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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
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五十一話 ニンジャ観察

 私は秋太郎とすずめちゃんの今後について話をした。

 結果、すずめちゃんが帰りたいと言うまで、我がビッテンフェルト家で預かるという事になった。

 すずめちゃんの養育費などは、前田を通じてビッテンフェルト家へ届くように手配してくれるそうだ。

 こうして保護者より許可を得て、すずめちゃんは正式にうちの子になったわけだ。


 その話し合いが済むと、私達は山内の城下町を出た。


 すずめちゃんと雪風が行ってしまう事になり、おみよさんは少し寂しそうだった。

 けれど、おみよさんのお腹には子供がいるという話だ。

 家族ができるんだ。

 なら、寂しくはなくなるよ。


 そして私のするべき事は……。

 帰るだけだ。


 前田へ向けて、私達は旅路を行った。


 色々と思い悩んでいた行きと違って、気分は軽く。

 むしろ浮力すら得たように、足取りは軽かった。


 ヤタに会える。

 すずめちゃんも一緒。

 なら、何も憂いはない。


 行きは恐々、帰りは楽だ。




 ある宿の一室。


「すずめちゃん……。いや、すずめよ」

「はい。お師匠様」


 私が名を呼ぶと、すずめちゃんは元気に返事をする。


「わふ」


 我も我も、と雪風が私に寄ってきて吠える。


「それから雪風」

「わん」


 良い返事だ。


いか? 武という物は、何も体を動かして学ぶだけとは限らぬものだ」

「はい」

「わん」

「人の動きを見て、良いなと思うものを自分の中に取り入れる事も立派な稽古になる」

「はい」

「わん」


 正式なうちの子になるのなら、今までとは違って護身術だけではいけないと思った。

 だから、私はすずめちゃんに本格的な闘技を教える事にした。

 その一歩として、今までのようなお姉ちゃんと近所の子供みたいな関係ではなく、しっかりと子弟としての関係を築こうと言葉遣いを少し改めさせた。


 雪風?

 私には犬をどう鍛えればいいのかわからん。


 が、一応私の中で雪風の一人称は「我」にしてみた。

 ちょっとは賢そうに見えるだろう。

 雪風のお母さんもそうだったし。


 具体的な鍛え方は……。

 空中で回転しながら突撃する練習でもさせようかな。


「戦える人間というものは、日常生活の動きからして強さが滲み出ているもの。それを自らの眼でしっかりと捕らえるのじゃ」

「はい」

「わん」

「しかし、初めてではどこをどのように見ればよいかもわからないだろう。だから、今日は私が解説しよう。さぁ、見よ」


 私は椿を指した。


 おお、なんたる事か。

 椿は布団を畳んでいた。


「あれをどう見る?」

「布団を畳んでる」


 すずめちゃんが答える。


「雪風はどう見る?」

「わふわふ」


 聞いた所で分からんけど。


「うむ。一見してそのように見える。しかし、その実はあの中にも驚くべき技が隠されているのだ」


 椿は、きっちりと几帳面に布団を畳んで部屋の隅に置くと、最後に放った枕が布団の丁度真ん中に落ちた。


 なんという正確無比なトウテキ・ジツであろうか。


「ただ何気なく畳んだ布団のなんと美しい事か。あれこそ、ニンジャ空間把握能力の成せる技だ」

「はい」

「わん」


 そんな時、椿のそばに飛んでいたハエが寄ってくる。


 椿はそれを手で払った。

 ハエは払われ飛んだ先で壁に激突し、畳の上に落ちた。

 叩かれたハエは脳震盪でも起こしたのか、すぐには飛び立てず畳の上でもがいた。


 宙を舞う虫すらも生かさず殺さず仕留める残虐無比な打撃技である。


「ニンジャハエ叩きだ」

「はい」

「わん」


 しばらくすると、宿の人が朝食を運んできた。

 今日の宿屋は、ちゃんと食事がついている所だった。


 私達は食事をする。


 椿は箸を器用に使って、魚を骨と頭だけにした。

 なんという美しい手際であろうか。

 魚の体の構造を熟知し、箸を自在に扱う技量がなければ行使不可能なカイタイ・ジツである。


「魚を綺麗に食べるニンジャ箸使いだ」

「はい」

「わん」


 食事を終えると、椿は早々に部屋から出て行く。

 足音どころか衣擦れの音すらしない。

 襖を開けて閉じる音すらしなかった。


 所作を隠す完璧なステルス・ジツだ。


「気配を絶ち、誰にも気付かれずさりげなく部屋を出て行く。ニンジャ一時退出だ」

「はい……。おれ達は気付いたけど?」

「わん」

「そうだねー。……でも、注目していなければ、私達でも気付く事はできなかったはずだ。そして、気配を絶ってまで乙女が向かう先は限られる。おそらく、椿はニンジャお花摘みに行ったのだろう」


 これが男性なら、ニンジャ雉撃きじうちになる。


「何で、花を摘みに行ったんだ?」

「行きたかったからじゃない?」


 椿が帰って来て、支度を整えると宿を出る。


 宿の人に代金を支払う。


「ニンジャお支払いだ」


 その際に草鞋を履いた。


「ニンジャ草履履きだ」


 強い陽射しに目を細める。


「ニンジャうおっまぶしっ! だ」


 私も外に出ようとしていた所、立ち止まっていた椿が私に裏肘打ちを放った。

 咄嗟に手の平で受けて防ぐ。


「ニンジャ奇襲だ!」

「やかましい!」


 椿は私を怒鳴りつけた。


「私のやる事なす事に何でもニンジャをつけるな!」


 ニンジャ抗議である!


「ああ、聞こえてたんだ。恐るべきニンジャ聴覚だ」

「やかましいと言っているだろう!」


 次いでの右ストレートも受け止める。


「いや、すずめちゃんと雪風に見稽古させようと思って」

「自分の動きでも見せてやれ!」


 まぁ、正直ちょっとふざけた所はあるけど……。


 すずめちゃんを見る。

 呆れられちゃったかな?


 と思ったが、すずめちゃんは驚いた顔で私達を見ていた。


「すげぇ。今の肘、どうやってわかったんだ?」


 奇襲の肘打ちを防いだ事を言っているんだろう。


「人間が行動を起こすには、その直前に予備動作が必要になる。その予備動作を見れば、だいたい次に何をするかわかるんだよ。足の動きとか、腰の捻り方とかね」

「そうなのか。すげぇな!」

「わんわん!」

「そう、だから相手の事をよく観察する事は大事なんだよ。わかった?」

「わかった!」

「わん!」


 よしよし、結果オーライだ。


「綺麗に纏めようとするな!」


 結局、椿に怒られた。

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