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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
朱雀国編
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四話 すずめちゃん育成計画

 すずめちゃんまで巻き込んで、こんな状況に陥るとは想定していなかった。

 カルダニアから帰るだけなら、どうにかなるだろう。

 私はそう思っていたから。


 けれど、事情はそれを許さなくなった。

 これから長い旅に連れ出す事になるかもしれないのだ。


 なら、本格的に身を守る術を修めておいた方がいいだろう。

 私はそう思って、すずめちゃんに本格的な稽古をつける事にした。


 しかし教えるにしても、どのように教えればいいのだろうか?


 今までも時折、稽古はつけていたが……。

 本格的にとなるとどうすればいいか?


 私の時はどうだったか思い出そうとしても、殺気を込めた拳で恐怖心を消された事ぐらいしか憶えていない。

 それほどあの体験は強烈だった。


 あとは……野山で一緒にサバイバルしていた事が楽しい記憶として残っている。

 あまりの辛さから、かつての地獄の特訓を楽しい記憶として改ざんしている可能性もあるが。


 しかしよくよく考えてみれば、すずめちゃんがそこまで強くなる必要もないのかもしれない。

 危険な時に身を守れればそれでいいなら、相手を打倒する力なんていらないだろう。


 だったら基本的な事を教えつつ、体格の大きな相手への対処法などを教えてやればそれでいいかもしれない。

 うん、悪くない考えだ。

 それでいこう。


 考えがまとまり、私は後宮に案内された翌日からすずめちゃんに稽古をつけ始めた。


「今日から本格的に稽古をつけていく」

「お、おう!」


 私が改まってそう宣言すると、少し気負った様子ですずめちゃんは返事をする。


 そうそれでいい。

 私も人へ教えるからには、心を鬼にして接するつもりだ。


「何故かと問うか?」

「問うてない」

「しかし語ろう。武は私が唯一教えられるものであり、なおかつこの世でもっとも必要とされる力だからだ」

「必要な力?」

「知恵者がどれだけ正論を述べようが、暴力によってその口を閉ざす事ができる。できてしまう。どの国の王もまた、必ず己や国を守るための武力を持った組織を擁している」


 軍隊はもちろん、治安維持を担う警察なども結局の所は暴力を担う集団だ。

 私の知る限り、この暴力を担う組織を持たずして成り立つ国はない。


 何よりも優れた力だ、とは思わないが引く手数多の必要な力ではある。

 対等な力を持っていないと、人は話し合う事すらできないのだ。


「だから、私は暴力を教えるのだ」

「わかった」


 すずめちゃんは小さく頷いた。


 ……夏木さんがすずめちゃんをどう育てたかったか。

 どのように生きて欲しかったのか……。

 それを考えると少しの躊躇いもあるが、これは致し方の無い事だ。


 そして教えるからには、私の持てる技術は全て伝えていこうと思う。


「これから私は師匠として接する。厳しくとも弱音は吐くでないぞ」

「おう!」

「返事は「はい」だ」

「はい!」

「ではまず、逃げ方を教える」

「お、おう?」


 私は深く頷いた。


 仮想的を大人にするならば、残念ながら今のすずめちゃんの体格で挑むのは無謀だ。

 なら、まっさきに教えるのは逃げ方である。

 一応戦い方も教えるが、戦うのは最後の手段だ。


 私が一番に教えたいのは、身を守る(すべ)なのだから。


「この世界にゃ、お前より年下で私より強いガキもいる。勝てそうに無い時は逃げるのが一番安全だ」

「……本当に、そんなやついるのか?」


 正直、少し無理があるとは思う。

 三歳以下の子供に負けたら、私もショック過ぎて泣くかもしれない。

 ぐるぐるパンチ不可避である。


「ともかく、逃げる事は大事だ」

「わかった」


 すずめちゃんは納得してくれる。


「なので、基礎体力をつける。駆け足でついてくるがよい!」

「お……はい!」


 私はすずめちゃんを先導するように走り、彼女はそれに続いた。


 この稽古の間、私は魔力を使わない事に決めた。

 それは魔力を持っていないすずめちゃんを鍛える方法を模索するためでもあったし、魔力を使えない自分がどの程度なのかという事も知りたかったからだ。


 そして実際に体を動かしてみると……。


 魔力のない状態は体が重く感じ、どれだけ自分がその恩恵に預かっていたのかがよくわかる。

 この状態に慣れてすずめちゃんを鍛えていたら、案外私自身もパワーアップしているかもしれない。


 身体が重い状態で動くのは修行の定番だね。

 ふふん。


 後宮の建物はその大半が渡り廊下で繋がっている。

 恐らくは、住まう人間が増えるたびに増築した結果だと思われる。


 そして、その周囲にはよく手入れのされた庭があり、それを遠巻きとするように敷地全面を壁が覆っていた。

外へ繋がる出入り口は宮殿へ繋がる廊下だけである。


 その建物外周の庭をすずめちゃんと駆けた。


 すずめちゃんの体力の限界が知りたかったので、特に何周するかは決めず、すずめちゃんの様子を見ながら走る。


 ここまで一緒に旅をしてきた事もあって、すずめちゃんは思っていたよりも体力がついているようだった。


 一周した時にはまだ余裕があり、二周目の半ばぐらいでへとへとになっていた。

 へたりだした時に中断しようと思ったが、心を鬼にして二周目を走破させた。


 足を止めると、すずめちゃんは息を整えるのに必死で膝に手をやって下を向いていた。


「すずめよ。運動した後、急に止まると体に悪いらしいから足踏みするのだ」


 という事を小学校で言われていたので、そう促してみる。

 すずめちゃんはへとへとな様子ながらも、だらだらと足踏みをし始めた。


「うむ。では……」


 もう終わりにしようか、と言いそうになって止めた。

 今のへとへとのすずめちゃんを見ているとそれでいい気がしてしまったのだ。


 しかし、私は心を鬼にすると決めたのだ……!


「……ちょっと休憩しようか」


 結局、私はそうすずめちゃんに言った。


 鬼にはなりきれなかったよ……。


 すずめちゃんは安心したように表情を綻ばせた。


 すずめちゃんの息が整うのを待って、私はすずめちゃんに型のおさらいをする。

 こればかりは、以前から行っていたのでほぼ完璧だ。

 加えて教える事は何もない。


 当面、特別教えられる事はこれくらいだし、走りこみ、型練習、組み手だけをしていれば良さそうだ。


 そしていずれは、刀の扱いも教えた方がいいのだろうか?

 それは私にとって荷が重い。

 アードラーが元気に動けるようになってからお願いしよう。


 筋トレの類はしない。

 必要な動作以外の筋肉を付けても動きの邪魔になるからである。


 そうして稽古を付けている間に、昼食の時間になった。


 食堂に行くと、すでにアードラーが待っていた。

 食卓には豪勢な料理の数々が並んでいる。

海鮮の風味豊かな粥、揚げた魚に薬味の乗った物、半透明でとろみのあるスープなどがあり、中央にはこんがりと飴色に焼かれた子豚の丸焼きが鎮座していた。


 そしてこの食事がまた美味しいのである。


 初日、ここでの食事を口にしたアードラーは思わず笑顔を咲かせていた。

 食事で笑みを零す彼女の姿は久しぶりだった。


 すずめちゃんも「これは本当に食い物なのか? なら今まで食ってきたものはなんだ?」というような驚愕っぷりを見せ、がっついていた。


 思えば、カルダニアから密林まで、こういう料理を食べていなかった。

 戦士の村の料理も悪くなかったが、こちらの料理に対する力の入れようは比べ物にならない。


 後宮の居候に対してこれだけ豪勢なものが出てくるという事は、宮殿の方ではどんなものが出されているのだろうか?


 すずめちゃんは稽古での消耗もあってか、いつも以上に食事へ伸ばす手が速い。

 疲れによって食べ物を受け付けない人間もいるが、すずめちゃんはそうでもないようだ。

 これが若さか……。


 まぁ、私も今生では食欲不振に悩まされた事がないのだけど。




 すずめちゃんに稽古をつけるようになってから数週間。

 稽古を終え、昼食を終えた後。


 アードラーの部屋で寛ぎつつ、何をしようか、と考えていた時分の事である。


『クロエ! あそびにきたぞ!』


 漢麗様が後宮へ襲来した。


 女官が戸を開け、その先には綺麗な衣や宝飾の類で着飾った漢麗様がおり、その華美ないでたちは旅装として纏っていた衣服とは一線を画す様相だった。


 これが宮殿における彼女の常なのであろう。


 そしてそんな漢麗様の足元には、魔法少女に付き従うマスコットキャラの如き貫禄で雪風が居た。


 ちょっと見ない間にずいぶんと丸くなっている気がする……。

 物理的に。


 屋根のある場所で過ごした日数の方が少ないはずなのに、野生の片鱗すら感じない。


 そして、漢麗様の隣には、ポニーテールの黒髪美人が付き従っていた。

 一見して見ると細身の男性にも見えるが、がたいが良いだけで体つきは女性である。

 私の方が身長は高いが、体格は似ているように思える。


 その私を見る鋭い眼光には覚えがある。

 あの時の指揮官だ。


 そしてその後ろへ、さらに女官達が数名付き従っている。


 漢麗様の姿を見るや、すずめちゃんが私の後ろへ隠れるように動くのがわかった。


「わたくしどものような者を憶えおきくださり、光栄にございます」

『うむ。ケイキョウはあうなというが、ゆきかぜがあいたいとせがむのでな』


 おうふ……。

 こちらとしてはケイキョウと事を構えたくないので、できれば接触する機会は少ない方がうれしいのだけれど……。


 ユッキーを置き去りに残したのがよくなかったか。

 寂しがらせてしまったのは申し訳ないな。


『おお、すずめ!』


 雪風が言葉を伝えられるのは一人だけ。

私に言葉を伝えているので、すずめちゃんには言葉が伝わっていない。

 それでも名を呼ばれた事はわかる。

 漢麗がそう口走った瞬間、緊張ですずめちゃんの顔が強張った。


『ちんがゆってやったかみをおろしてしまったのか?』


 すずめちゃんは初日に風呂へ入った時に髪を解き、そのまま手入れなどはしていなかった。


 何を言ったのかわからなかっただろうが、無遠慮に己へと進撃する漢麗様の姿に怯えたすずめちゃんがじりじりと後退り、アードラーに抱きついた。


『また、ゆってやろうぞ!』


 すずめちゃんが助けを求めるように私やアードラーを見る。


「漢麗様、では私の髪を結ってはくださいませんでしょうか」


 私はそう申し出る。


『いやじゃ。すずめがよい』

「左様ですか」


 さては漢麗様、すずめちゃんに構いたいだけだな?


「陛下」


 アードラーは漢麗様に声をかける。

 その言葉が雪風によって意訳されたかはわからない。

 わからないがしかし、その声色には有無を言わせぬ響きがあり、その場の誰もが視線をやるほどだった。


 その注目の中、アードラーは口を開く。


「あなた様の御髪は長く、艶もおありになる。どうでしょう? わたくしが愛用します異国の髪形へ整えますと大層お似合いになると思われます。いかがでしょう?」


 アードラーが提案すると、漢麗様は興味を持ったのかそちらを向いた。

 漢麗様はそれに対して笑顔で答える。

 アードラーへの意訳をしているためか、何を言ったのか私にはわからなかった。


 けれど、それが好意的なものである事はわかった。

 漢麗様は寝台に腰掛け、アードラーに背を向けた。


 そんな様子に、すずめちゃんはホッと息を吐いた。


 漢麗様の結われた髪を解くと、座った状態で寝台に届くほどの長さがあった。

 それをアードラーは、肌身離さず持っていたスタイリング剤と簡単縦ロールセット器具(私が勝手にそう呼んでいる)を取り出した。


 火の魔法で器具を熱しつつ、漢麗様の髪を巻いていく。

 アードラーは最近、疲れから自分の髪形を整える事もできずにいた。

 その鬱憤を晴らすかのような手つきである。


 あれよあれよという間に、漢麗様の髪が縦ロールになっていった。


 私は胡坐にすずめちゃんを座らせて、その様子を眺めていた。


「クロエさん。おれ、髪切りたい」


 団子にされるのが嫌なのだろう。

 すずめちゃんは切実な表情でそう願った。


 私の髪もずいぶんと伸びてきたし、そろそろ切った方がいいかもしれない。


「うん。わかった。あとで切ってあげる」

「ありがとう」


 そんなやりとりを交わしていると、ポニーテール美人が私の隣までやってきていた。


 険しい顔つきで声を潜めつつ何がしか話しかけてくるが、雪風が漢麗様の所にいるので何を言っているのかわからなかった。


 困惑していると徐々にその顔がイラつきに染まっていく。

 埒が明かないので、私は漢麗様に声をかける。


「雪風をお借りします」

『うむ、よいぞ!』


 本当は雪風もうちの子なんだけどな。


「それで?」


 改めて、私は彼女に訊ねる。


『おまえはなにものだ? なぜ、てんしさまにちかづいた?』


 どうやら、私があえて漢麗様に近づき、何か企んでいるのではないかと勘繰っているようだ。


「何も。私はただ助けを求め、たまたま漢麗様が通りかかった。それだけの事です」

『ぐうぜんだと?』


 ずいっ、と顔を近づけて聞き返すポニーテール美人。

 そんな彼女に、私もずいっ、と顔を近づけて「はい」と答えた。


 しかしそう答えても、納得はしていない様子である。


「えーと、名前をお聞きしても?」

『コウロ、だ』


 彼女はそう名乗った。


「コウロ様は、私を何者だとお疑いですか?」

『ただたんじゅんにりっしんをのぞみちかづいたか、もしくはハンのさいさくか……』


 出世目的か、もしくはスパイかと疑っているようだ。


「ハン?」


 初めて聞いた単語に私は訊ね返した。


『わがすざくこくのしゅういをかこうようにあるくにだ。ときおり、りょうどをねらってしんこうしてくる』


 この国は、ハンという国から侵攻を受ける事があるようだ。


 しかし……。

 すざく……こく……?


 昔私は、未来から来た千鶴ちゃんより、黄龍国なる国の存在を聞いた。

 そこはこの世界の中国にあたる場所であり……。

 この国がそうじゃないかと、私は思っていた。


 ここがその黄龍国でないという事は、この世界には中国っぽい国が二つある?


 まずい。

 戦士の村の事もあって、ここが私の思っている場所とは違う可能性が高くなったぞ。


『どうした?』


 私の様子をつぶさに観察していたコウロが、目を細めて訊ねてくる。


「いえ、何でもありません」


 思わず焦りを顔に出してしまったか。

 余計に怪しまれそうだ。


「しかし子連れで、しかも言葉のわからぬ者が細作に向くとは思えませんが?」

『だがおまえは、このくにのことばでたすけをもとめたはずだ。ききいれなければころすというきはくでさけんでいたではないか』


 確かに私は助けを求め、叫んではいた。

 そんな気迫を込めた覚えはないが。


「たまたま知っていた言葉です。私が知っている言葉など、你好こんにちは救命阿たすけてと儞已經死了(おまえはもう死んでいる)ぐらいですから」

『なんでそんなにかたよっているんだ?』


 コウロは困惑した表情で言った。


 基本、漫画でしか知る機会がないからである。

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