を縮めて震えていた。
不快な光景だった。
思わず、目じりが吊り上がる。
「何してんだテメェッ!」
けれど、先に行動を起こしたのはお妙さんだった。
お妙さんは叫び、大男へ向かって走っていく。
大男がお妙さんに気付き、拳をそちらへ振るう。
拳が、お妙さんの顔面を打ちつけた。
「その程度かい!」
が、お妙さんは倒れず、強引に前へ出て拳を振るった。
「あら、あぶない」
そう言って、難なく拳を避ける大男。
そんな大男に向けて、同じく迫っていた私は蹴りを放った。
蹴りが、大男に防がれる。
「うふ、効かないわよ」
どうかな?
「……あら?」
防がれ、一度止められた蹴りを強引に振り抜いた。
大男は蹴り飛ばされ、背後の壁へぶつかって尻餅をついた。
「ぐぬぅ」
大男が呻く。
その隙に、私は二人の遊女を抱えて後ろへ跳んだ。
救出完了だ。
お妙さんも同じく後ろへさがった。
「あはは、格好悪〜い」
「うふふ、本当に無様〜」
そう言って笑ったのは、二人の女性だ。
赤い服と青い服をそれぞれ身にまとっている。
二人共、狸のように目の周囲を黒い染料で化粧していた。
「全然効いてないわよ。これくらい」
大男が立ち上がる。
「本当かよ。どう見ても驚いた顔してたじゃねぇか」
そう言って笑ったのは、お猪口を持った矮躯の少女だった。
驚くほどに、その体は細い。
言うと、お猪口の中身を飲んだ。
これが、抜け忍か……。
私は助け出した遊女を魔法で素早く診る。
震えていた方の一人の遊女は幸い無傷。
けれど、殴られていた方は酷い事になっている。
これでは、白色で治しても少し傷が残るかもしれない。
できるだけ元に戻るよう、無色の魔力で形を整えながら白色をかける。
「クロエフラッシュ!」
私の顔から発せられた白色が遊女の顔を瞬く間に治していく。
「あら」
不意に、大男が驚いたように声を上げる。
ふふん、どうだ!
これがビッテンフェルト家長女の実力だ!
ドヤァ!
「よく見たらあなた、椿お姉様じゃありませんの」
私の白色に驚いたわけではなかったらしい……。
「茨……。お前に、そう呼ばれる筋合いはない……」
感情を押し殺したような、低い声で椿は答えた。
「あ、本当だ。楓の姉ちゃんだ。あの時以来だな。元気してたか?」
矮躯の少女が言う。
「柊……」
椿は呟き、拳を握りしめる。
「本当にお久し振りですねぇ。椿お姉さん〜」
「あなたを見ていると思い出すわ〜。あの時の事……」
「いや、違うわ。会おうが会うまいが、毎日思い出すじゃないの〜」
「そうね。あの時は最高だった。あんなに愉快だったのは初めてだったもの」
赤い服の女と青い服の女が交互に喋る。
「黙れ……! 紅葉! 青葉!」
怒鳴る椿を無視するように、茨と呼ばれた大男が言葉を発する。
「本当に、ね。あの子は何もできない子だったけれど、被虐心を煽る事に関しては一級品だったわ。
人には一つぐらい取り柄があるって言うけれど、きっとあの子の才能は甚振られるととてもいい顔をするって事だったのよ。
殴られて腫れ上がった顔に、ボロボロと涙を流して……本当に無様な顔だったわ。
今思い出しただけでも、ゾクゾクする。
人を殴る事、それも弱い女を一方的に殴る事は最高に気分が良いけれど、あの時のあの子を超える気分の良さにはまだめぐり合えていないわ」
それは、椿の妹を嬲ったって事?
次いで、柊と呼ばれた矮躯の少女が笑いながら続ける。
「顔だけじゃねぇよ。声も良かったぜ。俺が痛めつけてやった時の声と言ったらよぉ。思い出すだけで、のぼっちまうよ。でも、最高だったのは最後の一声だ。あれを引き出したのが、俺じゃないのはちょっと残念だけどな」
笑みを浮かべ、赤い服と青い服の女、紅葉と青葉が口を開く。
「きっとそうなると思っていたもの〜」
「大好きなお姉様が助けに来てくれれば、希望に満ちた声でその名を呼ぶと思っていたわ〜」
「たとえどれだけ絶望的な痛みが身を苛んでいたとしても〜……」
「きっと遊んでもらえる子犬のように、嬉しそうな声で、その名を呼ぶと思ったわ〜」
「「お姉様、って、ね〜」」
紅葉と青葉の声が、揃って発せられた。
「貴様っ!」
椿は二人へ向けて突撃した。
その突撃は、あまりにもうかつで、無謀だった。
普段の冷静な椿ならば、まずしない事だ。
私はフォローするために同じく突撃する。
お妙さんは、遊女二人を庇う様に立っている。
椿が突出し、私がそれを追う形となった。
椿が小刀を抜いて、紅葉へ斬りかかる。
その小刀を紅葉は同じく抜き放った小刀で受け止めた。
瞬間、椿の小刀がいとも簡単に斬り折られる。
「なっ」
一瞬戸惑った椿だったが、すぐさま身をよじって避け、一歩飛び退いた。
けれど、そんな椿へ青葉が小刀を抜いて迫っていた。
その小刀を私が白狐で受け止める。
鍔迫合う。
そう、刃を合わせながらも、その小刀は白狐の切れ味に負けなかった。
つまり、これは……。
妖刀だ。
「へぇ〜……」
青葉が私に向けて楽しげに笑う。
そして、椿に手裏剣が間近まで迫っていた。
柊が、投擲したものだ。
彼女に対して、私はあまりにも無警戒だった。
しまった!
椿は防ごうにも刃を折られ、私もカバーに向かえない。
このままでは、椿が……死ぬ。
その時だった。
金属同士のぶつかり合う音がした。
一瞬の出来事だった。
椿と柊の間に白い何かが割り込んだかと思うと、その白い何かは手裏剣を叩き落した。
その白い何か、それは……。
「また会ったな。くろえ」
椿を助け、私の名を呼んだのは般若だった。
この話が終わると倭の国編も終わりなので、この話はお祭りのつもりです。
とりあえず、主要なキャラクターをみんな出してやろうと思って書いています。
いつも以上に話作りが雑です。
それから椿の妹が何をされたかついて。
最初は具体的に書いていましたが、少しぼやかしました。




