四十一話 烏VS龍
タイトルがお茶みたいですね。
内容を修正致しました。
ご指摘、ありがとうございます。
その夜、私達は別れを惜しむ宴を兼ねて、すき焼屋へ繰り出した。
すき焼きである。
ネギやシイタケ、白菜などと共に肉をわりしたで甘辛く味付けたあのすき焼きである。
前世で親しんだすき焼とは具材が違っている。
肉は鴨で、味付けもどうやら味噌が加えられているらしい。
しかしながらとてもおいしそうだ。
何より匂いが良い。
空きっ腹にダイレクトアタックである。
減ったお腹にお肉をシュートッ!
超エキサイティングッ!
「さぁ、あたしのおごりだよ。パァッと食っとくれ」
「ごちになります」
「なります」
お妙さんに私が言うと、すずめちゃんも続いて言った。
私はすき焼きを解き卵に潜らせながら食べる。
ああ、美味しい。
美味しいけれど……。
その美味しさが、上滑りしていく感じだ。
どんな時でも、美味しい物は美味しいが心にわだかまりがあると心から喜べない。
気にかかる事というのは、お妙さんの事だ。
私は、お妙さんと彼女の子供の事が気にかかっている。
お妙さんはあの男の子を本当によく思っている。
可愛くてたまらないのだ。
彼女がその気持ちを押し隠している事は、見ているだけでわかる。
それでも、離れなくちゃならない。
彼女がもう会わないと決めてしまっている事に、もやもやとした気分を持っていた。
正直に言えば、自分の今の境遇と重ねていた部分がある。
お妙さんが自分の子供と会えなくなるという事を思うと、自分もまたヤタと会えなくなるのではないか? という根拠のない不安が胸に溢れるようだ。
それに、会おうと思えばすぐにでも会えるのに、会わないでいるという状況が少しだけ羨ましいとも思えた。
僻みもあるのかもしれない。
何故、そんな事をするんだ?
という怒りにも似た気持ちがあった。
会う事もできて、名乗ろうと思えば名乗る事もできるなら、一緒にいてあげる事もできるんじゃないのか。
そう思った。
理由はあるんだろう。
それはわかっている。
でも、その理由を私は知らないのだ。
色々な気持ちがもやもやと私の心に渦巻いていた。
「何だい? あんまり進んでないね」
「え、ああ。ちょっと食欲がないんですよ。それより、お妙さんこそじゃんじゃん食べてください。そなたのすき焼じゃ、どんどん食え」
そんな調子で、私達は宴を続けた。
私の気持ちが盛り上がらなかったのは言うまでもない。
その帰りの事である。
悩んだ末に、私は自分の心の内にある物をお妙さんにぶつけた。
「夜風が気持ち良いねぇ」
牛鍋の熱気に満ちた店内から出ると、外の風は確かに涼しく気持ちよかった。
お妙さんはお酒が入っているから、余計に気分がいいだろう。
「お妙さん」
前を行く、お妙さんの背に呼び掛ける。
「何だい?」
「何で、あの子に母親だと名乗らないんです?」
「あん?」
お妙さんの笑顔が、苛立ちまじりの怒りに染まった。
「できないっつってんだろ。蒸し返すんじゃないよ。何も知らないくせに」
「わからないから蒸し返してるんですよ。理由はあるかも知れませんけれど、私は知りませんからね」
お妙さんは舌打ちする。
「あんたには関係ないこったろう」
「そうですね。他人の親子関係に口出す筋はないでしょうね。でもね。そういう物関係なく、私の気持ちが治まらないんですよ。正直言って、ちょっと不快に思ってるんですよ。私」
私はお妙さんの境遇に、少しの怒りを覚えている。
私と違って、会おうと思えばいつでも子供と会えるお妙さんに私は怒っている。
どうして、会えるのにもう会わないなんていうのか。
私がしたくても出来ない事を自分から放棄しようとしている。
それが嫉ましく、不快だった。
納得できる理由はあるかもしれない。
でも、今の私はそれを知らない。
だから考えた末に、不愉快さと怒りだけが心に残った。
「納得させてくださいよ、私を。でなけりゃ、あなたと笑顔で別れる事もできない」
「あんた、ちょっとお節介が過ぎるんじゃないのかい? 人様の事情に、一々口出ししてくるんじゃないよ! 何でもかんでも話す義理なんて、こちとらないんだ。これ以上口出すって言うんなら、あんたと言えども潰すよ……?」
「望む所です」
私は頷いた。
「椿……。すずめちゃんを連れて先に帰っててくれる?」
言うと、椿は溜息を吐く。
「行こう」
「いいんか?」
「大丈夫だろう」
「わんわん」
椿がすずめちゃんと雪風を伴って夜道を歩いていく。
彼女らが帰り、私とお妙さんだけが道に取り残された。
「ついて来な。いい場所がある」
そう言う彼女についていくと、広い空き地に出た。
廃材らしき材木やゴミが落ちている場所だ。
その中央で、私とお妙さんは向かい合った。
お妙さんは上着と着物を脱ぎ捨てる。
私も自分の服に手をかけ、一気に脱ぎ去った。
さらし姿になる。
「あんた、あたしじゃ相手にならねぇって思ってんだろ? 潰せねぇと思ってんだろ。できるかどうか、見せてやるよ」
お妙さんが殴りかかってきた。
カウンターでその鼻っ柱を殴る。
仰け反るお妙さん。
しかし、彼女の手は私の手を握っていた。
「!?」
驚く私の手を引き、その勢いでお妙さんは私の顔に頭突きをかました。
思わずよろめいて、一歩後ずさる。
「そんなもんかい? あんた」
鼻血が出てる。
私はその鼻血を拭った。
今度はこちらから殴りかかる。
フックがお妙さんの頬に食い込む。
返礼とばかりにお妙さんの拳が私の顎を打ち上げる。
さらに私はボディを殴る。
さらにさらに、お妙さんの拳が脇腹を抉る。
信じられない。
私には手加減しているつもりなんてないのに。
魔力を持っていないはずのお妙さんは、私と真っ向から互角に殴り合っていた。
いや、互角じゃない。
私の方が押されている。
顎を拳が抉り、私は一歩退いた。
その隙を見逃さず、お妙さんの前蹴りが私の腹を強かに打つ。
仰向けに倒れる私。
お妙さんは馬乗りになって、私を追撃する。
マウントポジションからの連打が、顔面に何度も打ち付けられる。
髪の毛を掴んで顔を上げさせられ、そこへ拳を叩き込まれた。
拳の勢いで、頭が地面に叩きつけられる。
トドメとばかりに拳が振り上げられた。
私の顔を狙って振り下ろされる拳。
首を巡らせて避ける。
お妙さんの拳が地面を殴りつけた。
そして、殴りかかって下りてきていたお妙さんの顔を逆に殴りつける。
わずかに浮いた体から足を抜き出して、お妙さんの胸を蹴る。
そうして何とかマウントから脱出した。
けれど、起き上がろうとした所に、お妙さんの蹴りが炸裂する。
体勢を崩した。
再び顔を上げてお妙さんを見た時、お妙さんは木材を拾い上げて私に殴りかかってくる。
腕で防ぐ。
私の腕を打った木材が折れた。
木材を手放したお妙さんが殴りかかってくる。
その腕を掴んだ。
逆に殴りつける。
「なめんな!」
私は吠えた。
すぐさま殴り返される。
私もすぐに拳で応酬する。
お妙さんもそれに反撃し、私は防御のために腕を上げた。
が、その腕をお妙さんは掴む。
両腕を封じられた体勢で、私はお妙さんの強烈な頭突きを再び鼻へ受ける事になった。
一発だけじゃなく、何発も頭突きが叩きつけられる。
なんとか振り払った時には、顔は鼻血まみれになっていた。
再び、殴り合いが再開される。
不思議だ。
本当に、この人は折れない。
てかげんしているつもりはないのに、私の拳に耐えている。
耐えているどころか、圧倒されているような気分だ。
私の攻撃が効いていない気がする。
このままやっても、お妙さんには勝てない。
そんな気がしてくる。
いや、違う。
効いていないわけじゃない。
お妙さんの足は小刻みに震えていた。
ダメージは確実にある。
それでも戦えるのは、心で負けていないからか。
気迫が違う。
相手を打ち倒してやろうという強い気持ちをそのまま力に変えているようだ。
心で負けない。
だから、戦えるんだ。
だったら、私だって!
拳がクロスし、互いの頬を抉った。
どれだけ時間が経っただろうか。
互いの頭突きがぶつかり合う。
吐息が触れ合うような距離で睨み合った。
そして、お妙さんだけが倒れた。
「あんた、冗談じゃなく……強すぎだろう」
息も絶え絶えにお妙さんが呟く。
「お妙さんも強かった」
「嘘ついてんじゃないよ」
嘘じゃない。
正直、もっと簡単に倒せると思った。
一時は、逆に負けそうな気がした。
彼女の強さは心の強さだ。
時として、心は実力以上の力を発揮する。
私はきっと、心で負けていたんだ。
「体中痛い……。絶対、折れちまってるよ」
「見せてください」
私は万能ソナーで体の中を診る。
本当に所々が骨折している。
あら、肋骨バキバキじゃないのさ。
何で喋れるの?
私は無色の魔力で骨を補強しつつ、白色でくっつけた。
「あれ? 痛みが消えたよ」
「治しました」
「もしかしてあんた、陰陽師なのかい?」
「そんなものです」
「器用な奴だねぇ。勝てるわきゃねぇや」
苦笑して言う。
「何してるんだろうね。あたしら……」
「そうですね」
二人、そんな言葉を漏らす。
それからまたしばらく沈黙が場を支配する。
お妙さんは、寝返りを打って私に背を向けた。
私はそんな彼女に背を向けて、座る。
「こう見えてあたしはね。組を纏める立場の人間なんだ」
お妙さんが語りだした。
つまり、組長って事か。
「元は、あたしの旦那が組纏めてたんだけどね。その旦那が死んで、あたしが組引っ張る事になったんだ」
「そうなんですか」
「他の組との戦争になってね。勝ちはしたんだが、そのまま帰って来なくてねぇ」
鼻をすする音が聞こえた。
「男の世界だのなんだのと言ってさ。あの人は、あたしを連れてってはくれなかった。あたしを置いてっちまったんだよ。一緒に行きたかったのにさ。本当にろくでもないもんだよ、男なんてさ。それで死なれるなんざ、堪ったもんじゃねぇや」
声が震えている。
泣いているのかもしれない。
「自分だけの狭い世界の中で生きて……。女の事なんざ、欠片も容れようとしてくれないんだから……」
そこまで言って、お妙さんは黙り込む。
鼻をすする音だけが聞こえてくる。
「だからあたしは、今親分なんて呼ばれてるんだよ。
でもねぇ、慕われてるかってぇとそういうわけでもない。
中には、心底慕ってくれてる奴もいるけどね。
でも、極道の世界ってのは、男が動かす世界なんだよ。
私を気に入らねぇって奴は、組の中に何人もいる。
子分だからってつっても、信用できねぇ連中ばかりさ」
「だから、子供を遠ざけている?」
「そうだよ。
それに、あの子にはそんな世界に入って欲しくないのさ。
真っ当な人間として、斬った張ったのない世界で生きて欲しい。
あの子は、あたしらに似てる。
とりわけ、旦那に似てるんだ。
きっと、こっちに来ちまったら、旦那と同じように死んじまう気がするんだよ。
そんなのあたしゃ、耐えられない。
そんな事になったらあたしゃ、生きていられないよ」
そうなんだ……。
納得した……。
お妙さんが子供に会わないのは、子供を守るためなんだな。
そのために、我慢する事を心に誓ったんだ。
子供のために、心を押し殺す……。
私には、同じ事ができるだろうか?
身じろぎする気配があった。
お妙さんが起き上がったのだろう。
振り返ると、お妙さんは私に手を差し出していた。
その手をとって、立ち上がる。
「ありがとうございます」
礼を言う。
「帰ろうか……」
「そうですね」
「とんだ、別れの宴になっちまったね」
「すみませんね」
「これはこれでいいさ」
苦笑しあう。
「娘に会えたら、存分に可愛がってやるんだよ」
「はい」
戦う予定なんてこれっぽっちもなかったのに、戦う事になってしまいました。
しかもちょっと強引な理屈で戦わせてしまいました。申し訳ありません。




