十三話 兆し
タイトルを修正致しました。
一応、タグにも「残酷な表現」を入れているのですが、今回から本格的にタグが機能し始める事を前もってお知らせしておきます。
直接的なグロ表現(内臓関係)などは今後もできるだけ抑えるつもりなのですが、シチュエーションが残酷な物になっております。
「これがかの有名な妖刀豊口ですか」
私は夏木さん宅で、先日手に入れた白狐を夏木さんに見せた。
無論、決して手を触れさせず、鞘から抜いて見せたのは私である。
必然的に、夏木さんの胡坐の上に座っていたすずめちゃんも刀を見る。
「綺麗じゃ」
すずめちゃんが言う。
確かに、ただ見るだけならば白狐は綺麗な刀だ。
「確かに良い刀ですな。この刀には人を操る力があると聞きますが、びてんふえると様は大丈夫なのですか」
「恐らく、人を操る力はこちらで言う所の陰陽道の力によるものでしょう。ならば、陰陽道を操れる私には効きません」
言うなれば私は陰陽師。
怨霊、物の怪、コマンダー常盤である。
「なるほど。そうでしたか。流石ですなぁ」
私は白狐をベルトに通したホルダーに入れていた。
まだ一度も使った事はないが、腰の後ろに着けてそこから抜けるようにしている。
ホルダーは白狐用に、私が作った物だ。
最近の私は、斉藤さんにお願いして城下町から少し離れた森へ連れて行ってもらっている。
目的は狩猟のためで、ホルダーの素材は先日狩ったイノシシの皮から作られていた。
しかしながら何故狩猟を行なうかと言えば、夏木家への土産を仕留めるためである。
「できましたよ」
お花さんの声がかかり、私と夏木さんは板間の囲炉裏へと向かう。
白狐はホルダーになおす。
囲炉裏にかけられた鍋の中では、うずら肉と野菜がぐつぐつと煮られていた。
「いただきます」
私達は鍋を囲う。
「ふえるとさんが持ってきてくれたうずらが良い出汁になっとりますね」
このうずらは、私が山で獲って来たものだ。
「でも、このうずら……。石が深々とめり込んどりましたよ。あれはどうして?」
「その石で仕留めましたからね」
風の魔力で石を回転させ、それをデコピンで打ち出す事で弾道のブレを抑えつつ威力を増した石つぶてだ。
すごい技考えた。
名付けてクロエマグナム。
石つぶてで眉間をぶち抜く。
相手は死ぬ。
「天狗礫のようですな」
夏木さんが言う。
ここでもまた妖怪扱いされるとは思わなかった。
そうして鍋をつついている時だ。
「そういえば、明日は道場で恒例の門人全員参加の試合がございます」
夏木さんがそんな事を口にした。
「試合ですか?」
「定期的に、行なわれる勝ち抜き形式の試合です。この試合の結果如何によって、道場内における地位などが決められるというものです」
へぇ。
段位戦みたいなものかな?
「びてんふえると殿は参加なさいますか?」
「んー」
どうしようかな。
あの道場で相手になるような人間は夏木さんくらいのものである。
参加しても楽しめるとは思えない。
何より、私は門下生じゃないからなぁ。
私の考えている事を察したのか、夏木さんは苦笑する。
「今回に関してだけならば、それがしはびてんふえると殿に対しても本気で当たる事になるでしょう」
意外だった。
「そうなのですか?」
「ええ、まぁ。あとで、お話します」
今でもいいと思うのだが、どうしてあとなのだろう?
その後、鍋を食べ終わり、私は夏木さんから散歩に誘われた。
私は了承し、斉藤さんを含めた三人で散歩に出る。
すずめちゃんも行きたがったが、夏木さんは家にいるよう言った。
「すずめには、あまりこのような話を聞かれたくないのです」
光源が星しかない夜道を歩きながら、夏木さんは言った。
「それは、道場の話ですか?」
「はい。それがしは正直に言って、武士として下品な生き方をしております。それこそ、息子に失望されるような……」
夏木さんは俯き、言葉を切った。
少しして、続ける。
「できるならもう、子供に失望されるような事にはなってほしくない」
「……そう思うのでしたら、あのような道場は出てしまえばいいじゃないですか」
差し出がましい事だとは思う。
それでも、言わずにはいられなかった。
夏木源八という剣豪は強い。
けれど、道場での彼はあまりにも無様だ。
歯牙にもかからないような相手に負けを演じる。
そのような姿を私は見たくないと思っていた。
だから、これは私の願望である。
彼にはあの道場を出て欲しいと、願った。
しかし、夏木さんは困った様に笑う。
「……平塚殿は、下田様の覚えめでたき方。
逆らえば、私は剣で生きる事が適わなくなるでしょう。
仕官の道は尽くに潰され、他の道場もそれがしを受け入れてはくれない……。
それがしは、剣を捨てられない人間ゆえ、たとえ自分で自分の剣の道を汚そうともそれでも剣にしがみついていたいのです」
私はその言葉に何も返せなかった。
その気持ちが私にはわかったからだ。
闘技を捨てろと言われても、私は恐らく闘技を捨てられないのではないだろうか。
私にとって闘技は自分の一部と言ってもよく、それを切り離す事は苦痛を伴う事だ。
だから、夏木さんが道場にしがみつこうとする気持ちはわかる気がした。
「それよりも、試合の話でしたな。試合は勝ち抜き戦になっており、それがしは必ず決勝にまで進むよう言われております」
「そうなのですか?」
「はい。勝ち抜き戦の相手は、家格の高い門人ばかりの組と低い門人ばかりの組になっておりまして。
私は家格の高い門人の組に入り、下田様は家格の低い門人達の組に入ります。
そして私は最後まで勝ち進み、下田様に負けるよう言い含められております」
そういう事か。
つまり、一言で言ってしまえば。
その試合は、下田を優勝させる仕組みになっているわけだ。
下田は決勝戦で夏木さんと当たる事になり、そこでわざと負けてもらう事になっている。
だから、夏木さんに勝ち抜いてもらう必要がある。
ならば別に夏木さんでなくて他の家格が低い門下生が勝ち抜いてもいいのではないか、といえばそうでもない。
あの道場は腕を磨く場というよりも客商売に近い。
夏木さんに勝ち抜かせるのは、下手に機嫌を損ねて上客である所の家格の高い門下生達に出て行かれるわけにはいかないからだ。
どういう事かと言えば――
あの道場では、家格の高い門下生があえて勝ちを譲ってもらうという接待を受けている。
自分が手加減されている事も気付かず、強いと勘違いしている人間ばかりがいるわけだ。
そんな連中の相手をしているのは、もっぱら町民出身者など家格の低い門下生達。
普段から自分が負かしている門下生達から負ければ、家格の高い門下生達はヘソを曲げるかもしれない。
けれど、夏木さんは師範代補佐。
そんな相手に負けるなら、まだ腹も立たないという算段なのだろう。
そして、家格の低い門下生達は平常通りに下田から負ける役割を遂行する。
夏木さんが接待を受ける門下生に負けるわけはない。
その結果として、決勝戦は夏木さんと下田の戦いとなるわけである。
そこで夏木さんはあえて負け、下田は優勝する。
結果として、家格の高い門下生達も下田も機嫌を損なわなくて済む。
その分、夏木さんと家格の低い門下生達が割りを食うのである。
必ず下田の相手となって負けるためにも、夏木さんはそこまで絶対に勝ち残らなければならない。
だから、決勝までは本気で戦えるわけだ。
「つまり、試合では本気の夏木さんと戦えるかもしれない、という事ですね?」
「参加するならばまず間違いなく、当たる事になりましょう」
ふぅん。
どうしようかな……。
「……せっかくだから、参加させていただきます」
「そうですか」
夏木さんは笑った。
翌日。
私は斉藤さんと共に道場へ足を運んだ。
夏木さんの姿を探して道場内を見回す。
けれど、夏木さんの姿はなかった。
どこにいるのか、と道場周辺を見回った時だ。
井戸のある場所で、数人の門下生達に囲まれる夏木さんを見た。
「夏木様。私達はもう嫌です! わざと負け続ける事も、夏木様が下田様から侮られる事も我慢なりません」
「しかし、どうしようもなかろう」
「ですが……」
何やらもめているらしい。
今のやり取りから見て、多分家格の低い門下生の鬱憤が爆発してそれを夏木さんが宥めているという所か。
「それでも、何とかしたいのです。いっそ、あの下田を叩きのめして一泡吹かせてやりましょうか……」
「よせ!」
夏木さんは強い口調で嗜める。
「よいか? 馬鹿な事は考えるな。剣の道を志したいのならば、耐え忍ぶのだ。その道を閉ざされたくはないだろう。それがしと違って、お前達はまだ若い。これから先、腕を磨きさえすれば如何様にも道は開けるはずだ。それまで、耐えるのだ」
言い聞かせる夏木さんだったが、門下生達は悔しげに俯いていた。
夏木さんがその場から離れる。
それでもまだ、門下生達は俯いたままだ。
入れ替わるように私は門下生達の方へ向かう。
「びてんふえると様!」
門下生の一人が私に気付き声をあげる。
道場で何度か稽古をして、私は家格の低い門下生達とも打ち解けていた。
客人である私は、接待を受けて家格の低い門下生達ばかりの相手をさせられていたわけだが。
彼らはあえて負けようとするので、私はさらにあえて負けるという事を繰り返していた。
ナメプは嫌いなのだ。
すると、いつの間にか私は家格の低い門下生達に懐かれた。
「びてんふえると様! どうにかなりませぬか?」
私に言われてもなぁ……。
この国の人間でも門下生でもない私の方がどうしていいのかわからない。
「私は悔しゅうございます!」
うーん。
どうしたものかなぁ?
夏木さんが言うように、耐え忍ぶしかない気もするけれど……。
このままでは、門下生達の鬱憤が溜まっていつか爆発しそうである。
何かガス抜きできる手はないだろうか……。
私は少しその方法を考えてみた。
門下生達と一緒に道場へ向かう。
すると、下田に声をかけられた。
「これはびてんふえると様。あなたも、参加されるようですね」
「ええ。そのつもりです」
「しかしながら、お止めになった方がよろしいのではないですか?」
「何故でしょう?」
「夏木はあれでも師範代補佐。それに負けるならいざ知らず、そこな門人達にすら負ける始末では一戦で敗退する事は目に見えていましょう」
下田の声には、隠すつもりすらない侮りが含まれていた。
私と一緒にいた門下生の一人が何か言おうとする。
それを察して、手で制する。
「そうならないよう、頑張りましょう」
「ふん。せいぜい頑張ってください」
一回戦負けか。
実際、そうなるかもしれないな。
道場の壁に張り出された対戦表を見る。
それによれば私は、一回戦の第一試合で夏木さんと当たる事になっていた。
私を誰にも当たらせず、早々に潰してしまおうという意図がそこからは見て取れた。
そうして程なくして、私は夏木さんの試合が始まる。
普段、夏木家で行なう稽古のように私は夏木さんから軽くあしらわれ、あっさりと負けてしまった。
木刀をいなされた上で肩を強かに叩かれ、決着する。
「参りました」
互いに礼をする。
背を向ける夏木さん。
「夏木さん」
そんな彼を呼び止めた。
「必ず優勝してください」
私が言うと、彼は戸惑う。
そんな彼に続けて告げる。
「「客人」である私に勝ったんです。恥をかかせないでください」
道場中に聞こえるよう、私は大きい声で言った。
夏木さんは大きく目を見開き、私を見る。
そして、次に門下生達へ目を向けた。
一度目を瞑り、答えずにその場を離れた。
早々に敗退した私は、そこから先の試合を道場の壁に寄って座り見物する事になった。
夏木さんの言う通り、試合は夏木さんと下田との決勝戦になった。
二人が向かい合って、木刀を構える。
私は入り口付近の壁に寄っていたため、向かい合う二人の表情が見えた。
下田は余裕の笑みを浮かべ、対照的に夏木さんは真剣な面持ちをしている。
「始め!」
平塚老人の合図で、両者が木刀を交わした。
しかし、攻勢が激しいのは下田の方だ。
上段からの振り下ろしを執拗なまでに浴びせる。
その上段を夏木さんは難なく防いでいた。
私は下田の剣を初めて見た。
彼は普段から家格の高い門下生相手に、偉そうな態度であれこれ指導しているのみで、自分が稽古に参加する事は今まで一切なかった。
しかし、こうして初めて見てみると、なんとも言えない気分になる。
下田の剣は、こうしてはならないという反面教師のようだった。
足運びは悪く、握りも甘い。
何より、あれは叩きつけているだけだ。
あれでは、鈍器で殴っているのと変わらない。
確かに、今扱っている木刀は鈍器であろう。
だから、彼の木刀の扱い方はある意味で正しいのかもしれない。
けれど、本物の剣術という物は本来鈍器であるはずの木刀を剣へと昇華させられる物なのだ。
下田の上段を夏木さんはいなした。
思いがけない事に面を食らった表情になる下田。
そんな下田の胴に、夏木さんは一本入れた。
それは鈍器の一撃ではなく、明らかな斬撃だった。
これが真剣ならば、肉を切り裂き臓腑へ入り込んだであろう必殺の一撃だった。
「ぬおっ!」
下田は倒れ、立ち上がれなくなった。
うつ伏せに倒れた彼は立ち上がろうとするが、足に力が入らず仰向けに倒れた。
何せ斬られたのだ。
仕方ない事だろう。
夏木さんの明らかな、勝利である。
それが判ると、家格の低い門下生達の歓声がワッと沸いた。
「夏木……」
倒れながらも、憤怒の形相で夏木を睨みつける下田。
平塚老人も険しい顔をしている。
そんな中、パチパチと拍手する音が道場に響いた。
その音の出所は私である。
「いやぁ、お見事です」
道場内に響く声で私は言う。
「平塚殿」
「何でございましょう?」
「あなたはこう言いましたよね? 「客人」に恥をかかせるな、と。私だって、さっき言った。彼はその言葉を忠実に守ったのです。そうですよねぇ?」
「はぁ……?」
要領を得ない様子で平塚老人は訊ね返す。
「だってそうでしょう。本来の彼なら、師範代である下田殿に腕で劣るのです。けれど、先に下した私に恥をかかせまいと実力以上を発揮して勝利を収めたのですから」
「それは……そうですな」
言いよどむようなのは、下田を気にしての事だろう。
「こんなたいした人物を門下生として抱えているとは、やはりこの道場は他とは格が違うという事ですな。
いや、まったく素晴しい。
また角樫殿と見えた時には、礼を申し上げなければなりませんね。
影閃平塚流道場は実に素晴しい道場だった。
そんな道場を紹介いただいて嬉しい限りだ、と」
言うと、今まで要領を得ない様子だった平塚老人の表情が輝いた。
今までの言いよどむような口調から一転し、嬉しそうに語りだす。
「ええ、まったくその通りですな。よくやったぞ、夏木」
「は、はい。ありがたく」
夏木さんは頭を下げた。
家老よりもお殿様の方が格は上だ。
そんな相手にその名前を売れる機会があれば、食いついてくると思っていた。
少しわざとらしかったが、その思惑は上手くいったようだ。
まぁ、これで何とかなったかな?
夏木さんが勝って門下生達のガス抜きも多少はできただろうし、夏木さんが道場に逆らって罰される事はないはずだ。
ただ、下田だけは最後まで憎々しい目で夏木さんを見ていた。
それが少し、気になった。
夏木家。
囲炉裏で鍋料理を囲んでいる時の事。
「今日は申し訳ありませんでした。お手間をおかけしてしまったようで」
夏木さんはそう言って頭を下げた。
「いえ、あの門下生達の気持ちもわかりますからね。それより、よく私の言う事を聞いていただけましたね」
あの勝負、私の「必ず優勝してください」という言葉を無視する事もできたはずなのだ。
私の思惑を察し、なおかつそれを信じてくれなければあのようにならなかった。
「それがしもまた、内に溜め込むものはあの門人達と変わりませぬ。時には思うまま剣を振るい、勝ちを収めたいと思う気持ちはありましたゆえ」
鬱憤を溜め込んでいたのは、門下生達だけじゃなかったというわけだ。
「だから、正直に言えば少しすっきりと致しました。なので、改めて礼を言わせていただきます」
夏木さんはもう一度頭を下げた。
「お父、何か良い事あったんか?」
私の胡坐に座るすずめちゃんが訊ねる。
「おお。びてんふえるとさんのおかげでな」
「そうなんか。よくわからんけど、ありがとな鬼の姉ちゃん」
すずめちゃんも嬉しそうにお礼の言葉をくれた。
夕食をご馳走になり、その帰り道。
途中まで、夏木さんが私と斎藤さんを送ってくれる事になった。
「それがしは元々、町人でしてな。
どうしても武士になりたく思い、家を出たのです。
町の道場に通い、腕を磨いてなんとか剣士と呼べる実力を持つ事ができたのですが……。
いざ、仕官しようにも、話が尽く潰れてしまいましてな。
運がなかったと申しましょうか……。
それでも何とか剣にしがみつこうと足掻き、気付けばあの道場で詐欺紛いの行いに加担しておりました」
「そうなんですか」
「思うままにいかない人生に、少し前までは焦りを覚えておりましたがね。今は、それほどでもないのですよ」
「何故ですか?」
「前に、倅の話をしましたね。その倅から、便りがありましてね。山内藩で用人として奉公しているとの事です。……倅は、武士になったのですよ」
そういう夏木さんの顔は嬉しそうだった。
「あれはそれがしの果たせなかった夢をそれがしに代わって叶えてくれたのです。だから、それがしは、とても満足しているのです」
きっとその言葉に、嘘は無いのだろう。
「それがしはそんな倅の事を誇りに思っております。まぁ、あれはそれがしを嫌っておりましたゆえ、直に言えば怒られてしまうでしょうが」
そう言って苦笑する。
「どうでしょうね。私は多分、父上にそう言われると嬉しいと思いますけれど」
「そうでしょうか? だと、いいのでございますが……」
夏木さんが立ち止まる。
「では、見送りはここまでにしておきましょうか」
「はい。ありがとうございます」
礼を言うと、夏木さんは背を向けた。
来た道を戻っていく。
その背を見送って、私も踵を返した。
帰り道を歩く。
「夏木さんは、これからもずっとあの道場に囚われたまま、か。ままならない事だね……」
私は思わず呟いていた。
今日はたまたま、そういう機会があった。
けれどこれから先、こんな機会はもう巡ってこないだろう。
だから彼はこれからずっと、また鬱屈とした日々を送るわけだ。
彼だけでなく、他の門下生達も……。
「その事ですが……」
呟きが聞こえたのだろう。
斉藤さんが言葉を返した。
「あの夏木源八という男を我が家の用人として召抱えたいと思っています」
それって、スカウトしたいって意味?
「え、斉藤さんが?」
「はい。彼だけでなく、あの門人達も相応しい場所へ紹介するつもりです」
「大丈夫なんですか? あの道場には、家老の下田がついてるのに」
嫌がらせとかされないだろうか。
それが心配である。
「ご心配なく。我が家の家格もそれなりに高いので。少なくとも、下田に無条件で屈するような家ではございません」
「そうなんですか」
やっぱり、斉藤さんは結構偉い人なのかもしれない。
でも……。
私の表情が自然と笑みを作る。
これで、夏木さんはあの牢獄みたいな道場から出られるんだ。
それは素直に嬉しい事だ。
「ありがとうございます。斉藤さん」
「拙者はただ、あれほどの人材をあそこで腐らせる事がもったいないと思っただけです」
本当にそうですか?
実はツンデレなんじゃないですか?
私の嫁みたいに!
その翌日。
私達は道場へ足を運んだ。
けれど、夏木さんは休んだらしく道場に来ていなかった。
彼がいない道場にいても仕方が無いので、早めに切り上げて夏木家へ向かった。
夏木さんには、早く斉藤さんの申し出を伝えたかった。
だから、夏木家へ向かう足は知らず軽くなっていた。
「夏木さん、どんな顔をするでしょうね?」
「さぁ……。もしかしたら、余計な事と言われるかもしれませんよ」
「そんな事はないですよ」
きっと、喜んでくれる。
そして、私達は夏木さんの家へ辿り着いた。
「ん?」
「どうしました?」
「少し、静か過ぎませんか?」
いつもならすずめちゃんの声や動き回る音で、もっと騒がしいはずだ。
それが一切聞こえなかった。
私は玄関を開けて中へ入る。
同時に、酷い臭いが鼻を衝いた。
私は急いで土間から靴を脱いで上がり、そして畳の部屋へ通じる障子を開けた。
「え……?」
その瞬間、私は思わず声を漏らしていた。
寄り一層強くなる臭い、そして、畳の部屋に転がる二つの死体。
死体は、夏木さんとお花さんだった。
「何、これ?」




