二十四話 闘技者VS忍者
雪風を追って入り込んだ森の中で、私はニンジャに襲われた。
ニンジャを捕らえた私は、その尋問の最中、前田で襲われた女ニンジャに刀を首筋へ当てられた。
「よくわかったものだな」
私の背後から背中越しに、女ニンジャが言う。
「気配は完全に消していたはずだが」
「殺気が強すぎるんだよ」
答えた私は、抜き放った白狐を後ろ手に持って女ニンジャの脇腹へ突きつけていた。
私は一方的に、首をさらしたわけではなかった。
私は途中から女ニンジャが背後から迫っている事に気付き、いつでも対応できるよう準備していたのだ。
鍛錬で父上からの殺気を浴び続けていた私は、彼女の発する殺気に気付く事ができた。
もしかしたら父上が今まで鍛錬で殺気をぶつけてきたのは、こういった時に対応できるようにするためだったのかもしれない。
そして、この男のニンジャは背後から近付く女ニンジャの奇襲が成功するよう、あえて尋問に屈するフリをしていたのだろう。
そういう時は、自然と気が緩むものだからね。
「ここで出てくるって事はやっぱり……。この男はあなたの仲間という事でいいのかな?」
「そうだな」
「なら、私を狙って?」
「いや……。我らは仕事にならぬ殺しはしない。依頼を撤回された今、お前を狙う事などない」
プロの殺し屋って事か。
なら、失敗の汚名を雪ぎたいという事では無さそうだ。
「なら、どうして私を見ていた?」
首筋に当てられた刃が、ゆっくりと離れる。
女ニンジャが後退しているのだ。
私もゆっくりと振り返った。
女ニンジャは口元を布で覆い、顔を隠していた。
それでも前のような頭巾ではなく、頭髪と顔の上半分が見える。
椿油でも塗っているのか、黒髪はしっとりつやつやとしている。
顔つきは、半分隠れているけれど美人。
目つきは鋭く、冷厳な印象のある顔だ。
すずめちゃんが私のそばに寄ってくる。
雪風も一緒だ。
そして、女ニンジャは私に向かって刀を構えた。
小刀ではなく、太刀である。
「跳び込んで来たのはお前だ。ここは我らが里の近く。不用意に近付く輩がいるならば、場合によっては殺さねばならない」
なるほど。
私は知らない間に、彼女らの里へ近づいてしまっていたらしい。
「だから、いい機会だ。この前の屈辱、ここで晴らさせてもらおう」
結局、こうなるか。
仕事上は私情を捨てるけれど、これが仕事ならば率先してやり返したいと思う程度には恨みを買ってしまったわけだ。
気付けば、私と女ニンジャの周りにはいつの間にか黒装束の男達がいた。
私達を囲い、円形状に立っている。
「その子供に手は出さぬさ。お前がここで死んでも、世話はしてやる。だから……」
「ここで決闘しようって?」
「そうだ」
私はすずめちゃんの体を後ろへ押す。
離れていろという合図だ。
すずめちゃんはそれを察して、私から離れて木の影へ隠れた。
ニンジャが「くっころ」状態で縛られている木である。
私は魔力縄を手放す。
ニンジャを縛る縄が徐々に消えていった。
「忍びってのは、暗殺が専門なんでしょう? 真っ向からやって、私に勝てるかな?」
相手に向けて不敵に笑い、右手で白狐をいつでも抜き放てるように半ばまで抜いた。
「それしか能の無い者に、群れの頭は務まらんさ」
女ニンジャも、言いながら刀を私の方へ向ける。
と、イカンイカン。
私は一度、白狐を収め直して手を放した。
女ニンジャが怪訝な顔をする。
「ドーモ、クロエ・ビッテンフェルトです」
両手を合わせてオジギした。
「前にもやっていたな。何の真似だ?」
「ニンジャの戦いにおいて、挨拶もなく戦うのはスゴイシツレイにあたる行為。それは常識でしょう?」
「どこの常識だ。我らにそんな物は無い」
まぁ、そうだろうね。
私は、今度こそ白狐を抜き放った。
戦いの始まりである。
先に仕掛けたのは女ニンジャの方だった。
女ニンジャは、口から何かを吹きつけてきた。
針である。
顔に迫る数本の針を指に挟んで止める。
自分の手の平が視界を遮り、それが離れた瞬間、女ニンジャの太刀が私の首へ迫っていた。
一瞬の隙を衝いて、私との間合いを詰めたのだ。
恐るべき身のこなしである。
右手の白狐で防ぎ難くするため、懐に入ってからの右袈裟懸けである。
左手で刃の腹を叩き、体捌きで刀をかわす。
次いで間髪いれず左から右へかけての横薙ぎ。
私は膝蹴りを相手の腹部へ刺し、斬撃を中断させる。
相手がよろめき、思わず距離を取った所へ白狐で斬りつけた。
女ニンジャは刃を合わせずに避けて後ろへ飛び退いた。
明らかに白狐を警戒した動きである。
一度、かち合った刀が真っ二つに斬れた所を見ているからだろう。
女ニンジャは、地面に玉を叩きつける。
玉が爆発し、煙が辺りを包む。
煙幕だ。
背後からの斬撃。
ぎりぎりで察知して咄嗟にかわすが、胸元の布を斬られた。
ああ! 謎の光が射しそうな状況にっ!
すぐに無糸服を修復する。
再び煙幕に紛れる女ニンジャ。
私は風の魔法で煙幕を払った。
完全に煙幕が晴れる前に、人影を見つける。
その人影に蹴りを放った。
人影は蹴りによって腰部を砕かれ、真っ二つになった。
だがそれは、あのニンジャではない。
感触がおかしい。
蹴りつけたその感触は、まるで土塊か何かのようだ。
煙幕が晴れ、完全に開けた視界にあったもの。
私が蹴りつけたものは、土が盛り上がって形作られた人形だったのだ。
恐らくこれは、魔法で作られた物だろう。
前に見た蝦蟇蛙と同じだ。
そして、当の女ニンジャは私の左側面から斬りつけてきた。
当惑で反応の遅れた私は、斬りつけられてしまう。
咄嗟に左腕に魔力を集中し、筋肉を締めて腕で刀を防ぐ。
刃が私の腕を斬りつけ、血が噴き出した。
斬られはしたが、それでもダメージを最小限に留める事はできた。
筋肉の表面を斬られただけで、骨も神経も大丈夫だ。
「くっ、何て体だ……!?」
女ニンジャが驚愕する声が聞こえる。
驚きながらも、すぐさま斬りつけてくる。
迫り来る刃を私は左手で掴んだ。
「なっ!」
女ニンジャが刀を引こうとしているのがわかる。
でも、刀を握る私の手は固く、女ニンジャの力では引き抜く事ができない。
「……何故笑う? 何がおかしい?」
女ニンジャは私を睨みつけ、訊ねてくる。
ふぅん。
私、笑ってるんだ。
そりゃそうだ。
私は白狐を鞘に戻した。
白狐は不満そうに、私の手へ魔力を貼り付けてきたが無理やり払う。
「だって、楽しいからね。あなたは、強いよ」
太刀を握ったまま、相手の顔目掛けて拳を振るう。
女ニンジャはあっさりと太刀を放して後ろへ逃げる。
太刀を捨て、すぐさま追う私。
女ニンジャは後ろ回し蹴りで迎撃。
右腕でガード。次いで左腕を伸ばす。
相手は逃れきれず、左手が襟に届く。
力任せに振り回し、適当な木へ放り投げる。
投げつけられながらも、女ニンジャは木へ着地態勢で張り付く。
が、間髪いれずに追撃する私。
女ニンジャは放たれた拳をかわし、木の上へ走って逃げた。
空振りした拳が木へと当たり、大きな窪みを作った。
壁走りだ。
やはり、ニンジャはこの技を使えるのか。
今までに見た忍術といい、この国における魔力技術はアールネスとは別の進化を遂げているようだ。
私も壁走りの要領で木の幹を上へ向けて走る。
私が追ってきている事に気付き、女ニンジャが木の幹を蹴って空へ跳んだ。
追いかけて私も跳ぶ。
女ニンジャが空中で、振り向き様に私へクナイを投げつけてくる。
手刀でそれを叩き落し、なおかつ魔力の足場を作って蹴り、女ニンジャへ向けてさらに跳躍する。
加速した私に焦ったのか、女ニンジャはさらに口から火を吐いてくる。
その炎を物ともせずに突きぬけ、私は相手の腹を殴りつけた。
「ぐわぁーっ!」
イヤーッ! とでも言えばよかった……。
腹部を殴った後、地面へ向けて蹴り落とす。
地面へ落下した女ニンジャは何とか着地する。
そんな相手目掛けて、私も急速落下して追撃の蹴りを放つ。
女ニンジャはそれを避け、私から離れた。
着地する私。
そんな私から距離を取り、構える女ニンジャ。
その息は荒く、ダメージが大きい事を物語っていた。
「次は何を見せてくれる?」
「何だと……?」
私が問うと、女ニンジャは眉根を寄せた。
「どんな技を見せてくれるのか、と聞いているんだよ。それで全部じゃないんでしょ? もっともっと全部出し切ってぶつかってこい!」
「言われずとも……!」
叫び返した女ニンジャは体中に木の葉の渦をまとい、私へ向けて突進してきた。
それから先、女ニンジャは様々な技を見せた。
火を吐き、水を吐く事は勿論の事。
蝦蟇蛙の召喚。
影を操っての足止め。
変わり身の術。
シニフリ・ジツ。
柔術めいた体術。
などなどである。
それらの技を受けつつ、私は戦い……。
そして……。
右手に電気の魔法を纏わせた私は、女ニンジャの体へそれを突き入れた。
「イヤーッ!」
「ぐわぁーっ!」
やったぜ!
電撃を受けた女ニンジャが体を一度痙攣させ、一歩退く。
その足取りはおぼつかなく、足はがくがくと震えてまともに立てないようだった。
それでも倒れないように、なんとか踏ん張っている。
もはや、戦える状態ではない。
そして私もまた、先ほど受けた竜巻の中に無数の手裏剣を巻き込んだミキサーみたいな技を受けて、全身血だらけである。
それでも私はまだまだ体力に余裕があった。
この傷だって、白色にかかればすぐに元通りだ。
白色で体を治しながら、女ニンジャへ近付いていく。
その様子に、女ニンジャは驚愕する。
「馬鹿な……。貴様、忍術に飽き足らず、陰陽の技を使えるのか……」
あれ?
ニンジャは白色が使えないの?
その口ぶりからすると、白色は陰陽道の技とされているみたいだ。
「私の勝ち、だね?」
私は言うが、答えが帰ってこない。
代わりに帰ってきたのは――
「くっ、殺せ……」
という言葉だった。
言う相手によってはこれからの対応が変わってくる台詞だよ、それ。
私がオークじゃなくてよかったね。
「お待ちあれ」
そんな時である。
どこからともなく声が聞こえた。
声の主を探し、そして上を見上げる。
すると、木の上に一人の人物が座っていた。
まさか、ヴァール殿下!?
と、思ったが明らかに違った。
その人物は老人だった。
老人は老人とは思えぬ軽がるとした身のこなしで、木の上から私の前へ下り立った。
そして、深く私へ頭を下げた。
「お客人。どうか、その者の非礼を許していただけないだろうか」
別に、どうこうするつもりはなかったけれど……。
しかし、この人は何者だろうか?
「あなたは?」
「わしの名は、伊賀弘蔵。服部の忍、その頭領をしておるものじゃよ」
老人はそう名乗った。
できるだけ戦闘描写は短くしたいのですが、ニンジャの奇抜な戦い方を描きたかったのでダイジェストにし難く、長くなってしまいました。




