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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
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四十話 お妙さんの目的

 お妙さんと出会ってから五日後。

 私達は雑賀の港町へ辿り着いた。


「これで旅も終わりなんだねぇ。短い間だったけど、あんた達と一緒にいるのは楽しかったよ」

「まぁ、もう一日は一緒だと思いますけどね」


 港町に着いたのは、日が翳る少し前だ。

 多分、今日の船はもう出ていないだろう。


「そうだねぇ。じゃあ、今夜は別れを惜しんで宴でもするかい?」

「いいですね」


 私達は宿を取った。


「ちょいと出かけてくるよ」


 荷物を置くと、お妙さんはそう言って外へ出ようとする。


「どこへ行くんです?」

「買い物だよ。あたしは、そこに用があってここまで来たんだよ。あんたも行くかい?」


 どうしよう。


「何のお店なんです?」

反物たんもの屋だよ」


 反物か……。

 そういうの高そうだな。


 お土産にしたい所だけど、今はお金を節約したからなぁ。

 でもちょっとは見てみたい。


「お妙さんは何か買うんですか?」

「そりゃあ、そのために来たからねぇ」


 じゃあ、私がひやかしていても別にいいか。


「行きます」


 私はお妙さんについていく事にした。

 すずめちゃんと雪風もついてきた。


 椿だけお留守番である。




 私達は、お妙さんに案内されて一件の反物屋へ入った。


 入ってすぐの所が横広の土間となっており、段差を経て木の床が広がっている。

 土間と木床を隔てる段差が丁度座りやすい高さになっており、店の人間が床の上に反物を広げて見せ、段差に座って客がその品を見ている姿が見られた。


 お妙さんも他の客と同じように、段差へ座る。


 店主らしき人が声をかけてきた。


「これは龍道寺様。いつもご贔屓に」


 ご贔屓に、か。


 店主が私に気付き、一瞬ビクリとする。


「お連れ様で?」

「ああ。旅の途中で気が合ってね」

「さようでございますか」

「それより、物を見せてくんな」

「かしこまりました」


 店主は店の奥へ入っていく。


「常連なんですね」

「そうだねぇ。よく来てるよ、ここには」

「わざわざ、何日もかけて?」

「自分の目で見ないと良し悪しは解からないからねぇ」


 お妙さんはお洒落に労力を惜しまないんだなぁ。

 私なんて、未だに母上が用意してくれた服を着ているというのに……。


 今私が着ている服は、私が結婚した時に母上がデザインして送ってくれたものだ。

 二十着ほど……。


 そういえば生前での私も、お母さんに買ってきてもらった服ばかりを着ていたな。

 どうせパーカー着るから、どっちでもよかったというのもあるけど。

 あんまり成長してないんだな、私。


 母上から送られた服は学生時代の私の服装とあまり変わらないが、細部のデザインが微妙に違う。

 どこをどう違うと説明する事が難しいくらいに細部が違う。


 基本的に、白シャツと黒パンツに黒い上着を合わせたものである。

 明らかに違う所があるとすれば、ヘソを出していない所ぐらいだろうか。


 春の半ばとなる今はちょっと暑かったので何度か出してしまいたいと思ったが、人妻としてのつつしみは常に持っていないといけない。

 でなければ、アルディリアが可哀相だ。


 考えてみるといい。

 倭の国に送り出した妻がヘソを出して帰ってきたらどう思う?


 ……どう思うんだろう?

 もしかして向こうで浮気してきたんじゃ、とはまず思わないな。


 ヘソを出さない事が貞淑さのアピールになるわけじゃないし。

 向こうは暑かったのかな? ぐらいにしか思われない気がしてきた。


 あれ?

 じゃあ、もしかして別にヘソは出していてもよかったんだろうか?

 私の慎みは守られたのだろうか。


 いや、そうじゃない。

 肌を晒す事が人妻にあるまじき事なのだ。

 だから、私は間違っていない。

 ヘソは出さない方がいいんだ。


 でも、暑いと思っていたのは倭の国に来てすぐぐらいで、最近は慣れて暑くないんだよね。

 脂肪の全体量が減ったせいもあるだろう。


 武人として常々脂肪は蓄えるように、と父上に言われていたが。

 倭の国に来てからこっち、アールネスにいた頃よりも食べる量が減って運動量が増えたためか脂肪が薄くなっている。


 そのため今の私の腹筋は、表面を覆っていた脂肪が薄くなって今まで以上にボコボコしている。


 と、そんな事はどうでもいいか。


「お待たせしました」


 店主が反物をいくつか持って戻ってくる。

 その隣には、小さな男の子がいた。


 お妙さんを見て、笑顔になる。


「おばちゃん! 久し振り!」

ぼん。久し振りだねぇ。元気だったかい?」


 男の子がお妙さんのそばへ駆け寄ってくる。


「ほら、お土産だよ」

「ありがとう!」


 お妙さんが干し芋をあげると、男の子は大喜びでそれを受け取った。


 お妙さんには、子供に干し芋をあげるというポリシーでもあるんだろうか?


 いや、純粋に自分が好きなだけかな。

 干し芋を齧りながら晩酌している姿を何度か目撃したし。


 彼女は甘党らしかった。


 ふと、男の子が私に気付く。

 顔が引き攣った。


「グーテンターク」


 にっこり笑って挨拶。


「しゃべったあぁぁぁっ!」


 私はスポンジじゃないよ。


 この国に来てから、私は子供から恐がられるな。


 ……いや、嘘を吐いた。

 アールネスに居た頃から子供には恐がられる。


 男の子はお妙さんにしがみつく。


「大丈夫だよ。なりはでかいが、心根の優しい男気溢れる女だからさ」


 だから、そんな気が出てたまるか。


「本当? おばちゃん?」


 男の子が私を見て言う。


 おばちゃんかぁ……。

 一応、まだ二十三歳なんだけどな……。

 でも、十九歳でババァと呼ばれる事もあるからなぁ。


 それを思えばまだマシか。


「ホントダヨ! コワクナイヨ!」


 全身を使ってムキッと恐くないアピールをする。


 背筋も見せてあげようか?

 鬼の顔が見れるよ。


「怖いよ……」


 そう?

 この子はちょっと恐がりなのかもしれない。


 こんな時は動物攻撃だ。

 行け、雪風!

 君に決めた!


「あ、犬だ!」


 私は雪風を抱いたすずめちゃんを前に出した。

 男の子はすずめちゃんと共に、雪風を可愛がり始めた。

 ふわふわの毛玉をくしゃくしゃされまくって、雪風は尻尾を振り回している。

 ああ、防御力が下がる……。


 雪風は本当に鬼なんだけどなぁ……。


 子供二人が毛玉を可愛がる様子をお妙さんはホッコリと眺めていた。


「こちらが流行はやりの品になりますが」


 店主が反物を床に置いて見せる。


「ああ、いいよ。あたしはあんたの目を信用してるからね。適当にいいと思うもん見繕ってくんな」

「わかりました」


 自分で良し悪しを見るんじゃなかったっけ?


 お妙さんは店主に答えると、ただただ優しい表情で二人を見ていた。


 いや、見ていたのは多分、男の子の方だろう。




 反物屋からの帰り道。


「お妙さんは、反物じゃなくてあの子を見に来たんですね」


 私が言うと、お妙さんは顔を強張らせた。


「何の事だい?」

「見てればわかりますよ。本当の目当てが何か、くらい」


 お妙さんは黙り込む。

 少しして溜息を吐いた。


「あんたにだけは、言っておこうかねぇ。ただ、先に言っておくけど、誰かに漏らしたら殺すからね」


 本場のヤクザタンカだ。


 コワイ!


「ア、ハイ」


 私は素直に頷いた。


「あの子は、私の子供なんだよ」

「やっぱり。じゃあ、どうして反物屋の子供って事になっているんです?」

「内緒で預かってもらってんのさ」

「どうして?」

「いろいろ事情があるんだよ。そこまで深く話す気は無いよ」

「そうですか……」

「で、私はちょくちょく顔だけ見に来てるわけさ」

「母親だという事も明かさずに?」


 お妙さんは頷いた。


 お妙さんは、あの子を思いやっている。

 それは見ていればわかる。

 でも、そんな気持ちを隠しながら、こうして距離を取るというのは辛い事だ。


 今の私なら、よくわかる。

 ただでさえ、子供と離れる事は辛い。

 なのに、子供には母親だとすら名乗れず、一緒に居られないという事はもっと辛いだろう。


 どんな事情かはわからないけれど、きっと深い理由があるんだろうな。


「でも、こんな事もこれで最後にするさ」

「どうして?」

「日に日に、似てくるんだ。私と旦那に、ね。そんな様ぁ、見せれちゃ気持ちを抑えられなくなっちまう。このままじゃ、自分が母親だと名乗っちまいそうだ。だから、これで最後にしようと思ってんのさ」

「そんな……だったら、母親だと明かしてしまえばいいじゃないですか」

「事情も知らずに、勝手な事言うんじゃないよ」


 お妙さんは苦笑して答えた。


「馬鹿な事、考えちまうだろ」


 勝手な事も何も、言ってくれなくちゃわからないじゃないか。

 ヤタが十月生まれとして、クロエが十一月。クロエが十九の頃にヤタが生まれたとして、ヤタが三歳になった時にクロエは二十二歳。

 その一ヶ月後に二十三歳になり、倭の国へ向かったのは春頃。

 多分、クロエの年齢はあっているはずです。

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