序章 幸先は悪く
本当は、全部書き終えてから投稿したかったのですが、いつ終わるかわからなかったので区切りの良い所まで毎日投稿させていただきます。
だいたい二十四話くらいです。
なので、朱雀国編は今回の更新で終わりません。
密林を出て草原を歩く。
頬を撫でる風にまとわりつく暑さはなく、とてもさわやかだった。
驚くほどにその気候は穏やかで、森から続く場所を歩いているととても思えなかった。
「森を抜けただけなのに、ずいぶんと過ごしやすい気候になったわね」
アードラーがそんな事を口にする。
「そうだねぇ」
思えば、荒野から始まり、密林に続いて、こうして過ごしやすい環境を歩くのはアールネスを出て初めてかもしれない。
森から出るだけで、こうも変わるもんなんだなぁ……。
すずめちゃんにも、密林を歩いていた時の気だるげな様子はなく、果てしなく広がる草原の中を雪風と共に駆け回っている。
はぐれてどこかへ行ってしまわないように、私はそちらに気を配りながら草原を歩む。
そうして歩いていくと、明らかに人の痕跡がある道を見つけた。
ここをよく馬車が通るのだろう。
轍の形に草がなく、地肌の見える道が長く続いていた。
「少し休もうか」
「ええ」
すずめちゃん達を呼んで、道端に座り込む。
すると、隣に座ったアードラーがこちらにもたれかかってきた。
「どうしたの?」
訊ねるが、答えはない。
私は、アードラーの額に手を当てた。
……熱い。
「アードラー……!」
「やっぱり、無理があったわね」
「辛いなら、何で早く言わないの!」
「言えないわよ……」
笑みを作ってアードラーは答える。
汗に塗れたその笑みが、無理やりに作られたものだとすぐにわかる。
「どうして?」
私の神妙な面持ちに気付いたからか、すずめちゃんが駆け寄ってくる。
「アードラーさん……。どうしたんだ?」
「疲れが出たのかもしれない……」
そう説明しつつ、疑問を覚える。
本当にそうなのか? と。
村からここまで来る道程で、アードラーは体調を崩している。
だが、同じ道程を歩んだすずめちゃんはどうだ?
体力なら大人であるアードラーの方がすずめちゃんよりあるはずだ。
ここまで消耗に差が出るとは思えない。
「そう、ただの、疲れ……」
アードラーは言う。
しかし……。
アードラーは尋常でない汗をかいている。
正直に、その言葉を信じる事はできなかった。
疲れなんかじゃない。
別の原因がある。
もしかして、体調が悪いのかも……。
それを今まで隠していて、今も隠そうとしているようにしか思えない。
体調不良の原因が病気だとしたら、私ではどうしようもない。
白色では治せないからだ。
どうしよう。
どこかで休ませないと……!
それも長く養生できるような場所を見つけないと……。
もっと村に滞在しておけばよかった。
私が帰りたいと焦ったせいだ。
どんな事をしてでも、アードラーを助けなくちゃ!
私は周囲を見回す。
どこかに村でもないか、そう願いつつ。
すると、道の先で動くものを見つけた。
「あれは……」
地平線に目を凝らす。
何かの一団がこちらへ向けて進んでいた。
一団の中には馬車が三台ほどあり、その先頭を行く馬車は他よりも煌びやかだった。
その馬車の周囲を人の集団が守っていた。
武装した一団。
警戒するに足る存在だ。
しかし、この国で初めて出会った人間でもあった。
でも今は、その縁が良きものである事を願い、接する他にない。
私には、時間がないのだ。
「雪風! ついてきて!」
『わかった!』
「すずめちゃんは、アードラーの様子見てて!」
「わかった」
私はそう言い残すと、雪風を抱き上げて馬車の方へ駆け出した。
全速力で馬車へ走り寄っていく。
あの一団の中心が、先頭の馬車である事は見ればわかる。
武装した人間が百人以上。
護衛だろうけど。
だとしても尋常な数ではない。
歩兵はもちろん、騎馬の兵士もあった。
その誰もが体に鎧を着け、手には槍を持っている。
まるで軍隊の装備だ。
遠目に見える先頭の馬車も色鮮やかに彩色されている事がわかる。
キラキラと輝くのは、金箔だろうか。
貴人の乗る馬車なのだろう。
その位も、護衛の数を見れば高い事がうかがえる。
護衛達は、私に気付いて警戒を見せる。
その中で、一際立派な鎧を着た兵が声を張り上げた。
精悍な顔つきをしているが、あれは……女性だろうか?
それにこの言語、もしかして……。
女性の言葉に応じて、護衛達が動く。
その動きには規律があり、訓練された軍隊を思わせた。
あの女性は指揮官か……。
「雪風! 馬車の中にいる人に声を届けられる?」
あれほどの馬車に乗る人間ならば、アードラーを助けてくれるかもしれない。
だが、末端の護衛に助けを求めても取り次いでもらえるかわからない。
私は少しでも早く、アードラーを助けたいのだ。
なら、直接馬車内の人物とコンタクトを取れた方が話は早いだろう。
『ちょっととおい』
そうか。
あれを突破して近づかなければならないか……。
先頭の馬車なのに人の壁が厚い。
ここから雪風の声が届く距離まで……。
困難でもやってやれない事はないよな。
「近づけたら中の人に「助けて!」って言って」
『わかった!』
私は背嚢を強化装甲に変えて雪風を胸元へ収めるようにして纏うと、迎撃体勢になった護衛達へ突っ込んだ。
私の突撃に気付いた兵士達。
複数の槍によって、一斉攻撃が成される。
その狙いは私ただ一人。
が、私はそれを避け、槍の一本を逆に奪い取る。
槍の棒部分で護衛達の頭を殴って倒す。
私は、護衛達の動きに違和感を覚える。
その動きは明らかに訓練を受けた者のそれだ。
けれど……。
私は相手の持つ槍の穂先を叩き上げ、そのまま石突を跳ね上げて顎を打った。
そんな相手の足を払うと、思いがけない事されたという風に驚きを見せる。
倒したのはたったの数人。
彼らの総数からすれば髪の毛一本ほどもないような損失だ。
なのに、どういうわけか私を遠巻きに囲み、警戒を強めている。
悪く言えばへっぴり腰だ。
こういう時は数を頼みに押し潰すのがいいのだけど。
私に対しての動揺を隠せていない。
私一人に飲まれている。
訓練はされているけれど、実戦経験が薄い。
貴人を守る軍勢にしては、気概が足りないと言わざるを得ない。
しかし、私はそこにこの陣を突破するための光明を見た。
かといって数の多さは無視できない。
それに槍を合わせて分かったが、この護衛達はみんな魔力を持っているようだ。
皆が皆、身体強化に魔力を使っている。
行く手を遮る護衛達を槍で叩いてなぎ倒していく。
本来なら楽しさすら感じる荒事も、今はただ疎ましく苛立たしい限りだ。
狙うは馬車に乗っている人なのだが、私が護衛を倒せば倒すほど、その守りが強固になっていった。
かなりの人数を叩きのめしたが、それでもまだ少し遠い。
そんなに距離があるわけじゃないのに……!
この数を相手に無茶だったろうか?
しかし、決して驕りから戦いを挑んだわけではない。
危険は承知。
無茶であろうとなんであろうと、この方法がいち早くアードラーを救えると思えたからだ。
あの馬車は私にとって、たった一つの希望だった。
時間が惜しいのに……!
こうなったら!
ダメで元々、私は賭けに出る事にした。
「救命阿!」
私はそう叫んだ。
構えていた槍を下ろし、何度も叫ぶ。
すると、警戒しつつも護衛達が戸惑いを見せる。
攻勢が止んだ。
やっぱり、通じているんだ。
なら、ここは……。
多分、中国語圏なんだ。




