十二話 戦士の別れ
村に帰り着いた私とオルタナは、その足で長の所へと向かった。
どうしても、オルタナが報告しておきたいと言ったからだ。
オルタナが長に詳細を語ると、目蓋の肉に隠れたその目が大きく見開かれた。
驚いているのだろう。
しかし、大きく取り乱すでもなく、長は「そうか」とだけ答えた。
『わたしはおきてをやぶった。ばつはうける。しかし、いもうとにとがはない。じゅじゅつしとしてのそようがあるため、ひとりのじゅじゅつしとしてみとめ、わたしのふめいよをこうむらないようにしてほしい』
長の目が、再び垂れた目蓋に隠れる。
『……いや、そのひつようはない』
少しの沈黙を経て、長は答えた。
緩やかに言葉を続けた。
『わたしがおさなかったころ、このむらにかみへいのちをささげるなどというおきてはなかった。むろん、かみへさからうなというものも……』
『そうなのか?』
オルタナは問い返す。
『このおきてができたのは、かみがこのもりへすみはじめてからできたものだ。かつてはかみにいどみ、しかしそれによっておおくのむらむらがひがいをうけた。そのためにできたおきてだ』
長はそこで言葉を切り、改めてオルタナを見据えつつ続ける。
『われわれはもりのかみをたてまつっていた。しかしそれは、おんけいにかんしゃしてのことではない。ただただ、そのもういにひれふしてきたにすぎぬ。ゆうもうをとうとぶわれらにとってそれは、あまりにもふしぜんなおきてだったのだ』
『オサ……』
『むしろ、ほこるがよい。おまえは、このむらのありかたにもっともふさわしいせんしだ』
『そうか……』
オルタナはそう言って、頭を下げた。
『しかし、だとすればそのさんびをうけるのはわたしではない。クロエだ。かのじょがひとりでたおしたのだから』
『ほう』
長は私の方を見る。
『きいている。せんしでありながら、じゅじゅつしであるもの。まじんクロエ……。かみをくだしたならば、まじん、がふさわしいか』
私には雪風を解して日本語に意訳されるから解りにくいけど。
もしかして私、魔人から魔神にクラスチェンジした?
私は勇者じゃないんだね。
『わたしにゆうしゃとよばれるしかくはない』
「それは違うと思うよ」
オルタナの言葉に私は口を挟む。
「オルタナが行かなければ、私があの神様と戦う事はなかった。立ち向かう勇気を最初に振り絞ったのはオルタナだ。だから、オルタナは勇者に相応しいと思う」
私が言うと、長は深く頷いた。
『ふたりとも、このむらにとって……いや、このもりにすまうものにとってはいけいをいだかれてしかるべきものだ。ほこるといい』
そして笑みを浮かべて言った。
オルタナの家に帰ると、アードラーが荷仕度を済ませて待っていた。
彼女は私の姿に小さく安堵の表情を見せ、口を開く。
「どうなったの?」
「ごめん。荷仕度無駄になっちゃった」
「解決したのね。よかったわ」
緊張をわずかに残していた彼女は、私の言葉を聞いて完全に緊張を解いた。
「すっきりした顔してるわね」
「そう?」
「ええ。曇っていた心も晴れたみたいね」
翌日、私とオルタナが神様を倒した事は村中に伝わっていた。
『かみをたおしたらしいな!』
一番に訪れたのは、コルドラである。
『たいしたものだ! だが、いくのならあたしにもこえをかけてくれたってよかったじゃないか』
コルドラは賛美しつつ、不満を漏らす。
『オサのゆるしがあったからえいよとなったが、ほんらいならばおきてやぶりだ。ほかをたよるべきではないだろう』
『クロエは?』
『さそうまでもなく、わたしのこうどうにきづいてついてきた。それに、さそっていてもあしでまといだっただろう』
オルタナが言うと、コルドラは怒りに表情を歪める。
『あしでまといだと!』
『あー……ちがう。わたしもあしでまといだったんだ。かみをあいてに、わたしはなにもできなかった。たおしたのはクロエだ』
『おまえがあしでまといになる? そんなあいてだったのか!?』
説明されると、コルドラは素直に驚いて機嫌を直した。
その顔がこちらを向いたので、私は口を開く。
「そもそも、姿が見えない相手だったからね」
『そんなあいてをどうやってたおした?』
「私はそれを見るための目を持っていたからね」
とはいえ、その力も消えて久しい。
今回、あの目が復活したのは右手に宿った不思議パワーがなんやかんや都合よく作用した結果だと思う。
何でああなったのかは説明できない。
「それに、今まで戦ってきた同じような敵と比べても、あまり強くなかったから」
あれなら、シュエット様の方が強かった。
あの黒蛇は、神としての部分があまりにも少なかったからだろう。
その体の殆どは、黒色の魔力で出来ていたのだ。
『あんなものとしょっちゅうたたかっているのか?』
オルタナが怪訝な顔で問いかけてくる。
「しょっちゅうじゃないけど、どういうわけか私の人生に度々絡んでくるね」
『けうなうんめいだな』
シュエット様が言うには、私に運命はないらしいんだけどね。
時間に縛られてはいるけれど。
『なにもできなかったみでめいよをいただくことはふまんだが……しかしそのしょうりでいもうとのいのちをつなげられたことが、わたしはうれしい』
『そうか……そうだな。よかったな、オルタナ!』
オルタナの言葉に、コルドラは我が事のように喜んだ。
『かみへささげるぎしきではなく、ニナタのたんじょうびとしてうたげをひらけることはよろこばしいな』
『ありがとう、コルドラ』
村の広場では、すでに宴の準備が進められていた。
『ニナタのたんじょうび。そして、かみをたおしたゆうしゃとまじんをしゅくして!』
そうコルドラが音頭を取り、杯を掲げ始まった宴はおおいに盛り上がった。
アードラーが戦士として認められた宴から、それほど日を跨いでいない。
しかしながら、参加する者達の宴に対する威勢は前にも増しているようだった。
酒も振舞われたが、私は手をつけずに料理だけを食べた。
でなければ、あの惨劇が繰り返される事となるだろう。
また誰かの家造りを手伝う事になるのは避けたい。
『まじんクロエ、わたしとたたかってくれ!』
『いや、さきにわたしと!』
と思っていたら女戦士達から喧嘩を売られた。
迷惑にならないよう端の方でそれに応じていたら、人が集まってきてこっちはこっちで盛り上がった。
参加者が次々と増え、声援やら掛け声やらで騒がしくなっていった。
料理の置いてある場所よりこちらの方に人が集まっているようにも見える。
『あたしもやるぞ!』
途中で、コルドラも参加する。
そんな彼女と殴り合う。
互いに攻撃を避けず、真正面からの殴り合いである。
多分、彼女はこういう戦いが好きだろう。
意外な事かもしれないが、実は私も好きだ。
私はコルドラを打ち倒し、勝負を制した。
『わたしもいいか?』
そんな中、そう言って現れたのはオルタナである。
「もちろん」
思えば、彼女と戦う機会はあまりなかった。
コルドラとは、たまにやり合っていたけど。
前のように、ただ打ち倒すためだけの喧嘩殺法ではなく、私はビッテンフェルト流の闘技を用いて戦った。
力押しではなく、理合いによる技での攻防だ。
相手の攻撃は丁寧に捌いて防ぎ、攻撃は隙を見据え、生まれぬ隙は生ませるように誘い出す。
そんな戦いである。
『まいった』
打ち合って、何度か攻撃を当てるとオルタナはそう言って降参した。
『それがおまえほんらいのたたかいかたか?』
「そうだよ」
『うつくしいな』
そんな事を言い残し、オルタナは笑った。
宴の席へ戻る。
それから一通りの挑戦者、というか村にいたほとんどの女戦士達を倒して私も宴の方に戻る頃には、料理があまり残っていなかった。
宴もたけなわといった感じである。
私は自分の席へ戻る。
アードラーとすずめちゃんのいる場所だ。
雪風はずっと私のそばにいた。
私達の隣には、オルタナとニナタちゃんの姉妹が席を作っている。
「おかえりなさい」
「ただいま。アードラーは挑まれなかったの?」
「なかったわね」
「なかったかぁ」
何で私ばっかり喧嘩売られるんだろうね。
「はい。料理、取ってあるわよ」
「ありがとう」
カロリーをかなり消費したので、この心配りは嬉しかった。
宴が終わると、私達はオルタナの家へ帰る。
『はぁ、おなかいっぱい……』
オルタナにおんぶされたニナタちゃんが、そう呟く。
顔も赤いけれど、もしかしてお酒も飲んだ?
『くるしくはないか?』
優しげな表情でオルタナは訊ねる。
『うん。ぜんぜんへいき。こんなきもちになれるひがくるなんておもわなかった』
『そうか、よかったな』
良かったよ。
本当に……。
二人のやり取りを聞いていると本当にそう思う。
家に帰り着く。
『クロエさん』
ニナタちゃんに声をかけられた。
『ねえさんをまもってくれて、ありがとうございます』
「……どういたしまして」
誰も聞いていない中、こっそりと言う彼女に。
私は少しだけ何を言おうか悩み、短く言葉を返した。
それから三日ほど、私は黒蛇のいた洞窟へ通った。
完全に消滅したとは思うが、もしかしたらまだいるんじゃないかと少し気になったのだ。
右腕も右目もまったく反応しないので、恐らく大丈夫だと思うが念のため白色をかけて回った。
三日通って大丈夫だと判断し、私は村を出る決心をした。
その旨をオルタナに伝えると、それがコルドラに伝わってまた宴が催された。
例によって喧嘩祭りとなった。
そして村を出る当日。
「アードラー、大丈夫?」
「正直に言えば、少しだけ不安はあるわね」
「疲れたら負ぶっていくよ」
「ありがとう」
言葉を交わし、オルタナの家を出た。
すると、外には多くの女戦士達が待っていた。
もしかしたら、この村にいる全員ではないだろうか?
長とその側近達の姿も見える。
この光景を見れば、私達がこの村に歓迎されていた事がわかる。
村へ訪れて交流のあった人達と言葉を交わしながら、そしてそんな彼女達から見送られ、私達は村の入り口へ向かって歩いていく。
村の門が開かれ、そこでコルドラが私に声をかけた。
『おまえがこのむらへきて、そうながいあいだいたわけでもないのに……。さながら、きゅうちのなかをみおくるようなしんきょうだ。いまのあたしは、せつなさでむねがいっぱいだ』
「私もだよ。コルドラはなんだか、他人とは思えなかった」
『いずれまた、あいたいものだ』
「そうだね。また会おう」
快活に笑う彼女と再会を約束する。
そして最後に、ニナタちゃんが声をかけてくる。
『あなたにはかんしゃすることばかりですね』
「そう?」
『いのちをつないでもらい、わたしのもとにあねをかえしてくれた。これほど、わたしにとってうれしいことはありません。……また、あいましょう』
「うん。また会いに来るよ」
ニナタちゃんとも再会を約束する。
すると、彼女は可愛らしく笑った。
何か、含みのある笑い方だ。
それから、ニナタちゃんはすずめちゃんとアードラーともそれぞれ会話する。
雪風を介しているので、私にはその内容がわからない。
けれど、思えばこの二人の方がニナタちゃんと過ごした時間は長い。
私以上に親交を深めていてもおかしくないだろう。
二人の表情は柔らかい。
一通りの挨拶が終わり、私達は村の外へ向かう。
ふと、すずめちゃんが立ち止まって振り返った。
「どうしたの?」
「……また、ここに来られる?」
「ここがどこか解れば、また来られると思うよ」
「そっか」
短く答えると、すずめちゃんは歩き出した。
『さぁ、行こう』
村の外で待っていたオルタナと数人の女戦士達に先導され、私達は森の中を進んだ。
「そういえばクロエ。少し気になっている事があるのだけれど……」
アードラーが訊ねてくる。
「何十年も魔力を持った人間が生まれないという事はあるのかしら?」
その疑問ももっともである。
たとえ魔力を持っていない人間の間からも魔力を持った人間は生まれてくる。
私達にとって身近な例としてカナリオがそうだし、倭の国でもそういった人間が時折生まれて寺へ預けられると聞いた。
オルタナは「長の側近以来、呪術師が絶えて久しい」と言っていた。
その口ぶりからしても、そういう人間がたまに生まれる事は察せられる。
多分、この世界中に魔力を持った人間はいて、忍術やら呪術やらと名前を変えて魔力の技は存在するのだろう。
では、何故絶えてしまったのか?
なんとなく、答えはわかっている。
「黒色の化け物に食べられていたからだよ。多分。あの神様は、魔力を持った人間に黒色のしるしを付けていたんだ」
「どうしてそう思うの?」
「確証はないけれど。あの黒蛇は、その殆どが黒色で構成されていた。黒色は魔力だからね。その糧になるとしたら、やはり魔力なんじゃないかと思う」
「魔力を持った人間でなければ、栄養にならないという事ね」
「そういう事」
実際の所、魔力を持った人間は生まれていたんだ。
ただ、黒蛇に捧げられていただけで……。
だから、これからは魔力を持った人間も増えていくだろう。
今日はこの後、終章が入ります。




