十九話 圧倒的ひらめき
初戦から私は、幾度かの戦場を越えた。
今の所、負けはない。
まぁ、どの戦場も殆ど戦果を上げているのは私ではなく黒旋風なのだが。
その戦いで、国によって戦い方が変わるものだな、と実感した。
アールネス近辺の国では魔法を撃ち合う戦いが主流だったが、この国では身体強化を施しての肉弾戦が主流のようだった。
つまり、闘技を主体として戦う私の性に合っている。
戦場で何度か魔法を発射する場面があったが、それに対しては「妖術だ!」と恐れられた。
発射するタイプの魔法も多分存在するのだろうが、そういうものは妖術と呼ばれているようだった。
それも、あまり良い感情で見られていない気がする。
そして戦況の話だが……。
劉の戦力は最初各地に点在していたが、一度合流を目論んだ後、今は大きく三方に別れて行軍しているらしい。
分散作戦は、こちらの確固撃破を目論んでの事だっただろう。
で、合流はこちらのあまりの弱さで作戦変更したからだ。
三方に別れたのはどうしてかわからないけれど。
あと不思議な事に、ここから遠く離れた戦場で私が大活躍しているらしい。
本当に不思議な話である。
それが関係しているかどうかはともかく、最初は押されていた国軍も少しずつ盛り返しているそうだ。
戦況は、国軍有利になりつつある。
相手は本来部隊を一つにまとめるはずが、国軍が思ったよりも奮戦しているのため合流部隊を三つに分けたと私は見ている。
つまり、これも分散作戦の延長だ。
そうだとしても、現状ではまだ勝算があると思えないが……。
それでも止まれないか、漢宝。
……止まれないんだろうな。
私は小さくため息を吐く。
今回の騒動、どう落とすのが正解なのだろう。
「クロエ殿、どうすればいいだろうか?」
考え事をしているとそう問いかけられる。
場所は野営地の天幕。
軍議の最中だった。
「好きになさればいいと思いますよ」
当初こそ私など意に介さぬ様子だったが、最近は他の武官からこのように質問される事が多くなった。
考え事から立ち返ると、他の武官達が私に注目している。
「私は戦略に長じているわけではありませんから」
戦略も地形もよくわかっていない。
頼られても困る。
「つまり、どのような戦いになっても勝つ自信があるという事でしょうか?」
何故そうなる?
「そのような事は言っていません」
「し、失礼しました」
初戦から今まで、妙に恐れられている気もする。
しかし、どうすればいいのかわからないという気持ちもわかる。
軍議の場には、簡素な地図が用いられていた。
テーブルの上に広げられた地図には、現状判明しているだけの敵の勢力が記されている。
その上に、自軍の部隊を象った駒が複数置かれていた。
自軍の部隊の所在がここまで細かく把握できているのは、董苞のおかげである。
董苞の部下がこまめに情報を持って現れるからだ。
きっと彼女は情報の大切さを理解しているのだろう。
情報交換と味方の位置関係をしっかりと把握しておく事は重要だ。
私だって指揮権を持っていればそうする。
彼女によってもたらされた情報は量も精度も優れており、とても役に立っている。
その情報でわかったのだが、どうやら今回の戦いには北方の辺境軍が参加しているらしい。
つまり、魁瑞がこの戦いに参加しているという事だ。
残念ながらここから離れているので、会う事はないだろうが。
戦いが終われば、顔を合わせる事もあるかもしれない。
まぁ、今はそんな事どうでもいいか。
個々に蜂起したように見えたこの部隊は、明らかな統率を持って動いている。
現状、当方は戦況有利にあるが、勝ち筋が明確なのは劉の方だ。
何故なら、こちらは敵の本陣がどこかわからないからだ。
目指すべき所がわからない。
目標のない行程は辛いものだ。
進みようがなく、迎撃する事しかこちらにはできない。
対して、劉には都というわかりやすい攻撃目標がある。
どれだけ戦況有利でも、ここを攻め落とされれば国軍は負ける。
そこを目指して、三方に分かれた敵部隊は進軍している。
私達は相手を全滅させるしか、今の所勝ち筋がないのだ。
総大将を倒せればこちらも手っ取り早いのだが……。
初戦には漢宝はおろか、泰義の姿も見なかった。
彼らはどこにいるんだろうか?
彼らの居る場所が本陣に違いないのだが……。
……。
「劉による略奪などは起こっていないのでしょうか?」
私が訊ねると、軍議に参加していた武官達が顔を見合わせた。
一人が口を開く。
「董将軍の情報にそのようなものはございませんでしたが……」
劉の実態はある種の農民蜂起であり、当然といえば当然なのか……?
みんな飢えているんだから奪うのは可哀相だ、という風に……。
いや、そうはならんやろ。
飢えた状態で他人への思いやりを維持できる人間は稀だ。
そんな人間の群れを統率するのは至難だ。
略奪を止めるよう言い含めるにしても、全軍にそれを行渡らせる事はまず不可能だ。
なら、略奪の被害が耳に入らないのは何故か?
略奪をするまでもなく、十分に食料が行渡っているからではないか。
敵は飢えていないのだ。
だとすれば、相手はしっかりと補給路を確保しているという事だ。
分散した戦力に安定して食料を届けられる術があるのだ。
糧食を備蓄した食糧庫と輸送経路、三方に分けた部隊へ潤沢に糧食を補給するならば中継点も必要かもしれない。
地図を改める。
侵攻しつつ、拠点を増やしながらの行軍。
拠点は戦略的な価値がある場所もあれば、意味を見出せない場所もある。
だから、無作為に増やしているようにも見える。
けれどこれらが計算しての事ならば見え方が変わる。
相手の行軍に理があるとすれば当然ここにも理を見出すべきだ。
拠点のいくつかは食糧庫で、無意味な拠点作成の中に埋没させているのではないだろうか。
なら、食糧庫となっている拠点はどこになるのか?
適しているのは、敵に攻められにくい場所……。
たとえば戦略的に攻める意味がない、とか。
そこから一度、交通の便が良い中継地へ食糧を運び、そこから他の部隊へ輸送する。
と考えれば、どこが最適か……。
「董錬。地図上で戦略的にあまり意味のない拠点を挙げていけ」
側に控えていた董錬にそう命じる。
董錬は応じ、地図に駒を置いていく。
「私の知る限りの情報と状況から見て、こうなります」
最後の駒を置き、董錬は答えた。
この拠点が食糧庫として、そこから輸送の中継地だと思われる拠点を経由するとすれば……。
私は置かれた駒と駒を東へ向けて繋ぎ、線を引くように指でなぞっていく。
恐らく連携しているであろう拠点を繋ぎ合わせていくと、一定の距離に基づいて配置されている事がわかる。
私の勘が当たっている事を実感しつつ全ての拠点を繋ぐと、ある場所でふつりと途切れる。
それより以東にも敵の拠点はあるが、中継拠点と思しき場所は見当たらない。
そこだけ、不自然にぽっかりと何もない。
これは、見つけたかな。
ここに大元となる食糧庫があるかもしれない。
食糧の供給は、秩序と士気を保つために必要だ。
彼らの秩序と心を支えているのは、この食糧庫だ。
これを潰されればこの蜂起は終わる。
なら、最大の戦力はここに集められている。
漢宝がいるとすれば、恐らくここだろう。
「ここだ……。董錬、ここには何がある?」
「確か……。深い渓谷がございます」
渓谷か……。
交通の便が悪すぎる……。
ここじゃないのかな?
そんな時だ。
ふと地図に描かれた太線が気になった。
「この地図に描かれた線は?」
指差しながら問いかける。
「川です」
水路と陸路を駆使すれば輸送はできるかもしれない。
なら、この川に沿って移動すれば拠点を見つけられるんじゃないだろうか?
問題があるとすれば、ここへ向かうのに敵陣地を突っ切っていかねばならないという事だ。
私は武官達を見回した。
「ここに敵の本拠地があるかもしれません。ここを目指し、攻め落とせば我々の勝利となる可能性が高いです。なので、ここを目指して進軍します」
私はそう言い放った。




