三十九話 価値観が違うだけ
翌日。
私達とお妙さんは、雑賀へ向けて宿場町を発った。
そこからいくつかの宿場で宿泊しつつ、雑賀を目指す。
お妙さんと出会った宿場から、二つ目ぐらいの宿場での事。
私達は宿でくつろいでいた。
「そういえばあんた、国に子供を残しているって言ってたね」
お妙さんが私に訊ねた。
「ええ。そうですよ」
「心配じゃないのかい?」
「そりゃあ……心配ですよ……」
「だろうねぇ」
「でも、夫と妻が見ていてくれますからね」
「そうかい……ん?」
お妙さんがおかしな表情で私を見る。
「何か?」
「あんた、今何て言った?」
「夫と妻ですが何か?」
「……夫はわかる。でも、妻ってのはなんだい?」
「実は私、夫と妻を同時に娶ったんです」
正確には、アルディリアが私とアードラーを娶ったわけだが。
そう言っても間違いではないだろう。
アードラーは私の嫁!
お妙さんが驚愕する。
「あんたって奴は……! どこまでも規格外な女だねぇ! 言っとくけど、あたしはそっちの気はないからね?」
私だってなかったんだけどね。
「お妙さん」
「何だい?」
「人間、なろうと思えばなれるもんなんですよ」
百合とか。
豪傑とか。
小説家とかね!
「あたしゃなりたくないよ!」
「まぁ、そう言わず……。お妙さんって、綺麗な肌してますね。二の腕だってたくましくって素敵……」
「頬染めながらこっちに寄るな! あんたの方がたくましいよ!」
ありがとうございます。
「って事はあれかい? 椿はあんたの色なのかい?」
「聞き捨てならん。それはちがうぞ」
椿が口を挟む。
「うぷぷぷぷ。そう言って、まんざらでもないんじゃないの? カワイイと評判の椿ちゃん」
「どこの評判だ!? 私のそばに近寄るな!」
どこのボスだろうか。
私は椿に近付こうとする。
サッと逃げられる。
ガチ逃げである。
見ると、お妙さんも私に対して構えを取っている。
バトルは望む所だが、変な誤解で戦いたくない。
「ああん。逃げないで」
「やかましい!」
「こんな私を受け入れてくれるのはすずめちゃんだけか。おいで」
すずめちゃんがこちらへ来る。
ついでに雪風も来た。
「およし」
が、途中でお妙さんがすずめちゃんを抱き上げた。
雪風だけ来た。
おお、よしよし。
私の所に来てくれるのはお前だけか。
二人から変態を見る目を向けられながら、私は雪風を可愛がった。
冗談だったのになぁ……。
誤解を解いて、私達は町へ繰り出した。
夕食のためである。
日はもうすでに落ちている。
「本当にそっちの気はないんだね?」
お妙さんはまだちょっと疑っているようだ。
歩きながら言う。
私は、すずめちゃんと手を繋いでいた。
「ええ。好きになった相手がたまたま女性だっただけですから」
「なら、いいんだけどねぇ……。いや、いいのかねぇ?」
さぁ?
価値観なんて経験で変わっていくものですから。
「お妙さんって素敵ですよね。女の私から見ても惚れちゃいそうなくらい」
お妙さんが私から距離を取る。
「冗談ですって」
「本当だろうね?」
「本当ですって」
もうふざけるのはやめよう。
「……じゃあ、さっきの話だけど」
「さっき?」
「子供の話さ」
ああ。
「早く帰ってあげたいんじゃないのかい?」
お妙さんが言うと、私と繋がれていたすずめちゃんの手が強張った。
私は、すずめちゃんを抱き上げる。
「そう言う気持ちがないとは言いません。でも、今はすずめちゃんのそばに居てあげたいんです」
「そうかい。野暮な事聞いちまったね」
お妙さんもすずめちゃんの緊張を察したのか、ばつが悪そうに答えた。
「あんた、いい女だね。男気を感じるよ」
え、どっち?
私、女よ。
そんな気が出てたまるか。
「そういえば、お妙さんも結婚しているんですよね。お子さんはいらっしゃるんですか?」
「私かい? ……そうだねぇ。……いない、よ。私には、子供なんざいないんだ」
答えるお妙さんの声は、どこか自分に言い聞かせるかのようだった。




