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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
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四話 上陸の元悪役令嬢

 前田という土地は、島の西部に位置する海に面した領だ。

 使節の侍が持参していた地図を見たが、どうやら前田は前世で言う所の石川県にあたる場所らしい。


 しかし、こんな時代に倭の国の地図があるという事は、彼の有名な伊能さんが倭の国にいると言う事だろうか?

 と思って聞いてみると、夏目義十郎なる人物が作成したらしい。

 誰それ?




「ここが倭の国」


 前田領内にある漁港に私達の乗った船は到着した。

 船から下りた私は、一言呟く。


「角樫家の城下はこの漁港から東に徒歩で半日ほど歩いた所にあります」

「アルキ、ナノデースカ?」


 侍の説明に、ムルシエラ先輩が片言の倭国語で訊ね返す。

 ここへ来るまでに勉強していたらしい。


 だが、胡散臭い外国人みたいな喋り方だ。

 一話目が最終回という異端の玩具販促アニメに出てくる外国人店長みたいだ。


「申し訳ない事ですが、あるねすのような馬車もこの国ではなくて……」

「ソデスカー」

「途中、何度か休みながら行こうと考えています。ですが、その前に腹ごしらえしようと思いますが、どうでしょう?」


 今は昼時。

 いつもなら昼食の時間だが、船の到着と重なったために食事はできていない。


「どうしますか? 良いと思うのですが」


 先輩が私に聞く。


「そうですね。お腹も空きましたし」


 私達はこの漁港の町で、腹ごしらえしてから進む事にした。



 侍に案内されて入った店は、海の男達が集うような定食屋だった。

 そして侍達に先導されて、私達が店に足を踏み入れると……。


「なんじゃあ、あのでかい人間は!」

「鬼じゃ! 鬼じゃ!」


 と、店内にいた人々が騒ぎだした。

 店内大パニックである。


 アールネス人は、倭国人に比べて大柄で顔つきも違うからね。

 知らなければこうなるか。


 船を下りた時から注目されていたが、遠巻きではなく近くで見るとなるとやはり怖いのだろう。


「これ、よさぬか! この方々は、海を渡った先から招かれた角樫家の客だ。無礼な物言いをするのではない!」


 侍が声を張り上げて落ち着かせる。

 なんとかその場は治まったが、それでも客達は私達を物珍しそうに見る事をやめなかった。


 そんな中で食事をする事になる。


 品書きを読めない先輩と使節団の面々に料理の説明をし、それぞれ料理を注文した。


「そういえば先輩。スプーンなどの食器類は持ってきましたか?」

「ええ。あなたに言われた通り、持参してきましたが」

「なら、さっそく用意。いや、一度この国の文化を体験した方がいいかもしれませんね」


 料理が来る。

 それぞれの前に、給仕の女の子がおっかなびっくりと料理を運んでくる。


「ハローオジョウサン」


 挨拶すると、びっくりして店の奥へ逃げていった。

 茶目っ気を出して片言で話したのがわるかったのだろうか?

 恐がらせるつもりはなかったのに。


 私の注文したものは、焼き魚の定食である。


 姿の焼き魚をメインに、御飯と味噌汁と漬物がついて来る。

 ザ・和食と言ってもいい典型的な構成である。


 久し振りだなぁ、こういう食事。


 私は「いただきます」と手を合わせてから箸を持った。


 魚の身を解し、一口。


 これこれ、私が求めていたのはこれなんですよ。

 海が近いからかな?

 魚がとても美味しい。


 塩気も丁度よくて、御飯が進む。

 合間にすする味噌汁の味は薄口だが、素朴な分ダシが引き立って美味しい。


 お漬物もよく漬かっている。

 しゃきしゃきしてて、味が染みている。


 少しお行儀は悪いが、御飯に味噌汁をかけた。

 ねこまんまである。

 その上に、焼き魚のほぐし身もかける。


 もうこれだけで一品料理のようだ。

 それを豪快に掻き込んだ。


 いいじゃないか、これ。

 思った通り美味しいじゃないか。


「ほぅ……」


 料理を平らげて、一息吐く。


 少し足りないぐらいではあるが、久し振りの味に満足感を覚えた。


 ヤタにも食べさせてあげたいなぁ……。


 故郷の味、というわけでもないだけど。

 私の故郷に近い味だからね。


「すごいですね」


 食べ終わった私に、先輩が声をかける。


「何の話です?」

「これですよ」


 言って、先輩は握りこんだお箸を見せる。

 子供がよくやる奴だ。

 これでは箸で刺して食べるくらいしかできない。


 実際食べにくいのだろう。

 ムルシエラ先輩が注文した料理はあまり減っていない。


 使節団の他の二人も同じで、料理を前に悪戦苦闘している。


「よく、これをそんな上手に扱えますね」

「この国の文化には詳しいんです。箸も練習しました」


 実際は日本の方だけど。


「先輩、人差し指と親指だけを伸ばして、他は握ってください」


 私は手でピストルの形を作って見せた。


「はい」


 先輩が真似をする。

 そして親指と人差し指の間に、箸を置いて握ってみせる。


「これが基本的な持ち方ですね」

「なるほど」


 まだおぼつかないながらも、先輩は箸を開閉させて納得する。


「しかしそれにしても、あなたは本当においしそうに物を食べますね」

「よく言われます」


 転生してからだけど。

 何でも美味しいんだよ。




 定食屋を出ると、一行は角樫家の城へ向かうため東へと歩を進める事になった。


 ただ、侍は半日の距離と言ったが、普段から馬車の移動に慣れた使節団には少しその道程は辛かったらしく、一日では着かなかった。


 途中の宿場町で一度宿を取り、朝になって出発した。

 使節団の足ではそれからさらに半日かかった。

 その道中で私達は人々の注目を集めながら、ようやく前田藩の城下町へ到着した。

 前田の地に或根州あるねすより渡来した辺留弟戸べるでいど毘天増斗びてんふえるとなる男女の異人は、どちらも大の大人が見上げる程の身の丈であった。


 倭国異人渡来伝 或根洲の巻より。

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