四十七話 山内では日常茶飯事だぜ
ここが、山内の城下町か。
町に入り、私は街並みを眺めながら思った。
雰囲気はそれほど前田と変わらない様子だった。
ここに、すずめちゃんの兄がいるんだね。
「ついに、来たんだね」
「そうだな」
「ねぇ、椿。これからどうすればいいんだろう?」
「すずめの兄に会うんだろう?」
「いや、そうなんだけど」
さっきの言葉は「来てしまったんだな」という事でもある。
それを悟られないように、私は荷物の中から書状を取り出した。
すずめちゃんの兄に取り次いでもらえるよう、この地の大名宛に角樫のお殿様が書いてくれた書状だ。
それを椿に見せる。
「これをお城に持っていけばいいと思うんだけど。私、取り次いでもらえると思う?」
椿は黙り込んだ。
今でさえ、私は町の人々の注目の的である。
この国で、大人でも見上げる程の大女だ。
鬼と見紛うばかりなのだ。
「まぁ、お前は見た目からして怪しいからな」
怪しくないやい。
でかいだけじゃい。
「じゃあ、それは私が届けよう」
「うん。お願い」
「だからお前達は、しばらく町をぶらついていろ」
「わかった」
そうして、私はすずめちゃんと雪風を連れて町を散策する事にした。
実は、ちょっとだけ二人きりでいる事が不安である。
椿が不在の時にすずめちゃんをさらわれ、その時の事が私にもトラウマとなっている。
いくら強さを持っていても、使いたい時にうまく使えないなら意味がない。
体の強さだけでなく、もっと私は使い方を考えなくちゃならないんだろう。
とりあえず今は、びくびくしている雪風を抱き上げておく。
すずめちゃんとも手を繋ぐ。
もうあの時みたいに、はぐれたりしないぞ。
と、決意を新たにした。
それから、ちょっと怖いので雑貨屋などの店には寄らず、甘味処で時間を潰す事にする。
「ボン・ジョルノ」
「はいはい。どうぞ」
甘味処の店主は私に驚かず、平然とした態度でお茶と餅を提供してくれた。
城下町で甘味処を経営すると肝が据わるのだろうか?
確か、前田の甘味処の店主もこんな対応だったぞ。
焼きたて熱々の餅はちょっと珍しい物で、灰色で形も細長かった。
少しだけ焦げ目がついている。
熱過ぎて、雪風にはすぐにやれない。
こんな物を口に入れれば、雪風は悶えてしまいそうだ。
「熱いから、ちょっと待ってね」
お皿に敷かれていた紙に載せ、餅を雪風の前に置く。
早く冷めるように、喉に詰まらせないように細かく切っておく。
「わん」
喋る事はできないが、何気に雪風は人語を解している。
素直に返事(?)をしておあずけを受け入れる。
でも、こらえ性がないのでちょろちょろと舌で舐めていた。
やっぱり熱いので驚いて、引いたり舐めたりを繰り返した。
一足先に、私とすずめちゃんは餅を齧る。
「おお。これ、おいしいや」
「はふはふ、おいしい」
餅そのものに味がついていて、甘くて美味しい。
このほんのりとした甘さ。
多分、サツマイモだ。
それを練りこんでいるのかもしれない。
焦げ目がつくまで焼かれた餅の表面も、程よい歯ごたえになっている。
そのカリッとした表面を食い破れば、中から柔らかく熱い餅の歯ざわりが出迎えてくれる。
あまりにも美味しいので、土産として焼いてない餅を注文する事にした。
アールネスの家族にも食べさせてあげたいし、椿にも食べさせてあげたい。
私とすずめちゃんが餅を食べ終わり、雪風もなんとか餅を平らげる。
私とすずめちゃんはお茶を飲み、雪風はそんな私達の足元に寝そべっていた。
何を話すでもない。
ただ、時間が過ぎていく。
いい機会かもしれない、と思った。
「ねぇ、すずめちゃん」
呼ぶと、すずめちゃんがこちらを見る。
「これ、あげる」
そう言って渡したのは、前の宿場で買った鈴の根付だ。
「何?」
「私からの、贈り物」
「……お別れだから?」
「……そうだね」
すずめちゃんは俯いてしまう。
「受け取ったら、もう別れなきゃならんのか?」
「受け取らなくても、お別れだよ」
言うと、すずめちゃんは鈴を受け取った。
そして、私との距離を詰めた。
体が密着する。
ぎゅっと、私の服を掴んだ。
幸い、前の宿場町のようにすずめちゃんがさらわれるような事はなかった。
椿が戻ってくるまで、すずめちゃんとはずっとそばにいたから。
「宿に行くぞ」
戻ってきた椿は、早々に告げる。
「え、どうして?」
すずめちゃんのお兄さんと連絡が取れたなら、その必要もないと思っていたのに。
「連絡が取れなかった。今は、忙しいらしい。面会する余暇がないそうだ」
「何で?」
「それは宿で話す」
そう言われ、私達は宿を取った。
部屋に場所を移して、改めて話を聞く。
「夏木秋太郎。今現在、乃島秋太郎と名乗っている彼は、この山内藩で与力の役目をいただいている。で、最近この界隈では盗賊団が活動しているそうだ」
おいおい、山内犯罪起こり過ぎだろう。
ロスかここは。
「頭目の名は、鬼の熊虎」
鬼なのか熊なのか虎なのかわからん名前だ。
「どうやら、その頭目の根城が見つかったらしく、今夜大規模な捕物が行なわれるそうだ。根城は町外れの廃寺だそうだ」
悪党は廃寺とか廃墟とかに群れ集う習性でもあるんだろうか。
「秋太郎は、その捕物に参加するそうだ」
「だから急がしいんだ?」
「そうだな。すずめが来た事の報せは届いているだろうが、会えるのは明日になるだろう」
明日か。
「ただ、少し気になる事があってな」
「何?」
「鬼の虎熊は、役人を目の仇にしていてな。今までに、幾人もの役人を執拗に痛めつけて殺しているそうだ」
何それ、フラグ?
でも、それは心配だ。
何事もなければいいんだけれど……。
犬にはあまり餅は与えない方がいいらしいです。




