三十六話 すずめ育成計画
足利へ寄った私達だが、当初に立てていたルートはあんまり変わっていない。
服部から松永へ入るルートが、山城から松永へ入るルートへ変わっただけである。
その近道として、私達は椿の案内で山道を行く事になった。
そして橘を出てから少しばかり、今までと変わった事がある。
橘から出て、山の中で休憩していた時だ。
「姉ちゃん」
すずめちゃんに呼ばれる。
「何?」
「おれに、戦い方を教えてくれねぇか?」
思いがけず、すずめちゃんはそんな申し出をした。
「別にいいけど、どうして?」
「おれも、一人で生きていけるようになりたい」
どうやら、すてちゃんの影響らしい。
「おれももう、そばにいる人が傷つくような事になってほしくない。だから、一人で何とかできるようになりてぇ。強くなりゃあ、きっと守る事もできるはずだから」
すずめちゃんは表情を歪めた。
夏木さんが殺された時の事を思い出しているんだろうか?
あの時に何も出来なかった事……。
悔やんでいるのかもしれないな。
ただ、夏木さんとしてはすずめちゃんが今こうして生きている事が何より嬉しいとも思う。
あれは、仕方のない事だったよ。
だから、すずめちゃんが何もできずに押入れで震えていてくれた事が、夏木さんにとっては喜ばしい事だったはずだ。
生きている、それだけでいいんだ。
でも、すずめちゃんの気持ちもわかる。
あの時の事で、無力感に苛まれているんだろう。
私としては自分から危険へ飛び込むようになるより、守られてくれている方が安心だけど……。
何もできない自分に彼女が苦しんでいるなら、それを紛らわせるようにはしてやりたい。
「わかった。じゃあ、ちょっとだけ手ほどきしてあげる」
「ありがと」
これもまた、心のリハビリだ。
しかし、どう鍛えようか。
旅の途中なので、そう本格的なものはできないけれど。
基礎体力を養いつつ、護身になりそうな技をいくつか教える事にした。
基礎体力は山道を歩いていれば自然とつくだろうから、護身の技を教える事が主体になりそうだ。
とはいえすずめちゃんは魔力持ちじゃないので、普通の子供並の力しか出せない。
うちの子みたいに、三歳で片手懸垂なんてまずできないだろう。
だから、護身の技と言ってもたかが知れている。
アルエットちゃんみたいに右拳だけを極めるという護身術(?)も無理だろう。
できるとすれば、捕まった時に拘束を解く技術ぐらいか。
そして、逃げる。
それくらいが妥当かな。
だから、拘束の解き方を教え、逃げる体力をつけるという方向に決まった。
「わんわん」
雪風が吠える。
なんだ、お前もやるのか?
「わんわん!」
お、やる気だな。
よし、だったらついでに鍛えてあげようじゃないか。
奥羽の野犬くらい強くしてやる。
犬の鍛え方なんてわからないけど……。
そうして、私は道中ですずめちゃんと雪風を鍛える事になった。
また別のある日。
山の中で休憩していた時の事。
「そうだ。椿」
「何だ?」
「椿もすずめちゃんに何か教えてあげてくれない? ニンジャ流のやつ」
「技か? お前が教えればいいだろう。お前の技は忍に近い」
「でもほら、私にはできないニンジャ特有の技とかあるじゃない? 一吸いで人を死に至らしめる毒霧を口から吐くとか、蛞蝓みたいになって忘我の境地で敵地へ潜入するとか、宙返りするとか。ニンジャならできるでしょ?」
「さも当然のように忍を珍妙な存在に仕立て上げるな! 宙返りしかできんわっ!」
「古事記にも書いてある!」
「嘘吐け!」
一応、この世界にも古事記はあるのか。
多分、地味に内容が違うと思うけど。
「吐け言うたから吐いたんや!」
「何だその言い草は!」
「ほら、そう言わずに教えてあげてよ。忍法カラテをさ」
「カラテ!? 聞いた事もない!」
結局、椿もすずめちゃんにいくつか技を教えてあげるようになった。
すずめちゃんは夏木さんの娘だけあって、素養はあるようだった。
子供だから覚えが早いというのもあるだろうが、技を覚えるのが早い。
とはいえ、非力さは否めないが。
雪風の方はよくわからない。
そもそも犬の鍛え方がわからない。
いろいろと試行錯誤しているが、効果があるかさっぱりだ。
雪風も遊びと勘違いしているんじゃないか、と疑ってしまうくらいに楽しんでいる。
尻尾はいつも振りっぱなしである。
というより、まったく鍛える意味がない気がしてくる。
どうしようかと椿に相談する。
「こいつは犬鬼だ。野生のものは生まれながらに、戦う術を知っているものだ。だから、教える必要はないと思うぞ」
「そんなものかな」
私と椿は雪風を見た。
背中を地面にこすり付けて尻尾を振り回している。
気持ちいいんだろうか?
いや、しかし雪風は椿曰く「賢く偉大」と名高い犬鬼なのだ。
きっと、この行為の裏にも我々人間ではうかがい知れないような深慮があるのではないだろうか。
ただ、どういう意図があったとしても……。
言っては悪いが……。
ただの馬鹿な子犬にしか見えない。
「多分、大丈夫だろう……」
椿はちょっと自信が無さそうに言った。
そんなこんなで山道を行き、私達は再び街道へ出た。
しばらく行くと宿場町へ辿り着いた。
日が翳り始める時間だった事もあって、私達はその宿場町で宿を取る事にした。
椿の役割?
ルクス二号でしょうか。




