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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
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三十八話 強さを背負う

 居酒屋で喧嘩をする男達に啖呵を切ったお妙さん。

 下着姿になったお妙さんの背中には、立派な赤い龍の刺青が彫られていた。


「かかってきな、三下共。あんたらが何でもめてたか知らねぇが。その喧嘩、私が纏めて買ってやらぁ」

「後悔すんなや! このアマが!」


 男の一人がお妙さんに殴りかかる。

 お妙さんはその腕を掴み、逆に殴り返した。

 すぐさま首を腕で絞めて投げ飛ばす。


 他の客が着いていた席を巻き込みながら、男は倒された。


 もう一人の男が向かってくる。

 その男に、私は跳び蹴りを見舞った。

 怯んだ所で男の体を担ぎ上げ、店の柱へ向けて投げつけた。


「よいしょー」


 投げられた男が、柱にぶつかって落ちる。


「あんた」


 お妙さんが私を見る。


「手伝いますよ」

「じゃあ、言葉に甘えようかねぇ」


 お妙さんは笑う。


「くそ……」

「なめたまねしやがって……」


 男達が起き上がる。

 男の一人が懐から匕首あいくちを取り出すと、抜いて刃先をこちらに向けた。。


「後悔すんなやごらぁ!」


 男は叫びを上げ、私達へ向かってきた。




 それから、あっさりと匕首を指で折られた男とその仲間は。

 お妙さんと私による殴る蹴る、投げる踏むなどの暴行を受ける事一分後。


 見るも無残な有様となり、二人とも逃げるように店から出て行った。


「すまないねぇ。店に迷惑かけちまって」


 お妙さんは、女性店員に謝る。

 私達が暴れたせいで、店の中はめちゃくちゃになっていた。


 お妙さんは座敷に置いていた巾着から小判を三枚取り出すと、女性店員に渡した。


「あたしらの料理の代金と、迷惑料だ。他の客の払いも済ませてやってくれ」


 え、マジで。

 お妙さん、太っ腹過ぎる。


「え、でも、そんな……」


 額に驚いたためか、女性店員が戸惑う。

 渡された小判を返そうとする。


「足りるだろ?」

「それは、十分ですけれど……。多すぎます」

「迷惑料も込みだって言ったろう?」


 お妙さんが念を押すように言うと、女性店員は小判を受け取った。


「ちょいとケチがついちまったし、そろそろ店出ようかい」


 彼女が言い、私達は店を出る事にした。


「あの、私達の分の代金を……」

「ああ。いいよ。最初から出してやるつもりだったからさ」


 わぁ、お妙さん素敵っ!


「それより、湯屋にでも行かないかい? ちょいと汗かいちまったからさ」

「いいですね。いいよね?」


 椿に訊ねる。


「いいんじゃないか」


 という事で、私達は湯屋へ向かう事になった。




 湯屋。

 つまり銭湯の事である。


 私達はお妙さんに案内された湯屋へ入った。

 さっそく汗を湯で流そうとした私達だったが、ただ一つだけ問題があった。


 雪風をお断りされたのだ。

 ちょっと考えれば当たり前である。


 この湯屋には貸切りの特別湯なるものがあって、お妙さんが常連という事もあってそこでなら特別に入る事を許可された。

 常連という事は、よくこの宿場を通るという事なのだろうか。


 特別湯は六畳ほどの個室となっており、中央にひのきの湯が一つあった。

 戸を開けて入った途端、檜の良い香りが鼻腔をくすぐる。


 雪風が走り出す。

 そのまま湯船に飛び込んだ。

 一番乗りだ。


 と、ただでさえ本来ならはばかられるというのに、かけ湯なしでいれるわけにはいかない。

 私は飛び込む寸前で雪風を掴んで、着水を止めた。


 木桶で雪風にかけ湯する。


 ちなみに、名誉のために言っておくが雪風は意外と清潔だ。

 実はこの雪風、犬に珍しくお風呂が好きで毎日欠かさず風呂に入っているのである。


 普段の野宿生活では、穴を掘ってそこに魔法で出したお湯を溜めてお風呂に入っているわけだが、いつもとは違うお風呂にちょっと興奮しているらしい。


 湯をかけて適当に毛を掻いて洗い流してやると、今度こそ湯船へ飛び込んだ。

 犬掻きで泳ぎだした。


「すみませんね」

「構わないよ。毎日洗ってるんだろ?」

「はい」


 お妙さんに問われて答える。


 遅れながら、私達もかけ湯をしてからお風呂に浸かった。


「本当に、ここも出してもらっていいんですか?」

最初はなから、この湯にしてもらうはずだったからねぇ。別に構わないよ。出すもんは変わらない」

「そうなんですか?」

「でなけりゃ、堅気が恐がってしまうからねぇ」


 背中の彫り物の事を言っているのだろう。


「あんたは恐くないのかい?」

「それは、お妙さんがヤクザだからですか?」

「ああ。そうだよ」


 やっぱりそうなのか。

 伊達や酔狂で掘っているわけじゃなかったらしい。


「人間は、評判だけでは量れない所がありますからね。だから私は人を……自分の曇り無き眼で見定め、決める……! ようにしています」


 ドヤァ。


「そうかい」


 お妙さんが笑う。


「何で背中に絵を書いてんだ?」


 すずめちゃんがお妙さんの背中を見ながら聞く。

 すずめちゃんは湯船から出ていた。


 風邪ひくよ?


「そりゃあ、ヤクザだからね。ヤクザってのは、背中に墨を背負うもんなのさ」

「何でヤクザは背中に墨背負うんだ?」

「そりゃあ……。そうだねぇ……」


 すずめちゃんの質問に、お妙さんが考え込む。


「ヤクザって言っても、人それぞれ理由は違うかも知れないねぇ。だいたいは、見得か、堅気とは違う生き方をする覚悟の証って所だろうけど。あたしは、あやかりたいからかねぇ」

「あやかる?」

「ああ。龍っていうのは、強いもんだろ? 強さってのは、あたしに足りないもんだからねぇ。そういう物を背負えば、足りないものを補える気がするのさ」

「強い物を背負えば、強くなれるか?」

「あたしはそう思ってる」

「そうなのか……」


 すずめちゃんは何やら考え込みつつ、湯船に浸かった。


「お妙さんは強いと思いますけど」


 私は言う。


 実際、居酒屋での立ち回りを見ていれば、お妙さんは十分に強かった。

 腕力は並の女性より少し強い程度だろうけれど、戦い方が上手だ。

 相手の力をいなしてカウンターの攻撃を当てるのが上手い。


 一見して腕力で殴り倒す怪力の持ち主に見えるが、実際は技巧派なのだ。


「そうかい? あんたみたいに強い女に言われると嬉しいねぇ。あんたは、何も背負う必要が無さそうだねぇ。男顔負けだよ。正直、女として憧れるねぇ」


 それ、本当に女として憧れるような所ですか?


「あんたと一緒なら旅路も安心だね。頼むよ」

「はい。ばっちりお任せください」


 御飯代もお風呂代も出してもらった事だし、用心棒の役割はきっちり果たそうじゃないか。


「失礼します」


 戸が開いて、女性の店員さんが入ってくる。

 手には、徳利の乗ったお盆があった。


「お、来たね」


 お妙さんは嬉しそうに声を上げた。


 お妙さん……。

 まだ飲むんですか……。

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