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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
朱雀国編
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二十話 決意の坂落とし

 今、私は漢麗様から預かった五千の歩兵と共に単独で敵地を先行していた。

 私の提案に対して、他の武官達が難色を示したからである。


 突出して包囲される事を恐れたのか、言い訳が止まらなかったので説得を諦めて軍から離れた。


 正直、私も心細い。

 せめて、途中まで着いてきて退路を維持するための拠点でも作ってくれれば嬉しかった。


 他の部隊に戦線を上げてきてもらいたいものだけど、報告を聞く限りそれも期待できそうにない。


 ある程度突出したら、あとは一気に電撃戦を仕掛ける必要があるかもしれない。

 そうなったら、もう戻る道はないだろうけど……。


 不安に押しつぶされそうな心中。

 それを兵に悟られぬよう、顔を上げて前を見据え続けての行軍。


 その最中、董苞からの伝令が来た。


「退路の確保はお任せあれ」


 その内容に、少しだけ肩の荷が下りる気分だった。

 私の動きから意図を察し、支援に回ってくれるつもりのようだ。


「いい妹さんじゃないか。どこが愚妹なの?」


 報告を受け、行軍中の雑談として董錬へ話しかける。


 彼女の行動を見れば、かなり優秀な人間に思える。

 なのに、今までも董錬が董苞の名を聞くと複雑な表情になる事が多かった。

 それが不思議だった。


 董錬はしばらく黙り込んでいたが、やがて重い口を開く。


「私と苞は血が繋がっていません。父が連れ帰ってきた義妹なのですが……」


 あれ?

 結構重い話?

 訊かない方がよかった?


「父に懸想しているのです」


 ん?


「年頃になると父を誘惑し始め……」


 話の流れがおかしいぞ。


「危機感を覚えた父によって、宮中の仕事を斡旋され家から出されたのですが……。当初は文官だったはずが、軍に転属していつの間にか一軍の将になっておりました」

「何故、わざわざ軍人に?」

「……これは私の推測ですが、その方が出世しやすいからではないでしょうか。父は理由わけあって役職より退き隠居の身ですが、それなりの地位にありました。その父の権力を以ってしても自由にできない身分に登り詰め、どうにかしようという目論みがあるのではないか、と……」


 ……つまり、すごく優秀だって事だね? (すっとぼけ)


「父だけでなく同性も性的な目で見ており、よく家に連れ込んでおりました」

「そうなんだ……」


 思いがけない理由だった。

 私も人の事は言えないけど。




 兵力の消耗を抑えるため、極力戦闘をしないように行軍を続けた。


 しかし、単独で動く私達には糧食の安定した供給がなかった。

 拠点を攻めて糧食を奪う他に補給する事はできず、遊撃の敵部隊との突発的な戦闘などもあって戦闘を完全に避ける事はできなかった。


 行く道に命の散華を残しながら、進み続けた。


 消耗を強いる道程。

 命を奪い合う毎日。

 私の心も少しずつ荒み始めていた。


 それを自覚すれば、無性にアードラーの顔を見たくなった。


 彼女だけじゃない。

 アルディリアにも、ヤタにも……。

 パパとママにも会いたい。


 帰りたいな。

 そんな弱音を心の中だけで呟く。


 人がそばにいないと、私はこんなに脆いんだと自覚する。


 そうして、渓谷に辿り着く。


 岩肌の粗い切り立った崖。

 その上から俯瞰すると、遠く下には大きな川が流れている。

 川幅百メートルをゆうに越える、底の見えない深い川だ。


 見ていると、その川を渡る大型の船が見えた。

 船の上には、大量の荷物が積まれている。


「多分、輸送船だ」


 やはり、川を使って物資の輸送をしている事に間違いなさそうだ。


 しかし、この場所からは肝心の敵拠点は見つからなかった。

 川に沿って探せば間違いなく見つけられるはずなんだけど……。


 崖の上から探すにも、崖が全て地続きなわけではない。

 上から川に沿う事は難しそうだ。


 かといって、敵も重要な場所には兵を配しているだろう。

 川を船で移動するにしても、途中で待ち伏せを受けそうだ。


 できる事は斥候を放って、地道に陸路から探す事だけだろう。


 探索を始めて三日ほど経ち、私達はそれらしき建物を見つける事となった。


 その三日間、とりあえず通りやすい道を見つけて崖を上り、定期的に発見していた輸送船を見失ってまた崖を下り……。


 そうこうしている内に崖上の森林へ足を踏み入れた時、敵の伏兵から奇襲を受けた。

 どうにか撃退したが、こちらにもそこそこの被害が出た。


 けれど、悪い事ばかりではなかった。

 その森林から渓谷の下を見下ろした時に塔を発見したのだ。


 どうやら、伏兵は周囲の見張りを担う部隊だったらしい。


 上手い具合に岩肌が川へはみ出し、塔を包み隠すように切り立っていた。

 この場所ぐらいからしか、目視できないだろう。

 岸には船着場があり、塔を挟んだ反対側の岩肌には洞穴が見えた。


 船着場にも洞穴にも少なくない人が配されている。


「あの建物が目的の拠点で間違いなさそうだ。どこかに陸路があるようだな」


 どこからかはわからないが、洞穴に人を配するという事はどこからかあそこへ通じる場所があるのだろう。


「どうしましょうか?」


 董錬が指示を仰ぐ。


 どうしようか……。


 崖の岩肌は粗いので、時間をかければ降りる事もできそうだ。

 けれど、部隊全員が下りるには時間がかかる。


 あの洞穴に通じる道を探すのが一番攻めやすいけれど、塔から見えない所から下りて渡河するのが一番手っ取り早い。

 渡る間に攻撃されそうだけど。


 とはいえ洞穴もそこまで広くないし、数の有利が活かせない。

 嫌な立地だ。


 そして考えるべき事は塔の攻略だけではない。

 たとえここから上手く攻略し、あわよくば漢宝を発見できたとする。


 無論、倒して乱を鎮圧する事は優先すべき事である。

 戦いが長引けば、散る命も増える。

 今もどこかで戦い死んでいく人間がいるのだから。


 けれど……。

 その後を考えると、それでいいのだろうか? と思えてしまう。


 国庫の現状などに見る文官の失態。

 反乱鎮圧による軍部権力の増大。


 今後は軍の発言力が増す事は想像に難くない。


 軍が権力を握り、それでも漢麗様を尊ぶならば問題ない。

 が、そうでなく、取って代わるような思考の持ち主が権力者になる可能性もある。


 武力を掌握された時、どう対応するべきなのか。

 それを考えると頭が痛い。

 高呂は味方になるだろうが、それ以外が敵となれば厳しいものがある。


 どうしたもんかな……。


 そう、私が悩んでいる時だった。


 景色が後ろに流れ始めた。


「ん?」


 何事かと思えば、黒旋風が勝手に歩き始めていた。


 何考えているの?

 すごく嫌な予感がするんだけど!


「ちょ、ちょっと待って――」


 焦って手綱を引いた時にはもう遅かった。

 黒旋風は崖を跳び下りる。


 突き出た岩肌をとっかかりに、崖を下っていく。

 殆ど落下と変わらない速度で黒旋風は崖を駆け下りていく。

 私は引いた手綱を強く握り、振り落とされないようにするのが精一杯だった。


 そうして黒旋風は崖下に着地し、川へ突っ込んだ。

 対岸の塔を目指して泳ぐ。


 前方、船着場に配された人員がこちらを見ているのがわかる。

 戦いは避けられない。

 棍棒を手に取って備える。


 ある程度近づくと、山なりに弓矢が飛来する。


「ふんっ!」


 棍棒を振って矢を叩き落していく。

 そうして対岸まで辿り着く。


「黒い死神だ!」


 そんな声が敵の中からあがった。

 敵兵士達に動揺が広がっていく。


「馬鹿な! 死んだはずだ!」

「やっぱり不死身なんだ!」

「化け物め!」


 すげぇ言われようだ。


 敵兵の悲鳴を耳にしつつ、突撃する。

 とはいえ、突撃を選択したのは黒旋風だけど……。


「通すな! 命を捨てろ!」


 指揮官らしき敵の声が聞こえる。


 命を捨てろ、とはね……。

 それだけ、ここは重要なのか。


 手近な敵を優先して攻撃している黒旋風。

 手綱を力任せに引いて、その方向を変えさせる。

 黒旋風は不満そうだが、それでも言うことを聞いてくれる。


 そうして目指すのは塔だ。

 敵が行く手を阻み、本来ならば到達は困難な道程。

 しかし、黒旋風は人の壁を意に介する事無く、体から炎を吹き出しながら駆け抜ける。


 塔の入り口らしき扉まで辿り着いた時、中から一人の男性が出てきた。


「騒がしいぞ! 何があった!」


 出てきたのは、見覚えのある金髪だ。

 泰義である。


「おまえは……!」


 泰義は私を認めると、すぐさま槍を構える。

 私は黒旋風から跳び下りてそれと対峙する。


 突きこまれた槍を棍棒でいなし、ついでに腹を棍棒で突き返す。

 たじろぎながらも空いた手で殴ろうとしてきたので、その拳に合わせてカウンターのストレートを返す。


 強かに顔を殴られた泰義は塔の扉に体をぶつけ、そこへ渾身の前蹴りを見舞った。

 蹴りの威力と泰義の体重がかかり、両扉の入り口がバンと勢いよく開いた。


 倒れこんだ泰義の頚動脈を絞める。


「く、あぁ……!」


 意識がない事を確認すると、塔の中へ進入する。

 中に居た敵兵士がこちらに気付いて殺到するが、外ほど数は多くないので問題はない。

 外の兵士は、暴れる黒旋風を相手にてんやわんやになっているのでそちらも問題ない。


 向かい来る相手を蹴散らしながら、塔内を探索していく。

 そうして見ていくと、どうやら一階が食糧庫になっているようだった。


 私の予想は当たりだ。

 まぁ、外れていたらそもそもこんな所に拠点などないのだろうが。


 階段を見つけ、上階に向かう。

 上がって探索していると、また見た事のある顔が現れた。


 前に官吏の殺された町を調査していた時に、何度か襲ってきた人だ。

 蹴散らして、足の関節を外して無力化する。


 そしてまた上階への階段を上がる。

 すると、また見知った顔が現れ……。


 なんか、昔こういう映画があったなぁ。


「ほわぁああぁぁぁ!」


 怪鳥音を発しながら、相手の頚動脈を締める。


 迫り来る敵を倒し、階段を登り……。

 何度かそれを繰り返し、私は最上階に辿り着いた。


 最上階、最奥の扉。

 それを開けると、一人佇む漢宝の背中が見えた。

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