三十三話 黒鬼VS白鬼
報告すると、椿はすぐに仲間の忍に連絡を取った。
般若の身元を伝え、今後の指示を出す。
般若の居所はすぐに割れ、彼女の動向から他の盗賊達の所在を探ろうという事になったのだが。
ただ、一つ問題があった。
今まで、押し入った後の賊を尾行した事は何度かある。
しかし、それが成功した事は一度としてなかった。
何故なら、般若が尾行に気付くからだ。
彼女の勘は鋭く、追う者の気配に敏感だった。
ならばどうすればいいか。
考えた結果、尾行ではなく町の各所へ町民に扮した忍を置き、般若の行動を探らせる事になった。
追わなければ、察知されにくいだろうという考えからだった。
すると、般若は一度橘の外へ出て、夜にまた橘へ戻ってきた。
しかしながら、そのまま住処へ帰らずどこかへ向かっていると報告がきた。
恐らくは、今夜仕事なのだろうな、と思った。
前後して、橘へ入り込んだ男達が般若と同じ方向へ向かっているという。
そっちは般若を雇った賊達だろう。
その賊の事は忍達に任せ、私は般若の所へ向かった。
「これから……仕事だよね?」
訊ねるが、般若からは答えが返ってこない。
般若は黒い着物を着ているが、面はつけていない。
あれは押し入る直前につけるのだろう。
「他の連中には、今頃服部の忍が向かっている。だから、おとなしく捕まってくれないかな?」
告げると、般若は仕込み杖へ手をかけた。
「……それでも、貰った金の分は仕事をする。やつらが忍に襲われているなら、さっさとここを片付けて助けに行ってやらんとな」
「義理堅いんだね」
私も白狐を抜く。
逆手ではなく、しっかりと握る。
半身に構え、刃を般若へ向ける。
「じゃあ私も、忍達のためにあなたを倒さなくちゃいけないね」
言って、私は般若へと跳びこんだ。
夜の闇に紛れ、黒い剣閃が私へ迫る。
その黒を白い刃が遮った。
刃同士がぶつかり合い、赤が吹き出る。
吹き出たのは私の血だ。
左側より迫った居合いを白狐で防いだ。
けれど、剣閃の軌道に気付いてから白狐で防ぐまでが少し遅かった。
刃は、私の左腕を切り裂いてから止まっていた。
私は白狐で戦うために、今まで般若の剣速をイメージしながら防ぐ動作を体に覚えこませてきた。
それでも、実物の般若の剣はその速さを凌駕していた。
完全には防げない。
だから、首筋を狙ったその軌跡に左腕を介入させて防ぎつつ白狐でも防いだ。
それでようやく、彼女の剣速に追いつける。
般若が刃を引く間に、左腕で般若を殴りつけた。
鼻っ柱を殴られ、後退する。
が、すぐさま次の斬撃が来た。
腹部を狙っての物だ。
左足を上げて防御しつつ、白狐でも防ぐ。
足を斬られつつも何とか防ぎ、その足で般若を蹴る。
あの妖刀は、どうやら魔力の筋肉繊維も断てるらしい。
斬られた左腕と左足での攻撃が、いつもより威力を出せなかった。
それは体の筋肉繊維と魔力の筋肉繊維を両方とも断っているからだ。
でなければ、魔力の筋肉繊維だけでも一撃で無力化させるだけの威力は出るはずだから。
だが、それでも、私は対応できている。
般若は斬撃。
私は防いでからの反撃。
互いにできる事は一つずつ。
互いに致命傷を狙えない攻防。
般若は軌跡を読まれないよう、同じ場所は狙わない。
そして、完全に意識から外れた時に、再度その場所を狙うのだ。
だから、予測は困難だ。
私は血を流し続けながら戦う事しかできなかった。
しかしこれはもう、一撃必殺の戦いではない。
互いに力の限りを尽くし、体力を奪い合う戦い。
言わばこれは、剣技の戦いではなく、闘技の戦いだ。
私の、領分である。
私は斬られながらも防ぎ、般若は斬りつけて威力を殺しながら殴られる。
そんなやりとりが続いた。
そして、決着はあっけなくついてしまう事となる。
事態を打開しようとした般若は、体を狙わずに鞘に収まったままの仕込み杖で白狐を直接狙った。
思いがけない事に、私は白狐を弾かれる。
それでも柄を放す事はなかったが、腕ごと弾かれたために次の斬撃を防ぐ手立てが無くなった。
すかさず放たれる居合い。
私の首筋を正確に狙ってくる斬撃だ。
白狐では間に合わない。
咄嗟に出たのは左の手刀だ。
魔力で固め、黒い刃に真っ向からぶつけた。
刃が肉と骨を裂き、進む。
切り抜けようとするその刀身を斬られながらも押して軌道を変える。
手の平が指四本と一緒に宙を舞う。
それを成して空を切った刃が返され、右側から私の首を狙って切り返される。
でも、居合いほど速くない。
それを見極め、白狐を振る。
狙うのは左手首。
私の首へ迫る刃。
しかし、その刃が途中であらぬ方向を向き、そのままぼとりと地面に落ちた。
柄を握った般若の手と一緒に。
同時に、白狐が魔力をぶつけて反発を見せた。
手放すと、そのまま落ちて黒い妖刀の刀身に突き立った。
黒い妖刀が半ばでぽっきりと切り折られる。
腕を斬られて後ずさる般若。
「これで……もう、あいつらを守る事はできないよね。大人しく、捕まってくれるよね?」
般若は答えない。
そして、踵を返した。
斬られた左手を押さえながら走り出す。
「待って!」
追おうとする。
けれど、足が言う事を聞かなかった。
その場で転ぶ。
どうやら、血を流しすぎたらしい。
ふらふらする。
それでも、何とか這って地面に落ちた自分の手の平を取る。
水の魔法で洗い、白色でくっつけた。
般若の手首も、今ならまだくっつくはずだ。
早く捕まえて、くっつけてあげないと。
でも、それ以上体が動かない。
ちょっと眠いし……。
立ち上がろうとして、転ぶ。
うつ伏せから仰向けになった。
もしかして、今の私、やばい?
このまま死んじゃう感じ?
やだよ。
だって、そうなったらもうヤタに会えないじゃないか。
すずめちゃんだってまだ、送り届けていないのに……。
瞼が重くなっていく。
そんな時だ。
「えらくボロボロだな。姿だけでは、負けたようにしか見えん」
声が聞こえた。
目をはっきりと開いて見る。
椿が私を覗き込んでいた。
寝巻きではなく、忍者装束だ。
「飲め」
私が何か言うよりも先に、椿はそう言って何かの丸薬を私の口へ押し込んだ。
口元に、水の入った竹筒を持ってきてくれる。
私はその水で口の中の丸薬を飲み込んだ。
「多少は血が増えるはずだ。だが、もう少し寝ていろ」
「どうしてここに?」
「そろそろ動いても大丈夫だと思ってな。それに、動ける人間が私しかいなかった。他は、賊の討伐に動いている」
「順調なの?」
「どうかな……。二、三人逃したようだ。だが、必ず始末はつける。般若にも何人かつけて追わせている。あのような有様ならば、尾行に気付きもするまい。上手くいけば、連中の所へ案内してくれるだろう」
そう、上手く行くだろうか?
生きる手段を失った彼女は、本当にあの盗賊達を頼るだろうか?
そんな時になって、彼女の脳裏に浮かぶ相手は誰なんだろう。




