四十六話 伝説になった女
方言を修正致しました。
ご指摘、ありがとうございます。
すずめちゃんを救出し、かどわかしの下手人連中をお縄にした私達はすぐに宿へ戻った。
余程疲れていたのか、宿に戻るとすずめちゃんはすぐに眠ってしまった。
雪風もすずめちゃんに寄り添い、一緒に眠ってしまった。
安心していいよ。
私がそばにいる限りは、絶対危ない目には合わせないからさ。
でも、こうしてそばにいてあげられるのも、あと少しなんだよね。
すずめちゃんの兄は、山内の城下町にいる。
あと一日もあれば、辿り着く。
ヤタのためにも、早く帰ってあげたいけれど。
名残惜しさを覚える。
そんな事を思いながら、眠る一人と一匹の頭をそっと撫でた。
翌日の事だった。
朝早く、椿が出かけていった。
帰って来ると、私に申し出る。
聞くと、仲間に呼び出されたらしい。
「少し寄り道する事になった」
「それは構わないけれど。どこに寄るの?」
「街道から少しそれた場所にある村だ。昨日助け出した子供達の内、何人かがその村の出身らしい。奴らは各村や町で子供をさらってあの屋敷に集め、港町から出荷していたそうだ」
出荷、ね。
人間を対象にするととても嫌な言葉だ。
「その子供達を送り届けて欲しいと依頼を請けたそうだ」
「忍ってそこまでするの?」
「金さえもらえれば基本的になんだってするのが我が里の方針だ。子守だってする」
そうなんだ。
「元々宿場の番所など勤め人も多くない。かどわかしの連中の詮議などで人手が足りぬそうだ。とはいえ、子供達を早く親元へ返してやりたいのだと」
「わかった」
そうして、私達は三人の子供を引き連れて村へ向かう事になった。
「姉ちゃん、鬼なのになんでわてら助けてくれゆうが?」
「私は鬼だけど、子供の事が大好きだから助けるんだよ」
「すずめは姉ちゃんの子?」
「いや、違うよ。あなた達と同じで、この子も家族の所へ帰す途中なんだよ」
「鬼は、みんな姉ちゃんみたいに強いが?」
「私はその中でも特に強いと思うよ。もっと強い人もいるけど」
道中、私は子供達から懐かれてしまった。
最初こそ警戒している様子だったのだが。
一人が恐いもの見たさの好奇心からか、私へ声をかけた。
それに答えると、次々に他の子達も私に声をかけ始めた。
その間、子供達から鬼の姉ちゃんと呼ばれたが。
あまりにも行く先々で鬼と呼ばれるので、訂正しない事にした。
もう私、鬼でいいや。
雪風の様子を見る。
少しぎこちないが、子供達のそばを歩いている。
少し安心した。
町を出るまで、雪風は道行く人々に怯えていた。
というより、大人が怖いらしい。
子供なら大丈夫なようだが、私と椿以外の大人を恐れているようだ。
この子もトラウマが出来てしまったのかもしれない。
可哀相に。
でも、懐きすぎて連れ去られてもまずいから、少しは警戒心を持っていた方がいいかもしれない。
ただ、それでも少しずつでいいから、人が必ずしも怖い存在ではない、と気付いていってほしいな。
街道を歩き、椿の案内で道をそれていくと村が見えてきた。
村に入ると村人の男が一人いた。
第一村人発見である。
村人は私の姿を見て怯えた。
逃げようとしたが、そばに見知った子供達がいる事に気付いたらしい。
「おまん、田吾作か?」
村人が子供の一人に訊ねた。
男の子だ。
「そうじゃ、おっちゃん。おれ、鬼の姉ちゃんに助けてもろうたがよ」
「おまんら、ここで待っちょき! すぐ、呼んでくるき」
そのやり取りで、村人は急いで村の方へ走って行った。
しばらくして、村人達がぞろぞろとこちらへ走って来た。
「田吾作!」
「お母!」
一人の女性が子供の一人を呼び、その子供が女性の方へ走り寄る。
「あんた、本当に……。よう、戻んてきたなぁ……」
余程、心配していたのだろう。
女性の目には止め処ない涙が流れていた。
「今までどこ行っとったが?」
「人さらいにつかまっとったがぁよ」
「人さらいって、あんた……」
「つかまってる所に、鬼の姉ちゃんが助けてくれたが」
そう言って、男の子が私の方を見る。
女性も私を見た。
怯えはなかった。
「あんがとございます。よう、うちの子を助けてくださいました」
女性は私の手を取り、握りしめてお礼を言った。
「たまたま、助けられただけです」
多分、今までに助けられずに売られてしまった子もいるだろう。
こうして、この子を助けられたのは偶然だ。
こんなに礼を言われるのは申し訳ない気がする。
「こっちもあんがとございます」
別の女性も言う。
見ると、そのそばには助けた子供の一人がいた。
その子の親だろう。
「あんがとございます! あんがとございます!」
拝まれ始めた件。
「鬼様には、感謝してもしきれません。どうか、お礼させてくれんろうか?」
「いや、それは……。私達もこれから行かなければならない所がありますから」
私が言うと、助けた子供の一人が口を開く。
「姉ちゃんは、これからその子も家族の所に届けんといかんがよ」
すずめちゃんを指して言った。
「そうでしたか……。鬼様は、方々《ほうぼう》で子をお助けになっておられるんですね」
そういうわけじゃないけど。
「せめて、お名前を聞かせてくれんろうか?」
「クロエです」
「ありがとうございます。くろえ様」
女性は、深く頭を下げた。
それからすぐに村を発ち、私達は山内の城下町へ向かった。
昼を少し過ぎた頃、私達は城下町へ到着した。
黒恵御前。
四国で信仰される鬼神である。
山内では昔から子供を守る守り神として有名であり、今も強い信仰を得ている。
元は地獄の獄卒をしていた鬼女であったが子供に慈悲深く、それが長じて賽の河原の牛頭鬼・馬頭鬼を叩きのめした事で人の世へ追放された。
人の世に追放された彼女は、不幸な身の上の子供を救い続けた。
その後、ある貴人と結婚し、自ら角を折って人間となった。
黒恵御前の頭に角が無いのはそのためと言われ、絵などで描かれる姿も皆角がない。
天寿を全うした彼女は、死後子供を守る鬼神となったという。
また、武神としての側面もあり、信奉すれば、安産・子供の健やかな成長に加え、勝負事などのご利益があるとされる。
同じく「くろえ」と読める名の鬼の話は各地に残っており、この黒恵御前はクロエ・ビッテンフェルトなのではないかという説がある。
倭の国の伝統的な演劇、歌舞伎の演目にある「橘鬼女騒動」には黒鬼と白鬼が登場する。
その黒鬼の名は「黒恵」であり、そこに関連性を見出すのはいささか強引であろうか?
「クロエ・ビッテンフェルトの伝説」より抜粋。
ちなみに、この異世界に仏教はないのですが、それらしい何かはあります。
この世界の神は例外を除いて女神しかいないので、祀られているのは当然女神です。




