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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
53/145

五十二話 水の女神

 誤字を修正致しました。

 ご指摘、ありがとうございます。

 前田へ帰る私達は、服部の山道を歩いていた。


「そういえば椿」

「何だ?」

「どこまでついてきてくれるの?」

「前田まで送っていくつもりだ」

「そうなんだ。よかった」


 服部と言えば、椿の所属する忍の里がある場所だ。

 だから、もしかしたらもうすぐお別れなのかな? と思って聞いてみたのだ。


 それが違うとわかって、少し安心した。


「そんなに喜ぶような事か?」

「ここまで一緒に来たのに、途中でお別れなんて寂しいじゃない」

「ふぅん」


 椿は顔をそらした。




 私達は、最初に予定していた「前だから山内へ向かう道順」を遡って前田へ帰るつもりだった。

 行きの様に山城へ寄るような事はしないが、途中で浅井にあるお妙さんの宿場へ寄る予定である。


 そうして、私達が服部の半ばまで来た時だった。


 雪風が唐突に走り出した。


 人の多い街道や町と違って、山の中で雪風は生き生きとしていた。

 が、これは恐らくはしゃぎすぎての事ではないだろう。


 雪風が山中で唐突に走り出す時は、いつも同じ理由からだった。

 雪風が走る先には、彼女がいるのだろう。


 私達は雪風を追って走り出した。

 そしてその先には、やはりいた。


 頭に角を生やした、大きな犬。

 犬鬼だ。

 雪風の母親である。


 追った先で、雪風は母親と頬をすり合わせていた。


「我が名はクロエ! 西の果てよりこの地へ来た! そなたはこの森に住むと聞く、古い神か?」

「「? 知っているが。我が何ものであるかもそなたは知っていよう?」」


 言いたかっただけー。


「「この子から聞いた。良くしてくれているようだな。……しかし、少し痛い目も見たようだ」」

「すみません」

「「良い。これで少しは警戒心も芽生えよう。その経験は生きていく糧となった事だろう」」


 これが野生の愛情というものだろうか。


 犬鬼は自らの足にじゃれつく雪風へ向き、次いで私へ向いた。


「「それより、あの方がそなたに会いたがっている」」


 あの方?

 誰の事だろう?


「「あの方は、どうやらそなたに興味を持っているようだ。そなたにもついてきてもらおう」」


 私に?


「それは構わないけど。私だけ?」

「「そうだ。無用に人の前へ姿を晒す方ではない。それ程に、貴き存在だ」」


 その口振り……(テレパシーだけど)。

 まるで、あの方とは人間じゃないみたいだ。


 私は椿に向く。


「すずめちゃんをお願い」

「何を言われたんだ?」


 そういえば、テレパシーは一人に向けてだけだった。


「私を誰かに会わせたいみたい」

「ふぅん。わかった。見ていよう」


 椿が答え、すずめちゃんも頷く。


 犬鬼は、雪風の首根っこを銜える。

 そのまま走り出した。


 私もその後を追って走り出した。

 犬鬼は足が速い。

 が、今生の私も足は速いのだ。


 前世では普通の犬との追いかけっこにも勝った事はないが、今の脚力ならば犬鬼とも併走できた。


 なんとなく腕組みしながら走ってみる。


「「ほう、背を貸さねばならぬと思うたが、人の身で我についてくるか」」


 そう言うと、犬鬼はさらに走る速度を上げた。


 しかし、このままついていった先に何がいるのだろう?

 鹿みたいな神様がでてきたらどうしよう……。

 命を吸われそうだ。




 犬鬼についていった先にあったのは、秘境と呼べるような深い森の中。


 どこまでも透き通った水を湛える池が私の眼前に広がっている。


 あら、これは洒落ならんぞ。

 本当にあれが出てきてしまうかもしれない。


 夜にはダイダラボッチになるあれだ。


 すると、池の中心で水が不自然に盛り上がった。

 盛り上がった水は形を作り、人間のような形になる。

 そして、透き通っていた水が色付く。


 現れたのは、薄っすらと透けた青い衣をまとう女性だ。

 衣服が透けているので、裸体が丸見えである。


 痴女?


「「白鳥女神しらとりめのかみ様だ。無礼の無きようにせよ」」


 犬鬼が私の頭に語りかける。


 という事は、もしかして女神?


「よく来たな。人の子よ」


 白鳥女神は私に語りかける。


 人の子、か。

 犬鬼やら女神やら、人外の存在は何でそう呼びたがるんだろうか。

 友人帳に名前でも書いてやろうか。


「そして」


 白鳥女神は雪風を見た。

 犬鬼が、口から雪風を放す。

 すると、池の上に落ちた雪風は、そのまま沈まず水の上を滑って白鳥女神の方へ行ってしまった。


 白鳥女神に抱き上げられると、雪風はぺろぺろとその頬を舐めた。


 あれは無礼じゃないの?


 と犬鬼を見ると、さっと目をそらされた。


「よーし、よしよし」


 白鳥女神は雪風を撫でまくる。

 とても手馴れた様子である。


 どこの動物大好きおじいちゃんだ。


い子だ。……そうか、そのような事があったか。それでも、おまえの心は未だ人の世に魅了されているのだね。お前を愛でる事ができないのは寂しいが、お前の気持ちは大事にしてやりたいからね」


 白鳥女神は、犬鬼の方を見る。

 うっすらと笑みを浮かべた。


「ふふ、お前も同じようにしてやろうか? 子供の頃は同じようにしていたろう。……いや、そうでもない。私にとっては、お前は今も可愛い子だよ」


 どうやら、犬鬼と何やら話しているようだ。

 犬鬼はテレパシーで話しているので、何を言っているのか私にはわからない。


「……ああ、そうだった。少し忘れていた」


 白鳥女神は雪風を撫でる手を止めて、私を見た。


 水面を歩いてこちらへ近寄ってくる。


「私は、そなたに興味があったのだ」

「私に? どうしてですか?」


 会った事もないのに、どうして興味を持ったのだろう。


「ある日、その子が私に会いに来た」


 白鳥女神は犬鬼を示す。


「その時、私に近い気配をつけてきていてね。聞けば、異国の人間に会ったという」

「近い気配?」

「うむ。神の気配だ。それが気になって、次に会う事があれば連れてくるよう言い含めていた」


 白鳥女神はスッと目を細めて私を見た。

 そして、訊ね返した。


「そなた、神を殺したか?」


 神を殺す?


「そなたからは……。厳密に言えば、そなたの右腕からは強い神気を感じる。人間が神気を発するに到る理由はいくつかあるが、体の一部分より神気を発する場合は神の血を浴びたという理由が多い」

「だから、殺したと思ったのですか?」


 白鳥女神は頷く。


 確かに、私は神の体を右手で貫いた事がある。


 あれは、女神トキと戦った時。

 最後の一撃が、胸を貫いた。

 その時に、右手はトキの血で染まったのだ。


「いえ、殺していません。封印する際に、血を浴びただけです」


 私は事の次第を白鳥女神に説明した。


「そうか。ならば、良い」


 話を聞き終えた白鳥女神は笑みを作る。


「トキ、か……。あの子はシュエットの事が好きだったからね。シュエットの手で眠るならば本望だったであろう」


 知り合いなんだ。


「しかしそなたの右腕は、もはや神と同質だ。その腕ならば、シュエットの力を使わずとも神を殺す事ができような」

「そうなんですか?」

「うむ」


 そうだったのか……!

 私の右手はゴッドハンド! か。

 エンドを守るぞ!


「それに……」


 白鳥女神は再び目を細めた。


「全体的に、うっすらとまとい始めておるか……。さすればいつか……」


 白鳥女神は最後の方を呟くような小さな声で言ったので、言葉を全部聞き取れなかった。




「一つ、忠告しておこう」

「はい。何でしょう?」

「神というものは、神以外のものが神を害するという事を嫌う傾向にある。それは、一見して温厚な性格のものであろうと変わらない。例外がないとも言えぬが……。基本的に、自分の領域に下位のものが踏み込んでくる事を嫌うものだ」

「はぁ」

「お前の腕は神を殺せるが、実際に殺そうとはせぬ事だ。でなければ、神の怒りを買うぞ」


 そうだろうな。

 この白鳥女神も、私の右腕の事を訊ねた時に剣呑な様子だった。


「しかし、たいていの神は贔屓の存在には存外に甘いものだ。シュエットが人間に甘いように、な」


 そう言いながら、白鳥女神は雪風を可愛がる。


 多分、この女神様が贔屓しているのは犬なのだろうな……。

 それとも、犬鬼かな?


「それから、シュエットに会ったらスワンがよろしく言っていたと伝えてくれ」

「スワン?」


 意味は一緒だけど。


「そちらの大陸における私の名だ」


 へぇ、場所によって名前が違うのか。

 そりゃあ、運命の概念はこの国にもあるのだから、それを司る女神であるシュエットはこちらでも神様として名前が残っているか。


「そうなんですか。……じゃあ、シュエット様もこちらでの名があったりするんですか?」

糸依梟姫命いとよりのふくろうひめのみことだね。当人はこの国に来た事がないから、こちらでの呼び名なんて知らないだろうけれどね」

「そういえば、白鳥女神様は何をつかさどっているのですか?」

「水だよ」


 なるほどね。


「それから……」


 白鳥女神は腕に抱えている雪風に笑いかける。


「お前が無事でいられるように、私の加護を与えよう。水はいつも、お前を助けてくれる。憶えているのだよ」


 白鳥女神は雪風のおでこを撫でる。

 その手が青く発光した。


「さぁ、お行き。お前の中の世界を広げておいで」


 そう言って白鳥女神は雪風を地面に下した。


「わん」


 雪風は一声鳴くと、私の足元へ寄る。

 後ろ足で立って、前足を私の足へ寄りかからせた。


 行こう、という事だろうか。


 私は雪風を抱え上げた。


「じゃあ、またこの子を預からせてもらうよ」


 犬鬼に告げる。


「「ああ。よろしく頼む」」


 犬鬼は頭を下げた。


 そうして、私は雪風を抱えて椿とすずめちゃんの待つ場所まで戻った。




 その日の夜にわかった事だが。

 雪風は水系統の魔法を使えるようになっていた。


 それ以来、雪風はお風呂の時間に自分の頭上からお湯を発生させてセルフ滝風呂を楽しめるようになった。

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