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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
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三話 愛別離苦

 書いてて辛かった……。

 日本語を知っていて、それを活用してしまった事がきっかけで私は倭の国へ派遣される事になった。


 家に帰ると玄関で私を待っていたヤタが走り寄って来た。

 抱きつかれ、「ママ、だーい好きっ!」と言ってもらえた。


 彼女の愛情表現だ。

 これを受けるたびに、私は父上の気持ちがわかる気がした。


 言いふらしたくなる気はわかる。


 でもされると嫌な事は知っているので我慢している。

 嫌われたくないし。


 この子もいずれ、「ママの洗濯物と私の洗濯物を一緒に洗わないで!」とか言い出すのだろうか?


 未来から来た彼女を見る限りそんな事はないと思うが、気をつけなければ。


 玄関を見ると、苦笑するアードラーがいた。

 待ちきれなかったヤタと一緒に、ずっと玄関で待ってくれていたようだ。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 アードラーとハグする。

 ついでに頬っぺたにキスした。

 ワイフにキスするのは当然である。


「ヤタも!」


 ヤタにもせがまれてチューする。

 愛娘にチューするのも当然である。



 アルディリアはすでに帰って来ており、厨房で楽しげに夕食を作っていた。


 私が作ってあげようと思ったのだけれど……。


「オムライスはクロエが作ってくれるんでしょう?」


 と、思っていたらアルディリアがそう言った。

 主采以外の料理を作ってくれていたようだ。

 スープとサラダだ。


 アルディリアにもくちづけした。

 ちょっと照れてた。


 私は急いでオムライスを作った。


 オムレツの語源は早い男だという話を聞いた事があるし、作り始めればすぐにできる。

 四人分のオムライスを作って、食事を始めた。


 プリンは予め作った物を、魔法で作った氷の中に突っ込んで冷やしてある。


 料理ができあがると、家族揃っての食事をする。

 長テーブルの上座にアルディリアが座り、両隣の席に私とアードラーが座る。

 アルディリアとは隣り合い、アードラーとは向かい合う形だ。


 いつもなら私の隣に座るヤタだが、その日は寂しかったからか私の膝に座った。

 あーんしてあげたら、あーんし返してくれた。


 そうして夕食を食べ終わり、デザートのプリンを食べていた時だ。


 私は陛下からの話をアルディリアアードラーに切り出した。


「陛下の要望で、倭の国に派遣される事になったんだ」

「倭の国に?」


 アルディリアが聞き返す。


「どうしてクロエが行く事になったのよ?」


 アードラーが聞いてくる。

 その間も、ヤタは上機嫌でプリンを食べていた。


 私達の話の内容がよくわからないようだ。


「私が倭の国の言葉を話せるからだよ」

「え、そうなの!? どうしてそんな事を知ってるのさ」


 アルディリアに問われる。

 説明が難しいな。


「……そもそも、ニンジャって倭の国の文化なんだよ。それで、調べている時に覚えちゃった」


 かつてニンジャ教室を開いた事があるので伝わるはずだ。


「ああ、なるほど。すごいね、クロエ」


 納得してもらえた。


「行くのは三日後。まぁ、順調にいけばだいたい一ヶ月弱で帰れる予定なんだけど……」


 正直、不安は拭えない。


 未来のヤタ達が過去へ来た事で、歴史は確定されている。

 その歴史で、私はヤタが三歳の時に彼女を置いて行方をくらますそうだ。

 だから、そのまま帰って来られなくなるのではないか、と私は危惧していた。


「ママ、どこか行くの?」


 ヤタが訊ねてくる。

 この子に伝えるのも辛い。

 でも、何も言わずにいなくなってしまうのも可哀相だ。


 一つ溜息を吐く。


「あのね、ママは……」


 私はヤタに、倭の国へ行く事を告げた。

 しばらく、帰ってこない事も……。


 ヤタは、プリンの欠片が乗ったスプーンを取り落とした。




 それから三日経った。


 その三日間、ヤタは私から離れようとしなかった。


 私に抱っこをせがみ、ずっと私にしがみついていた。

 表情を強張らせ、あんまり喋らず、ただただ私がどこにも行かせまいとするように服を掴んで離さなかった。


 少しでも離れてしまうと、不安そうな顔ですぐに跳び付いて来る。

 眠る時もずっと一緒で、その間もずっと手を強く握り続けていた。


 プリンを食べていたあの時から一度として、ヤタの笑顔を見ていない。


 そして王都を出る当日。


 ムルシエラ先輩を始めとする使節団三人と、そして侍達が馬車で自宅へ迎えに来た。

 私が出発するためにヤタをアルディリアへ渡そうとした時、ヤタの感情は爆発した。


「行゛っ゛ぢゃ゛や゛だぁ゛―っ!」


 そう泣き叫び、私の服の裾を握るヤタ。

 握る手はあまりにも力強く、壁走りの要領で私の衣服に魔力の棘を刺して固定する徹底ぶりだった。

 その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


 はい。

 もう行きたくない。


 この三日間、ずっと行きたくないと思い続けていたが……。

 そんなヤタを見て、私のその気持ちはそれまで以上に強くなった。


 夜泣きだってあんまりしない子だった。

 それがこんなに泣き叫ぶなんて思わなかった。


「先輩、私やっぱり……」


 言うと、先輩は小さく溜息を吐いた。


「気持ちはわかります。でも、これは公務です」

「はい」

「それに、あなたは断れないはずです」


 今回の事、実は一度断ったのだ。

 けれど、陛下はここでかつての借りを行使した。


 私がシュエットに操られ、城に侵入した時の事。

 あの時の事をもみ消してもらった代わりに、要望を無条件で受け入れるという旨の約束をしたのだ。


 その借りを陛下は使った。

 だから私は、断る事ができなかったのである。


「……そうですね」

「私自身、あなたに来てもらいたい。今回の事は、あなたがいるかいないかで成否が大きく変わる事柄なのですから」

「はい」

「それに、ほんの一ヶ月だけですよ」

「そうなんですけどね……」


 未来を知っていなければ、本当にたいした事では無い。

 知らなければ私だって、ここまで悩んだりはしなかったと思う。


「わかりました。でも、出発の時間を延ばしてもらえませんか?」

「ええ。それくらいなら……」


 今のこの子を無理やりに引き離したくはなかった。


 ヤタはその後もずっとびゃーびゃーと泣き続け、私はその間ずっと彼女を抱いて頭を撫でていた。


 そして二時間後、ヤタは泣き疲れて眠ってしまった。

 それでも私の服を掴む手は握られたままで……。


「行かないで……ママ……」


 呟かれた彼女の寝言を耳にしながら、その手をできるだけ強引にならないよう開かせた。


「じゃあ、行ってくるからね」

「うん。気をつけて」

「早く帰ってきなさいよ。この子も、私達だって待っているんだから」


 アルディリアとアードラーとも言葉を交わす。


「うん。わかった。できるだけ早く、帰ってくるよ」


 そうして、私は馬車に乗り込んだ。




 私達は数日馬車に揺られてサハスラータの王都まで向かった。

 そこからは十日ほど船に揺られる事になった。


 その間の事を私はいまいち憶えていない。

 この世界に転生して初めての船旅にも、何の感動を覚える事もなかった。


 ただただ、あの子が心配だった。


 きっとあの後も、起きてすぐに泣いたのではないだろうか?

 私がいなくて寂しくて……。


 旅程のほとんどをあの子の泣き顔を思い出しながら過ごした。


 そして倭の国へと辿り着く少し前、私は決心した。

 さっさと終わらせて、あの子の所へ帰ろう、と。


 歴史の強制力なんて関係ない。

 そんなもの、引き千切ってでも早く帰ってそばにいてやろうと心に決めた。

 ヤタはプリンとムルシエラが嫌いになりました。


 それから倭の国編はまだ序章なので、アードラーは同行しません。

 期待してくれていた方には申し訳ありません。

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