十二話 剣VS拳
私達が駆けつけると、そこでは前田藩の侍達に囲まれる浪人者の姿があった。
彼は放つ抜き身の刀を手に持ち、その足元には斬られた侍の体が横たわっている。
侍達の斬られ様は、特に外傷の見られないものもあったり、首を落とされていたり、胴が真っ二つにされてしまった物もある。
だが、それらは一様にしておびただしい血溜まりを地面に作っていた。
侍達を斬ったであろう刀は自らに血の筋を這わせ、なお妖しく輝いていた。
闇の中ですら輝いているように見える白い刀身に、薄っすらと美しい波紋が浮き出ている。
だからこそ、赤黒い血の筋がより一層禍々しく見えた。
斉藤さんが言う通り、妖刀という言葉がぴったりだ。
「豊口?」
「豊口一伝斎なる刀鍛冶が打ったとされる刀の総称です。一伝斎は究極の人斬り包丁を完成させるために生涯をかけて刀を打ち続けた人物。打たれた刀はその執念からか人を操る力を持ったという」
「だから、妖刀?」
「はい。それを手にした者は刀に魅せられ、無性に人を斬りたくなるとか……」
なるほどね。
前世で言う所の村正みたいなものか?
じゃあ、あの浪人も刀に操られてしまったという事かな。
「ぜやあぁ!」
侍の一人が血気に逸って浪人へ斬りかかった。
浪人はふらりとした足取りながらもそれをかわし、無造作に刀を振るう。
横薙ぎに叩きつけるような動作だ。
あれでは斬れない。
そう思った。
が……。
浪人の振るった一撃は、防ごうとした侍の刀を両断し、そのまま侍の首を切り落とした。
しかしそれだけに留まらず、侍の横にあった岩の天辺すらも切り落とした。
凄まじい切れ味だ。
あれが、妖刀か……。
……見るだけではわからないが、もしかしたら魔力が宿っているのかもしれない。
でなければ、あの切れ味も人を操るという特性も説明がつかない。
あれが魔術具である可能性は十分にあった。
「さぁ、次は誰だぁ?」
浪人は笑みを浮かべて言葉を発する。
次の相手を求める様に、視線を巡らせた。
ちらりと合った目は、焦点が合っていない。
「さぁ、血を流せ……。赤いのいっぱい見せろ。もっと見せろ。さぁ来いよ、咲かせてやるからよぉ」
などと、容疑者は意味不明な供述を繰り返しており、大変興奮している様子である。
「俺に斬れないものなんて、何も無いんだからよぉ」
「斬れるだけでしょ?」
私は浪人に向けて声を発した。
浪人が私を見る。
「あん?」
「斬れるだけでしょ? って言ったの」
私は斉藤さんに目配せする。
ここは任せてくれ、という合図だ。
斉藤さんは一度頷いて、手振りで他の侍達に指示を出した。
侍達が一歩引く。
私はそんな中、一歩前へ踏み出した。
斉藤さんは刀に手をかけたまま、いつでも踏み込めるように待機している。
今回は、危なくなったら助けてくれるつもりらしい。
今回の事は、多分私を見極める一環なのだろうと思う。
私の力量を正しく量ろうとしているのかもしれない。
だから、今回の捕物の手伝いを要請した。
ならば、量ってもらおうじゃないか。
クロエ・ビッテンフェルトの力量を。
「刀も岩も容易く斬れる。それはすごいよ。でもさぁ、そんな事ぐらいなら私だってできる」
手に魔力をまとわせれば、私も手刀で同じような事ができる。
でも、私にできる事はそれだけじゃない。
「私は斬るどころか岩を砕く事だってできる。でもそっちにできるのは斬る事だけ。そうでしょう? なら、どっちが上かは明白だ」
薄ら笑いを浮かべていた浪人の顔が、ゆっくりと怒りに染まっていった。
明確な敵意を形にしたような憤怒の形相だ。
「てめぇ! ぶっ殺してやる!」
浪人は叫ぶと、刀を振りかぶって私に向かい駆けてくる。
袈裟懸けに振られた刀を一歩引いてギリギリでかわす。
地面を叩く刀。
軽いハイキックを浪人の側頭部へ直撃させる。
「ぽっ」
変な悲鳴を上げて、浪人はふらふらと一歩後退する。
「ほらほらどうした?」
私はそんな浪人を煽るようにして挑発する。
浪人の形相がさらに怒りを深める。
「があああああぁっ!」
叫びとも雄叫びともつかない声を上げて、再度刀を振り上げて迫ってきた。
剣の戦いというのは、拳の闘いとは違う。
示現流などの例外はあるが、互いに一撃必殺を用いるため如何に斬られず斬るかが主眼となる。
拳では、威力でもリーチでも負けている。
だから不利なのだ。
ただ、この相手に限って言えば、私は負ける気がしなかった。
正直に言って、この浪人はパーペキ(パーフェクト&完璧)にたいした事がない。
刀の切れ味は鋭く、不自然な動作でも人を殺傷できる事は脅威かもしれない。
だけど、それだけだ。
上段から斬り下ろされる刀。
その刀を持つ手、その手首を掴んで止める。
「なぁ!?」
刀が凄くても、振るう人間を止めてしまえばもう何もできやしないのだ。
手首を左手で掴んだまま、浪人の顔を思い切り殴りつける。
一瞬にして、浪人の身体から力が抜ける。
意識を絶ったのだ。
無力化成功、と。
そう思った次の瞬間。
浪人の手から刀が離れ、私の頭を斬りつけるかのように落ちてきた。
咄嗟に浪人から手を放し、左手の手刀で弾く。
刀が宙を舞う。
左手に痛みが走った。
刀を弾いた時に斬れてしまったようだ。
それもざっくりといっている。
手の平の半ば辺りまで、刃は到達したようだ。
ただ落ちてきただけの威力ではなかった。
何物が振り下ろしたかのような重い一撃だった。
なるほどね。
あんたはまだ、やる気があるってわけだ。
左手を白色で癒しながら、夜空を舞う刀を目で追う。
刀が落ちてくる場所へ走った。
そこは、さっき刀が斬りつけた岩の上だ。
岩に落ちて弾み、こちらに刃を向ける刀。
その刀に向けて、私は魔力と筋力を総動員して拳を固めた。
「おおおおぉっ!」
気合を込めて、刀の腹を狙って拳を放った。
その瞬間、刀の刃が不自然に向きを変えた。
拳の方を向く。
このままでは、刃と拳がかち合ってしまうだろう。
だが、私は拳を止めなかった。
さらに加速させ、そのまま刃に向けて渾身の拳を打ち抜いた。
刃が、拳に食い込む。
指と手の甲、骨の間に刃が侵入する。
そして……。
私の拳が、刀ごと背後の岩を打ち砕いた。
刀身が根元でポッキリと折れ、岩が粉々に砕けて川へばらばらと落ちていった。
刀もまた、そのまま川へ落ちていく。
「ほらね。やっぱり私の方が強い」
刀の落ちた波紋に向けて、私は勝ち誇った。
とはいえ、私も右拳に傷を負ってしまった。
自分の持てる全ての力を動員して固めたのだけど、それでも刃を完全に食い止める事はできなかった。
やっぱり、あの刀はすごいんだな。
人の意思を操り、殺人鬼に変えてしまう妖刀、か……。
それは黒色に近い力なのかもしれないな。
「捕縛しろ!」
斉藤さんが声を上げる。
それに従い、侍達が気を失った浪人を縛にかけた。
斉藤さんは侍達に指示を出す。
侍達がそれに従う所を見ると、斉藤さんはもしかしたら結構地位のある人なんだろうか?
指示を出し終わると、斉藤さんは私に向き直る。
「此度はありがとうございました。あなたのおかげで、被害を必要最低限に抑える事ができました」
「いえ、こっちもいい暇つぶしになりました」
「そうですか」
そうして辻斬り事件は無事に解決した。
かに思えた。
しかし、まだ事件は終らなかったのである。
川に落ちた妖刀豊口が見つからなかったのだ。
斎藤さんの話では、翌日に川をさらってみたが見つからなかったのだという。
「もしかしたら、また誰かに拾われたのかもしれませぬ」
「それは、かなり厄介なのでは無いですか?」
折れているとはいえ、刃の部分はそのまま残っているのだ。
人が拾ったとなれば、また同じく辻斬りが起きる可能性は多分にあった。
事件はまだ終わっていない。
そんな予感を覚えつつ、それから三日ほど経った頃。
屋敷に来訪者があった。
その来訪者は、屈強な身体つきの若い男だった。
来訪者は私に用があり、何か渡したいとの事である。
斉藤さんに立ち会ってもらい、私はその男と会った。
「それで、私に何の御用でしょう」
訊ねると、男は胸元から布に包まれた物を取り出し、丁寧に開いていった。
そうして現れたのは、鞘に収まった一振りの刀。
太刀にしては短い。
脇差という物だ。
「これをあなたに」
「私に?」
聞き返すと男は頷いた。
「私は、刀鍛冶をしている者でございます。先日、夜遅くに何者かの声に起こされまして、声に導かれるまま仕事場へ向かうと、折れて刀身だけになった刀が落ちておりました。根元よりぽっきりと折れてしまっておりましたが、それは一目で見惚れてしまうほどの大層な業物でした」
「それは……」
思い当たる物が一つある。
それもかなりタイムリーな物である。
「はい。それがこの刀です。
私はそれを手に取った時、無性に打ち直したくなりまして。
こうして脇差として拵え直しました。
一晩中打ち、疲れて眠った所にまた声が聞こえ。
それによれば、この刀は妖刀豊口が一振り「白狐」であるとの事。
その上、あなた様に自分を届けるようにと声は告げました。
だから、こちらにお持ちした次第です」
やっぱり、あの時の妖刀か……。
何で私の所に?
今度は私を操りにでも来た?
「これは鍛冶師としての勘なのですが、この刀はあなたに使ってもらいたがっているように感じられます」
「そうなの?」
「はい」
私は脇差に手を伸ばした。
手に取り、鞘から抜く。
確かに、あの時の刀だ。
血のついていないこの刀は、ただの綺麗な刀にしか見えない。
「びてんふえると殿!」
斉藤さんが強い口調で呼び掛ける。
「大丈夫です。これは恐らく、魔術具。この国で言う所の陰陽道の力を秘めた物でしょう。魔力を扱える私には、通用しません」
心配ない、とばかりに笑いかける。
「それに、自分の拳よりも劣る物に心を奪われたりなどしませんよ」
斉藤さんは険しい顔をしていたが、その緊張を解いた。
「斉藤さん。これ、貰ってもいいですか?」
「私の一存ではなんとも言えませぬ。しかし、その刀はあなたに任せるのがいいかもしれませぬな」
後日、「白狐」は正式に私の物となった。
ようやく、豪傑らしい事をした気がしますね。




