十八話 予定外だらけの初戦
勅を受けてから数日。
出撃する軍の編成が済むと、同僚や部下との面通しをする暇もなく戦地へ送られる事となった。
編成された私の部隊には、副官として董錬がつけられた。
正直、見知った顔がいてくれて少しホッとする。
行き先も道もいまいちわかっていない。
彼の案内は必須となるだろう。
今はまだ、都を出たばかりで周囲に多くの武官達がいる。
敵の勢力は各地に分散され、各々が都を目指しているそうなのでどこかでこの集団も分散する事になるだろう。
そんな武官達を私は馬上から眺めていた。
無論、私を背に乗せているのは黒旋風である。
黒旋風が周囲を威嚇しまくっているためか、周囲の武官達からは注目されつつ遠巻きにされていた。
好奇の視線に晒される中、私も武官達の顔を眺めていく。
すると、その中に他とは少し質の異なる者を見つけた。
視線の主は、この場に似つかわしくない女性だった。
顔には化粧を施しており、鎧姿であるのにどこか洒落ている。
その視線も涼しげで、私を見る目に一切の驚きがなかった。
私の視線に気付くと、彼女は笑みを作った。
なんか面映い……。
見ているだけで頬が熱くなる。
ああいう武官もいるのか。
やがて、彼女は視線を外した。
しかしまぁ、どうしてこうなるかな?
今の朱雀王朝を見れば、戦いを手段としなくてもいずれは衰退したはずだ。
その間に力を蓄えていれば、まったく戦わないという事はなかったとしても、戦闘の規模は小さく出来た。
漢宝はそれがわからないボンクラじゃないと思うんだけどな。
どうしてイレギュラーは発生するんだろう……。
初めての戦闘があったのは、行軍の途中だった。
幸いだったのは、部隊が分散する前に接敵する事となった事。
圧倒的に数の有利がある状況で戦いになった事だ。
互いの軍勢が、平原を挟んで向かい合った。
こちらの規模を把握していないので正確な戦力差はわからないが、敵の数はこちらの五分の一にも満たないものだった。
こちらも偉そうに言えないが、武装も貧弱である。
負けようがない。
しかし私は戦況がよくわかっていなかった。
だから、これが予定通りの戦闘なのかとも思ったが、他の武官達の戸惑い様を見ればそうでもないようだった。
こんな相手に浮き足立つ姿は、小さくない不安を覚えさせる。
物量で一揉みにしてしまえば、この戦力差なら絶対に勝てるのに……。
どうしよう。
私が突っ込んで他の武官を促してみるか……。
「董錬。私達の部隊だけで突撃を仕掛けますよ」
私は上官として、硬質的な態度で董錬に接する。
「……! わかりました」
少しの戸惑いを感じたが、董錬は返事をした。
「待て」
しかし、それを制する声があった。
それは武官の一人である。
口元に髭を蓄えた大柄な男である。
見るからに猛将という風体だ。
おお、強そう。
「貴様のような得体の知れぬ女に任せてはおけん。ここに留まり見ておれ」
私に強い眼差しを向けて言い放つと、武官は部下に突撃する旨を伝えた。
「このような相手、手柄にもならんが……。景気づけには丁度よいだろう」
言うと、部下を率いて敵陣へ突撃する。
それから三分後。
半数の兵士を失って、命からがらに逃げ惑う武官の姿があった。
おいおい……。
周囲を見れば、景気づけどころか士気がだだ下がりである。
明らかに他の武官達が気後れしている。
そんな中、先ほどの女武官だけ大笑していた。
笑ってる場合?
そんな彼女を董錬が顔を顰めて見ている。
その顔をこちらに向きなおさせた。
「いかがしましょう?」
問いかけてくる。
「まだ生きてる。見捨てるわけにはいかない」
これ以上ないほどに格好悪いが、それでもあの武官が戦端を開いてくれたおかげで敵の動きがなんとなくわかった。
思っていたよりも統率が取れているし、こちらの陣営よりも士気が高い。
兵士一人ひとりの質が高く、そのくせお互いに連携をとっていて隙がない。
軽く向かって蹴散らそうなんて考えでは、返り討ちに合うだろう。
今は人命優先。
一当てして、あの武官を救出する。
その後、戦線から一時離脱だ。
私の戦果を見極めて、そこで部隊を動かしてくれる人がいればいいのだが……。
無理だろうなぁ、と他の武官達を見ながら思う。
とりあえず行こうか。
この間も、あの武官は大ピンチだ。
「突撃をかける。その後、彼を助けて離脱する」
「わかりました」
「先頭は私だ。ついてこい」
黒旋風を走らせる。
それに後ろの部隊が続く。
と、そのまま少しずつ、しかし確実に黒旋風が加速し始めた。
ぐんぐんと速度が上がる。
意図していない事だ。
ま、待って……。
うちの部隊、私と董錬以外歩兵だからそんなに早く走られると分断されちゃう。
手綱を引いて無理やり速度を落とそうとするが、それを無視して黒旋風は最高速度で駆け始めた。
黒旋風を御そうと悪戦苦闘している間に、敵部隊が眼前に迫る。
オイオイオイ!
死ぬわワタシ!
仕方ない。
覚悟を決め、黒旋風の腹に提げていた棍棒を手に取る。
左手に手綱、右手に棍棒を持った状態で敵陣に突っ込んだ。
黒旋風は大きく跳び上がり、着地点にいた敵兵を踏み潰した。
うわ……。
突然のグロい光景にひいていると、黒旋風は次々と周囲の敵兵を馬蹄にかけていった。
うわ、うわ、うわ……。
突然乱入したでかい馬に戸惑っていた敵兵だったが、次第に落ち着きを取り戻してこちらを標的に攻撃を仕掛けてきた。
どうやら敵は連携に力を入れているようで、一斉に槍で突きこんでくる。
これはまずいかと思ったが……。
思った時に、黒旋風が全身から炎を吹き出して周囲を焼き払った。
「ああああぁーーーーっ!」
青い炎に包まれて、周囲の敵兵が悲鳴を上げながら倒れていく。
ど、どうしたぁ(ひき気味)。
しかし、その炎の爆心地であるはずの私には、炎の影響が一切ない。
熱すらも感じない。
黒旋風の炎は、どうやら燃やしたいものだけを燃やせるらしい。
その燃やす対象に私が入っていなかったという事は……。
なんだかんだで、こいつも私を仲間だと思ってくれているのかな?
何て思っている内に、黒旋風は敵陣を蹂躙するように走り回った。
走り回るついでに、軽く殺戮が行われる。
その間、私は生き残る事だけを念頭に置いて、棍棒を振るう。
相手の攻撃を防ぎつつ、迎撃する。
「やあやあ、我こそは――」
そんな折、前方から他の兵士とは違う立派な武装をした兵士が、馬に乗ってこちらに迫ってきた。
何やら名乗りを上げている、が……。
私が相手の攻撃に備えて棍棒を構えていると、黒旋風がその兵士の首に噛み付いた。
噛み付いて、相手を宙吊りにしたまま走る。
その間に兵士が青い炎によって体を焼かれた。
「ぐあああああああっ!」
「うあああああああっ!」
悲鳴を上げながら燃え盛る兵士を見て、私もまた驚いて悲鳴を上げる。
「なんて奴だ!」
「魔王だ!」
「ひぃぃぃぃっ!」
周囲から怯える敵兵士達の声が聞こえる。
その戦場は敵と私の絶叫に埋め尽くされた。
黒旋風の向かうままに走らせていたら、いつの間にか味方の兵士が突撃を仕掛けていた。
戦況について私は戦場の只中にいたので詳しく把握していないが、どうやらその突撃によって少しの拮抗を経て敵兵が押され始めたようだ。
そして、最終的には敗走したのだという。
逃げる劉の兵士を追撃する者も少なくなかったが、私は追わずに陣へ帰った。
私が自陣に戻ると、遠巻きながらも味方の兵士から注目を浴びた。
「見ろ。あの馬を。燃えておるぞ……」
「その焔に昇る陽炎で姿が見えぬ」
「なんという威容……。八尺はあるのではないか?」
そんなにでかくないよ。
と漏れ聞こえる味方の声に心の中で返した。
私が助けに向かった武官はしっかりと逃げる事ができたらしい。
帰ってくると、彼は私の元にやってきた。
「すまなかった。……ありがとう」
ばつが悪そうな顔をしていたが、しっかりと礼を言ってくれた。
「仲間でしょ」
「! ……ああ」
髭面武官のなんとも人懐っこい笑顔を受け、笑みを返してからその場を離れた。
……正直、ちょっと可愛いと思いました。
横に馬を併走させる董錬に声をかける。
「すまない。それどころじゃなかったから、兵士の指揮を任せる事になってしまった」
戦場で必死こいて黒旋風を御そうと悪戦苦闘していた私には、後ろから来る自軍歩兵を顧みる事はできなかった。
当のこまったちゃんは暴れてすっきりしたのか、上機嫌でかっぽかっぽと闊歩している。
そんな戦場の混乱の中で様子をうかがった所、歩兵達について声をかけ続けている姿が見えたので彼が指揮を執ってくれていたのだろう事は想像に難くない。
彼がいてくれて助かった。
「致し方ない事でしょう。それ以上に、あなたの活躍によって兵の損耗が抑えられた事が喜ばしい」
「ならよかった。それにしても、いいタイミングに攻撃を仕掛けてくれた味方がいたようだ」
ここまであっさり勝てたのは、敵兵士の混乱を見逃さずに突撃を仕掛けた者の手柄だろう。
しかし、私の言葉に董錬は複雑な表情を作った。
おずおずと口を開く。
「……おそらく、それは私の愚妹でしょう」
そう言って董錬が視線を向けた先では、戦う前にも見かけた女性武官がいた。
彼女は今、涼しげな顔で戦いのあった場所を眺め続けていた。
「妹なの?」
「苞と申します」
ホウ……。
発音的に苞かな?
董苞か。
彼女を見ていると、私の視線に気付いたのかこちらに向いた。
笑みを作る。
実年齢がわからないが、顔立ちは幼く見える。
けれど、作る表情には強い色気があり、不均衡に思えた。
敵兵から見たクロエのイメージ。
クロ「大手門は通さぬもぉん!」




