閑話 クロエ講義録 総集編
「一見して力量を見極める事は、闘技者として必要な素養だ。どうしてかわかるか?」
私は師匠としての態度ですずめちゃんに講釈をぶった。
「……強いかどうかわかれば、戦うか逃げるかの判断ができるから?」
うん。
私が教えた、逃げる事を選択肢に入れるという考え方をしっかり理解している。
それだけでべたべたに褒めてあげたい。
しかし、今の私は厳しい鬼師匠。
ぐっとそれは我慢する。
「その通りだ。しかしこれは自分より強いか弱いかを量るだけでなく、相手が何をしてくるかを見極めるためでもある」
偉そうに言っておいて、実の所私はあまり相手の力量を見定める事が得意じゃない。
なので、威厳を保ったままちょっとだけ論点をずらした。
「簡単に言えば体つきを見て、発達した部位から相手を量る。筋肉の付き方を見れば、相手がどういう戦い方をするかわかる。相手より多く情報を得る事は有利だ」
「たとえば、どこを見ればいいんだ?」
たとえば……。
たとえば、そうね……。
うーん、考えてみれば意外と説明しにくいぞ!
「……単純に筋肉のついた場所は脅威になるという話でもあるのだが。強いかどうかは、足を見ればわかる」
「足?」
「体格の割に足が太い、とかだな」
体重が増えれば、それを支える足が比例して太くなるのは道理だ。
けれど、明らかに細身でありながら足が太いというのは道理に反する。
道理に反しているならば、何かしら道理に合う因果が存在するのだ。
見た目以上に体が重い、とか。
見た目以上に重いという事は鍛えられていて筋肉質であるという事か……。
もしくは、普段から重いものを持ち歩いている。
という理由が考えられる。
筋肉質な体は、細身に見えても体が重いものだ。
重いものに関しては、武器を携行しているという事が考えられる。
普通に力仕事を生業としている人の可能性も十分にあるが。
その場合は全体的に体が大きくなる。
という話をすずめちゃんに伝えた。
「なるほど」
「いい例として、アードラーがいる。ああ見えて踊り子特有の筋肉質な体つきをしているし、その体でステップを踏むから足も鍛えられてる。だから、全体的にスマートだけど体格のわりに少し足が太いし、お尻も大きい。いや、お尻が特に大きい」
アードラーは動きを軽やかに見せるために重心移動が巧みである。
彼女はこちらをすり抜けるような挙動を見せる事があるのだが、実際に体をすり抜ける事などありえない。
一時的に量子化しているという可能性も微レ存ではあるが……。
ともかく詳しい仕組みはわからないが、恐らくあれは見る相手に重心を錯覚させているからではないかと思う。
右足に重心をかけていると見せかけて左足に重心をかけているという具合に。
闘技者というものは、重心を見て相手の動きを予測する事が多い。
少なくとも私はそうだ。
だからその重心移動に騙されて、本来動けない方向へ動かれると動きを追えなくなる。
あの特殊ステップはそういう技術の極致なのだろう。
だが、本来ではありえない無茶な動きという物はそれだけ代償もある。
あの細い体から想像できないほどの負荷が、あの足にはかかっているはずだ。
そういう理由もあって足が発達しているのだろう。
「へぇ、そんな事思ってたのね」
と、イェラと散歩する一般通過アードラーが口を挟んでそのまま歩き去っていった。
「力量の高い人物の一例として、何より説の信憑性のために名前を挙げたのだが……。怒らせたと思う?」
ちょっと不安に思い、すずめちゃんに問いかけた。
「わからない。でも、謝った方がいいと思う」
「行ってくる。それまで自習」
「わかった」
「なぁなぁ、クロエさん」
「何? 黒旋風がおもちゃを放さない? だったら逆に――」
「いや、そんな事聞いてねぇ」
そうか。
でも、黒旋風におもちゃを盗られたら本当に帰って来なさそうだ。
「そうだな。それで、何が聞きたい?」
私が促すと、すずめちゃんは質問する。
「相手を一発で倒せる技とかないのか?」
「金的」
「それ以外で」
一番簡単だと思うけど。
「つまり必殺技みたいなものだな?」
問いかけるとすずめちゃんは頷いた。
「仕方ない。どうやら私の必殺技、シュワルツ・ランツェンレイターを伝授する時が来たようだな」
「らんつぇん……何?」
「本当に何?」
またもやイェラと散歩中のアードラーが口を挟む。
「初めて聞いたし、見た事もないんだけど……」
「シュワルツ・ランツェンレイター。相手は死ぬ」
魔術師には勝てないけど。
「イェラ、しってるよ! しゅわっつらんちぇんたったー!」
イェラが元気に手を上げて答える。
何で知ってるの?
私すら知らない必殺技を。
「そうか! さすがはイェラ!」
「さすが! ……しゃっちぇっちぇったったーってなに?」
さっき知ってるって言ったじゃねぇか。
「私も知らない」
私とイェラはニコッと笑いあった。
「結局、そんなものないのか?」
すずめちゃんが問いかける。
「正直に言えば、特定の技で一撃必倒はまず無理だ」
ブッパするだけで相手を倒せるような技には憧れるが、実際の戦いでそういうものはない。
「素手での戦いは地道なものだ。単純に言えば、相手の隙を見つけて的確にダメージを重ねていく以外にない。それを考えると、急所攻撃が一番それに近いだろう」
「つまり、金玉?」
「睾丸と言いなさい」
女の子はエレガントに。
間違っても金玉などという単語は口にしてはならないのだ。
「何もそこだけじゃなくて、攻撃されると激痛の走る場所は体にいくつもある。体の中心に多い。特に顔には集中している。だが、今のすずめでは狙えないだろう」
そうなると、金的が唯一現実的な手段となるわけだ。
あれは狙いやすい。
軽く蹴り上げるだけで大ダメージだ。
女性には効かないが、そもそも女性の闘技者というものは少ないはずだ。
この旅で出会った女性闘技者もそんなに……いや結構いるな。
「あとは、武器を携行するぐらいかな」
「武器……」
武器の使い方を教えるのもいいかもしれない。
私はすずめちゃんに武器の扱いを教える事にした。
結果……。
「じゃあ、刀の使い方について教えていくわね」
アードラーに講義の時間を乗っ取られた。
残念ながら、私では武器の扱いを教えられなかったのだ。
正確には、すずめちゃんが扱いたがった武器を私が使いこなせなかっただけだが。
すずめちゃんは、刀を使いたいと言った。
刀は、すずめちゃんのお父さんが使っていた武器だ。
刀を託され、実際に使い方を教わった私が教えられない事は不甲斐ないが……。
すずめちゃんが望むなら教えてあげたい。
となれば、それが叶えられるのは実際に刀で戦果を上げているアードラーだけだ。
鉄塊みたいな大剣とかなら私も使えると思うんだけどね。
「まず、刀を抜く時は腕だけでなく腰を同時に引くようにするの」
アードラーは説明しながら実際にやってみせる。
簡単にするりと抜けた。
この辺りは私が夏木さんから教わったもので、アードラーに私が教えた事でもある。
ただ、私自身は体格の差もあって、あまり刀を抜く事に不自由した事がない。
技術は知っていても、実感した事はなかった。
けれど、小柄なアードラーは十分に実感した技術なのだろう。
無駄の無い動作で難なく刀を抜いてみせる。
その所作は綺麗だ。
そう思いながら講義を聴いていると、実際に斬る段に入った。
「刀を使う上で大事な事は二つあるわ。一つは力まない事。特にこの剣なら重みだけでだいたいのものを斬る事ができるわ。名剣なのでしょうね」
そんな業物も私が使うと鈍器と化す……。
「質問いい?」
私は手を上げて言う。
「はい。どうぞ」
「刀は切れ味が特徴的な武器なんだと思うけど。使い続ければその切れ味も鈍るよね。その時はどうするの?」
刀で相手を斬れば、血や油がついて切れ味はどうしても鈍るはずだ。
戦場で使い続ければ、それは避けられない事だろう。
「それを語るには、刀を使う上で大事なもう一つの事を話さなくちゃならないわね」
「大事な事とは?」
「まっすぐに振る事よ。一切のブレがなく、込めた力が刃の一線へ集中するようにね」
言いながら、アードラーは縦に刀を振るった。
「力むよりもこのブレを無くす事の方が重要よ。少しでもブレれば滑って逸れる事もあるけれど、まっすぐに斬り込めば血油はむしろ助けとなるの。的確に振れれば、骨すら断つ」
次に横一文字に刀が振るわれる。
「そういう武器よ、この刀は」
表情を緩め、アードラーはすずめちゃんに笑いかけた。




