一話 思いがけない事
いくつか、思わぬ事がわかってしまった。
どうやら、私は中国語の通じる地に今いる事。
そして、この地の南西に位置する森林は恐らく、私の知る上でインドのあった土地である事。
しかし、オルタナ達がインド人には見えなかったため、恐らくあそこはインドではないという事。
あの森林地帯がインドではないという事は、つまりこの世界の地理が私の知る前世の地理と違っているという事。
詰まる所、私の地理に関する知識チートは役に立たない可能性があるという事である。
なんてこった……。
まぁ、それはいい。
今はそれよりも、これからどう動くかだ。
私は槍を手放した。
両手を挙げる。
「救命阿!」
もう一度叫ぶ。
兵士達は槍を向けたままだが、攻撃してくる様子はなかった。
ありがとう!
烈さん!
あなたのおかげで何とか窮地を脱せそうだよ!
いや、この場合はハンマーさんに感謝した方がいいのか?
私は、一歩ずつゆっくり近づいていく。
時間をかける事に焦りはあるが、走って刺激したくはなかった。
そして、長い時間をかけて馬車の前まで来た。
馬上にある指揮官の槍。
その穂先が、私の胸元へ突きつけられる。
「雪風。言葉を伝えられるね?」
『できるよ!』
「助けて欲しい」
私は馬車の中の人間に言葉を投げかけた。
『なんじゃこれは? ちんのあたまにことばがひびきおる』
言葉が返される。
しかし、馬車の中で語られたであろう言葉は、私に届かない。
ただ雪風を介した言葉が伝わってくる。
「言葉の通じない相手に、直接言葉を伝えられる仲間がいる。その仲間の力で、あなたに語りかけている」
『ほうじゅつのたぐいかの。きっかいじゃなぁ。それでこそ、このようなへんきょうまできたかいもあるというものか』
雪風の言い方のせいか、それとも当人がそうなのか、どこか楽しげである。
全体的に幼く、全部ひらがなに聞こえる。
そんな事を思っていると、指揮官が強い口調で怒鳴った。
『よせ。そのものはちんとはなしをしておるのじゃ』
馬車から強く発せられた声は、雪風の声よりも幼かった。
『して、おまえはなにをのぞんでここにきた? どうたすけてほしいのじゃ?』
「連れが倒れた。病気かもしれない。だから、助けて欲しい」
『なら、ちんのてんいにみせてやってもよいぞ』
てんい……。
悪来ではないな。
恐らく典医だろう。
『しかし、こちらばかりがおまえのいうことをきくのもおかしなはなしじゃ』
「ごもっともで……」
『おまえはそのねがいに、なにをたいかとしてさしだせる?』
「私の家族を助けてくれるというのなら……。私一人の身にできる、全てを。恩に報いるその時まで差し出します」
百億出しても安い、とでも言いたい所だが、生憎と無一文だ。
今の私に差し出せる個人資産は、私自身をおいて他にない。
『おまえのすべてか。では、おまえになにができる?』
「戦いに関する事……。しかし、望むならばなんなりと成して見せます」
少しでも私の価値を高く見てもらうためにも、これくらいの大言は吐いておこう。
本当になんなりと命じられたら気合でどうにかしよう。
『いいだろう』
了承の声と共に、馬車の前部が両開きになった。
それと同時に、場にいた兵士の全てが跪いて頭を垂れる。
そうして、現れたのは金糸の見事な刺繍を施した煌びやかな服の少女。
それもすずめちゃんよりも小さな少女だった。
『ちんのなは、かんれい。そなたは?』
「クロエ・ビッテンフェルト」
名乗られ、問われ、私は名乗る。
『きょうからおまえは、ちんのものじゃ』
私はアードラーの所へ戻ると、抱き上げて馬車の所まで戻った。
馬車の前には、先ほどまでいなかった武装していない女性が一人立っていた。
彼女が典医だろう。
会話ができるよう雪風をアードラーと一緒に行かせて、私は近くで待機する。
さっきの小さな女の子はまた馬車の中へ隠れてしまった。
出てきた時も馬車に同乗していた女性達が慌てて中へ戻そうとしていたので、おいそれと姿を出してよい人間ではないのだろうと思われる。
そして『朕』、か……。
そう自称する人間が、こんな所にいるとは思えないけど。
オルタナは、北東に国があると説明してくれた。
戦士の村のある森は、この国の内に含まれていないような口ぶりだ。
なら、この辺りは国境。
国の端だろう。
物見遊山にしても遠すぎる。
さて、何者なのかな……。
そう思っていると、典医が私を呼ぶ。
『おなかにこがやどっているようです』
一瞬、思考が停止した。
「それは……おめでとう」
なんて言っていいのかわからずにそんな言葉が出る。
こういう時どういう顔をしていいのかわからなかったので笑っておいた。
「ありがとう……。最悪のタイミングだけれどね……。ごめんなさい、クロエ」
自嘲するように小さく笑い、アードラーは謝った。
本当に、思いがけない事ばかりだ。
かん「ん? いまなんでもっていった?」
そもそも発音が違うので「かんれい」などの呼び方についてはお目こぼしくださるとうれしいです。
今回は三国志を参考にした話になっています。
倭の国に幕府とかあるのになんでやねん、と時代の矛盾がありますがそれもお目こぼしくださるとうれしいです。
あと、三国志ベースになると「字」などが必要になり、かんれいと直接呼ぶのはかなりおかしい(君主や親以外に名前は呼ばせないために「字」をよばせるという文化があったらしい)のですが、「字」がどう決められてるのかわからないのでそんなものはないという事にしておいてください。




