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八話 雪風の本気

 私がオルタナの家に帰ったのは、日が落ちてからだった。


 ただいま。

 と言うと各々が「おかえり」と言葉を返して出迎えてくれた。

 オルタナとニナタちゃんの文言だけが聞き取れなかったが、多分意味は同じだろう。


 ニナタちゃんの隣には、すずめちゃんがいて。

 オルタナはそんな二人の側に座って見守っていた。

 すずめちゃんに気負った様子は無く、オルタナに対する警戒心も薄れたようだ。


 すずめちゃんはニナタちゃんに、あやとりを教えていた。

 そんな二人の様子をオルタナは眺めている。


 子供達の遊ぶ微笑ましい光景。

 それを慈しんでいるようにも見えるが……。

 今の私には、オルタナの表情に悲壮さがあるような気がした。


 私はそこから視線をそらし、アードラーを見た。


 最近の彼女はもう、寝具から出て座っている事が多い。

 大分、体調はよくなったようだった。

 そんな彼女に近寄る。


「アードラー、調子はどう?」

「もう、大丈夫よ」


 その言葉には何の気負いも無い。

 実際、ほぼ回復しているのだろう。


「出ようと思えば、明日にでも出られるわ」

「そう……」


 少し考え、私は再び口を開く。


「でも、もう少しここにいてもいいかな?」

「ええ、構わないわ。……何か、気になる事でも?」

「うん」


 めあわせの儀式はもうすぐらしい。

 そして、ニナタちゃんの誕生日はそれよりも前……。


 さほど、時間をとられるわけでもない。


 私達がここに滞在する事で、少しでも彼女の心が慰められるならもう少しここにいたい。

 ただ、すずめちゃんの事は気になるが……。


 私は、楽しそうに遊ぶすずめちゃんとニナタちゃんを見た。


 あれだけ仲の良い相手が、間もなく命を落とす。

 それを知れば、すずめちゃんはどう思うだろう。


 コルドラの話によれば……。

 この森には神が住んでいて。

 その神は時折、産まれたばかりの子供にしるしを刻むらしい。

 それが多分、あの黒色の魔力。


 そのしるしを刻まれた者が十歳になった時、その命を捧げる。

 神をうやまい、決して歯向かってはならない。


 という約束がこの森の民達と神との間に交わされているらしい。

 それを違えた時、全ての森の民に災禍が訪れるという。


 神様への生贄なんて迷信だ。

 そう思いたい所だが、私はこの世界に神様がいる事を知っている。

 何より、黒色の魔力がニナタちゃんを侵している所を見れば、その存在は確かにいるのだろう。


 コルドラの話によれば、神を倒そうとする者は村の掟によって罰せられるらしい。


 村の者ではない私なら、あまり気にする必要はないけど。


 だから私は密かに倒せるかな、と少し考えた。

 ただ神様とは何度か戦ったけれど、完全に倒しきれた事がない。


 私が戦ったのは、神性を半分失ったシュエット様とそのシュエット様と共同で倒したトキだけだ。

 どちらも滅ぼしてはいない。


 もし下手に戦って怒らせ、村が全滅しましたなんて事になっては困る。

 確実に倒せないならば、それは恩返しにもならない。

 ただの余計なお節介だ。

 このまま何もしないのも辛いが……。


 村の人間が平然とそれを受け入れ、当のオルタナが何もしようとしないのなら部外者の私は余計な事をするべきじゃないのだろう。


 そして何よりも一番大事なのは、それで私が死んでしまった場合だ。

 そうなったら、アードラー達をこの場所へ残してしまう事になる。

 私には、アードラー達を守れなくなる事が一番恐ろしい。


 ニナタちゃんを助けたいとは思うが、どちらかを選ぶとすれば私はアードラー達を選ぶ。

 そう決心していれば、もはや選択の余地など無い。


 私には、ニナタちゃんを見捨てる他に方法などなかった。


 しれっとした顔で彼女と接し、彼女の行く末を知りながら気に病まないようにアードラーとすずめちゃんにはその事を隠しておく。

 それぐらいしかできない。


 なんて事を考えていたら、自然と溜息が出た。


「不安な事でもあるの?」


 アードラーに問いかけられる。


「何も……」

「そう……」


 私は言葉を返すが、多分嘘だとバレている。

 それでも納得してくれたのは、私の追及されたくないという気持ちを察してくれたからかもしれなかった。




 眠りに就いていた時の事だった。


「う……く……」


 私は、苦しむような呻き声に気付いて目を開いた。

 堪え、かみ殺そうとしているかのようなかすかな呻きであったそれは、ニナタちゃんの口から漏れたものだ。


 そちらを見やると、気付いたのが私だけでない事を察した。


 ニナタちゃんの隣で寝ていたオルタナが、体を起こしているのが見えた。

 ニナタちゃんの手を握り、顔を歪めている。


 何かしてやりたいが、何もできない。

 そんな思いが透けるようだ。


 私の胸を勝手に枕にしていた雪風も、私が起き上がった時に目を覚ました。


 音を立てないようニナタちゃんの方へ向かうと、雪風があくびをしながらついてくる。

 オルタナは私に気付き、一瞥してすぐにニナタちゃんへ視線を戻す。


『ときおりある。こうしてくるしむことが……』

「……癒しの魔法を使ってもいい?」


 前の事もあるので、少し躊躇いながらうかがう。


「もう苦しんでいるなら、少しでも和らげられた方がいいと思うから」


 言葉を続けると、オルタナは小さく『たのむ』と答えた。

 私は頷いて、ニナタちゃんの胸に手をやった。


 胸に苦しみがあるなら、黒色もまたそこに絡み付いているのだろう。

 そこへ直接、黒色を押しやるように強く白色を発する。


 すると、顰められていたニナタちゃんの表情が和らいだ。

 ニナタちゃんの視線が、その時になってようやく私を捉えた。

 少しは効果があったらしい。

 それでも、完全に苦しみが退いたわけではないようだ。

 息苦しそうにしている。


 けれど、それも束の間の事だった。

 ニナタちゃんはまた苦しみ始めた。


 やっぱり、私の魔力じゃ威力が足りないのか……。

 何で私には、人と殴り合う才能しかないのだろう……。

 悔しさに歯噛みする。


 少しでも……。

 少しでも……。

 この苦しさを和らげてあげたいのに……!


 その時だった。

 雪風の両前足が、ニナタちゃんの胸の上に乗せられた。

 そして……。


 雪風は光った。


 白色の光である。

 私とは比べ物にならないほどに強い、白色の光だ。


 これなら……!


「雪風、もっと強くできる?」

『できる!』


 家の中が昼間のように明らむほどの強い白色の光。

 その光の本流が、ニナタちゃんの胸の一点へ向けて集中する。


 わずかばかりでも助けになればいいと思い、私もありったけの魔力を白色として流す。


『いなくなれぇ!』


 雪風の叫びが聞こえたかと思うと、光は収まった。


 今までの眩い光が消え、再び周囲は闇に沈む。


 そして顔を汗でじっとりと湿らせたニナタちゃんは、不思議な顔をしていた。


『……くるしく、ない』

『そうなのか?』


 ニナタちゃんの発した言葉に、オルタナは驚いて訊ね返した。


『からだのなかにあったなにかが、なくなっているきがするの』

『しるしが……きえたのか……?』

『そうなのかも……。ぜんぜん、くるしくないから』


 オルタナはニナタちゃんを抱きしめた。

 何を言うでもなく、ただ強く彼女の体を抱きしめ続けた。


『……つかれた』


 一言、雪風は呟くとその場でこてっと転がった。


「お疲れ様」


 労いの言葉を告げたが、すぐに寝入ったのでそれが耳に入ったかはわからないけれど。


 それからしばらく、ニナタちゃんの様子を見ていたが黒色の苦しみが彼女を襲う事はなかった。


 これでもう、彼女が命を捧げる必要も無い、はずだ。

 そう、私は安心した。

 雪風は直感的に言葉の意味を理解して意訳するため、ニナタについての会話を理解しているという展開にしようとしたのですが。

 そうすると、かつてあった曲解によるおもらしが起こらない事に気付いてボツにしました。


 あと、雪風が白色を使う描写を以前にしたかどうか忘れてしまったので、クロエに言及させずにしれっと使わせました。

 陽気な性格なら使い方を覚えれば使えるため、雪風は使おうと思えば間違いなく白色は使えます。

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