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一話 密林突破×サバイバー

 私には目的がある。

 それはシンプルに、早く家へ帰るというものだ。


 そのシンプルな目的が、本当に困難な事になってしまった。


 何より、その大目的の前にこのジャングルを生きて出られるかという課題まで足されてしまったのである。

 そして当面の問題として上がったのが、食料についてだった。


 あまりにも未知の場所なので、何を食べていいのかわからない。

 果物が木にっているのは時折見かけるが……。


「その実、食べるの?」


 適当な木の実を手に取り見ていると、警戒した様子のアードラーが心配そうに訊ねてきた。


「早い内に、食べられる物を選別しておいた方がいいかと思って……。絶対とは言えないけれど、果物には基本的に毒がないはず……」


 果物は、植物の繁殖手段を担っている。

 果肉は発芽するための栄養素であり、種を遠い土地へ運ぶための手段としても機能する。

 他の動物に食べてもらえば、遠くへ運んでもらえる可能性が出てくるからだ。

 だから、毒を持っているよりも、甘く美味しくなっている事の方が多い。


 が、私も聞きかじりの知識しかないため、絶対とは言えない。

 種を食べられないために、毒を持った果物だってあるかもしれない。

 ああ、そういえば梅には青酸があるんだっけ……。


 それならそれでいい!

 ダメそうなら吐き出して胃を洗浄する。

 魔法を駆使すりゃどうにかできるだろう!


 覚悟を以って、私は木の実を齧った。


 試すなら一番は私だ。


 小さく齧った実を飲み込まずに咀嚼する。

 ほどよく甘い。

 実は柔らかい方で、トマトに似た食感だ。


 しばらく口の中で味わい……。


 特に舌が痺れるという事もないので、多分大丈夫……?

 私は勇気を出して実を飲み込んだ。


 一応、これでまた変調がでないかしばらく様子を見てみよう。


 三十分ほど経って、特に変調はなかった。

 多分、大丈夫だろうと判断し、それを当面の食料とする事にした。


 とはいえ、たんぱく質の確保も早いうちに考えておきたい所。

 栄養的にもそうだし、果物ばかりでは飽きてしまうだろう。


 何か、食べられそうな動物がいれば狩るのだけど……。


『クロエ! クロエ! かえるみつけた!』


 雪風が声を上げる。


『すごいいろいろないろのかえる!』

「え? あ、それは多分触っちゃダメなやつだ」


 雪風が見つけた蛙は、とても毒々しい色をしていた。

 多分、ヤドクガエルとか言われる類のものである。


『たべちゃだめ?』

「絶対ダメ。触るのも禁止」


 雪風はじっと蛙を見詰め、そーっと触ろうとした。


「ダメ! 死んじゃうよ!」

『しんじゃうのはやだ!』


 私が強い口調で言うと、雪風はその場から離れた。


「すずめちゃんもね。ああいう、派手な色の動物は毒を持っている事が多いから触っちゃダメだよ」

「うん」


 よし、素直な良い子だ。


 アードラーの方を見る。

 すると、彼女は青い顔をしていた。


「どうしたの?」

「私、蛙嫌いなのよ。正直、ここが蛙の出る場所だと認識して、不安でいっぱいになってるの」

「そうなんだ」


 実は私も苦手だが、ここまで露骨に顔色が変わるほどではない。


 さて、こういう生き物ばかりが生息しているとしたら、動物性のたんぱく質は諦めるべきだろうか……。

 そう思っていた時だった。


 がさりと木々の揺れる音がした。

 そちらを見ると、見知った動物がいた。


 天虎てんこである。


 そっか、ここにもいるのか。

 地元にいる動物がいるとわかると、ちょっと安心する。


 天虎は背中に翼の生えた虎である。

 ちなみにその肉はとても不味い。


 しかし、食える事には違いないし、肉である事には違いない。


 私は、カタカタと後腰で鳴る妖刀――白狐に手をかけた。




 天虎を狩り、肉にして食べる事にした。

 毛皮は念のために取っておいた。


 もしかしたらどこかで売ってお金にできるかもしれない。

 こんな場所に店があるとは思えないが、この密林を抜けた先に町があるという事も考えられる。

 この先の旅路を考えれば、お金になりそうなものはできるだけ持っているべきだろう。


 一切の荷物がなくなってしまったため、鍋も当然ない。

 調味料の一切もありはしない。

 天虎は丸焼き、それも味付け無しで食べる事になった。


「……」


 一口食べ、やっぱり不味い事を再確認する。

 場所が違えば味も違うかも、という淡い期待はすぐさま打ち砕かれた。

 調味料の一切がない事もそこに拍車をかけている。


「……」


 アードラーは表情を変えずにもくもくと肉を食べている。

 しかし、肉を口に入れる瞬間だけはちょっとだけ眉間に皺が寄る。


「……」


 すずめちゃんはあからさまに嫌そうな顔をしている。

 それでも我儘を言っていられない状況だと理解しているのだろう。

 黙って肉を食べていた。


「がふがふ! がふがふ!」


 雪風だけは夢中になって肉を食べていた。


「雪風、おいしい?」

『まずい!』

「そう」


 どうやら、ポーカーフェイスは雪風が一番上手いようだった。

 ちなみに、羽の部分だけは若干好評だった。


 日が暮れるまで歩き続け、夜になる。

 夜の帳に星が散ると、私は空を見上げた。


 星の動く方向から方角を割り出すためだ。

 ここがどこなのか私にはさっぱりわからない。

 星の位置にも見覚えが無い。


 なんとなく、アマゾンかな?

 と思える場所であるが……。


 しかし解らなくとも、救援の当てがない以上進み続けるしかない。

 一方向へ進み続ければ、いずれは森を抜ける事もできるだろう。


 私はとりあえず、北を目指している。

 一方向であればどこでもいいが、ここがアマゾンであるならば北へ行けばアメリカにあたる場所があるはずだから。


 私は手頃な木に、明日進むべき方向の矢印を刻んだ。


 二人が寄り添い眠り、一匹がその間に挟まって眠るのを見下ろす形で、私は木に背をもたれさせながら眠った。

 パパから教わった眠らないままに眠るという技術で、周囲を警戒しながら休んだ。




「クロエ」


 密林を行く中、アードラーが私を呼ぶ。

 その声は強い焦りを含んでいた。


 振り返ると、アードラーは座り込むすずめちゃんの前で膝を着いていた。


「どうしたの?」


 アードラーはすずめちゃんの額に手を当てる。


「すごい熱……」


 私自身、この状況でいっぱいいっぱいになっていたのかもしれない。

 すずめちゃんの様子がおかしい事に気付くのが遅れた。


 思えば、ここへ飛ばされる前からも軍隊の行軍についてきていたし、まともな場所で眠る事もできなかった。

 その疲れは小さな体に負担をかけていたのだろう。

 それが環境の変化で、一気に体調を崩したのかもしれなかった。


 休ませた方がいいかもしれない。

 でも、この場所で留まっても満足に休ませる事ができるだろうか?

 せめて、森を抜けるまでは移動を続けた方がいいんじゃないだろうか?


 考えた末、私はすずめちゃんを抱き上げて移動だけ続けようと決めた。


 この判断は正しいんだろうか?

 迷いはある。

 けれど……。


「アードラーは疲れてない?」


 ふと、気になって訊ねた。


「私は平気よ」


 そういうアードラーの額に手を当てる。


「……嘘は吐かないでよ」

「ごめんなさい」


 アードラーの体温も明らかに高かった。

 熱があるのだ。


 疲れていたのは、すずめちゃんだけじゃなかった。


「これ以上、あなたの足を止めさせたくなかったの。あなたは誰よりも、早く帰りたいだろうから……」

「それで家族に何かあっちゃ、意味がないんだよ」

「……ごめんなさい」


 やっぱり少し休もう。

 歩みを止めて。

 きっと私自身、焦っていたんだろうな。

 だから、こんな失敗をする……。


 そんな時だった。


 周囲に気配を感じた。

 人の気配だ。

 囲まれている。


 嘘。

 さっきまで何も気付かなかったのに……。


 まるで、突然そこへ現れたかのように、その気配を感じ取れるようになった。

 気配、違うな。

 多分これは、殺気……。


 殺気を押し殺した集団が私達を囲み、そして包囲を完了させたから殺気を隠さなくなったのだ。

 その手並みは、周囲の木々が突然に武器を構えたかと錯覚するほど……。

 気配の消し方が巧みだった。


「雪風。ちょっと手伝ってくれる?」

『わかった! 何を!?』


 不安だけど、今まともに動けるのはいつも元気なこの子だけだ。


「アードラーとすずめちゃんを守ってほしい」

『わかった!』


 私が二人を背に庇い、雪風がその反対側をカバーするように立ち位置を変えた。


 そして、襲撃に備える。

 すると、私の前の茂みから一人の女性が姿を現した。


 虎柄の毛皮を着ている……。

 というより、巻いているだけのような格好の半裸の女性。

 肌は褐色であり、もっさりと伸びた髪は赤い。

 手には穂先が石でできた槍を持ち、その足取りの一歩一歩には油断なく緊張が巡らされていた。

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