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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
31/145

三十話 般若

 その夜。


 私と椿は夜の橘を巡り歩いた。

 パトロールである。


 相手がどんな人間かは知らないが、念のために私は変身セットを背に負っていた。


「連中は定期的に商家やくるわを襲撃し、金目の物を奪っている。時期的に、そろそろ次の襲撃があるんじゃないか、という話だ」


 椿はそう言っていた。

 だから、賊が姿を現すまで、私達は毎日こうして夜の橘を歩き回る予定である。


 夜の橘は、昼間の橘とはまた違った姿をしていた。


 吊るされた提灯ちょうちんの光に照らされ、夜の到来を圧し留めた大通りは人々の賑わいで満たされていた。

 客の声、遊女の声が交じり合っている。


 木の格子窓から伸びる遊女の手は、夜の闇と提灯の光の中にあって一層艶かしく見えた。


 格子窓に群がる客の中には女性もいる。


 女性ばかりが集まっている店もあり、格子から眺めて見ると髪を短く切りそろえられた遊女が数人いた。


 皆、中性的な顔立ちをしていて、男性にも見えるような遊女ばかりだ。

 どちらかというとイケメン寄りの顔立ちだ。


 ……倒錯的だなぁ……。


 なんて思っていると、一人の遊女が私に向けて人差し指でクイクイと手招きした。

 しかもキメ顔である。


 他の遊女達も私に気付く。


 何か、みんなこっち見てるんですけど。

 遊女も客も……。

 なんか顔を赤らめてヒソヒソしてるんですけど?


「やっぱり、ああいうものが気になるのか?」


 椿に訊ねられる。


 やっぱりってどういう事?

 ねぇ?

 どういう事?


「珍しいと思っただけだよ」

「お前は良い体してるからな。人気が出ると思うぞ」

「椿だって良い体してるよ」


 お風呂で見た椿の体は、きゅっと引き締まって筋肉質だ。

 服を着ているとただほっそりしているだけのように見えるが、その実は無駄な物を削ぎ落とした野生動物のような身体つきなのである。


 ……何で私達、こんなボディビルダーみたいな会話してるんだろう?


「腹筋とか特にキレてる」

「それは褒めているのか?」


 そんな会話をしながら、町を歩く。


 大通りからそれて小道に入ると、大通りとは違った小さな遊郭がちらほらと見られるようになった。

 そこもまた、提灯に照らされて明るい。


 さらに進むと、そんな明るさも遠ざかり、人の賑わいも遠くに聞こえるようになる。

 完全に人気のない道を私達は進む。


 そんな時である。


 私達の前に一人の忍が現れた。


「椿様」

「出たのか?」


 忍は頷く。

 それは、盗賊の事だろう。


「案内致します」


 走り出す忍について、私達も走り出す。


「どこだ?」

「東区の松方屋です」

「松方屋……。反物を扱う店だったな」


 忍に案内されて、私達は松方屋へ到着した。


 松方屋の家屋は二階建ての広い屋敷だった。

 外からでも、中の喧騒が聞こえてくる。


 そんな時だ。

 腰の白狐が、キンと音を立てた。


 白狐を見る。

 抜けという事だろうか?


 確かに、使うかもしれないね。


 私達は店の中へ踏み込んだ。


 奉公人らしき女性の死体が玄関でうつ伏せに倒れていた。

 痛ましい気分でそれを見ながら、店の中へ入っていく。


「連中を探すぞ」


 そう言う椿に頷く。


 屋敷の奥へ進んでいくと、廊下や部屋には人の死体がいくつも転がっていた。

 その中には、斬られた忍の姿もある。


 ここは、服部の忍が警備していた店でもあるのかもしれない。


 私達は階段から二階へと上がる。


 ある一室から悲鳴が聞こえた。


 私達三人は、ふすまを開けて部屋の中へ入った。


 すると、部屋の真ん中には太った中年男性がうつ伏せに倒れていた。

 中年男性は事切れているらしく、まったく動かない。


 そして部屋の奥には、開いた金庫の前に十人前後の顔を隠した男達がいた。

 男二人が、重そうに木の箱を持っている。


 恐らく、その中身は小判か何かだろう。


 賊は、こいつらか……。


 知らず、眉根が寄った。


「何だ、警備の忍か?」


 賊の一人が言う。

 大柄の男だった。


「まだ、全員始末してなかったのかよ。なぁ、先生」


 男が言うと、私達が入って来た襖から一人の人物が入ってくる。


 その人物は、黒い着物を着流していた。

 右手には杖を持ち、顔には般若面を被っている。

 髪は白く長い。

 腰の辺りまで伸びている。


 途端に、体を斬られたような感覚に襲われる。


 私達はびくりと体を竦ませた。


 これは……。


 襖の一番近くにいた忍が咄嗟に小刀を抜き、その人物へ斬りかかる。

 が……。


 次の瞬間、忍の首が宙を舞っていた。

 遅れて、頭のない体がどさりと倒れる。


 私と椿は、咄嗟に般若面の人物と距離を取った。


 その般若面は、左手に持った刀を鞘へ納める。

 キン、と鍔鳴りの音が、場違いな程綺麗に響く。


 杖だと思っていた物は、どうやら仕込み杖のようだ。


 この感じ……。


 それに、あの髪の色は……。

 般若面の髪は、一見して白に見える。

 だが、よく見れば薄っすらとした金色だった。


 この般若面は恐らく、あの時の女性だ。


 般若面は無言のまま移動し、私達と賊の間に立った。

 まるで、庇うかのように。


「じゃあ、あとはお願いしますよ。先生」


 賊の男が言う。

 そして、他の男へ指示を出して部屋の外へ出て行った。


「待て」


 声を上げて追おうとする椿。

 しかし般若面が前に立ちはだかり、足を止めた。


 忌々しげに般若面を睨みつける。


「貴様、何者だ?」

「……名前は無い。ただの般若はんにゃだ」


 答える声は女性の物だった。


「般……若……?」


 私は小さく名前を反芻する。


 般若が仕込み杖に左手をかける。


 左利きか。


 そんな彼女を前にして、私と椿は動けなかった。


 先ほど、忍の首をねた斬撃。

 私の目では追えなかった。


 きっと椿も同じだろう。


 来ると分っていても、防げない。

 だから、攻めあぐねているのだ。


 それでも、私は一歩出る。


「変身」


 強化服を纏い、右の逆手で白狐を抜く。


 少しずるいが、白狐で一撃でも防げれば刀を斬り折る事ができる。

 そうすれば、あとはどうとでもなるはずだ。


 そう思い、私は般若に近付いた。


 刀が届く距離に、足が入り込む。

 すると、まるでそこに線が引かれていたかのように、踏み入れた足の先がひりついた。


 近付くごとに、見えない線を越えた部分の肌がひりつき始める。


 彼女の殺気の届く距離は、彼女の刀が届く距離だ。

 その距離の中には、濃厚な殺気が満ちている。


 彼女の距離に入っていながら、まだ仕掛けてこないのはタイミングを悟らせないためだろう。

 いつくるかわからない攻撃というのは防ぎにくい。

 これが彼女の距離の中に入った瞬間に仕掛けられたものだったら、簡単に防げただろう。


 彼女は、自分自身の戦い方を熟知しているのだ。


 いつもと違う。

 私はそう実感する。


 これが闘技での闘いならば、数々の技の応酬で勝負が決まる。

 だが、剣の戦いで必要となるのは、恐らくたった一つの殺し技だ。

 一つずつを出し合って、優れた使い手だけが生き残る。

 一瞬の勝負。

 命のやりとりだ。


 彼女を見る。


 刀に手をかけていながら、その手には力が入っていない。

 手どころか、体全体が弛緩しているようにも見えた。

 命のやり取りを前にして、一向に緊張した様子が無い。


 とはいえ、それは私も一緒だ。


 命のやり取りに、私は恐ろしさを懐かない。

 そのように、父上から育てられたのだから。


 そして、私は斬られた。


 相手の動作に気付いた瞬間、私はその一撃を白狐で受ける事ができないと悟った。

 私の左手側から来る斬撃に、左手のガントレットのソードブレイカーをぶつける。


 が、ソードブレイカーの金属部分を唐竹からたけに割った刀はそのまま腕に食い込む。

 腕の角度を変えようとするが、その時には刃がガントレットを貫通し、肉まで達していた。


 腕の肉が削れる痛みを覚えながらも、何とか腕の角度を変えて肘で刀身の腹を叩く。

 そうして何とか斬撃の軌道を変える事が出来た。


 ガントレットごと腕の肉を削ぎながら、小指の方へ刃が通り過ぎる。

 腕の半ばから小指までを切られて血が大量に噴き出すが、それでもまだマシだ。


 軌道を変えなければ、腕ごと体を両断されていただろうから。


 その時だ。


 いつの間にか般若の側面へ移動していた椿が般若へと手裏剣を投擲する。

 そして、自らも太刀で斬りかかった。


 私を囮にしての奇襲だ。


 が、私の腕を通り過ぎた刃でそのまま手裏剣を叩き落すと、返す刀で椿を袈裟懸けに斬りつけた。


 あまりにも速い斬撃、しかし居合いと違ってまだ見える。

 椿はそれを刀で受けた。


 しかし、般若の刀は椿の刀を通り過ぎた。

 いや、通り過ぎたように見えたのは、あまりにもあっさりと刀を物ともせずに切り裂いたからだ。

 防ごうと構えた刀を斬られ、そのまま刃が椿に迫る。


 椿は目を見開き、刃を避ける事もできずに驚いている。

 刃が、肩口へ埋まる。


 次の瞬間、ギンッと強く金属のぶつかり合う音が部屋に響いた。


 椿の肩に下ろされた刃は、胸の少し上で止まっていた。

 それは、私が般若の刃を白狐で止めたからだ。


 白狐と般若の刀が刃先を合わせて止まっている。


 その様子を見て私は驚いた。


 白狐とぶつかりながら、斬れない?

 まさか……。


 般若の刀は、白狐とは対照的に真っ黒な刀だった。

 でも、白狐と同じく人の目を惹きつける美しさがその刀身にはあった。


 これはもしかして、白狐と同じ妖刀?


 刃を引こうとする般若。

 その動きを察知した私は、般若の左肩を蹴りつけた。


 般若が後ろへ吹き飛ぶ。

 着地し、よろけながらも畳に刀を差して態勢を保つ。


「あ、か……」


 椿が言葉にならない声を漏らす。

 何とか浅く留めたけれど、椿の傷は恐らく肺にまで到達している。

 肩の骨や肋骨も何本か切られてしまっているだろう。


 私は椿に白色をかける。


 骨折や外傷だけならいざ知らず、臓器を傷付けられて治るかはわからない。

 大丈夫だろうか……。


 その上で、般若とも戦わなければならない。


 正直、絶体絶命だった。


「腕が痺れてら……」


 般若が呟く。


「お前をるのは、少し時間がかかりそうだ」


 言うと、彼女は賊が逃げていった出入り口へ向かって歩いていった。

 そしてそのまま、部屋から出て行った。


 逃げた……?


 でも、正直助かった。


 私は安堵の溜息を吐いた。

 般若と名乗った時に、クロエの「般……若……」という台詞に某声優の名前を分割してルビ振ろうかと思いましたが。

 シリアスなシーンなのでボツりました。

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