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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
11/145

十話 夏木家の団欒

タイトルを修正致しました。

 すずめちゃんを抱き上げた夏木さんに案内され、私は夏木家に足を踏み入れた。

 入ってすぐの土間には炊事場が備え付けられ、そこでは妙齢の女性が竹筒で釜戸かまどへ息を吹きいれていた。

 釜戸にはお釜が載せてあり、くつくつと蓋が小刻みに揺れていた。


 調理中なのだろう。


「おっかあ! 鬼じゃ!」


 すずめちゃんが言うと、女性がこちらに気付いて顔を上げた。

 私を見て怯む。


「驚く事は無い。客人だ。お花」

「そうなのかい?」


 夏目さんは笑う。

 そして私の方を見た。


「こちら、家内のお花と申します」


 この人が夏木さんの奥さんか。

 夏木さんに比べてとても若いように見える。


「そうですか。どうも。ビッテンフェルト・クロエと申します」

「お花です」


 互いに挨拶を交わす。


「そちらのお侍さんは?」


 お花さんは斉藤さんを見て訊ねる。


「拙者の事は構わずに」


 斉藤さんはそう答える。

 自己紹介する気は無いようだ。



 靴を脱いで上がればそこから二つの部屋へ行けるようだった。


 一方は畳の部屋で、箪笥たんす押入おしいれらしき襖が見える。


 もう一方は板間いたまとなっており、中央には囲炉裏があった。


 私達は板間へ通され、囲炉裏を囲んで夕食をいただく事になった。

 お花さんは私達のために、追加でお米を炊いてくれた。


 囲炉裏にかけられた鍋には、味噌汁が入っている。

 鶏肉と様々な野菜が盛りだくさんに入っている。

 汁物というより、煮物や鍋物と言った方がしっくりくるかもしれない。


 どうやら夕食は、これと御飯だけらしい。


「これぐらいしか出せませんが、勘弁してください」


 お花さんが言いながら、味噌汁をお椀によそってくれる。


「いえ、これは私にとってごちそうですよ」


 お椀を受け取りながら答えた。


 味噌汁なんて、アールネスではまず味わえない。

 だからごちそうだ。


「どうぞ遠慮なく、お召し上がりを」

「では、いただきます」


 夏木さんに勧められ、私は汁を食べた。


 ああ、懐かしいな。

 なんだか。


 お母さんの事を思い出した。

 それは前世でのお母さんの事だ。


 あまり料理をする人ではなかったけれど、たまに作ってくれた味噌汁の味を思い出す。


 この国の料理は日本の味に近くて、だからどれも懐かしいと思っていたけれど。

 これは格別だ。


 私はその懐かしさを堪能しながら、味噌汁と御飯を食べた。



 すずめちゃんは最初からずっと私を警戒しており、夏木さんの影に隠れるようにして座っていた。

 どうやら私が怖いらしい。


 ただ、食事を終えて夏木さんと話をしている頃になると、恐さよりも好奇心が勝ったらしい。


「鬼の姉ちゃんはどっから来た? 鬼の国か?」


 と、一定の距離をとりながらも私に近づいてきた。

 その一定の距離も最初に比べればかなり狭まりつつある。


「そうだよー。私の国には私みたいに大きい人間がたくさんいるんだ」

「へぇ……」

「悪い事したらすずめちゃんも連れてっちゃうぞ」


 あ、距離が開いた。


「ははは、嘘だよ」

「本当か?」

「嘘だよっ!」


 ガーッ! と両手を上げると、すずめちゃんはお花さんの所へ走って行き、抱きついてしまった。


 いかんいかん。

 反応が可愛らしくてつい驚かしてしまいたくなる。


 それでも、しばらく夏木さんと話しているとまた好奇心に負けてじりじりと近づいてくる。


 けれど、その日は距離が完全に縮まる前にお暇する事となった。


「この度は美味しいものをご馳走になりまして、ありがとうございます」

「そう言ってくださるなら、家内も喜ぶでしょう。また、お越しください」

「はい。次は、剣の稽古をつけてもらいに来ます」

「ええ。わかりました」


 そうして、その日は帰った。




 それから私は、毎日夏木家へ遊びに行くようになった。

 無論、稽古をつけてもらうためだ。


 平塚道場にも昼間の内に顔を出し、夏木さんに少し手ほどきを受ける。

 その後、一緒に夏木家へ行ってそこでも少し手ほどきを受ける。


 そのついでに夕食をご馳走になるのが最近の日課である。


 ただ、いつも食べさせてもらってばかりというのも悪いので、この前米俵を二俵夏木家へプレゼントした。


 二俵を肩に担いで夏木家へ訪れた私を見て、すずめちゃんが驚いていた。


 そのままブーストで滑りながら近付くと本格的に逃げられた。


 そうして、この国へ来てから十日が経とうとしていた。


 もう、一ヶ月以内に帰る事はできないだろう。

 そんな思いが疼痛のように私の心を苛んでいた。




 その日も、私は夏木家の庭で夏木さんと木刀で練習試合をした。

 すずめちゃんがその様子を縁側に座って眺めている。

 斉藤さんもその隣に座っていた。


 打ち合いの末、私は夏木さんの木刀を肩に当てられた。

 私の負けである。


 稽古を始めてから、私は本気の夏木さんに一度として勝っていない。


 闘技全般の戦いではどうなるかわからないが、事剣術に関しては夏木さんに勝てる気がしなかった。

 いや、木刀ならいざ知らず、真剣を持った夏木さんが相手なら闘技で対抗しても勝てないかもしれない。

 それくらいに、夏木さんは強かった。


「参りました」


 頭を下げる。


「そろそろ飯にしましょうか」

「そうですね」


 夏木さんの申し出を受けて、家の中へ入る。

 靴を脱いで上がると、すずめちゃんが私のすぐ近くに来た。


 毎日通ってから、すずめちゃんの私に対する警戒心が解けてきた。

 けれど、こんな腕の届く距離まで来た事は初めてだった。


「おやおや、こんなに近くにきちゃったか。捕まったら食べられちゃうぞー」


 がーっ、と威嚇するように手を小さく上げて見せる。

 けれど、すずめちゃんは恐がらなかった。


「そん時ぁ、お父が助けてくれるから大丈夫じゃ。鬼の姉ちゃんよりもお父の方が強いから」


 なるほど。

 練習試合を見て私への恐怖が薄れたみたいだ。


 それから私とすずめちゃんは急接近した。

 夕食で鍋を囲む時も、隣に座ってくれた。


 すると今まで恐がって近づけなかった鬱憤を晴らすように、いろいろと質問攻めにあった。

 食事が終わってからも、肩車をせがまれた。


 家の中でやると天井に当たりそうなので、外に出て肩車してあげた。


 すずめちゃんが満足するまでやってあげ、家に戻ってまた囲炉裏を囲む。

 その時、すずめちゃんは私の胡坐に座った。


 心を許してもらうまでが大変だったが、心を許してもらったらもらったでちょっと人懐っこ過ぎである。

 これはこれで知らない人について行きそうでちょっと怖いな。


 なんとなく、すずめちゃんの頭を撫でる。


「子供の扱いに慣れとりますね」


 お花さんが言う。


「ええ、まぁ……。国に、娘を残して来てますから」


 お花さんと夏木さんが驚く。


「そうなのですか?」


 夏木さんが訊ねた。

 頷く。


「子供は、いくつで?」

「三歳です。今年で、四歳になりますね」


 夏木夫妻は揃って痛ましい顔をした。


「可愛い盛りではないですか……」

「そうですね。……この子は、何歳ですか?」

「三歳です」


 やっぱり、ヤタと同い年か……。


 それを聞くと、先ほどまでよりも一層に可愛らしく思えてきた。


 ふと、思いつく。


「すずめちゃん」

「何だ?」

「おっぱい飲む?」


 ぶっ、と夏木さんと斉藤さんが小さく噴き出した。


「鬼の姉ちゃんは乳が出るんか?」

「出るよ」


 ヤタが乳離れできてないから、まだじゃんじゃん出る。

 そしてヤタがいないため、最近張ってきてちょっと辛いのだ。


「鬼の姉ちゃんの乳飲んだら、おれの乳もおっきくなるけ?」

「それはわからないけれど」

「おれ、鬼の姉ちゃんみてぇな乳になりてぇ。でも、お母は乳ちっちぇからこのままじゃ大きくならんと思うんじゃ」

「これっ! すずめ!」


 お花さんが怒って声を上げる。

 サッとすずめちゃんは私に抱きついた。


「だから鬼の姉ちゃん、乳おくれ」

「うん。……いいですか?」


 お花さんに了承を取る。


「ふえるとさんが良いなら……」


 お花さん。

 そこ名前じゃないです。


「じゃあ」


 私はすずめちゃんを抱き上げて、隣にある畳の部屋へ向かう。

 板間からは背中しか見えないように上着とシャツのボタンを外した。


「でっけぇ!」


 すずめちゃんが興奮した声で言う。


 背後で男二人が落ち着きなくしているのが気配でわかる。


 すずめちゃんがちゅうちゅうと吸い始めた。


 とても勢い良く吸われる。


 そんなに強く吸うなんて。

 ソーマが足りなかったの?


 ただ、すずめちゃんにおっぱいをあげている間、久し振りの感覚にちょっと幸せな気分だった。




 おっぱいをあげてから、胡坐の上ですずめちゃんを抱いていると彼女はいつの間にか眠ってしまっていた。


 板間の部屋で、私は夏木さんとまた語らう。


「実は、息子もおるのですよ」

「息子さん?」

「はい。十五の時に家を出てしまいましてね」

「何故ですか?」

「どこにも仕官できず、道場の詐欺紛いな行いで日々の糧を得る父親に呆れ果てたという事でしょうかな」


 小さく笑いながら言う夏木さん。

 けれど、その笑顔は少し寂しそうだった。


「しかしながら、歳をとってからの子供というのは可愛いものですな。この子は四十の時の子なのですが、息子が三歳だった時よりも可愛らしく思えます。娘だったから、という事もあったのかもしれませぬが……」


 夏木さん。

 結構いってるんですね。


 夏木さんはすずめちゃんの頭を撫でた。


「早く、帰れると良いですな」

「そうですね。ありがとうございます」




 それから二日後の事である。


 斉藤さんが城へ呼び出された。

 斉藤さんが城へ向かっている間、私は外出を禁止されて彼の帰りを待っていた。


 帰ってきたら、夏木さんの家に遊びに行こうと思っていたわけだが……。


 斉藤さんが帰ってきた時。


「申し訳ありませんぬが、しばらく所要でこちらへ参る事ができなくなりましたゆえ、その間外出を控えていただきます」


 彼はそう言った。

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