二十一話 アニマルセラピー
少し修正致しました。
山内までの道程だが……。
ここ前田から、朝倉、浅井、服部、松永、雑賀まで陸路で行き、そこから船に乗って山内まで行くという予定である。
と、こちらの地名ではわかりにくいので前世の地名で言うと、加賀、越前、近江、伊賀、大和、紀伊、土佐という感じだ。
前田から船旅で山内までという事もできるが、陸路で列島を横断してから船で山内まで行った方が早いのではないか、という話だった。
だから私達は、街道を通ってとりあえず紀伊まで向かうつもりである。
すずめちゃんの体力を考慮しても、だいたい十五日前後で目的地まで辿り着ける見通しだ。
旅は順調で。
五日ほど経った今、何事もなく朝倉を抜けて浅井まで来ていた。
関所では私の容姿(主にでかさ)のせいで少しごたつく事もあったが、手形を見せるとすんなり通れた。
そうして私達は、浅井の半ばにある宿場町へ辿り着く。
宿場町には街道を行く人のための宿泊施設や、飯処、遊郭などが多く見られた。
汗臭い野郎共が雑魚寝する宿泊施設を過ぎれば美味そうな匂いのする飯屋があり、さらに進むと遊郭の木の格子から客引きをする色っぽい遊女の手が伸びる。
なかなかに混沌とした街並みだ。
「ちょいと大きなお姉さん。遊んでいかないかい?」
あと、この国の遊郭は女性も客にするらしい。
ノンケでも構わず食っちまうようだ。
確か、前世の吉原では女人禁制とかじゃなかったっけ?
そんな時、すずめちゃんのお腹がぐぅと鳴った。
そろそろ飯時か……。
まだ日も高いから泊まりはしないが、少し休憩していくのもいいだろう。
私達は適当な飯処へ入った。
定食屋である。
焼き魚の定食を注文した。
焼き魚と御飯と味噌汁におしんこのセットだ。
前に食べた定食とあんまり変わらない。
ただ、魚は海のものではなく川魚らしい。
わかさぎかな?
串に刺さった塩焼きだ。
豪快にかぶりついて食べる。
やっぱり魚はいいな。
塩だけというシンプルな食べ方もまたいい。
内陸のアールネスでは滅多に味わえないし、肉の方が好まれているから魚はあまり出回らない。
食べられたとしてもムニエルとかフライとかでちょっと脂っこいんだよね。
だから、余計にこの味が美味しく思える。
「うめぇな」
魚を食べて、すずめちゃんが呟く。
それからは、黙々と食べていた。
彼女も、一時の事を考えれば喋るようになった方だ。
けれど、それでもまだ口数は少ない。
笑った顔はまだ、夏木さんが生きていた時以来見ていない。
いつかまた、あの笑顔を見られるといいのだけれど……。
食事を終えて外へ出る。
すぐにでも町を出ようとした時だ。
行く手に、人だかりができていた。
見れば、その人だかりは全て子供である。
地元の子供だろうか?
子供達は下を向いて騒いでいる。
よく見ると、足元には白い子犬がいた。
全身真っ白で、足が短くコロコロとしている。
見た感じ、顔は柴犬みたいな感じだ。
子供達は犬を可愛がって遊んでいるようだ。
あの子供の誰かが飼い主だろうか?
「行ってきていい?」
すずめちゃんが言う。
子犬が気になるみたいだ。
「いいよ」
言うと、すずめちゃんは私の手を放して子供達の方へ向かった。
ナチュラルに子供達の輪の中へ混じる。
本来なら子供って、こういうものだよね。
初めて見知った相手でも構わず近付いて、仲良くなって……。
まるで心の壁もパーソナルスペースも気にしない。
いい傾向かもしれない。
私から離れてまで興味を優先させるなんて、これまでなかったから。
おあつらえ向きに、近場には茶屋がある。
ここで優雅なアフタヌーン茶でも飲みながらすずめちゃんを待つ事にしよう。
「ハロー」
「ひぃ、お客様で?」
店主に声をかけると怯えられた。
お茶と団子を注文し、犬を可愛がるすずめちゃんを眺めた。
それからしばらくして、すずめちゃんは戻ってきた。
白い子犬を連れて……。
「何で連れて帰ってきちゃったし……」
「可愛かったから」
そうだね、可愛いね。
気持ちはわかる。
「でも、飼い主の子が……」
と言いかけて見ると、子供達は解散してしまって誰もいなくなっている。
「この子、野良だって」
人懐っこい野良子犬に子供達が群がっていたわけだ。
そして、離れていった子供の中ですずめちゃんについてきてしまったようだ。
「連れて行きたい」
「うーん。でも、私達も旅をしている身だからなぁ……」
面倒見るのは難しいんじゃないかなぁ……。
路銀だって足りるかどうかわからないし……。
ここは心を鬼にしてダメだと言ってやるべきだろう。
「やっぱりダメだよ。元の場所に返してきなさい」
ママ、許しませんよ。
「旅してるって言ったら、一緒に行きたいって」
犬は喋らん。
そう思ったが、すずめちゃんが言うと犬も同意するように「わん」と小さく吠えた。
まるで言葉がわかるようだ。
いや、しかしやはり犬は喋らん。
「あのね、旅をするにはお金がかかるの。山内まで何日かかるかわからない。私たちのご飯代だけでも山内までお金が持つか不安なのに、この子のご飯代が重なったらもしかしたら途中でお金がなくなっちゃうかもしれない。そうなったら、ご飯を食べる事もできないし、船に乗る事だってできないよ」
「うん……。そうだな」
ちゃんと話せば、この子はわかるんだよね。
でも聞き分けつつ、わんこを胸に抱くのはなんでや?
私を潤んだ瞳で見てくるすずめちゃん。
子犬の目も心なしか懇願するように見える。
ええい、永遠の五歳児よろしくキラキラ攻撃してくるんじゃない!
強く言えないじゃないか!
子犬の顔はよく見ると、眉のあたりに黒い毛が生えていた。
まるでお公家さんのようで、愛嬌がある。
くっ、可愛いなこいつ!
うるうるとした目で私を見つめてくる。
どうする?
ライフル!
選ぶとしたらAKかな。
はぁ……。
……仕方ないなぁ、もう。
「わかった。いいよ」
「本当か!?」
すずめちゃんは嬉しそうに声を上げた。
すずめちゃんがこんなに強く興味を示したものもない。
もしかしたら、この犬との交流が彼女の心にとって癒しになるかもしれない。
アニマルセラピーというのだったか。
こういうのは。
路銀節約のために野宿すればなんとかなるか。
食料だって、山に入れば獲れるだろうし。
なら、一匹ぐらいお供が増えてもいいや。
……しかし、尾も白い犬だな。
気に入った。
可愛がるのは後にしてやる。
………………。
……あとにしてやると約束したな。
あれは嘘だ。
私は白い子犬の頭をくしゃくしゃと撫でた。
吉原が女人禁制かどうかはわかりません。
そうだった気がするんですけど、うろ覚えです。




