十一話 神拳
今更気になったんですが。
今回、すずめちゃんにセリフがなかった気がする。
機会はあったはずなのに何故なんだろう……。
目前にいるのは、幾本もの首を持つ多頭の蛇だった。
数は八本、九本で済まない。
というのも、大きな一つの頭だけでなく、太い根元から何本も枝分かれし、さらに小さく枝分かれを繰り返した小さな蛇の頭がもじゃもじゃと生えている。
色は闇の黒。
全体としてみると、形状は球形に近い。
……ちょっと毬藻みたいだ。
首の一本が、こちらに迫る。
白色を込めた左手でそれを掴み、握り締める。
すると、握り締められた場所で千切れ、本体から離れた頭はその場でのた打ち回る。
が、すぐにその姿を液状化させ、本体と合流して合体した。
白色で攻撃した部分しか消滅しない、か。
やっぱり体のほとんどは黒色の魔力でできていると思っていいのかな?
頭を失った首もすぐに再生してしまった。
そういえば、昔こういう相手に手数で押し切った事があったな。
見える相手なら、今回もそれでいけるかも……。
あれ?
いつの間にか握っていたはずの白狐の感触がなくなっている。
そう思ってちらりと見ると、私の小指側の手首から刃が伸びていた。
融合しているっ!
立木さんがオープニング歌ってたアニメの主人公みたいになってる!
これ、ちゃんと元に戻るんだろうか?
再び迫り来る蛇の頭を咄嗟に手首の刃で斬りつける。
かなりあっさりと斬れた。
斬られた蛇の頭は、白色で千切った時と違ってホロホロと空気へ溶けるように消えた。
斬られた首も、再生はしないようだった。
元に戻る、戻らないはともかく、少なくとも今は有用だ。
地道に殴り続けるより効率は良い。
さぁ、行こうか。
体の痛みもない。
攻撃手段も整った。
もう何も、憂いはない。
オルタナを見ると、雪風が彼女を守るようにして立っている。
見えているのか見えていないのかわからないが、水でバリアを張って黒蛇の攻撃に備えていた。
でも、もうあっちに攻撃はいかないかもしれない。
こいつの視線は全部、私が独り占めだ。
私は黒蛇へ向けて駆け出した。
そんな私を阻むため、無数の首が放たれる。
それらを白色の左拳と神殺しの右手、そして白狐の斬撃で迎撃しながら進む。
白色は当てるだけじゃあまりダメージを与えられそうになかった。
殴った部分は消滅させられるが、すぐに再生する。
一時的に弾いて攻撃を防ぐくらいしかできない。
比べて、右手の攻撃は拳だろうが刃だろうが、当てれば消滅させられた。
ダメージを与えるなら、こちらをメインにするべきだろう。
近づけば近づくほど襲い来る頭の数が増える。
それに攻撃範囲も広がる。
四方八方から、上からも下からも蛇の顎が迫って来た。
隙間の無いそれらの攻勢。
強引にこちらも攻撃して切り開き、道を作って突き進む。
迫るのは相手の攻撃だけではない。
私もまた、相手へと迫っているのだ。
私は、黒蛇との距離をゼロへと縮めた。
それは私の最も得意な範囲であり、相手の攻撃が最も激しくなる場所でもあった。
私が右手を本体へ突き入れるのと同時に、周囲の頭が一斉に私へ迫る。
魔力の感知で周囲の状況を把握し、白色を込めた手足でそれらを迎撃する。
しかしそれも最低限だ。
こちらの攻撃が緩まないよう、致命傷となる右手の攻撃を絶やさない事を優先する。
となれば、当然避けきれない攻撃も出てくる。
極力、被弾する場所は装甲で防いでいるが、それでも全てをそこで受けきれるものじゃなかった。
装甲の無い各所に、無数の傷が出来ていく。
防御と回復の両面の理由から全身に薄く白色を流し続けているが、それでも切りが無いほどに「傷付いては治る」を繰り返す。
でも、私はこれまでの経験で知っている。
こういう互いの消耗を待つような戦いにおいて、少しでも退いた方に勝機はない、と。
だから――。
私の右腕が、頭で構成された球体をごっそりと抉った。
その奥に一つ、隠れるようにして頭があった。
他とは違い、頭に石の付いた蛇の頭だ。
それが曝け出されると同時に、黒蛇は退いた。
他の首が、開けられた穴を埋めようと動く。
――お前の負けだ!
退いた黒蛇を逃がさぬように、私はすかさず距離を詰める。
一層に苛烈な迎撃を受けるが、構わずに突き進む。
右腕を振りかぶり、蛇で埋められつつある穴に一撃を叩き込む。
そのまま掻き分けるようにして穴を広げていった。
再び、石の付いた頭が露わとなる。
すると、その頭が口を大きく開いた。
こちらへ首を伸ばして噛み付こうとする。
最後の足掻きか。
なら、こっちも最後だ!
一足跳びで近づき、右腕を突き出すために腰を限界まで捻って力をタメる。
右拳を握り、構え、振りかぶり、最大の威力が乗る距離とタイミング。
大きく開かれた黒蛇の口の内側。
そこで私は、タメにタメた最高威力の右拳を放った。
鉄拳、魔拳、とくるならば……。
ならこれは――
「神拳!」
気合の乗った叫びと共に、私の右腕は全体が金色に包まれた。
そして、突き出された拳は黒蛇の上顎を内側から貫き通し……。
眩い金色の光線を放った。
光は黒蛇の体内で球形を作り、渦を巻く。
光の渦に巻き込まれた黒蛇の体は、瞬く間に崩れていった。
全てが空気へ解けるように消え、そして最後に……。
黒蛇の頭に付いていた石が、上から落ちてきた。
あの黒蛇が存在していた痕跡は、それだけである。
それ以外は全て、消え去っていた。
私は、落ちてくる石を右手で取る。
今ならわかる。
これには神の気配がある。
逆に言えばこの石以外、あの黒蛇に神性などなかった。
これを基点に、黒色が集まって形を成していたに過ぎない。
元は、これも神様だったのかね?
こんなに小さくなってまで、何かを恨んだ結果があの姿だったのかもしれない。
理性がないように見えたのは、本当に恨みだけが残ったからなのか……。
なら、この石は神が残した恨みの一欠片……。
何て事を思いながら眺めていると、石が私の右手の中に入り込んだ。
「うおっ!」
またか!
違和感を覚えて手の甲を見ると、そこに石が浮き出していた。
埋まってる……。
怖い……。
しばらく眺めていると、私の右腕が元の形に戻っていった。
白狐がぬるりと出てきて、落ちそうになった所を受け止める。
石も同じように出てきた。
良かった。
出てきた。
一安心して、私はオルタナを見た。
雪風がオルタナへ白色をかけている最中だった。
近づいて様子を見ると、オルタナは顔を上げて私を見た。
意識があったようだ。
『おわったのか?』
「うん。あれがオルタナの言う神様なら、消えたよ」
『そう、か……』
言うと、彼女は安心したように大きく息を吐いた。
『ありがとう……クロエ』
「どういたしまして」
差し出されたオルタナの手を取り、引き起こす。
立ち上がった拍子にふらついたオルタナを支える。
「さ、帰ろう。もう、ここには何もないからね」
『ああ。わたしのだいじなものはまもられた』
そうして私達は、帰途へ着いた。
ゴッドハンドスマッシュが一番に思い浮かんだのですけどね。
いろいろ悩んだ結果、魔法少女風になりました。




