六話 コルドラ家再建
どういうわけか知らないが、気付いたらコルドラの家が倒壊していた。
周囲には女戦士達が倒れており、話を聞くと比較的無事だった私とコルドラが倒壊した家の下から助け出したようだ。
白色もかけていたようで、怪我もない。
家を失ったコルドラは、オルタナの家で居候する事になった。
そして……記憶にないが、どうやらコルドラ家倒壊は私に責任の一端があるらしい。
なんてこった……。
やっぱり、ママの言いつけは破るべきじゃなかった。
全然大丈夫じゃなかったよ。
という理由で、私はコルドラ家の修繕を手伝う事になった。
修繕というより建て直しである。
倒壊したコルドラの家から、直接建て直しの手伝いへ向かう事になった。
「嬉しいけれど、別にオルタナは手伝ってくれなくていいんだよ?」
事のあらましをオルタナへ話しに行くと、彼女は手伝うと言ってついてきてくれた。
『せんしとしてむらへまねいたのはわたしだ。せきにんはおってしかるべきだろう』
迷惑かけてすみません。
私達は村から出て、森の中へ入っていく。
目的地がわからないので、コルドラとオルタナが向かう方へ私はついていく。
『ここのきがいえをたてるのにちょうどいい』
目的地に着くと、コルドラが言った。
そこでは、すでに何人かの女戦士達が木を石斧で切っていた。
あの日、宴に参加した戦士達の半数が手伝う事になったのである。
残りの半数は、日課である食料調達に努めている。
この村の人間は皆が戦士で、基本的な業務は狩猟による食料の調達となっているらしい。
農耕など村内の仕事は成人していない子供や引退した元戦士が中心となって行い、今回のような特例の事態が起こった時には現役の戦士から人員を捻出するらしい。
私も早速、木を切る事にした。
何度か斧を木に入れてみたが、斧の切れ味は悪い。
薄い石の先を研いではいるが、あまり鋭くないのである。
これは大変な作業だ。
ふと、後腰にある小刀へ目を向ける。
さっきからめっきりと大人しくなっている白狐。
戦いとなれば「俺はやるぜ! 俺はやるぜ!」というように震えるのに、今はまったくその様子がない。
むしろ気配を隠そうとしているかのようでもなる。
手をかけて抜こうとすると、若干の抵抗があった。
けれど無理やり引き抜く。
木へ白狐を振るう。
スカッという手ごたえ。
間違いなく切り抜けたと思ったが、外してしまっただろうか?
そう思いながら木へ目をやると……。
木が何の抵抗も無く、傾いていった。
白狐はしっかりと木を切っていた。
あまりにも鋭く、木を切ってもその抵抗がなかっただけだ。
嫌々ながら(?)も、すごい切れ味だ。
「あ……」
そして、切れた木はそのまま私の方へ倒れてくる。
やった事はないけど、いけるかな。
そう思いながら、倒れてきた木を片手で受け止める。
少し踏ん張らなければならなかったが、ちゃんと木を倒さずに受けきる事ができた。
『あたしいがいにできるやつがいるとはおもわなかった』
そう、コルドラに声をかけられる。
『ちからじまんだけがとりえだったのに、そんなほそいからだのクロエにおかぶをとられるとなんだかふくざつだな』
そんな事を言いながらも、コルドラの声は楽しげだ。
「私も、取り柄は殴り合いが得意ってぐらいのものだからね」
『だが、じゅじゅつしなんだろう? せんしにしかみえないけれど』
「でも、私がこうして木を受け止められるのも、魔力があるからだ」
答えると、コルドラは不思議そうな表情になる。
『じゅじゅつってのは、なにもないところからひやみずをだすようなもんだろう? それがクロエのちからとどうかんけいがあるんだ?』
「魔力の使い方にもいろいろあるんだよ。私は自分の体を強くする使い方が得意なんだ」
『へぇ……まりょくでからだをつよくしているか……。ならクロエはじゅじゅつしというより、まじんってかんじだな』
「まじん、か……」
即行で思い浮かぶ単語が『テラ』な件……。
まぁそれはどうでもいいね。
多くの戦士が動員された事により、一日で家造りに必要な木材の半数が集まった。
明日は、今回動員された人数の半数を木材の加工と家造りに回すらしい。
コルドラは明日そちらに回り、家造りの監督をするそうだ。
マイホームには口を出したくなるものであろう。
私は明日も同じく、木を切る役目だ。
今日の半分ほど木材があれば、家造りには足りるらしいのでその後は私も家造りに参加する予定である。
夕刻になって、暗くなる前に村へ帰ってくると行った時と違って三人でオルタナの家へ帰り着く。
「ただいま」
「おかえりなさい」
それぞれ挨拶の言葉が交わされる。
アードラーは寝床に座っていたが、すずめちゃんはニナタちゃんの隣に座っていた。
すずめちゃんは、家の中で休めるようになってかなり回復したようだ。
アードラーの顔色も良い。
見る限り、体調は大分戻ったようだ。
けれど、大事をとってもうしばらく休んだ方がいいだろう。
家も造らなくちゃならないし……。
オルタナはニナタちゃんのそばに寄る。
すずめちゃんが少しだけ緊張した様子だったが、オルタナは驚かせないようにゆっくりと座った。
コルドラは家の奥へ入って行き、アードラーの近くに座った。
『きょうは、さびしくなかったようだな』
オルタナは優しい表情でニナタちゃんへ声をかけた。
『ええ。すずめちゃんがいたから』
『そうか』
雪風がいないから、言葉はわからないはずなのに。
どうやってコミュニケーションを取っていたのだろうか?
不思議に思っていると、すずめちゃんの手に糸の輪があった。
ニナタちゃんの手にも糸の輪がある。
『すずめちゃんはすごいのよ。こんなただのわをいろいろなかたちにできるの』
言いながら、ニナタちゃんは両手に通した糸の輪で形を作る。
あやとりで最初に覚える簡単なやつだ。
名前は憶えていないけど。
二人はあやとりで遊んでいたらしい。
私はアードラーの方へ向かう。
コルドラがアードラーに喋りかけていた。
それを雪風から意訳してもらったのだろう。
アードラーが奇妙な表情をした。
その視線が私へ向けられる。
「クロエ、彼女に何を言ったの?」
「何を言われたの?」
「お前が尻の形が良いアードラーか、って」
「別に私は何も言ってないけど?」
確かに形が綺麗だとは思っているけれど、そんな事他人に言うこっちゃない。
多分、言ったのは私じゃないよ。
何より、アードラーの体で一番魅力的なのは姿勢だと思っているし。
コアマッスルというのだろうか?
アードラーはダンスやってるからな。
ダンサーとして必要な筋肉がとても綺麗に整っているのだ。
闘技者として私も姿勢に自信はあるが、美しさだけで論じればアードラーには負けを認めざるを得ない。
ああ、でも最近重心がちょっと変わって、姿勢が歪んでいる気がする。
となるとやっぱりお尻が一番かな。
舞踊では、どれだけ軽やかに足を運ぶかが肝要。
その動きは時に、重力を感じさせないほどである。
それを可能とするのは足の筋肉であり、その根幹となる臀部は特に発達する。
どちらにしろ、それはアードラーの舞踊に対する熱意が培ったものである。
彼女の情熱が作り上げた美しさだ。
重心についてはまた後で注意しておこう。
動きに変な癖がついたら大変だ。
また何事か、コルドラは言葉を重ねる。
「ええ。まぁ、それなりに戦う事もできるわ。えーと、この村で言う所の呪術も使えるわね。え? 魔人? そういう人をそう評するの?」
何を言っているのかわからないが、アードラーの返答で何か悪い事を言われているわけではないとわかる。
コルドラの表情も笑顔だ。
人付き合いの苦手なアードラーはいっぱいいっぱいであるが、コルドラとどうにか会話を弾ませる事ができているようだ。
アードラーはお茶会などの社交では平然と会話をこなせるのに、本当こういう一般的な会話が苦手なんだよね。
なんか私だけ暇だな。
ちょっと寂しい。
と思いながら、近くにいた雪風を膝の上に座らせる。
くりくりと頭頂部を掻くと、気持ち良さそうに目を閉じて顔を上げた。
少しして、シンと家の中が静まる。
丁度、会話の合間が重なったようだ。
不意に、コルドラがオルタナへ向いて声をかけた。
『オルタナ。ことしのめあわせのぎしきはどうするんだ?』
めあわせ?
……娶わせかな?
『わたしはさんかしない』
オルタナは短く答える。
雪風が若干声を低くして言ったので、彼女の返答も固いものだったのだろう。
コルドラは溜息を吐き、言葉を返す。
『あたしたちもとしごろだ。そろそろ、こどもはひつようだ』
『そのはなしはよせ……』
声を抑え、しかし断固とした口調でオルタナは拒否した。
『そうだな……』
コルドラは謝りつつ、その視線をニナタちゃんに向けた。
エッチな話で、子供に聞かせられないから?
めあわせというのは、子供を作るための儀式なのだろう。
そもそも、この村って女しかいないけどどうやって子供作ってるんだろう?
もしかして、性転換の呪術とかあるのかな?
性転換の女神様が近くに住んでいるとか……。
どっかの水の女神みたいに。
『あら、呼んだかしら……』
……幻聴が……幻聴が聞こえた……。
野太い声の幻聴が……。
『私は性転換を司る女神よ。幻聴じゃないわ。私はここにいるわ』
めが……み……?
いや、私はここにいません。
聞こえていません。
同化しないでください。
『あら、呼ばれて拒絶されるのは初めてだわ。普通は強く望まない限り、声は届かないのに不思議な事ね』
そんな言葉を残し、幻聴は消えた。
私も疲れているのかな?




