二十九話 一人きりの少女達
椿が戻ってきてから、彼女に案内されて橘内の宿へ向かった。
二階にある、一部屋へと通される。
他の客室よりも広くなっているらしく、三人と一匹がくつろげるスペースは十分にあった。
「賊についてだが……」
荷物を置くと、一息吐く間も無く椿が切り出した。
「あれからも何件か店へ押し入ったらしいな」
「そうなの?」
「幸い、我らに警備を頼んでいた店ではないがな」
入られた方にとっては幸いでもなんでもないが、服部の忍としては幸いなのだろう。
「だが、次に狙われる店がどちらにせよ、現れた時は仕留めるつもりだ。連中を野放しにする事は我らの信用に関わるからな。それに、仲間を殺された報いを受けさせたい」
椿は言いながら表情を険しくした。
「……その賊の手がかりは?」
「……ないな。賊を追った仲間は、軒並み斬り殺されている。わかっているのは、相手が十人程度の集団である事。その全てが押し込みであるという事だけだ」
押し込み強盗ね。
「手がかりがないって事は、後手に回るしかないって事?」
「そういう事だな。奴らが次に何時どこで活動するかはわからない。
だが私達以外にも、監視の忍は配置されている。
連中が現れれば、速やかに私達へ情報が入る手筈だ。
その情報を元に現場へ駆けつけ、賊を始末する。
事が起こるのは恐らく、夜だろう。
だから、昼の内に休んでおけ」
「わかった。あ……」
「何だ?」
急に声をあげた私に、椿が聞き返す。
「すずめちゃんどうしよう……」
「宿にいる限りは安全だ。置いていけばいいだろう」
「いや、でも……」
すずめちゃんは、夜の闇を恐がる。
一人きりにしていく事はできない。
椿は、その辺りの事情を知らないから仕方ないけれどね。
「大丈夫」
すると、すずめちゃんが一言声を発する。
「雪風がいるから、恐くない」
言って、すずめちゃんは雪風をぎゅっと抱き締めた。
雪風はぺろぺろとすずめちゃんのほっぺを舐めている。
確かにすずめちゃんは、最近私から離れられるようになった。
それは雪風のおかげだろう。
心の傷が少し癒えたのか、それとも一緒に誰かがいる安心感を得られるからか、雪風と一緒にいれば私が一緒にいなくても恐がる事はなくなった。
それでも……。
まだ、夜の闇は恐いだろうに……。
「ごめんね、すずめちゃん」
すずめちゃんは答えずに、雪風に顔を埋めた。
雪風。
すずめちゃんの心を守ってあげてね。
あの女性は何者だったのだろう?
私は、部屋の窓辺に寄りかかって考えにふけっていた。
雑貨屋で会った謎の女性。
老婆のふりをしていた若い女の事だ。
彼女の事が、気になっていた。
青い目と金髪。
あれは、この国の人間の特徴ではない。
西洋系の特徴だ。
でも、顔つきはどこかこの国の人間のようでもある。
ハーフかもしれない。
でも、何故老婆のフリをしていたのだろう?
それに、あの感覚……。
絶対に斬られたと思った。
でも、あの女性は刀を持っていなかった。
きっとあれは殺気を飛ばされたんだ。
あの女性は恐らく、人を斬り慣れている。
殺気を飛ばした相手は、軒並み斬って来た人間なのだろう。
だから殺気の形が、斬撃なんだ。
受けた人間は斬られたと錯覚する……。
どこのミヤモトマサシ……じゃなくて武蔵だ。
守護天使とでも戦っているのか?
「何を考え込んでいる?」
「うーん、ちょっと、ね……」
「ふぅん」
答えると、椿はそれ以上聞いてこなかった。
もうちょっと構ってくれてもいいんじゃない?
構われないなら構ってやろうか。
「そんなかおにあいませんよ。さぁ、わらって」
「ああ?」
渋い顔をされる。
「そう、そのほうがいい」
「何が言いたい?」
私にもわからねぇ。
「いやぁ……何て言うのかなぁ……? 私としては、椿とも仲良くしたいなぁと思ってるんだけど」
上目遣いで椿を見る。
「二度も命を狙った相手に、よく言うな」
「二回とも返り討ちにしたけどね」
「ふん」
椿は、怒っているようにも、笑っているようにも見える微妙な表情で鼻を鳴らした。
「私さ、強い人間って好きなんだ」
「なら簡単に負けた私は、その対象にならないな」
「いや、強かった。だって、楽しかったからね。椿と戦うのは楽しかった」
笑いかけると、顔をそらされた。
「ほらほら、いいじゃないの〜」
「近寄ろうとするな。お前の距離感はおかしい。私は粋人じゃないんだ」
粋人って何?
でも、そうかな?
おかしいかな?
アードラーと一緒にいる時はこんな感じなんだけど……。
……そうか。
私とアードラーの関係と距離感はちょっと特殊だからなぁ。
普通の人からすればおかしいのか。
「私に構ってないで、すずめを見ていろ」
言うと、椿は部屋から出て行った。
それもそうだね。
見ていてあげないと。
私は、窓の下を見る。
すずめちゃんと雪風が外で遊んでいるのだ。
私はその様子を眺めていた。
が、ふと気付くともう一人子供が増えていた。
おかっぱ頭の女の子だ。
考えにふけり、椿と喋っていた間に知り合ったようだ。
気付かなかった。
二人は宿の前に置かれた木箱に座り、すずめちゃんの膝に乗った雪風を可愛がりながら何か話をしている。
友達ができたんだね。
よかった。
少し挨拶しておこうかな。
部屋を出て、階段を下りる。
玄関まで行くと、二人の声が聞こえて来た。
「おらは、売られたんだ。お父とお母に……」
思いがけない話に、私は驚いた。
すずめちゃんの声じゃない。
ならこれは、おかっぱ頭の子の声だろう。
「去年、このままじゃ冬越せねぇからって……」
「そうなんだ」
「それで売られて、今は店で見習いしてる。お前は? おらと同じで売られたんけ?」
「おれは……違う。鬼の姉ちゃんと、一緒に旅してる」
「鬼の姉ちゃん?」
「優しい姉ちゃんだ」
「鬼なのに?」
「うん……。お父とお母が死んで、一人ぼっちになったおれの面倒見てくれる。優しい姉ちゃんなんだ」
「そうなんか……。お父とお母が……。生きてるだけ、おらの方がマシなんかねぇ?」
「どうなんかねぇ……」
「まぁ、もう二度と会おうとは思わんけんどな」
重い話に、私は外へ出る事が躊躇われた。
でも、その割におかっぱの子の口調は軽かった。
「寂しくない?」
「……一人で生きて行かなきゃならんのけんの」
すずめちゃんの言葉に少しだけ言いよどみ、おかっぱの子は答えた。
今までと違い、少しだけ沈んだ声だ。
否定の言葉を口にしないのは、寂しいからって事だろうか?
寂しくとも一人で生きていかなきゃならないから、我慢している。
そういう事だろう。
「……でも、優しくしてくれる人だっておるんじゃ。すずめの言う鬼の姉ちゃんみたいに、おらにも優しくしてくれる人が……」
「よかったな」
「ああ。そりゃ、ええ事じゃ」
私は外へ出た。
「すずめちゃん」
声をかけると、すずめちゃんとおかっぱ頭の子が私を見上げた。
「でけぇな」
おかっぱ頭の女の子が目を見開いて驚く。
「これが鬼の姉ちゃんか。確かに鬼みてぇにでけぇ」
「こんにちは。できれば、鬼の姉ちゃんじゃなくてクロエって呼んでほしいな」
「おう。クロエ姉ちゃんでいいんけ?」
「そうだね」
「おらは「すて」だ。よろしくな」
すて、か。
すてちゃんは、木箱から降りて立ち上がる。
そのままどこかへ行こうとする。
「おらそろそろ戻らねぇと叱られっちまうから、行くな。またな、すずめ」
「うん。またな」
そうして二人は言葉を交わし合い、手を振りながら別れた。
駆けていくすてちゃんの背中を見送る。
片や、大事にされながら死に別れ。
片や、両親は生きているが売り払われ。
親と離された二人だけど、どうしてこうも境遇が違うのだろう。
「すずめちゃん。戻ろうか」
「うん」
すずめちゃんの手をとって、部屋へ戻った。
「……なぁ、おれもクロエ姉ちゃんて呼んでいいか?」
階段を上る途中、訊ねられる。
「いいよ」
「……クロエ姉ちゃん」
早速、その名前で呼んでくれたすずめちゃんは、恥ずかし気に微笑んでいた。
クロ「そういえば、チヅルちゃん。武蔵と公園最強の生物の戦いってどうなったの?」
チヅ「読んでないから知りません。でも、何を指しているかはわかります。それがどうなったのかは知りませんが……。あの漫画、再度アニメ化しましたよ。最初のアニメの続きくらいから」
クロ「え? マジで? 私の一番好きな死刑囚編が? 見たい!」
ステマじゃありませんよ。




