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七話 ニナタの事情

 最近、村で空前の風呂ブームが起こっている。

 というのも、雪風が毎日風呂に入るからである。


 オルタナ家の隣に大穴を掘り、そこにぬるめの湯を貯めて入っている。

 それを見た村の一人が雪風に許可を取って風呂へ入ったのをきっかけに、毎日雪風温泉に人が通うようになった。


 ついでにこの件で、雪風がこの村でいう所の呪術師であったと広く周知され、生活用水の供給を担う事になった。

 ちなみに、私も呪術師なので水を出して欲しいと頼まれればそれに協力している。

 この村で呪術師とは、そういう役目を担う存在らしい。


『しかし、からだをうごかしたあとにつかるゆがこんなにきもちいいとはしらなかったな』


 風呂に浸かったコルドラが心底気持ち良さそうな表情で言う。

 最近では家造りの作業が終わった後、労働に携わった女戦士達全員で風呂に入るのが日課になっていた。


「こういう習慣は村になかったの?」

『いままではみずあびぐらいしかからだをあらうほうほうがなかった』


 気温の関係もありそうだ。

 雪風が割り出した適温の湯であるから丁度いいのだが、この温暖な気候ではあまり湯に入るという発想にも結びつかないのかもしれない。


 汗と疲れを洗い流し、風呂から出る。

 それぞれ、女戦士達は自分の纏っていた毛皮を着ていく。


 それを見てふと思ったのだが……。


「自分の着てた毛皮って見分けがつくの?」


 女戦士達の毛皮は、なめしてこそあるが剥がしたままの姿である。

 そのまま巻きつけるように着ているので、見分けがつくように思えなかった。


『あたしのはこれだ』


 コルドラは迷わず虎柄の毛皮を手に取った。

 今気付いたけれど、彼女だけ虎柄である。

 他の戦士達に、虎の毛皮を着た者はいない。

 確かにこれなら、見分けはつくだろう。


「そういえば、虎柄の毛皮はオルタナとコルドラだけだね」

『てんこのけがわだ。せんしはじりきでかれるけもののけがわをきることでちからをしめす。てんこはさいこうのちからをしめすけがわだ』


 どうやら、着ている毛皮は序列を示すものでもあったらしい。

 それを聞いて見ると、たしかに他の女戦士達が着ている毛皮も様々な種類がある。

 自分の序列を照らし合わせれば、ある程度はわかるのだろう。

 被っているのも何人かいるけれど……。

 その人達はわかるんだろうか?




 必要な材木が揃ってからは、私もまたコルドラの家造りの方へ参加するようになった。


 家造りには一切の金具が使用されず、固定には糊のような物と縄が使われていた。

 壁を造る時にも村を囲う柵と同じような丸太を縦に並べて地面に突き刺しただけである。

 それらを固定するように、丸太で作った四角形の枠を上から乗せる。

 枠には穴が開けられており、壁を構成する丸太が一本ずつ刺さるようになっていた。

 地面に突き刺し、枠で留める事により、きっちりと固定される。

 なので、シンプルではあるが案外頑丈そうだった。


 壁ができあがると、屋根の骨格となる木材が組み上げられ、その上を獣の皮で作った布で覆う。

 さらにそこへ糊のような物を塗ってから、丁寧にわらのような細い植物の建材をびっしり貼り付けていく。


 これが村における一般的な建築方法である。


 ちなみに、トイレは家の外にある。

 オルタナの家も同じだ。

 木材を四方の柱とし、目隠しにむしろで囲った程度のもので、中に蓋のついた壷が置かれている。

 壷がいっぱいになった時用に空の壷がいくつか余分にあり、あとは拭き取る用途だと思われるヘチマに棒を突き刺したような道具が水の入った壷に浸されている。

 私はちょっと使いたくなかったので、水の魔法でどうにかしている。

 アードラーも同じだと思う。

 すずめちゃんも抵抗があるらしく、トイレへ行く時は私を呼ぶ。

 雪風?

 あれは適当にどっかでやってくるから知らない。

 後始末はちゃんとしていると思う。

 今の所、苦情は来ていない。


 そうして、コルドラの新しい家は完成した。


 これがこの村における一般的な建物だった。

 簡素な造りだけあり、工程にはそれほど時間がかからなかった。

 建材集めから合わせ、完成までに五日ほどである。


『みんなのおかげでぶじにいえをたてることができた。れいをいう』


 完成した家を前に、コルドラは手伝った者を集めて言った。


『さっそくうたげをひらこう。こんかいはさけなしで』


 流石に新居を壊されるのは嫌だよね。


 早速、出来上がったばかりの新居で、私達は持て成される事になった。

 コルドラが何人かに声をかけ、手伝ってもらいながら料理を作っていく。

 私はここの料理の作り方がわからないので、大人しく待っている事にした。


 どうやら、前に見た謎の肉は大きなトカゲだったらしい。

 あ、もしくは蛇かもしれない。


 コルドラが捌いているのが見えた。


 この村における調理法はシンプルだ。

 肉を焼き、何かをかけてできあがり。

 鍋の類が一切無く、肉を焼く時は串に刺して焼く。

 かけるものは果物や野菜を刻んだものであったり、スパイスらしきものであったりする。

 塩は貴重なのか、塩気は基本的に薄い。


 焼き物しかないのは、恐らく水の問題があるからだろう。

 村の近くに流れている川を見たが、酷く濁っていて泥臭そうだった。

 あれで煮込んでも、食べられる物ができるように思えない。

 魚の類も見られない。


 村における飲み水は村長の家にいた呪術師が魔法で出し、各員に配給しているものらしい。

 しかしそれだけでは足りないので、果物から水分を摂って賄っているのが現状だ。


 今は私と雪風がいるので、料理に使おうと思えば使えるだろうが。

 聞いた話によれば、何十年も呪術師は長の側近だけだったようだ。

 その間に、そういった煮込み料理などは廃れてしまったのかもしれない。


 そういう理由からか、この村の料理には果物を刻んで乗せたものが多い。

 ただ、やはり甘めの味付けだけでは飽きるのか、甘くないものもある。


 私は、蒲焼っぽい蛇の焼き物を手に取った。

 とても良い匂いだ。

 カレーの匂いに似ている。


 一口齧ると、思ったよりも柔らかい。

 鰻ほどではないが、焼きたての肉には脂が乗ってうま味がある。

 塩気が薄い分、余計にそう思えるのだろう。


 ちなみに、雪風はこれがお気に召さないようだ。

 匂いがダメらしい。


 果物の果汁をかけたトカゲの肉を食べている。


 でも、この肉だらけの食事も祝いの席だからだろう。

 オルタナの家で日常的に出されるものはまた違う。


 芋のような野菜を刻み、おおきな平べったい石を鉄板代わりにして焼いた物が主食となっている。

 熱せられた芋に果物を刻み入れ、とろみの強いお粥のような状態になった物を皿に取り分けて食べるのだ。


 あ、でもこれはオルタナの家の方が特殊だという可能性もあるのか。

 もしかしたら、あれは病人食なのかも。

 体の弱いニナタちゃんや、アードラーとすずめちゃんのためにあれを作ってくれているのかもしれない。

 お粥みたいな見た目だけあって、あれは消化に良い。

 すぐにお腹が空くので、最近の私は間食に果物を食べる事が多くなっていた。


 そういう肉気のない食生活を続けていたため、こうして肉を食べる機会はとても嬉しい。


 料理が出揃うと、コルドラも食事の席に参加する。


 コルドラは軽やかに人の輪へ入ると、さも最初からそこにいたかのように談笑へ混じった。

 それを他の女戦士達も自然に受け入れている。

 その様子からは、彼女への好意が感じられる。


 げふー、とげっぷをしながら私の膝に雪風が寝そべった。

 満足するまで食べられたらしい。


『なでて!』

「はいはい」


 雪風の求めるままに体を撫でる。


『そういえば、もうすぐめあわせだ。オルタナはさんかするのだろうか』


 丁度その時、女戦士の一人が口にする。

 その声を拾った雪風が意訳して伝えてきた。

 私がよくよく頼むので、最近の雪風は言われるまでも無く聞こえてきた言葉を伝えてくれる。


 オルタナは、コルドラのようにこうして直に交流する事があまりない。

 女戦士達との関わりも、狩りなどへ出かける時だけだ。

 しかし、それでもオルタナは畏敬の対象であるらしい。

 この村で一番の戦士という名誉は何よりも大きなものなのだろう。


 めあわせの話題で、彼女の動向が気にされるのは何よりの証拠である。


『さんかしないそうだ』

『なぜなのだろう?』

『……いもうとをおもってのことだろう』


 あの時私は、子供に聞かせる話ではないからオルタナは会話を切ったのだと思った。

 しかし、女戦士に答えるコルドラの言葉を聞いていると、どうやらそういうニュアンスの話ではなさそうだ。


『オルタナは、めいよをないがしろにしているのか?』


 女戦士はムッとした顔でコルドラに聞き返した。

 名誉を蔑ろにする?

 それはニナタちゃんを思う事が、という事だろうか?


 どういう意味だろう……?


『めいよにはおもっているだろう。しかし、こころはままならないものだ。オルタナはひとのこころをりかいできるにんげんだ。オルタナがかぞくをつくれば、ニナタがさみしがるとおもっているのだ』

『ならことしまでか……。いや、おかしいな。ニナタがじゅっさいになるのは、めあわせのまえだ』

『そうだな。ならば、さびしがっているのはオルタナのほうなのかもしれないな』


 少しよくわからない部分があったが、オルタナが子供を作らないのはニナタちゃんのためという事か。

 ニナタちゃんとオルタナが寂しがるという事は、子供を作ったら離れて暮らさなくちゃならないという事なのかな?

 それに、めあわせの前にニナタちゃんが十歳になる?

 それがどう関係しているのだろう。

 今年まで、という言葉も気になる。


 ニナタちゃんがめあわせの前に十歳になれば、オルタナがめあわせに参加しても問題はないという風に聞こえたが……。


 ううん、わからないな。

 この村のしきたりもよくわからないし……。

 そもそも、めあわせの儀式の解釈が私の思っているものかどうかも怪しい。


 私は直接訊ねる事にした。

 コルドラに近づき、問いかける。


「めあわせの儀式って何?」

『こどもをつくるためのぎしきだ』


 コルドラは簡潔に答える。

 やっぱり。


「えーと、女の子しかいないのに具体的にどうやって作るの?」


 少し訊き難かったが、好奇心が勝った。


『このもりには、いくつかのむらがある。それはこことおなじおんなばかりのむらでもあるし、おとこばかりのむらもある』

「へぇ」

『めあわせのぎしきは、おとこのすむむらをしゅうげきしてきにいったおとこをつかまえるというものだ』


 お、何か不穏だぞ?


『つれかえったおとことこどもをつくり、おくりかえせばぎしきはしゅうりょうだ。わかいおとこほどにんきがあるが、ただあまりにもわかすぎてこどもをつくれないおとこをつれてくることもあってな』


 それ、若いというより幼いんじゃ……。

 犯罪臭い……。


『いちどのぎしきでつれかえることのできるおとこはひとりだけだから、おとこのねんれいをみきわめるのもだいじなことだ。あたしはまださんかしたことがないから、これいじょうはわからない』

「まぁ、どんなものかわかったよ。でも、それで女の子が産まれればここに住むんだろうけど、男の子が産まれた時はどうするの?」

『ちちばなれするころ、おとこのすむむらへつれていく』

「ふぅん。でも、どうして男女分けなくちゃいけないの?」


 一緒に住めばいいじゃない。


『おんなとおとこは、ともにあるとなにかともんだいがおこりやすいそうだ』


 それは……ないと言い切れない。

 少なくとも、この村ではしきたりになっているくらいだ。

 昔、よっぽど大変な事になったんだろう。


 そして今、それで上手く回っているのならいいのかもしれない。


『そして、こどもができればせいかをでてあたらしいいえでかぞくをつくる』

「そっか。じゃあ、オルタナが参加しないのはニナタちゃんを一人にしないためなんだ」

『そうだろう』


 子供が出来れば家を出なくちゃならない。

 ニナタちゃんを一人きりにするという事になる。

 あの子が一人で生きていけるとは思えなし……。


 でも、何で『今年まで』なんて言葉が話題に上がったんだろう?

 もしかして、ニナタちゃんの命が今年までと見切りをつけている?


「でも、何で今年までなの?」


 私はその疑問をコルドラにぶつけた。


『ニナタは、もうすぐじゅっさいだ。このむらからいなくなる』

「……この村は十歳で成人?」


 この村において、戦士か呪術師以外は存在を許されない。

 ニナタちゃんには魔力があるとわかったけれど、それが伝わっていないならば戦士として生きていけないだろうニナタちゃんが村を出る事になるという憶測があってもおかしくない。


『せいじんのぎしきは、じゅうさんになったとしにおこなわれる』

「え? じゃあ、どうして?」

『ニナタにはしるしがある。しるしのあるものはじゅっさいになったとき、かみにささげられる』

 森にはいくつかの村があり、それぞれ役割を担っています。

 基本的には自給自足ですが、何か問題があった時などには事柄に応じて役割を担った村が助力します。

 戦士の村は武力を役割としており、荒事などで困った時に各村へ戦士が派遣されます。

 役割を決めた時、一番強かった戦士が女性であった事。

 男女住み分けの掟がある事。

 それらの理由から、女性ばかりの村になりました。

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