四話 戦士の洗礼
黒色の魔力は、白色の魔力に反発する。
だから黒色が持つ力以上の力で白色を照射すれば、黒色を除去する事ができると思われる。
アルエットちゃんの時と、前提とする状況に差異はある。
しかし、ニナタちゃんが苦しみ出したのは、白色の影響だと思われる。
白色で活動を阻害された黒色が、白色を押し戻そうと活性化したのだろう。
それをさらに押し返すだけの力は私になかった。
ニナタちゃんがどういう経緯で黒色の魔力に蝕まれたのか、それはわからない。
あれは本来、シュエット様が生み出したものだったはずだ。
その黒色が世界中に広がっているのか、それとも他の神様が似たような経緯で似たような物を生み出したのか……。
実際の所はわからないが……。
少なくとも白色に反応するという事は、同種のものであると思われる。
アルエットちゃんの例を思えば、あまり長く生きられる状態ではないと言える。
千鶴ちゃん情報によれば、その状態で大人まで生きるそうだけど。
それでも長生きできない事には変わりない。
少し躊躇ったが、私はオルタナを外へ連れ出してその事を告げた。
それを聞かされたオルタナはただ黙り込み、難しい顔をするばかりだった。
苦しめられ、殴りつけてくるほどニナタを大事にする彼女が、これといった動揺を見せなかった事が意外だった。
そうか、と短く答えるばかりでそれ以上は何もなかった。
その予感があり、覚悟もしていたのかもしれない。
私にニナタちゃんを救う事は難しい。
まず、黒色がどこにあるのか見えない。
仮に特定できたとしても、直接黒色が巣食った患部へ白色を流せでもしなければ除去などできないだろう。
これは体を切り開いて、内臓に直接という意味だ。
ムルシエラ先輩やコンチュエリくらいに強力な魔法が使えるなら、直接照射でもなんとかできそうでもあるが……。
残念ながら、元々の魔力量が少ない私にそんな強力な魔法は使えない。
仮に、それが首尾よく完了したとしよう。
それでも問題はある。
魔力持ちである以上、私の魔力への反発が予想される。
切り開いた後の傷口を塞ぐ事を魔力で行う事が困難なのだ。
擦り傷程度ならともかく、手術痕を塞ぐだけの魔力が私にはない。
訓練した魔術師はその自身の抵抗を抑え、他人の白色を受け入れる事もできるが。
魔力持ちであると自身も知らなかったであろうニナタちゃんにそれを望む事はできない。
安全に取り除く方法があるとすれば、ヴォルフラムくんの変身能力なのだが……。
残念ながら、ここにヴォルフラムくんはいない。
「私にできる事があるとすれば、さっさとアールネスに帰ってヴォルフラムくんを連れてくる事くらいか」
口に出してみて、私はため息を吐いた。
世話になったお礼代わりになればいい、と思ってやった事で相手を苦しめてどうするんだよ。
まったく……。
それに、オルタナが口にした「しるし」という言葉も気になる。
話を聞く限り、あの黒色の事なんだろうけれど……。
「何を悩んでいるの?」
不意に、声をかけられる。
その声は、灰色の毛皮布団に寝かされていたアードラーのものだった。
彼女の隣に座り込んでいた私は、目が覚めた事にホッとする。
「気分はどう?」
「まぁまぁね」
そういうわりに、額にはまだ汗が滲んでいるようだけれど。
「それより、あなたこそどうしたの?」
「ちょっと失敗しちゃってね。話すのが恥ずかしいから、気にしないでくれると嬉しいな」
「わかったわ」
アードラーは小さく笑う。
そんな彼女の額に手を当てる。
まだ、熱はあった。
「でも、たまには頼ってね。その方が、私は嬉しいわ」
「うん」
すずめちゃんはまだ寝ている。
それでも顔色は良い。
「ここはどこ?」
アードラーに問われて、私はここに来るまでの経緯を話した。
「そう……」
「魔法を使えば呪術師として認められるから、試しを受ける必要はないね」
「ええ。すずめちゃんの体調が戻ったら、そのまま出ても言いと思うわよ」
「……それはダメだと思う。今のアードラーを村においてもらうために、オルタナは自分の命と名誉をかけてくれたから。一応、証明だけはしてあげてほしい」
その恩は返しておきたい。
「そうね。わかったわ」
その時だった。
家の外から大声が聞こえてきた。
ただ、言葉がわからないので何を言っているのかわからないが。
「雪風。何て言ってる?」
ニナタちゃんの膝上に体を丸め、気持ち良さそうに撫でられていた雪風へ声をかける。
そのニナタちゃんの手も、声を聞いてピタリと止まっていた。
『えーと……『オルタナをやぶったせんしはここにいるか!』っていってる!』
今、オルタナは家にいない。
少し前に出かけてしまった。
「雪風、ついてきてほしい」
『わかった!』
雪風がニナタちゃんの膝から下りて、私の足元まで駆けてくる。
私が家の外へ出ると、雪風も後に続いた。
すると、オルタナのように毛皮を衣服にしている女性達が十数人。
入り口の前にいた。
「雪風、言葉を伝えてほしい」
『わかった!』
雪風は「わんわん」と先頭に立っていた女性に吠えた。
女性がたじろいだ。
こんにちわん、とでも言ったのかな。
けれど、他の女性達はそんな様子に怪訝な表情をするばかりだ。
雪風が一度に念話を送れる相手は一人だけだ。
「この子には意思を伝える力があります。だから、会話の手伝いをしてもらいました」
と私は口にする。
しばらく滞在するので、トラブルを回避したい。
だから丁寧な口調で答える事にした。
雪風はまた吠えて、相手にその言葉を伝えた。
相手もそれに頷いている。
『りかいした』
雪風を介して、先頭の女性から返事がある。
オルタナと同じく、虎柄の毛皮を体に纏っている。
が、その毛皮だけでは隠しきれないほど、女性の体格は大きかった。
大きいだけでなく、それに見合うだけの分厚い筋肉が体を覆っていた。
オルタナも筋肉質の体であるが、この女性はそれともまた違ってゴリゴリしている。
二の腕は私の胴よりも太く、足などはさらに太い。
身長も高く、私を見下ろすほどだ。
「それで、何の用です?」
訊ねると、女性は強い剣幕で答える。
『オルタナはむらでいちばんつよい、ほこりたかきいだいなせんしだ。むらのそとからきたものにやぶれるとはおもえない』
『そうだ! いったいいちのたたかいでオルタナはまけない! あいてはひきょうなてをつかったにちがいない!』
先頭の女性が言うと、他の女性達もそれに賛同の声を上げる。
「信じられないというのなら、どうするつもりでしょうか?」
『ちょくせつたたかってたしかめるまで。さぁ、せんしをだせ! ほんとうにオルタナをくだすじつりょくがあるなら、ここにしめしてみろ!』
どうやら、オルタナはずいぶんと信頼され、慕われているようだ。
「私が、オルタナを倒した戦士ですが」
『おまえが?』
懐疑的な表情で見られる。
『そのようなほそいからだで――』
「確かめに来たのなら、言葉など必要ないでしょう」
『たしかに』
そう言うと、女性は構えた。
私も同じように構える。
徒手による戦いだ。
戦いが始まる。
激しい戦いになる予感がした。
勝ったよ。
あれから最初の相手を打ち倒し、その後その場にいた戦士達が次々に勝負を仕掛けてきて、今に至る。
私の周囲には、意識を失った戦士達の倒れる光景が広がっていた。
「うう……ん」
最初に倒した筋骨隆々の女戦士が、呻きながら意識を取り戻す。
頭を抑えながら周囲を見回すと、私へ顔を向ける。
私が笑顔を作って手を差し出すと、彼女もまた顔に笑みを作った。
『おまえはせんしだな』
「ありがとうございます」
女戦士は私の手をがっちりと握った。
私はそんな彼女を立ち上がらせると、白色の魔法をかける。
『いたみがひいていく……。そうか、じゅじゅつしでもあるというはなしだったか』
「まぁ、そうですね」
答えて、まだ気を失っている戦士達にも白色をかけていく。
『あたしのなまえはコルドラだ』
筋骨隆々の女戦士が名乗る。
「クロエです」
『ことばはくずせ。もうわれらはともだ』
「そういう事なら。よろしく」
私は言葉を崩して笑顔を向けた。
『クロエ。せんしであるおまえをかんげいする』
初手、どつき合い。




