表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
朱雀国編
129/145

十二話 襲撃

 こちらが片付いたので董錬達の方を見ると、そちらもあらかた片付こうとしていた。

 最後の一人が、黒旋風の後ろ足に蹴り飛ばされていた。


 防御できず、まともに胸を蹴られていた。

 あれは下手をすれば胸骨と内臓が大変な事になっているな。


「董錬殿。そのままでは死にかねない。白色を」

「白色?」


 董錬は困惑して聞き返す。


 そうか。

 雪風を介して伝えれば意味が伝わるけれど、言葉で言っても伝わらないのか。

 この国で白色は何と言うのだろう。


「回復のための功を施してください」

「治癒功の事ですか」


 白色は治癒功というのか。

 憶えた。


 董錬が白色をかけている間に、私も意識を保ったままの一人へ目を向けた。

 私が関節を外した女性だ。


 その相手が口から血を流していた。

 彼女の傍らには、小さな肉片が落ちている。


「!」


 舌を噛み切ったか!


 私は急いで口を開けさせる。

 がっちりと閉じられた歯を人差し指と親指で捻るようにしてこじ開ける。


 噛み切られた舌は丸まり、喉の奥に詰まっていた。

 舌を噛み切った際の死因は、舌が気管を塞ぐ事によって起こる窒息死だ。


 私は彼女の口へ指を突っ込み、巻き込まれた舌を強引に口へ戻した。


「かはっ」


 これからどうすればいいのか……。

 一応、舌を戻したら自発呼吸を始めた。

 でも、このまま手を離せば舌は再び気管を塞ぐだろう。


 白色で治るのか、と考えた時、ふと思いつく。

 彼女の近くに落ちていた肉片。

 これは紛れも無く彼女の噛み千切られた舌だ。


 それを魔法で出した水で洗い、舌の傷口にくっつけて白色をかける。

 傷跡は残ったが、千切れた舌は元通りに戻った。


 さらに、また自殺を図らないよう手を突っ込んだままにしておく。

 彼女の意思を宿した瞳が私を睨んだ。


 意識はしっかりあるようだ。


「自害しようとしたのだからわかっているだろう。私はお前達から情報をいただくつもりだ」


 まだ尋問もされていないのに、自害しようとした彼女の判断の早さには恐れ入る。

 どうあっても情報は渡さないという覚悟を感じた。


 そんな彼女から、私が情報を引き出せるのか甚だ疑問である。

 できるとすれば、自分を精一杯に恐ろしい存在だと認識させ、脅しをかけるぐらいだ。

 私はなるだけ畏怖を覚えさせる口調で言葉をかけていく。


「お前は何が恐ろしい? 何をすれば快く話してくれる? 早々に命を絶とうとしたのは、苦痛に屈する自分を不安に思うからか? なら、体から削げる物を全て削ぐ事は有効か?」


 私は言いながら、彼女の乳房を掴んだ。

 彼女は確かな怯えを表情に滲ませながらも、まだ気丈さを失わなかった。


「刃物を使わず、手だけで削いでいくのも面白い。手始めに引きちぎってみるか。何、お前が痛みで死んでも代わりはいる」


 そう言って、軽く他の襲撃者達を見やった。

 その時だった。

 今まで以上に、彼女は怯えた様子を見せる。


 そう、仲間が大事か……。


「それが恐ろしいか」


 私は、彼女の口に咥えさせた手を抜く。


「死んでもいいぞ。訊ける相手はまだまだいるからな」

「……好きにしろ。私が屈しないように、仲間も決して屈しはしないぞ」


 強気な態度と言葉。

 しかし、そう自分に言い聞かせているようにも感じられた。


 その態度から、ますます彼女が仲間の安否を気にしている事がうかがい知れる。

 それでも話そうとはしない。


 ここまでか。


 私は女の首に腕を回し、締め上げた。


「く……あ……」


 抵抗に足掻いていた手足の強張りが、ある時を境に緩む。

 意識を失ったのだ。


「董錬殿。行きましょう」

「彼らは?」

「放っておきましょう」

「よろしいのですか?」

「手に余りますからね」


 正直な話、拷問などやりたくないというのもある。

 けど、ここは敵地だ。

 じっくりと話を訊く余裕はないし、皆が皆この女のように覚悟を決めているならば尋問には時間がかかるというのも事実だ。


 命をかけるだけの情報を握っているようではあるが、どういったものかわからない。


 彼女を情報源として都に連れ帰る事も選択肢にあるが、何を知っているか定かでない相手では心許ない。

 情報を得る事が私の役目だというのなら、もっと確実に何かを知っている者でないといけないだろう。


 なに、これからも情報を持った相手が向こうからやってくる。

 焦る事はない。


「わかりました」


 私の判断をどう思っているのか、その鉄面の如き表情からはうかがい知れない。

 しかし、どうやら董錬は私を暫定的な上司として仰ぎ、行動するつもりのようだった。




 その後、私達は一度町を出て野宿した。

 どこまで相手の手が伸びているかわからなかったからである。


 襲撃などではなく、食べ物に毒を仕込まれるような害され方をすると大変厄介だ。


 なので、滞在の間は寝床や食料を野山へ求める事とした。


 夜を明かし、再び町へ戻った私達は官庁へ赴いた。

 官吏が殺されたと思しき場所である。


「董錬殿。少しお待ちを」


 中へ入ろうとする彼を私は引きとめた。


 万能ソナーによって建物内の様子を探る。

 不快な感触だろうに、董錬は眉を軽く動かす程度だった。


 中には誰もいないようである。


 その事を伝え、私達は改めて官庁へ入った。


 手分けした方が早いが、襲撃を警戒して二人まとまって行動する。

 目に付く部屋を片っ端から見て、一つの部屋で乾いた血痕の残る部屋を見つけた。

 範囲の広いそれを見れば、多くの出血があったとわかる。


「ここで死んでいたか……」


 ここで殺されたなら、仕事中か。

 他に目立った血の跡がないという事は、白昼に彼だけが殺された。

 つまり、暗殺されたんだ。


 この地を管理している人間がいる事を農夫が言っていたが、この建物自体に人がいないという事はここにいたであろう他の役人がそれを担っているわけではない。


 この地の政治の中枢は別の場所へ移っている。


 他の役人はどうなったのだろう?

 今の統治者に取り込まれたか、もしくは殺されたか……。


 それ以上の事はわからないか。

 わからないなら、長く留まる事も無い。


 そう思った時だった。

 部屋の窓から、一本の矢が飛来する。


 それは私を直接狙い撃つものではなかったが、矢の先には燃えるボロ布が結ばれていた。

 ほどなくして、次々と窓から矢が射込まれる。


「これは……」


 表情を険しくし、董錬は呟く。


「火攻めのようで」


 私が答えると、窓から小さな瓶が投げ込まれた。

 それが床に落ちて割れると、琥珀色の液体が飛び散った。

 その液体に触れ、炎がその上を走る。


 それを最後に火攻めが終わると、窓に板のような物が立てかけられた。

 窓が外から塞がれる。


「出口へ」


 董錬の言葉に頷いて出口へ駆けて行くと、すでにそこにも火の手は上がっていた。

 炎の燃え広がり方が他よりも早いのは、ここを真っ先に燃やしたからだろう。


 殺しに来てるなぁ……。

 ともすれば、他の出入り口も同じか。

 そう思いながら他の部屋を駆け巡ったが、全ての部屋が炎に包まれ、窓は塞がれていた。


 董錬は慌てた様子こそないが、少し焦っているように見える。

 魔法で水を出す事もできるのだが……。

 私の魔力で全部消せるかなぁ?


 建物の外は間違いなく敵に囲まれているだろう。

 その数がわからない以上、できる限り魔力は温存したい。


「私達が最初にいた部屋へ向かいます。恐らく、そこが最後に火矢を撃ち込まれた場所でしょう。なら、一番火の手が遅い」

「どうするつもりですか?」

「道がないなら、作ればいいのです」


 私達は官吏の死んだ部屋へ戻る。


 よかった。

 窓側の壁には火がまだ行っていない。


 私はその壁へ触れる。

 カルダニアの城壁のように、魔力が通っているという事はない。


 なら、できるな。


 触れた手を拳に変え、魔力を流す。


 魔拳!


 魔力の波紋を伝え、波紋同士をぶつける事で生じる衝撃によって物体を破壊する。

 物を壊す事に特化した技だ。


 それも今回はその改良版。

 無数の波紋を発生させる事で、衝撃の発生数を増やしたもの。

 複数の箇所で一斉に生じた衝撃によって、壁が弾け飛ぶようにして崩れた。


「お見事です」

「どうも」


 董錬の称賛に応え、私達は外へ出た。


「たいした功だ。いや、今の威力はもはや勁に達しているかな」


 声がかかる。

 視線を向けると、鎧を着た男性が立っていた。

 背は私が小柄に見えるくらい高い。


 体つきから武人である事がうかがえるその男性は、いくつもの武器をそこかしこに装備していた。

 背中からは長物の柄が二本伸びている。


 短い髪は金色。

 顔は彫りが深く、欧州人に近い。


 そんな彼から周囲へ目を向けると、数十人の武装した人間が私達を取り囲んでいた。

 それも、この場へ駆けつける人間がまだいて、少しずつ増えている。

 建物を包囲していた人員が、壁の壊れた音を聞いて駆けつけているのだろう。


 武装した人間の鎧は意匠が統一されていて、さながら軍隊のようだ。


「私達は朝廷から派遣された者だ。それを害する事がどういう事かわかっているか?」


 私は誰にとも無く、声を張り上げる。

 しかし、誰も臆した様子はない。


 すると、金髪の男が答えた。


「お前達の国でなら、その言葉にも意味はあっただろう。だが、すでにここは俺達の国。朱雀朝の権力が及ぶと思うなよ」

「別の国? なら、ここはハンに占領された?」


 私が問いかけると、男は首を左右に振った。


「ここは俺達の国。劉だ」

「劉だと?」


 董錬が顔を顰めて呟いた。


「問答はもういいだろう。大人しくお縄についてもらう」


 私は周囲を見回し、構えを取った。


「切り抜けられるってか?」

「試してみようと思ってね」


 金髪の男はがはっと口を大きく開けて笑い、背中に見えていた柄を一本握って引き抜いた。

 それは何の変哲もない棍棒であった。


「生憎と、俺は武人じゃねぇ。一軍を率いる人間として、お前達の相手をさせてもらう。お前とまともに戦いたいとも思わないし、名も聞かん」

「そう」


 武装した多人数の兵士が相手、素手というのは不利かな。

 それは董錬も同じだ。

 二人とも、武装は馬に隠して積んである。

 取りにはいけない。

 官庁の厩舎に置いてきたけれど、あっちは大丈夫だろうか?


 手綱を繋ごうとしたら黒旋風が暴れたのでそのままにしてきた。

 なので、あっちはあっちで大暴れしているかもしれないな。


 さてと、どうしたものか……。

 ……ふむ、一つ試してみようか。


 私は腰に巻いた帯を解いた。

 不審そうにこちらを見る視線を前に、私は魔法で帯を濡らす。

 ぐるぐると振り回し、捻りハチマキのように捻っていく。


 棍棒よりも若干細いが、捻られた事で棒状になる。

 魔力を流し、強度を増す。

 地面に押し付けて力を加えると、さらに絞られて水分が少し地面に落ちた。


 私の体重を支えられる。

 申し分なさそうだ。


 軽く布製の棒を振り回し、構えを取り直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ