二十一話 クロエVS漢宝
短いので次の話を合体させようかとも思ったのですが、ぶっ続けで戦闘描写ばかりだと疲れると思ったので二つに分けたまま二話分投稿します。
塔の最奥にある部屋。
その中には、数人分の死体が転がっていた。
一様にそれらは首と胴に分かれている。
まるで処刑場のようだ。
腐敗が見られない所を見ると、まだ新しいのだろう。
首を離された胴体が纏っているのは、朝服に見えた。
私が扉を開く音に気付いたのか、漢宝は緩やかにこちらへ振り返った。
「彼らは王朝に仕えていた者達だ。降ると申し出てきたが、受け入れられなかった」
私の視線に気付き、そう説明してくれる。
裏切り者の末路、か。
「あんたにはがっかりだ」
死体を無視し、そう声をかける。
「返す言葉もない」
「何でこんな事に?」
そう言いながら、互いにぐるりと円を描くように室内を移動する。
「安楽を求める民の声に抗えなかった……。私の不明だ」
「情の深さは美点ではあると思う。立場が違えば、賛美していたかもしれない。ただ、そうはならなかった」
「できれば、戦いたくはない。避けられないだろうが……」
「当然」
「どうなろうと、お前との約束は守るつもりだ。天子の命は保障するが」
「今となっては信用するのが難しいかな」
そのやり取りを合図に、私達は互いに構えを取り合った。
先に動いたのは私だ。
棍棒の突き。
が、次の瞬間、私は距離を取らざるを得なくなっていた。
「……っ」
鼻から熱い液体が流れる。
拭えば、指が血で汚れた。
体の複数個所に痛み。
鼻はもちろん、頬に腹と胸も痛い。
一瞬の出来事で、把握に時間がかかった。
棍棒を捌きながらの右肘打ち。
防御したが、肘打ちから裏拳へ変形した打撃に鼻を強打された。
それを起点に拳の連打を見舞われた。
速い分軽い打撃で、脳を揺らされるようなものではなかった。
だから反撃にジャブを返したが、狙った先に漢宝はいなかった。
その攻撃の間に、さらなる連打を受けて退いた。
それがその一瞬で起こった事だ。
なんて手数だろう……。
まるでマシンガンだ。
しかも、いつの間にか棍棒も折れている。
肘打ちの時、踏み込むついでに蹴り折ったという所だろうか。
うかつだった。
漢宝がここまでの実力者だったなんて。
折れた棍棒の長い方を手放し、短い方を投げつける。
それを手で払いのけた漢宝。
距離を詰める。
今度は左ジャブを起点に攻める。
それを前に出てかわす漢宝。
彼女は、避ける時に前へ出るようだ。
性格に似合わず、攻撃的な戦い方だ。
前へ出た彼女の顔を右ストレートで狙う。
始めから左ジャブは本命ではない。
その分、本命の右ストレートは鋭く速い。
が、それ以上に速い右ストレートを顔に受ける。
前へ出た時から、既に打つ準備を整えていたのだろう。
カウンターを取るつもりがカウンターを取られた。
そこからさらに連打が来る。
防御する。
けれど、防ぎきれずに何発か殴られた。
速い分、威力は犠牲にしているだろうが……。
それでも当てられると体に響く。
この速さで出せる最大限の威力を拳に乗せているようだ。
退きたくなるが、ぐっと堪えてハイキックを放つ。
至近距離で側頭部を狙って放たれるハイキックは、受ける側からして死角となる。
避けにくい攻撃だ。
「それは一度見た」
が、漢宝は姿勢を低くして避けた。
避けるだけではない。
軸足を蹴りで強打される。
転ばされそうになるのを必死に耐える。
が、バランスを崩した。
漢宝はそれを見逃さず、体当たりしてくる。
倒れる事はなかったが、詰められる隙はできた。
そして次の瞬間、右の視界が影で遮られていた。
目潰しっ!
そう悟ったのと同時に、頭を逸らしてどうにか避けた。
腹部に痛みが走る。
意識を目に集中させつつ、腹を攻撃したのだろう。
床に魔力の棘を刺し、強引に体勢を整える。
反撃に拳を振るったが、漢宝は今までの猛攻が嘘のようにすんなりと一歩退いて距離を取った。
「立て直すか。たいした功だ」
平然とした態度でそう告げる。
「それはどうも」
私も余裕の表情で返す。
しかし、内心には焦りがくすぶっていた。
攻撃はいなされ、カウンターも通じず、反撃は的確だ。
対応は丁寧でありながら、その攻め手は苛烈。
まいった……。
完全に格上だ。
これは勝てない。
勝てるヴィジョンが思い浮かばない。
真正面からの殴り合いの勝負なら、私は同性に負けない。
そんな事を漠然と思っていた。
誇りが傷つけられた気分だ。
世界は広いな。
だとしても、この戦いで負けるわけにはいかない。
必ず帰るとアードラーと約束した。
漢麗様も守る。
逃げる事も負ける事もできない。
この強敵を、私は打倒しなくちゃならないんだ!
「ふぅ……」
深く息を吐く。
上着に手をかけてバッと脱ぎ去り、上半身サラシだけになる。
手にした上着と強化装甲から魔力を抜くと、装甲と不要な布地がバラバラになって落ちた。
これからの戦いには、少しでも多くの魔力が必要だ。
……闘技者として、私は漢宝に勝てない。
なら、私は闘技者としての自分を捨てる。
私は手の平を上に向け、差し出した。
そこに、炎の球が揺らめく。
「妖術……?」
漢宝の表情が険しくなる。
私は一度、炎を握りこみ。
「くらい――」
なぎ払うようにして炎を撒いた。
「やがれぇ!」




