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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
33/145

三十二話 認められなかった者

 私の父親は、私と同じ金色の髪と青い目を持っていたらしい。


 何者かは知らない。

 この国の人間ではない事以外は……。


 母は町へ奉公に出ていたが、その時にかどわかされて犯されたらしい。


 私がその話を知りえたのは、母の故郷の村人達が話しているのを聞いたからだ。

 母は鬼にかどわかされて、孕まされたのだと。


 私は、鬼の子だった。

 村では、そう呼ばれていた。


 私は人として認められず、名前すら与えられずに生きていた。


 人というものは、認められなければ生きる事を許されないらしい。

 それは私に限らず、母もそうだった。


 私を産んだ母は実家から追い出され、わずかばかりの情けから村はずれの一軒家に住まわされていた。


 母は私へ手を上げ、怨嗟の声を吐きながら日々を過ごしていた。

 辛い日々ではあったが、思えばそれまで私は少なくとも母に認められていたのだろう。

 だから、生かされていた。


 五歳にぐらいになった時分だろうか。

 私は母に連れられて、村から遠く離れた街道の沿いに建つあばら家へ行った。

 そして、捨てられた。

 母は私を認めたくなくなったのだろう。


 あばら家には私の他にも、子供達が住んでいた。


 私と同じだ。

 私と同じで捨てられたんだ。


 同じならば、私を認めてくれるだろうか?

 少しだけ、期待した。


 けれど、そのあばら家の子供達も私を仲間とは認めてくれなかった。


 そこでも私は鬼の子と言われ、子供達から追い出された。


 人というものは、認められなければ生きる事を許されないらしい。


 でも、本当にそうなのだろうか?

 認められずに生きる事はできないのだろうか?


 追い出された私は、そんな事を考えながら一人で日々を生きるようになった。


 最初の頃は森の中で野草を糧とした。

 旅人から物を盗むようになったのはそれから少ししての事だ。


 初めて人を殺したのもその頃だ。

 旅の侍に盗みを見つかり、斬られそうになった。

 その時、無我夢中で相手の脇差を抜き、振り回した。

 振り回された刀は、切っ先を侍の首をわずかばかりに這わせた。

 たったそれだけで血が噴き出し、侍はもがき苦しんで死んだ。


 故意ではなかった。

 でも、その時は自分が人を殺した事がただただ恐かった。


 同時に、あまりにもあっけなく人が死ぬ事を知った。

 自分でも命を奪えるその容易さを知った。


 それから、人を殺して物を奪うようになった。

 最初こそ恐々と行なっていた殺しも、次第に何も感じなくなっていった。


 私には剣の才能があったらしい。

 侍を何度か相手にしていく内に、並の相手なら難なく斬り殺す事ができるようになっていった。


 そんな時に、私は奇妙な侍と出会った。

 侍は数人に追われていて、腕はないくせに何人も追手を斬っていた。

 ただ振り回しているだけなのに、人を容易く斬るのだ。


 振り回される刀身は、真っ黒だった。


 私はその刀に興味を持った。


 追手を全員始末したその侍に勝負を挑み、叩き斬った。

 そうして奪った刀を持った時、刀が私に語りかけてきた。


 人を斬れ、と。

 何度も頭の中に語りかけてきた。


「言われなくとも何人も斬ってる。きっとこれからもそうだ」


 私はそう答えた。

 すると、それ以来刀は何も語りかけてこなくなった。


 私はその刀を使うようになった。


 そうして剣に頼り、人を斬って生きてきた私をいつしか人に認められるようになっていた。


 ただ、それは私の人斬りとしての部分だったが。


 私は人に乞われて人を斬るようになり、奉行所からも目を付けられるようになった。

 それは認められているという事だ。

 世の人間が私を見ているという事だ。

 皆が私を認めている。


 私は人に認められる事に嬉しさを覚えつつ、結局は人に認められなければ生きていけないという世の中に落胆した。


 私が、老婆のフリをするようになったのはその頃だ。

 私の姿はとても目立つ。

 人とは違う見た目だから。


 でも、老婆のフリをすれば、私の薄い金髪は、白髪に見えるのだ。

 体を折り曲げ、顔を隠せばまずバレなかった。


 そんな奉行所にも追われる私が、お上の手が届かない橘へ身を寄せるようになったのは当然の帰結と言えた。


 おおっぴらに人を殺す機会は減ったが、それでもどこにだって人を斬ってほしいと願う人間はいる。

 私は細々と、たまに来る仕事を請けながら暮らしていた。


 私がすてと出会ったのはその頃だった。




 すては、路地の奥の空き地で木箱に座って一人泣いていた。


 通りがかったのはたまたま。

 声をかけたのもたまたまだ。


「何を泣いている?」


 すては顔を上げて答える。


「おら、お父とお母に捨てられただ」


 捨てられた……。

 いや、売られたんだな。


 この町では、珍しくもない境遇。


「なら、いつまでも泣いているな。これからは自分の力で、一人生きていくしかないんだから」


 言っても、すては泣き止まなかった。

 ぐずぐずと鼻をすする。


 私はどうにもこのまま去る事がはばかられた。

 かといって、慰める気にもならなかった。


 結局、私はすての座る木箱の後ろ側へ座る事にした。

 背中合わせに座る。


 それから何をするでもなく、すてが泣き止むまでひたすらに待った。


「あんがとな」


 泣き止むと、そう言って空き地から出て行った。


 何が「あんがと」なんだろうか。

 私は、そばにいただけなのに。


 私はその次の日も、同じ空き地へ向かった。

 すると、その日にもすては同じ場所で座っていた。


 その日は泣いていなかった。


「おらに会いに来てくれたのけ?」

「違う」


 私は答え、木箱の後ろ側へすてに背を向けて座る。


「なら、何で来ただ?」


 木の上に立ち、私の肩に手と顎を乗せて聞いてくる。

 べたべたするな。


「……休むのに丁度いいんだ。誰かが背中を見てくれていると、そっちは警戒しなくていいから」

「そうなんけ? じゃあ、おら見とくだ」


 そう言うと、すては私と背中合わせに座った。

 それ以来、私が空き地へ来るとすては私と背中合わせで座るようになった。


 また別の日。

 私は蜜柑飴を買って、すてに与えた。


「いいのけ?」

「背中を見張ってもらう代金だ」

「わかっただ」


 言うと、背中からがさごそと袋を漁る音がする。


「あんめーなぁ! あんたも食うけ?」

「やった物だ。一人で食え」

「ん、わかっただ」


 また別の日。


「お前、名前はなんて言うんだ?」

「すて、だ」


 て……か。


 望まれずに生まれた子へつけられる名前だ。

 いつでも捨てられるようにそんな名前をつける。

 御守り名という考え方もあるが……。


 こいつの場合は前者だろう。


 それでも、名前をつけてもらえるだけいいだろう。


「姉ちゃんは?」

「ない。つけてもらえなかったからな」


 また別の日。


「あんた、婆ちゃんなんけ? 姉ちゃんなんけ?」

「どちらでもいい」

「顔見ていいだか?」

「やめろ」

「何で、目瞑ってるだ?」

「目が見えないからだ」


 本当は見えるが、目の色を見られたくないから嘘を吐いた。


 また別の日。

 その日のすては、泣いていた。


 親を思い出して、泣いているのかもしれない。


 私は声をかけず、彼女の後ろへ背中合わせに座る。


 すすり泣くすて。

 そんな彼女に口を開く。


「私は慰めないぞ。誰かに頼る人間は、いずれ足元を掬われる。だから、自分の力だけで生きていけるようになれ。悲しさも苦しさも、全部自分で打ち消せるようになれ」


 言うと、すては泣き止んだ。

 いや、必死に声を押し留めているだけだろう。


「……姉ちゃんだって、ここじゃあおらを頼ってるでねぇか」

「代金は払っているだろう。金子は自分の力だ。報酬を与えているなら、それは頼っている事にならんさ」

「そうなのけ?」

「そうだ。……今はできなくてもいいさ。でも、そうなれるようにはしておけ。一人で生きていけるようにな」

「わかっただ……。なぁ」

「何だ?」

「おらがあんたに金を払えるようになったら、一緒にいてくれるけ? それなら、頼ってる事にはならんのじゃろ?」

「払えるならな」

「だったら、いつか金が稼げるようになったら、一緒にいてくれろ。おら、あんたの事が好きだから……。一緒にいたいんだ」




「……先生。……先生」


 呼ぶ声に目覚める。

 薄っすらと開いた目には、薄汚い床が見える。


「何だ?」


 目を閉じて聞き返す。


「全員、集まりやしたぜ。今から、今日の仕事の話をしやす」


 私を呼び、答えたのは盗賊団の頭目だ。

 私は今、この男に雇われていた。


 今日は呼び出しがあり、私は一足先に来て一眠りして待っていた。


「わかった」


 頭目が私から離れ、手下達へ仕事の説明をする。

 私は話半分でそれを聞く。


 どうせ私のやる事など、連中と一緒に屋敷へ押し入って忍を斬るだけの事だ。

 複雑な手順を覚える必要などない。


 話を聞き流しながら、考え事をする。


 好き……か。


 あのおかしな女を思い出す。

 好きだと言われたのは、今まで生きてきた中で二人目だ。


 だから、あんな昔の事を夢に見たのだろうな。


 懐を探る。

 人肌に温まる金属の感触。


 小判の束がそこにあった。

 しめて、三十両ほどある。


 今までの報酬から、少しずつ貯めたものだ。


 何で、こんなに溜め込む事になったのやら……。

 普段ならもっと、好きなように使うのに……。


 小判を弄んでいると、打ち合わせが終わる。

 これから仕事である。


 私達が居た所は、橘の外にある廃寺だ。

 人気もなく、私達が集まる時はここと決まっている。


 そこで段取りを決めて、またバラバラに橘まで行く。

 そして、目星をつけておいた所へと入り込むのだ。

 逃げる時は表門とは違う別の抜け道からまたここへ戻ってくる。


 それがいつもの手筈だ。


 その日の仕事場所は、両替屋の邸宅らしい。

 場所を聞き、私は橘へ向かった。


 表門から入り、老婆のフリをして目的の場所へ向かう。


 その途中。


 前方に気配を感じた。


 薄っすらと目を開けて前を見ると、闇の中にぼんやりとした光が揺れていた。

 提灯の光だ。


 そこに人がいるのだろう。


 次の瞬間、足元からこの世のものとは思えない気色の悪い感触が体に走った。


「魔力を持っていたんだね。気づかなかったよ」


 そちらを見ると、提灯の光がゆっくりとこちらへ近付いてくる。

 提灯の持ち主がその姿をあらわとした。


 その人物は、何度か会った事のあるおかしな女。

 私と同じ、鬼……。


 黒い鬼がそこにいた。

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