十六話 アイエエエ!?
察しの良い方には今回何が出てくるのかタイトルで一発バレですね。
下田を叩きのめした翌日、私は夏木夫妻の墓参りへ向かった。
すずめちゃんと斉藤さんも一緒である。
夏木夫妻の遺体は斉藤さんの手配で近くの寺へ運ばれ、そこの墓場に埋葬してもらえる事になった。
寺の墓場にて。
小さいながらも石のお墓だ。
三人、順番で手を合わせた。
手を合わせた時、私は夏木さんに何を言うべきなのか悩んだ。
下田を叩きのめした事を報告しようとも思ったが、夏木さんが気にするのはその事ではないのじゃないかと思った。
夏木さんが気にするとしたら、それはすずめちゃんの事だ。
一人残されたこの子がどのようになるか、それを心配すると思うのだ。
しかし、私はすずめちゃんに何をしてやれるのか、しっかりとわかっていない。
すずめちゃんの事は任せてください、とは胸を張って言えない。
ずっと一緒にはいられない。
私はいずれ帰ってしまうから。
すずめちゃんには兄がいる。
山内藩という場所で武士として働いているそうだ。
恐らくは、その兄のもとへ送られる事になるだろう。
なら、帰るまでの間に、少しでもすずめちゃんの心を癒してやるべきだろうか……。
できるとすれば、それくらいだ。
結局、何を報告していいのかわからないまま、私は帰る事になった。
その日の夜の事。
私はすずめちゃんの気晴らしになればいい、と思って夜の散歩に出かけた。
私とすずめちゃん、斉藤さんの三人である。
目の前で下田を叩きのめしてから、すずめちゃんは少しだけ元気になった。
前ほど元気な振舞いを見せるわけではないが、呆と部屋の隅で座っている事はなくなった。
それでもまだ、私のそばを離れる事はできないが……。
私達が襲われたのは、その時の事である。
屋敷を出た時から、何者かがつけてくる事には気付いていた。
そのつけてきた人間が、人気の少ない場所で襲い掛かってきたのだ。
襲ってきたのは、頭巾で顔を隠した侍二人である。
尾行しての計画的な襲撃に、多分下田の手下だろうなと思った私は二人をけちょんけちょんに叩きのめした。
二人共両足の関節を外して、逃げられないようにした。
妖怪・関節外しの本領発揮である。
その後、頭巾を外すとその顔には見覚えがあった。
下田が供と酒を呑みに行くと言っていた時、一緒にいた二人の侍である。
二人の顔を明らかとした時、すずめちゃんがぎゅっと手を握ってきた。
その手は震えていた。
「もしかして、この二人のどちらかがあの時にいたの?」
あの時とは、夏木さんが殺された時である。
彼女はその様を押入れに隠れて見ていたのだ。
後で聞いた話だが、すずめちゃんはお花さんを驚かそうとして押入れに隠れていたらしい。
それが結果として、運がよかったわけだが……。
すずめちゃんが頷く。
「二人共、いた……」
「そう……」
お前達も、すずめちゃんの心を蝕む人間なんだね……。
そう思い、だからこそこの二人の恐怖もすずめちゃんから取り去るため、ちょっと痛めつける事にした。
顎の骨を外して声が出せないようにしてから、指の先からじっくり丁寧に全身の関節を外してやった。
全身の関節が外されると全身の筋肉が伸びきった状態になるので、とても痛いのだ。
その上、嵌め直そうにも体は動かない。
自力ではどうにもならない。
そんな状態で放置して、私達は帰った。
後日、下田とそのお供二人が自害した事を斉藤さんから聞いた。
まさか、こんな事になるとは思っていなかった……。
侍の命は、私が思っていた以上に軽かった。
その事に私は思い至っていなかった。
これは多分、私が殺した事になるんだろうな……。
なのに、それほど気にならないのはどうしてだろう?
前世の記憶があるから人を殺す事への抵抗はあったはずなのに、実際にそうなってしまった今、私は平静を保てている。
私の心じゃなく、体の方が人の殺す事に忌避を感じないのかもしれない。
アールネスの人間としての価値観か、それとも軍人としての血か、私の体は人を殺す事に何のダメージも受けないようだ。
斉藤さんは、この事が交渉に影響する事はないと言ってくれた。
私のせいで、アールネスに迷惑をかける事にはならなかったらしい。
角樫房光からアールネスの使節団に呼び出しがあったのは、その翌日の事だった。
城へ行く間、さすがにすずめちゃんを連れて行くわけにはいかなかったので、斉藤さんに預けた。
すずめちゃんは私から離れる事を嫌がったが、こればかりはどうしようもない。
ただ、斉藤さんには少し懐いているので彼が一緒にいてくれる事を説明すると何とかおとなしく待つ事を約束してくれた。
今は屋敷で二人、私の帰りを待っているはずだ。
通されたのは前と同じ畳の部屋だった。
私達はまた正座してお殿様が来るのを待つ。
程なくして、お殿様は来た。
頭を下げて待ち、「面をあげよ」という声に顔を上げた。
例によって、多くの侍達が控えていた。
「この度の呼び出しは、家臣達の意見がまとまった事を伝えるためのものじゃ」
お殿様は、単刀直入に言った。
「つまりそれは」
「うむ。結論は出た。その前にまず謝っておこう」
言うと、お殿様は私達に向けて頭を下げた。
周囲の侍達がざわめく。
こうしてお殿様が頭を下げる事は珍しい事なのかもしれない。
「あまりにも、時間をかけてしまった事。本当に申し訳ない。呼びつけてのこの仕打ち、さぞご不快であった事だろう。これ以降の交渉の場において、いくつかの譲歩でその償いをしたい」
「それは、これから交渉を行なってくださるという事ですか?」
「うむ。引きとめた分、良い結果をそちらにもたらせるよう努力する所存だ」
そうか。
ついに、交渉が始まるんだ。
それが終われば、やっと帰れるんだ……。
私はお殿様の言葉をムルシエラ先輩に続けた。
そして、その場で軽い打ち合わせが行なわれる事になった。
私は通訳としてムルシエラ先輩とお殿様のやり取りを互いに伝え合った。
詳しい話は翌日という事になり、その日は帰る事になった。
その帰り際の事である。
「そうだ。びてんふえると」
お殿様から呼び止められる。
「なんでしょう?」
「そちには個人的に謝っておきたい。国に子を残してきているようだな。引き止めて悪かった」
何で知っているんだろう?
斉藤さんから聞いたのだろうか?
「家臣の意見を調整するためには必要だったのでしょう?」
本当は見極めのためだったのだろうと思うが、そ知らぬふりで返す。
「いや。正直に言うならば、そち達の人柄からアールネスという国を量ろうと思っておった。そのために、時間を費やした」
しかし、お殿様はえらく素直に内情を暴露した。
「そんな事、言っても良いのですか?」
「すでに気付いておったであろう? それにここだけの話じゃ。ワシは、そちにだけは腹を割って話をしたいと思っておった」
「なんでそう思ったのです?」
「そうさな……。斉藤からそちの事は聞き及んでいる。その男気に、惚れたという所であろうか」
私、女よ!
そんな気が出てたまるか。
「まぁ、それは良いとして……。気をつけよ」
真剣な口調だった。
「どういう事でしょう」
「そちは狙われるかもしれぬ。下田に……」
告げられた名に、私も表情を険しくする。
「ですが下田は……」
死んだはずだ。
生きていく事を悲観して、自害したはずだ。
「次男坊の方ではない。その親、家老の下田の方だ。そちを暗殺しようと人を雇うかもしれぬ」
「……そうですか」
「こちらで止められれば良いが、この国には一切の痕跡を残さずに暗殺を成す、影の集団がおる。その者らを使われればワシにも止められぬ。引き続き斉藤を護衛につけるが、十分用心いたせ」
「……お気遣い、痛み入ります」
暗殺者か……。
警戒しないといけないな。
屋敷に戻ると、戸を開ける音を聞きつけたすずめちゃんが私に走り寄って来た。
それに続いて、斉藤さんもこちらに来る。
「やはり、びてんふえると殿の方が良いようですね。待っている間、ずっとそわそわと落ち着かない様子でした」
そして、そんな事を言った。
その夜の事。
すずめちゃんとお風呂に入り、床に就こうとしていた時。
私は普段着のまま布団の上に座った。
「おいで」
すずめちゃんを呼び寄せて布団に寝かせ、私も横たわる。
掛け布団をかける。
照明の蝋燭を風の魔法で消す。
部屋が完全な闇に染まると、布団の中ですずめちゃんが身を寄せてきた。
大人よりも、子供の体温は高い。
ぴたりと寄せられた体から、熱が伝わってくる。
なのに、すずめちゃんの体はかすかに震えている。
闇が怖いのだ。
聞く所によれば、夏木さんが殺されたのは彼が私達を送っていってくれた後らしかった。
夏木さんが外へ向かい、お花さんは食器や鍋の片づけをするために台所へ向かった。
その間、おそらくお花さんが布団を敷くために押入れを開けるだろうと思ったすずめちゃんは、押入れに隠れた。
そして、事は起こった。
お花さんが下田に人質とされ、夏木さんは自害を強いられた。
その一部始終を彼女は見て、そして……。
それから私と斉藤さんが来るまで、一人で押入れの中にいた。
両親が殺された後、夜の闇よりも暗い押入れの中……たった一人で……。
だからだろう。
すずめちゃんは闇を恐がっている。
闇を壊す事ができればいいのにね……。
私に出来る事は、せいぜいこうやって一緒にいてあげて少しでもその恐怖をやわらげてあげる事ぐらいだ。
手を握ってあげる。
頭を強く、私の胸にこすり付けてきた。
それからしばらくして、すずめちゃんは寝息を立て始めた。
そして――
私は掛け布団を盛大に翻した。
すずめちゃんを抱き上げ、その場から離れる。
同時に、私へ振り下ろされた刀が掛け布団を切り裂いた。
私はすぐさま襲撃者の正体を探ろうと、そちらを見る。
すると――
「アイエエエ!?」
襲撃者のいでたちは全身を黒装束に固め、左手に小刀を持ち、右手には手裏剣を持っていた。
その姿は、あからさまにニンジャなのだ。
「アイエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
私は実在しないと思われていた存在が目の前に現れ、思わずショックを受けて叫んでしまっていた。
NRS症状である。
それも相手は、ガチのリアルニンジャであった。
今まで、何度かリアルニンジャショックとか書いた気がしますが、本当はニンジャリアリティショックが正しいようです。
恥ずかしいですね。
忍法うろ覚えです。




